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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
34/57

31 虫とサルが来た

 少し時間は遡り、撃滅機関の部署に場面は移る。青鳥は、カメの机で自分のクローン元のデータを調べていた。


 何度見ても、内容が変わるはずはない。かといって、データから目を逸らすことも青鳥にはできそうになかった。

 上司二人は異常事態の対応に出て行き、自分は待機するのみである。だがじっとしているより、とにかく何かで頭を埋めたかった。


 頭を垂れ、自分のルーツを思う。

 彼は自分であり、自分ではない。

 その事実は、自覚の無いままに己が身を蝕んでいるのかもしれなかった。


 ――自分もいつか、テロを計画するような思考に至るのだろうか。

 そんな不安が、このデータを見た時から脳にこびりついて離れなかった。


「考えすぎだな……」


 机に肘をついて、そのまま体をもたれさせる。目を閉じると、外の音がよく聞こえた。足音は引っ切り無しに行き交い、それに混じって悲鳴のような声がする。その喧騒は、少しずつこちらに近づいてきている気がした。


 ――近づいてきている?


 青鳥は、ガバッと体を起こした。そして、ドアに目をやる。


 撃滅機関は、窓際部署である。つまり警察本部の中で最も追いやられた場所に構えられている為、まず用事がなければ人がここまで来ることはない。

 それが、どうしてこんな人数が集まってきてるんだ?


 一際大きな叫び声がすぐ近くで上がる。青鳥は身を震わせ、ドアの後ろに張り付いた。


 一瞬の沈黙の後、ヒール靴を履いた何者かがものすごい勢いで走ってくる音がした。隠れようかどうしようか迷っている内に、妙に高い声と共に荒々しくドアが開け放たれる。


「クローンちゃぁぁんんんん!! 逃げて!! 今すぐ逃げてちょうだい!!」

「ほああああぁぁぁぁぁ!!?」


 オカマザルだ! あの時オレを殺そうとしたオカマザルだ!!


 なんでここに!?


 壁に張り付いたまま驚きで動けない青鳥に、厚化粧の火鬼投はグイグイ寄ってきた。


「緊急事態ヨ! クローン人間助けるなんてイケ好かないけど、自分の信条曲げてもアタシは動いてみせるワ!!」

「もうちょい本音隠しません!? いや、何が起こってるんですか!!」

「説明は後! とにかくここから逃げ――」


 手を引かれ外に連れ出されそうになったが、何かに気づいた火鬼投に突き飛ばされる。青鳥は床を転がり、椅子の足に頭を打ちつけた。


「いったぁ……!」


 しかし、痛みにのたうつ暇は無かった。自分と火鬼投の前に、大きな針を持ったこぶし大の昆虫が飛び込んできたのである。


「来ちゃったわネ……!」


 火鬼投は錠剤を取り出し、飲み下す。それから自分の髪の毛を一本引き抜き、指でこね始めた。それは次第に粘り気を持ち始め、両手で広げると大きな膜になった。


「これでも食らいなさい!」


 膜を昆虫に被せる。突然自分の体を覆った膜に困惑し動きが緩慢になった昆虫を、火鬼投はドアで外に押し出した。


 バタン、とドアが閉まる。肩で息をする火鬼投は、心を鎮めようと大きく深呼吸をした。

 そんな背中に、律儀な青鳥は頭を下げる。


「……助けてくれて、ありがとうございました」

「え? あ、ええ、ドーモ」

「さっきの虫は何なんですか? 知らない虫でしたが……」

「アンタクローンでしょ。知ってるも知らないも無くない?」

「一応最低限の知識は入っているもんで。で、さっきの答えは」

「……能力よ」


 能力?

 全くピンと来ない青鳥の様子を察し、火鬼投は丁寧に説明してくれる。


「錠剤能力、つまり人間の生み出した昆虫ネ。警察が拘束していた女が、適合錠剤を盗んで逃げ出したのヨ。ソイツはその能力を駆使しながら、どういうワケかまっすぐにアンタを狙って来てる。これはマズイと思ったアタシは、アンタを逃がしにここまで来たって話」

「……その女は何者なんですか」

「スリープ脱走者ヨ。ま、比丘田の共犯者に操られた人って言った方が、アンタには分かりやすいかしら」


 その言葉に、青鳥は首を傾げた。――自分は、火鬼投を比丘田側の人間だと思っていた。しかし、こうして彼の話や行動を見ていると、自分のその認識は何かズレている気がする。

 試しに、青鳥は尋ねてみた。


「……それって、オレをその女に引き渡せば済む話じゃないんですか?」

「クローン人間を厄介払いできるのはありがたいけど、アンタの利用価値ってのは計り知れないノ。アチラに渡ってしまったら最後、何が起こるかアタシにも分からない。だったら、渡さない方がイイでしょ?」


 ううむ、敵か味方か分からない。でもまぁ、とにかくここから逃げられるというのなら、今は協力関係と判断しておくか。


 青鳥は方針を決めた。


「分かりました。では、オレをここから逃がしてください」

「そうネ。いつまでもチンタラしてたら、それこそ昆虫が山と来ちゃうかもだし」


 余計な一言を言うものである。そういうことは言わないようにと青鳥が注意しようとした矢先、ビビビビという耳障りな羽音が聞こえた。


 ――単一ではなく、複数の重なり合う音として。


「……」

「……」


 嫌な予感に、二人は顔を見合わせる。火鬼投の表情は、どことなく申し訳無さそうに歪んでいた。


「……チンタラしてたから、来ちゃったみたい」


 ――廊下に繋がる窓は大量の虫でびっしりと埋め尽くされ、今にも割れそうにガタガタと揺れていた。

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