13 急展開
これを人と呼べるのかは分からない。
だが、彼女は感情を持ち、自らの存在を問い、犯した罪に泣いていた。
――それが蔑ろにされていいはずがないだろう。
「ウサギ」
憤怒に瞳孔を開くウサギに気づいたカメが、その肩に手を置く。声は、鋭くも静かだった。
「頭を冷やせ。現状を考えろ。今までとの相違点はなんだ? 何を推測できる? これから僕らがやるべきことはなんだ?」
「……」
「そうだ、お前は激高している。だが鎮めろ。怒れば、ただでさえ心許ないお前の脳のリソースがそれで埋められてしまう。解決したきゃ考えるんだ。でなきゃ切れた血管から滲む血で、何も見えなくなるぞ」
カメの言うことは正しかった。そして、それを理解せずに感情のままキレ倒すほど、ウサギは若いわけでもない。
だからそこを理解した上でキレた。
「太陽君!」
「ハイ!」
「今回の事件、通報があった時はもう粒子化してたか!?」
「ちょ、ちょい待ってください」
ウサギの剣幕にたじろぎながらも、太陽は彼の言わんとすることを察し、本部の北風に指示を出して防犯カメラの映像を転送してもらう。空中に表示される映像に、ウサギとカメは注意深く見入った。
まず、男が逃げるように物陰から出てくる。その右腕からは、既にツブがぼろぼろと落ちていた。そんな彼の服を掴んで、足の一部が粒子化した女が喚いている。男は恐怖に引きつった顔で女を乱暴に払いのけ走り出そうとしたが、背中を向けた瞬間、女の放った凶弾に胸を撃ち抜かれた。
カメが、ぼそりと呟く。
「……最初からツブツブだったな」
「通報した人も、女の足がエライことなってる言うてたそうです。おっしゃる通り、ここに現れた時にはもうツブになってはったんでしょう」
「だとするとマズイぜ」
「何がです?」
「なんか分かんないけど、マズイと思う。今までと違う状況になったってこたぁ、黒幕側の状況も変わったってことだ。だからとんでもないアレが起こるかもって話で……」
ウサギがなんとも要領の得ない推測を言いかけたところで、また北風からの呼び出し音が鳴り響いた。
「どした」
『大変です、太陽さん! またID喪失者が出現しました!』
「なんやと!?」
驚く太陽の両隣りにいるウサギとカメも、互いの目を見やった。こんなに早く次の事件が動き出すとは、これも今までに無かったことである。
「はよ地図を転送しぃ!」
『今送っています。ですが情報が随時更新されているので、その点留意いただいた上でご確認ください』
「あ? 更新ってどない意味――」
北風からの転送データが空中に展開される。そこには、この街の地図とID喪失者の位置が一箇所赤い点で示されているはずだった。
ところが、そのデータを見た三人及び周りの警察官らから、一斉にどよめきの声が上がる。
「どういう……ことだ……!?」
ウサギの驚愕が全てを物語っていた。
広げられた地図に現れた赤い点は、複数。十個ほどある赤い点が、街の各所に散らばっていたのである。
「――一度にこんなにID喪失者が出たというのか」
カメが言葉をこぼす間にも、赤い点はポコポコとその数を増やしている。もはや一刻の猶予も無い。
カメは奥歯を一度噛みしめると、ウサギの襟首を掴んだ。
「ウサギ、バイクを出せ! 片っ端から始末していくぞ!」
「バァァァァカ、オレら二人でさばける数かよ! 太陽君、バイクとか車とか使えるヤツ何人いる!?」
「今集まっている十四人の中からいうたら十人です。せやけど許可を取ってへんことには……」
「ンなもん後でオレがいくらでも始末書書いてやる! ガンガン手配してガンガン回れ!」
「申請通さんと車庫も開かんのですよ! 超特急で許可取るんでお二人は先に行って……」
「ハ、ならば最初の行き先は車庫に決まりだな」
カメは早くもバイクに乗って、ヘルメットをかぶっている。そして、皺の多い口元を太陽に向かってニヤリと歪ませた。
「太陽君、君は部下を率いて早急に車庫に行きたまえ。――君らがたどり着く頃には、車庫の扉は僕の鋼鉄キックによってその愚鈍な口を大きく開けているだろうよ」
「やるじゃん、カメ坊!」
「ああああああもう!!」
「粒子化の条件は知ってるな? お見合い相手のご趣味を聞くように個人情報を尋ね倒していけばいい。では幸運を祈る」
「感謝するけど恨むでホンマ!」
太陽の怒声を背中に受けつつ、ウサギもよっこいせとバイクにまたがる。
――生み出されたID喪失者を一人残らず粒子化してしまうことに、疑問が無いわけではない。だが彼らより、現実世界を生きる人々の命や生活の方が大事であるとウサギは判断した。
己の中で決めたなら、これ以上の迷いは邪魔なだけである。ウサギは深呼吸をすると、バイクのエンジンをかけた。装着したゴーグルの片面では、ID喪失者の位置と距離が分かるレーダーが動いている。
だが、まずは車庫だ。ウサギは爆音を立てながら大型バイクを浮かせると、アクセルを握る手に力を込めた。
「そんじゃ、ヒーロー出撃と参るかね!」
ウサギとカメを乗せたバイクは、急発進急加速であっという間に太陽らの前から姿を消した。