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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
39/57

36 対応

 呼吸すら憚られるような重い沈黙を破ったのは、太陽だった。


「……なんっやソレ!?」


 ここで臆さずツッコミを入れるとは、伊達に普段から関西弁を使っていない。野太い声にやっとウサギも脳が醒め、謎の関西弁で加勢した。


「ホンマや! ホンマやねんで! なんでオメェ皆をこんな目にあわせて人質まで取るとか言うんだ! うちの部下だってあげねぇぞ!」

「確かに、意味が分からんな」


 バイクから降りて怒鳴り散らすウサギの隣に、腕組みをしたカメが立つ。


「そもそも何故、最初から脅迫という効率の良い手段を取らなかった? 省エネが叫ばれ始めてから久しいが、こんな大人数を操り襲撃するなんて無駄もいい所だろう。学習が追いつかなかっただけか? 追いついたからこそ、突然このような手段に打って出たのか? それにしても、方向性が違いすぎやしないか?」

「「……」」

「だんまりかい。まぁ答えてくれるはずもないか」

「質問にも答えられねぇようなヤツらに、青鳥は渡せねぇな! な、カメ!」

「アホかお前は。つい最近生まれたクローン人間の命と、大勢のおねんね人類が天秤にかけられてるんだぞ。どちらを取るかは明白だ。速やかに彼を連れてこい」

「鬼かね!?」


 カメにも怒りを向けるウサギだったが、彼の目は冷たいままである。ウサギはギギギとねめつけるも、やがてフンと鼻を鳴らした。


「でもすぐには無理だぜ、スリープちゃん! だってオメェが通信切ってんだからな! 呼べっつったって呼べねぇよ!」

「……お、回線が回復したようだぞ。もしもし青鳥君、聞こえるか?」

「ううううんそうだよな! 繋ぐも切るも自由自在だよな!」


 カメの呼びかけに、通信機向こうの青鳥が短く応答した。狙われていることは分かっていたので撃滅機関の部屋に引っ込ませていたが、今はどこにいるのだろう。


『カメさん、どうしましたか』

「うん、手っ取り早く言うぞ。今回の事件の首謀者がな、君の体を渡さなきゃスリープで寝てる人々を殺害するとこう言うんだ。速やかに今生に別れを告げ、とっとと正面玄関まで降りてきなさい」

『えええええええ!?』


 青鳥の悲鳴が聞こえた。無理もない。


『ど、ど、どうしましょうかサルさん!』

『シーッ! バカバカ、アタシにフらないでちょうダイ!』

「何、そこにサルもいるのか? ちょうどいい、貴様も一緒に降りてこい。聞きたいことがたんまりとあるんだ」

『ダメよー! アタシ今お取り込み中だモノ! もしどうしてもって言うならアンタがここに来ることね、カメ!』

「やれやれ、しょうがないな」


 あっさり折れたカメに、ウサギは少し驚いた。主義主張は決して譲らないこいつのことである。もっと抵抗すると思っていたのだ。

 カメはくるりとスリープ脱走者らに向き直ると、言った。


「ヤァすまないが、クローン人間を説得して、連れてくるまでに少々時間がかかりそうだ。今晩十二時に必ずヤツを伴ってメインシステム前に赴く故、それまで待ってくれやしないか」

「「……」」

「よもや、こちらからの言葉は聞き取れないなどとは言わないな? 僕は確かに伝えたぞ」

「「……一秒デも遅れタラ、全員ノ脳に過剰量のデータを送りコム」」

「フム、脳をパンクさせるつもりか。死なないまでも、大量の廃人が出来上がることは間違いないな」


 恐ろしい話である。ウサギは、ゾッと鳥肌の立った肌をさすった。

 しかし、正義感に溢れた若者は気丈である。カメとの会話が終わったと判断した太陽は、ぐいと前に出た。


「人質いうんなら、スリープ者だけで数は十分やろ。ここにおる人らは怪我しとるのも多い。僕ら警察が引き取るで」

「「……」」

「喋らへんのやったら、オーケーってこっちゃな。ほな、そういうことで」


 そう言うと、太陽は周りの警察官らに引き続き脱走者らの保護をするよう命令しようとした。しかしその前に、カメの通信機を通して忠告が飛んでくる。


『太陽ちゃん、そんな焦らなくたっていいワ。まず、アルミホイルでも何でもいいカラ、スリープからの電波を完全遮断しなサイ。そうすればすぐ脳の受信装置は休眠モードに入るから、そこを狙ってスイッチを切れば安全にシャットダウンができる』

