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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
18/57

15 よく聞きぃ

 北風は、複数の防犯カメラの映像を第三の目で見ながら、四本に増やした腕を駆使して最新のデータを更新しては各所に送り続けていた。

 そのわずかな合間を縫って、彼は人体強化錠剤を水で流し込んでいく。

 いつもの四分の一に筋力が落ちた指先が、北風には珍しいタイプミスを引き起こす。一瞬そのまま送ろうかと迷ったが、思い直して訂正し、送信した。


 脳が熱い。脂汗が額を滴る。しかし、一人でやりきらねばならない。状況を把握し、情報を統括できる人間は、自分しかいないのだから。

 このような事態は想定していない。いや、予感こそはあったが、上層部はこの事件にこれ以上の人員を割くことを許さなかった。

 今から事情を説明し申請書でも出せば、無理矢理人を集めることは可能だろう。だが、彼らに一から説明する悠長をするぐらいであれば、北風の脳がオーバーヒートを起こしても一人で管理する方が被害を抑えられる。それが、このID喪失者対策本部が組織された時に、彼とその上司である太陽が出した結論だった。


 だからこそ、自分は倒れられない。同時に複数の部位を操る脳は今にも焼き潰れそうだったが、その痛みに耐え、彼は情報の更新を続けていた。


「北風さん」


 突然、後ろから声がした。


 ――ダメだ。今は、答えられない。


 声を無視し、北風は作業を続ける。

 相手も、すぐに北風の状況を察知したようだ。だが、タイミングが悪かった。


 訪問者は、青鳥だったのである。


「これは……この映像は?」


 青鳥は、ジイさん二人に押しつけられた書類仕事の一環で、太陽に申請書を提出しに来たのだ。北風の異様な風体よりも、目の前で繰り広げられるID喪失者の引き起こす混乱に、彼は戸惑っているようだった。


 いや、戸惑うどころではない。己のアイデンティティを揺るがしかねない粒子化の事実と、市民を守る為とはいえ青鳥の同類を迷いなく粒子化させる警察機関を、何の前知識も無く目の当たりにしてしまったのだ。脱力した彼の手から落ちた書類が、音も無く床に降る。


「そんな、自分は」


 青鳥の声がか細くなっていく。しかし北風は対処できない。よしんばこの作業が無かったとしても、きっと自分の言葉では彼を救うことなどできないだろう。自身を冷たい人間であると認める北風は、背中に立つ彼に意識を向けないように努め、モニターに向かっていた。


 無論、青鳥も北風に同情や慰めなどを求めてはいない。それでも、どうしようもなく感情だけは動いてしまう。


 ただ消え入りそうな言葉を、彼は喉から絞り出した。


「オレは……」


 そこまでだった。


「北風ーーーーー!!」


 ドアが勢いよく開き、太陽が帰ってきた。が、即座にのっぴきならない北風の現状を認識すると、近くに突っ立っていた青鳥の腕を掴んだ。


「も、アンタでええわ! 青鳥、ちょい僕の話聞いて一緒に考えてくれへん!?」

「へ? は、太陽さん……!?」

「あんな、僕が思うに比丘田は焦っとんねん! やからこそぎょうさんID喪失者を出したんや! 多分!」

「ま、待ってください、突然言われても何の事だか……!」

「あれ、アンタジイさんらから事情聞かされて、北風のサポートしとるんちゃうの?」


 青鳥は首を横に振る。そこでようやく、太陽は彼の置かれた状況を正しく理解した。


「……あちゃー」

「オレ、今知ったんです。あの画面に映ってるのって、やっぱオレと同じID喪失者の人なんですよね? なんでウサギさんやカメさんは彼らをツブの塊にしてるんですか? オレと同じなら、助けてくれるんじゃないんですか? いや、そもそもオレの正体は一体……!」

「せやな」


 すがる青鳥に、太陽は真摯に頷く。案外、やってしまったことは仕方ないと早々に割り切る人間なのである。そういうわけで、太陽は腹を決めることにした。

 青鳥の両肩をがしりと掴み、彼はじっとその目を見る。


「ええか? よく聞きぃ、青鳥」

「は、はい」


 太陽は、真面目である。彼の言葉は心からのもので、そこに忖度は無い。


 つまり、相手によく刺さる。


「今な、ぶっちゃけめっちゃ忙しいねん。拳銃持ったID喪失者がわっさー出てきて、中には暴れとるヤツもおる。正直お前の相手とかしてられへん」

「うっ」


 容赦ない一言である。しかし、太陽は気にも留めなかった。


「質問は後でなんでも答えたる。けんど今やない。お前は名前もろたんやろ? ほんで撃滅機関にも入ってもうたんやろ? なら十分やないか。この時点でお前はただのID喪失者とは違う。そんでそうなったからには、やることは一つや」

「やること、というと……」


 困惑を浮かべる青鳥に、太陽はじれったそうに怒鳴った。


「決まっとるやろ! 上司である僕の手足となりボンボコ働け! 以上や!」

「ヒィッ! ハイッ!」

「わかりゃええねん。そんでな青鳥、早速やねんけど……」


 強引に青鳥を納得させた太陽は、そのまま自分の推理を彼に説明する。そんな会話を背中で聞きながら、北風は思った。


 ――この人は、瀬戸際で一人の命を救ったことに、気づいていないのだろうな。


 そういう北風も、心のどこかで青鳥が粒子化せずに済み安堵を覚えていたことに、気がつかないままなのであった。

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