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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
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28 北風の過去

 モニタールームに向かいながら、北風は太陽との出会いを思い出していた。


 ――北風の父親は、犯罪者であった。


 顔を合わせたことはない。向こうは自分の名前すら知らないだろう。なんとも希薄な親子関係であるが、実はこういった親子関係は今や珍しくない。精子や卵子の提供は容認しても、子供の養育を望まない夫婦は多いのだ。


 ある日父親は、不慮の事故で妻を死なせてしまった。事故なので、本来ならば何の罪にも問われないはずである。

 しかし、彼は混乱故か、妻の死体を隠そうとしたのだ。腕を、足を、胴をバラバラにし、少しずつ別々の場所に捨てようとした。

 その行為は、すぐに明るみに出ることとなる。――よりにもよって、妻の死体を捨てる瞬間を目撃されて。


 腕が四本あるその男は、それぞれの手にスコップと妻の腕を持っていた。


 そのショッキングで印象的な事件は、当時のニュースで大々的に取り上げられた。そこで初めて、十八歳だった北風は、彼こそが自分の父親であると知ったのである。

 能力は、遺伝しやすい。その上、モニターに映し出されたその顔は、北風によく似ていた。


 周りの人々が、北風とその犯人の関係性を察し、離れていくまでそう時間はかからなかった。恨みには思わなかった。むしろ仕方がないと感じていた。犯罪発生率が極端に減少した現代日本では、こうした犯罪への忌避感は数百年前と比べものにならなくなっていたからだ。


 北風自身、母親の死体を捨てる時にも使われたこの能力への感情は、凄まじい嫌悪の根を張ることになった。


 能力を知られれば、自分があの父親の息子であることがバレてしまう。

 そうでなくとも、見たこともないはずの腕を四本生やした父親の姿が自分の脳裏をよぎってしまう。


「能力は、見せられません」


 だから、北風は就職面接でそう言ったのだ。

 向かいに座る警察官は、彼の言葉を受けて強面を上げた。


「なんで」

「実務では使わないからです」

「ふぅん」


 向かいに座る警察官は、資料データを確認し始めた。おそらく、自分の能力の項目を読んでいるのだろう。


 ――きっと、またこれで終わりである。

 今まで就職をしようとするたびに、同じやり取りがあった。そして能力がバレてしまえば、例のセンセーショナルな事件と結びつけられ、残念ながらとお引き取りをと願われるのである。


 まあ、それは仕方のないことだ。

 感情を殺しきっていた北風は、警察官から発されるいつもの一言を待っていた。


 すると、男は平気な顔で言ったのである。


「……むっちゃ便利やん」

「……は?」

「いや、便利やんこの能力。なんで使わへんの?」

「え? や、だって……」

「あ、もしかしてあの事件気にしとる? 確かに同じ能力やけど、それはそれ、これはこれやん。なあ、この能力うちで使いぃや。見られるの恥ずかしいんやったら、別部屋用意したるし」

「え……いえ、その。実際私は、例の事件の犯人の息子でして」

「マジで? ……あ、そうか、やから見せんようにしとったんか。スマン、僕、こういうトコ配慮足らんねん。気ィ悪ぅせんといてな」

「別に気を悪くしたわけではありませんが」


 申し訳なさそうに頭をかく男と話している内に、じわじわと、北風の中に不思議な感情が滲んできた。それは、広がるごとに灰色だった視界に色が戻っていくような、そんな柔らかな温度を伴っていた。


 声が震えないよう気をつけながら、北風は尋ねる。


「……私は、ここで働けるのですか」

「おう、君が良ければやけどな。上にはうまいこと言うといたるから、仕事で能力は使わんでええで。心配せんでも、北風君の性格やその他諸々の事務能力は、逃すには十分惜しいレベルや」

「……」


 ――久しぶりだった。

 錠剤能力以外の能力に触れられたのは、本当に久しぶりだったのだ。


 黙り込んだ北風に、男は何か失言をしてしまったのかと慌てていた。


「ほんと、ほんと大丈夫やで! 警察ったって、ほんま体力仕事だけやなくて事務仕事も色々あって……。あと、イイ奴もおるしな! あ、せや! 北風君が秘密教えてくれたし、僕も一個なんか教えたるわ!」


 ま、皆知っとることやから秘密ってほどのもんでもないんやけど! と男は付け加える。それでも、北風は興味を抱いた。


「なんですか?」

「あんな」


 その時、男は、いたずらっぽく笑ったものである。


「僕、錠剤不適合者やねん」


 最初、何かの冗談かと思ったのだ。

 ごく少数いるとは聞いたことがあったが、今まで会わなかっただけ、信じるのに時間がかかってしまった。


 錠剤不適合者とは、ABCどれを飲んでも特殊能力が発露しない者を指す言葉だ。表立って差別されはしないが、周りの人にあって自分には無い、という点に悩むことが多いためか、適合者と比べて早くスリープに入る割合が高いという。


 ――聞いていた話と違って、この人は明るいな。


 あの時、自分はそんな感想を抱いた。

 そして今でも、同じことを思っている。


 そんなこの人が、自分をこんな形で頼ってくれる日が来るなんて、思いもしなかったのだ。そのことに、北風は自分でも驚くほど高揚していた。


 この感情に名をつけるとしたら、“ やる気 ” とでも言うのだろうか。


 自分はなんて単純な人間なのだろうと自嘲的な自己評価を下し、北風はいつものモニタールームに入る。能力を使うのは、ここにいる時だけと決めていた。モニタールームであれば、よっぽどの場合でないと太陽以外の人間は入ってこないからだ。


 まぁ、この間青鳥が入ってきはしたが。あれはとてもびっくりした。


 北風は椅子に座ると、一つ深呼吸をした。まるで子供の頃に見たアニメに出てきた、ロボットのコックピットにいるかのようだ。電源を入れ、一気に明るくなる世界を見ながら、彼は上司に連絡を入れる。


「――こちら準備完了しました。作戦をお願いします、太陽さん」


 やがて聞こえてきた応える声に、北風は指をキーボードに走らせる。

 その傍らには、Cの錠剤が入った小瓶が置かれていた。

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