「総監! なんですか、こんな時にそんなふざけた声を出して! でもありがとうございます!」

『声はコレ真面目ヨ!? アナタもしかしてアタシのこと嫌いかシラ!?』


 嫌いなわけではない。太陽は大真面目に、火鬼投がふざけていると思っているのである。

 とはいえ、忠告はしっかり聞く太陽である。カメにこれ以上の質問が無いことを確認し、テキパキと指示を出した。


 そしてその処理もそこそこに、ウサギとカメと太陽は、青鳥がいるだろう撃滅機関の部屋に身を運んだのである。










 撃滅機関の部屋に行く前に、北風と合流した。


「通信を傍受していたら、ここに来るだろうと予想できたので」


 出来のいい若者である。いつもなら通信傍受なんて始末書ものだが、今はそれを咎める者は誰もいなかった。


「アッ! こっちヨォー、ウサギちゃん!」

「ウサギさんー! カメさんー!」

「げ、カマザル。あれ、オメェら部屋にいるんじゃなかったの?」

「まぁ、色々ありまして……」


 廊下で出くわした二人にウサギは怪訝な顔をしたが、青鳥は何から説明していいのやらと困ったように笑った。


「スリープに操られた人に襲われたのですが、なんやかんやあって無事撃退しましてですね」

「すげぇじゃん!」

「で、その結果、今撃滅機関の部屋には猛毒が充満しています」

「何で!?」

「多分もう無毒化しているとは思うのですが、念の為外にいた方がいいかなと。なんせちょっと吸うだけで即死するので」

「怖っ! 妥当な判断でしかねぇわ!」


 青鳥と会話するウサギを横目で見ながら、サルは太陽とカメを手招きする。


「……襲ってきたのは、ウサギちゃんの奥さんヨ。一応この先の部屋で寝かせてるケド、ウサギちゃんにショック受けさせちゃ可哀想ダカラ、ここで立ち話でいいワネ?」

「分かりました。後で部下を手配し、奥様を治療室へ運びます」

「よろしくネ」

「……彼女を逃した上に、能力まで使わせたのか。この件が無事片付いたら、警察の体制も色々見直さねばならんだろうな」

「耳が痛いワネ。勿論そうするつもりヨ」


 珍しく肩を落とす火鬼投であるが、慰めるような場面ではない。カメは、早速本題に入った。


「で、青鳥はあちらに引き渡すのか」


 名を呼ばれた青鳥は、ビクリと体を震わせる。ゆっくり振り返った顔は青ざめていたが、その声には芯があった。


「……お、お望みとあらば」

「フン、心配せんでもタダでは行かさんよ。あの時話していたことを考えるに、意思を持ってしまったスリープは、君の体を乗っ取って人格をすり替えようという魂胆だ。その先に何があるのかを見通してからでないと、余計に状況を悪くしかねない」

「はぁ」

「してサルよ、貴様、当然対処法を考えているのだろうな」


 カメは火鬼投を冷ややかに見、ほとんど断定的に言った。火鬼投もその視線を受け、頷く。


「ええ。でもアタシが対処法を考えてるだなんて、よく分かったわネ」

「貴様の不審な動きを精一杯肯定的に解釈した結果だよ。比丘田の根城に残されていた、あれほど重要な証拠となるようなデータを迷い無く消すなど、他に手を打っているからとしか考えようが無い。ま、やはり自分は敵側だったとご紹介いただく方が、個人的には納得しやすいが」

「ホントかわいくない男ネェ」


 吐きかけたため息を飲み込み、代わりに髪を撫でつける。全員の注目が自分に向いていることを確認し、彼は人差し指を唇にあてた。


「……それじゃ皆さん、よく聞いてネ。一回しか言わないわヨ」


 一同が息を詰めて聞く中、言葉が紡がれる。しかし聞いてみると、それは実に順当で、ごく普通の措置であった。

 男は、こう言ったのだ。


「――スリープシステムを、新システムで上書きする」

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