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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
33/57

30 この件面倒くさい

 ぬるぬるとした液体にまみれたカメは、不機嫌そうに鵜森に向かって言った。


「助太刀は大いにありがたいが、この粘液を早くどうにかしてくれないか。まさか、年末の特番を気取ってるわけじゃあるまいね?」

「それもそうだ、ほらよ!」


 彼女の声と一緒に、今度は大量の粉が降ってくる。それらは粘液に張り付くと瞬く間に凝固し、ボロボロと体から剥がれていった。


「おー、なんか気持ちいいな、これ。癖になりそう」

「動けるようになったなら早くここから離脱するぞ。こっちは暇じゃないんだ」


 気絶した警察官からも粉を払い落としながら、カメは吐き捨てる。ウサギはハイヨと返事をすると、人波からバイクを浮かせた。


「鵜森ちゃん、そのヌルヌルを辺り一面に撒き散らしたら、コイツら身動き取れなくなるんじゃない!?」

「残念ながらそこまでの量は無いよ。人の量も増えてるし、これはあくまで太陽君らの準備が整うまでの緊急措置さ」

「もう太陽ちゃん、急いでぇ!」


 錠剤がどれほど奪われたのかはわからない。しかし時折見計らったように能力者が現れては、的確に危ない所を突いてくる。ついさっきも、指が針に変形する能力を持った女がカメの首を狙ってきたばかりだった。


「……妙だな」


 暴動を眼下にしたカメは、顎に手をあてて呟いた。カメに言われてバイクを高く浮かせていたウサギは、その言葉に首を傾げる。


「妙って何がよ」

「ヤツらの動きさ。非常に非効率極まりないと思わんか?」

「非効率って?」

「コイツらの狙いは、恐らく青鳥だ。だが、どうしてこんな大人数で押し寄せる必要があった? もし僕がこの件の司令塔となるのなら、複数人だけを動かして適当な一般人を人質に取るよ。……いや、そんなことをしなくても、スリープ者自体がいい人質になる。彼らを操られるなら、そちらの方が圧倒的に楽で手っ取り早い方法だ。だというのに、ヤツらは何故、こんな直線的で仰々しい手段を取ったんだ?」

「え、待って。青鳥狙われてんの? 初耳なんだけど」

「太陽君には伝えてあるから問題ない。伝えた上で、とりあえずそれは内密にし、暴動を鎮圧しようということになった」

「あー……確かにそれを言っちゃえば、なら青鳥渡しちまえで終わるもんな」

「珍しく頭が回るじゃないか。その調子で、僕の疑問にも答えを提示しろ」

「えぇ? オメェに分かんねぇことがオレに分かるかよ。なんだっけ、なんでわざわざ青鳥奪うのに大人数で来ちゃったかって話?」

「そうだ」


 言われて、ウサギも考えてみる。……自分が黒幕であっても、きっとカメと同じくスリープ者を人質に取る方を選ぶだろう。

 地を這う暴徒らは、鵜森の車が落とす謎の液体に翻弄されている。まだ考える時間はありそうだ。


 ふと、ウサギはカメの説を思い出した。


「……事件の首謀者は、比丘田の共犯者であるシステム管理者ってことでいいんだよな?」

「多分な」

「……そのシステム管理者が、スリープ者をめちゃくちゃに操れるんだぞって事を見せつけたかったとか」

「見せつけるだけなら、十人程度でいいだろう。手駒でもあるスリープ者を、こんなに放出する意味が分からない。今回の暴動なんざ、見たところスリープに入って間も無い若者が多いな。最低限のケアがされているとはいえ、長く入れば入るほど、筋肉もそれなりに減少していく。スリープに入りたてでまだ元気に走れる若者という貴重な駒をここで潰すのは、はっきり言って愚策だ」

「うーん……訳わかんねぇな……」


 派手で、直線的で、計画性も見えない。まるで子供の考えた作戦だ、とウサギは思った。まずは一人に説得してもらって、無理なら皆で突撃だ、などという極端な作戦。警察からたまたま錠剤を奪えたからまだ抵抗できているものの、そうでなければもっと早くに鎮圧されていただろう。


