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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
30/57

27 指揮権

「だから! 誰が現場の指揮取るっちゅう話してんですよ! 一人二人ならいざ知らず、今回の人数エグいんです!」

「それは前回のように潰してしまえば……」

「今回はスリープからの逃亡者や言うてるでしょ! 生身の人間、一般人! やからこそ、誰か上に立たな、混乱が増すだけです!」

「しかし、そのような責任を持たねばならんとなると、そうすぐに決定は……」

「ほなら僕に任してください! 後で始末書でも責任退職でも何でもやりますから!」


 頭を抱える警部に、太陽は大声で直談判していた。

 ――焦れる気持ちはあるが、今は一時的な権威を貰い受ける為の説得が優先である。個人の勝手な判断で大人数の警察官を率いるには、太陽という男はまだ地位が低すぎたのだ。


 本来なら、警部の立場でもこの訴えを通すのは難しいと太陽は知っている。

 しかし彼を口説き落とさないことには、上の人間を引きずり出せない。太陽は苛々しながらも、警部への抗議を続けようとした。


 ところが、ここで思わぬ横槍が入ってきたのである。


「ヤダもー太陽ちゃん、男前!! 好き!! 前から好きだったけど、今もっと好きになったわヨ!!」


 妙にナヨナヨとした語尾と共に登場した彼は、火鬼投総監である。何故、この偉い男がここ下々の現場にいるのか。理解できずに目を白黒させる警部をよそに、太陽は凄んだ。


「何の御用です、総監。こんな忙しい時にふざけた格好で現れて……!」

「格好!? 格好はコレ真面目ヨ!?」

「真面目にそんな格好するヤツがおりますか!」

「アナタの目の前にいるじゃないノ!?」


 一度担当した事件を握りつぶされているのである。この反応も無理はない。

 だが火鬼投は一つ咳払いをし気を取り直すと、そんな太陽の前まで進み出た。


「アナタ、今、あの現場の指揮を僕に任せてくださいなんて言ったワネ」

「? ええ、言いましたけど」

「本気?」

「そりゃ本気ですよ」


 即答すると、太陽の眼前に一枚の紙が突き出された。視界がその紙に支配される向こうで、妙に高い男の声が跳ねる。


「――それなら太陽ちゃん、アタシ、この騒動の全指揮権をアナタに預けちゃう!」

「は!?」

「へぇ!?」


 思い切った、というより職権の濫用と呼ぶべき決定である。

 太陽は開いた口が塞がらなかったが、全身ぴっちりタイツの男は、指揮権譲渡状を片手に唇の端を持ち上げた。


「極端? んーん、英断って言って。事は一刻を争うノ」


 そう言って彼が空中に映したのは、現在の警察本部前の様子である。「食い止めろ」との指示のみで出動させた警察官は、今や我先にと本部へと退却している。その逃亡を、ウサギとカメらしき人物が援護していた。

 警部は、驚きと怒りを込めて小さな目を細める。


「こ、コイツらは何をやっとるんだ! 敵を前に逃げるとは……!」

「や、警部さんコレ見てください。敵さんの中に腕がデカなってるヤツいますよ。ひょっと、警察が持ってた錠剤奪われたんちゃいます?」

「は、え、何……!?」

「こら一旦退いて立て直さなあきませんわ。……総監、ほんまに僕に任せてくだはるんですね?」


 太陽は映像から目を離すと、まっすぐに火鬼投を見た。その視線に、火鬼投はポッと頬を赤らめる。


「モチロンヨ。外はとりあえず、ウサギちゃん達に任せて。アタシもウサギちゃん達のお手伝いをするワ。太陽ちゃんは、民間に被害が広がらないよう、かつ鎮静化に向けて警察を動かしてちょうだい」

「承知しました。ありがとうございます」

「いーえ。しっかりお願いネ」

「無論。……ただ、もう勝手に揉み消されるんはゴメンですよ。後できっちり、総監のこの行動の説明も貰えるんでしょうね?」


 少々手荒に譲渡状を受け取りながら、太陽は総監を睨みつけた。対する男は、意外にも一瞬痛みを堪えるような顔を見せた。


「……アタシが望むのは、市民の安寧。それだけヨ」

「分かりました。信じます」


 火鬼投の言葉を全く疑うことなく頷くと、太陽はすぐに走り出した。――おかげで、実直な反応に虚を衝かれ、鳩が豆鉄砲を食ったような彼の表情を見逃してしまったのであるが。

 太陽が走り去るその背中に、火鬼投は低く呟いた。


「……今の内に、間に合わせなければ」


 その声は、近くにいた警部ですら聞こえないほど、小さいものだった。












「北風、今どこや!」


 走りながら、太陽はウォッチで北風に連絡を取る。忠実なる部下は、すぐに応答した。


『現場です。今、表に出ていたほぼ全警察官が本部の入り口内部に集合しています。ウサギさんとカメさんの指示で、指揮官が現れるまで待機しろと』

「さっすが年の功、バカにはできんな。北風、すまんが今からモニタールームに来てくれんか。お前には、またカメラを使って戦況を見てもらいたい」

『わかりました。……その指示が出せるということは、指揮権は太陽さんに移ったのですね』

「おう」

『ならば何より。あなたの命令なら間違いない』


 落ち着いた声に、太陽は何か考えるように目を閉じる。次に目を開けた時、彼の意は固まっていた。


「なぁ北風、頼みがある」

『頼みとは』

「今回限りでええ。お前、僕の “ 補佐 ” になってくれへんか」


 ほさ、とウォッチ向こうの北風が繰り返す。太陽は、胃の辺りを押さえながら、言った。


「そう。僕の命令なら間違いない、やない。むしろ間違えとるんやないかと常に疑うてくれ。お前は頭がええ。お前の考えが、僕の命令の柱になる」

『……』

「たとえ二人とも間違うとったとしても、責任を問われるんは僕だけや。お前が気に病むことはない。……ただ、そんでも、重いもんやとは思う。だけど、北風。北風さえ良ければ、僕はその役をお前に頼みたい」


 しばらくの沈黙の後、「わかりました」とやはり冷静な声が返ってくる。その言葉に、太陽は肩の力が抜けると同時に、申し訳なさを抱いた。


 自分の考えを独り善がりにしない為の措置ではある。北風が補佐となることで、当然作戦の緻密性は上がるだろう。

 しかし何のことはない、太陽自身、与えられたこの責任に臆していたのだ。


 怖くないはずがない。

 自分の命令一つで、部下の命が奪われるかもしれない。

 部下に命を奪わせてしまうかもしれない。

 そんな場所に、自分が立つのだ。


 勿論、自分が望んで、受けた役割だ。何があってもやり通してみせるし、相応の責任を問われれば全て飲む覚悟はある。


 だが、その場所の少し後ろに、一人でもいい、「あの時は正しかった」と荷を背負ってくれる人間がいれば。


 ――前に進む足を、指示を出す口を、伸ばす手を、自分は躊躇わず動かすことができる。


「すまんな、北風」


 我ながら卑怯な人間だと思いながら、太陽は謝る。それを悟ったかは定かでないが、北風の声は微かに柔らかくなった。


『構いませんよ。他でもない、あなたの命令とあらば』


 部下の言葉は、どこまでも忠実であった。

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