 それにしても、最初はただゾンビのような動きをするだけだったスリープ脱走者であるが、こうして見ると動きが洗練されてきているような気がする。事実、強化錠剤を奪われてからは、その錠剤を奪う方向に彼らの行動はシフトしていた。自動車やバイクでの援護者も、そんなスリープ脱走者に何人か落とされている。


「――学習してるな」

「あ?」


 ついウサギが漏らした言葉に、カメは鋭い目をより細くした。


「学習?」

「そう思わん? 戦いの中で成長しているってヤツだよ」

「いや、その言い分はおかしいだろ。それが正しいとすれば、この暴動はかなり行き当たりばったりなものになるぞ。学習してこんなに大きく行動を変えるなんざ、通常の作戦ではありえな――」


 言いかけて、カメは自分の口に手をあてた。そのまま俯き、あぁ、あぁ、と何やら自分を納得させるように呻く。流石に不気味に思えてきたウサギが何事か尋ねようとした時、ようやく彼は頭を上げた。


「――オイ、この件最高に面倒くさいぞ、ウサギ」

「は?」


 ……この大規模な暴動を面倒くさいとは何事だ。警察の風上にも置けんヤツだな、オメェはよ。


 そう言おうとウサギが開けた口に、人差し指が突きつけられる。その先にいるカメが荒々しくため息をついた。


「比丘田の協力者が分かったぞ」

「あのカマザルじゃねぇの?」

「違う。サルは今、太陽君に指揮権の譲渡状を預けた所らしい。こんな一度に大量の指示を出し、統括し、かつ状況から行き当たりばったりに行動を変えさせるなど、モニターに張り付いてないと出来っこない。だから誠に残念ながら、サルは容疑者から外れる」

「じゃあ誰よ」

「まぁ待て、ヒントをくれてやろう。素晴らしい夢を絶え間なく、かつ負担なく見てもらう為に、スリープに入る者は脳に外科手術を施され受信機器を埋められることは知ってるな?」

「うん」

「ならば、そこにアクセスできる者は誰だ?」


 そんなのコイツしかいないだろう。


「システム管理者だ」

「まだ存在するだろう。考えてみたまえ、オガクズ頭。そいつが比丘田の協力者であり、今回の事件の主犯格だ」


 さっさと言えば済む話なのに、鬱陶しい男である。ウサギは腕組みをし、頭を傾けた。

 カメ曰く、スリープ者の脳に埋め込まれた機械が、今回彼らを操る要なのだという。だから、この機械に命令を送ることができるヤツが犯人なのだ。


 それがシステム管理者以外にいるとなると……。


 ウサギが頭を捻っていると、鵜森の車がウサギらと同じ高さまで上がってきた。液を放出し終えたのかと思えばそうではなく、一つ伝えたいことがあるのだという。


「カメさん、頼まれてた青鳥君の錠剤能力の詳細が判明したよ!」

「わざわざ口頭じゃなくても構わんのに、律儀なことだな」

「何それ!? 青鳥何か能力持ってんの!? またしても初耳なんだけど!!」

「言ってないからな。で、どんな能力だ」

「それは……」


 鵜森の口から出た能力の内容に、ウサギとカメは目を見開いた。だがすぐに、カメは思い当たる節を見つけたようである。


「……彼のクローン元の前科は、テロを計画したことだったな」

「そう。まさに、この能力を行使しようとしたのだろうね。大人数を死に至らしめるにはピッタリの能力だから」


 その事実はウサギにとってまたしても初耳事項であったが、ひとまず置いておくことにした。代わりに全て飲み込んだような顔で頷き、彼はカメに尋ねる。


「アイツの適合錠剤って?」

「Bだ。だから僕ともウサギとも違うし、ついでに北風君とも違う。そもそもB自体適合者が少ないからな、まかり間違って口に入ることはないだろうが……」


 確かにBが適合する人物は少ない。自分が知る中でも、一人しかいないぐらいだ。

 ウサギは、唯一のB適合者であるサルの顔を、妙な胸騒ぎと共に思い浮かべていたのであった。

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