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撃滅機関の老害共  作者: 長埜 恵
本編
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7 推理

 カメから放たれた言葉に、ウサギは先ほど自分が作り上げたイメージが、脳内で確かな形を成してしていくのを感じていた。

 まるで粘土のように、ツブをくっつけて作り上げられた人間。あの中年男を作ったのが、他ならぬ比丘田だというのか?


 いや、それだと矛盾が発生する。ウサギは、カメの得意げな顔を睨みつけた。


「お前の話はおかしい」

「おう、聞いてやるよ」

「比丘田はスリープに入ってんだろ? ならどうやって中年男を作ることができたんだ」

「そんなこと僕が知るものか。もしかするとだが、比丘田の意志と技術を継いだ誰かがいるのかもしれん。ヤツが関係しているとしたら、この説が一番濃厚だろうな」


 淀みない回答である。しかし、まだ疑問は残っていた。


「そもそもヒトのクローンを作ることは御法度だろ。ひっそりイソイソとできるもんじゃない。こんな実験を現代日本でやらかして、今までバレずに済ませていた、なんてあり得ンのか?」

「そのバレる時が、今だったのかもしれんぞ。実験生物が逃げ出したことで研究が明るみに出た話なんて、今まで腐るほど聞いてきただろ」

「映画でな!」


 ここは現実世界である。映画の話をしているわけではない。

 だが、カメの推理はウサギ自身の思いつきとも合致していた。実行犯かどうかはともかく、今回の事件に何かしらの形で比丘田が関わっていると考えてみれば、筋が通ってしまう。


 色の抜けてきた金髪を手でかき上げ、ウサギは尋ねた。


「……で、どうすんの」

「どうするとは?」

「比丘田が裏にいそうだって話だよ。太陽君に伝えるんだろ?」

「何故だ」


 いや、何故だじゃねぇだろ。


「第二、第三の中年バナナが出たらどうすんだ」

「お前アホか。そんな事を伝えてみろ。とうとうボケたな、早く二人をスリープさせよう、で終わりだぞ」

「太陽君はそういうヤツじゃねぇよ」

「太陽君はそういうヤツじゃないが、周りのヤツらはそうだ。二十年前に起きた事件は解決した。クローン技術も完全に破棄された。それを今になって引っ張り出してきて、挙げ句の果てに比丘田の意志を継いだ人間がいるかもだと? 二十年前の完璧な捜査や対応に疑いを抱く僕たちは、完成されたシステムにケチをつける反逆者として扱われること間違いなしだ」

「要するに、面倒くさがられると」

「そうとも言う。つまり、今、太陽君らに進言することに僕は反対だ。大人しく次の犯罪が起きるまで待つね」

「待て。次の犯罪って、事件はあれで終わったんじゃねぇのか?」


 思わず身を乗り出したウサギに、カメは鼻で笑って返す。こんな簡単なことにも気づいていなかったのか、とでも言いたげた。


「終わるものか。むしろ終わらせる意味がない。でなきゃあんな中途半端な出来損ないが出てくるものか」

「出来損ないって?」

「中年男の最期の言葉を聞いたか? データがありません、データがありません、と言ってたな。なぜ、無いんだ? なぜ、作らなかった? なぜ、あんな単純な一言で瓦解するような脆い精神構造に仕上げた?」


 まくし立てるカメに、ウサギは腕を組んでなけなしの脳を働かせる。そして、ようやく一つだけ思いついた答えを差し出してみた。


「……システムが完成する前に逃げたから、とか」

「ふん、生意気に僕の推理を踏襲してきたな。それもあり得るが、こちらはもっと羽を広げてみるとしよう」


 そう言って両手をパタパタとさせるカメの姿は、実に腹立たしい。ウサギは顔をしかめて、目の前のジジイの言葉を待った。

 カメは十分ウサギを煽ったと判断すると、手を下ろして彼を見上げ、思いの外真面目な口調で言う。


「僕はこう考えてみたのさ。――あの中年男は、試作品だったと」

「試作品?」

「そう」


 よっこいしょとカメは慎重に椅子から立ち上がる。こういう所は、やはりジイさんだ。


「でなきゃデータ収集用だ。ともあれ、あの中年男は、完全である必要が無かった “ 何か ” ではあるのだろう」

「じゃあさっき言った逃げ出してきたってのは、お前のデタラメか?」

「そこは分からん。放たれただけか、本人は逃げ出したと思っていたか。こればかりはデータが無いことには何も言えん」


 ……ううん、話がこんがらがってきたな。

 ウサギは、頭をひねった。


 なんだ? 平たく言うと、あの男は何らかの目的を持つ誰かによって、この世界に放たれたということか? そして、まだまだあの男のようなクローンが出てくると。


「……それ、ヤベェんじゃねぇの?」

「ヤベェかもしれんな。まあ、次も今回のようにただのバナナ大好き君で終わる可能性も高いが……」

「どうかな。もっと大事件になるかもよ」


 ぽろりとこぼした言葉だったが、意外にもカメは食いついた。目を見開き、こちらを向く。


「どういう意味だ」

「うわ、お前怖ェ顔するなぁ。いや、なんていうかさ、オレ、この事件にはもっとタチの悪い悪意が潜んでる気がするんだよ」

「悪意だと?」


 ウサギの一言に、カメはようやく失念していたある事項を想起した。


「――拳銃か」


 ウサギは頷く。


 中年男が頭に突きつけていた、弾が一発だけこめられた銃を思い返した。ウサギとしてはただの直感で出した言だったのだが、こうやって口にしてみるといよいよ確信めいたものに変わっていった。


「ただのクローンのデータ取りなら、拳銃なんて必要ないはずだろ? 何ならもっと適切な道具を持たせればいい。それが、指一本で物だけじゃなく自分や他人の命をも奪える武器を与えるなんて、彼を作った創造主は何を考えてたんだと思う?」

「……子供に小銭持たせて、その使い所を見るって話か。小銭が拳銃に置き換わるだけで、大層意味が違ってくるな」

「オレの思う悪意の根拠はそこだ。うまく言えないけど、これってオレらが想像しているよりヤベェ事件じゃねぇかと思うんだよ」


 ウサギの懸念に、カメは眉間を指で押さえて考えこんだ。何か反論をしようとしているのだろう。

 しかし結局思い浮かばず、顔を上げる。


「……一理ある。となると、この件はあらかじめ太陽君に伝えておく必要があるな」

「だろ!? ほらな、オレ最初に言ったのに!」

「ええい、うるさいうるさい。バカは何か一つ思い通りになったらすぐ全能感に酔いしれるから嫌いだ」

「呼吸するように罵倒するよな、お前」


 さっき別れたばかりの若者の顔が蘇る。疲れたようなあの顔を、きっと自分たちは更なる心労で歪ませることになるのだろう。


 年下への労いは年上の特権だ。

 クッキーの一つでも買って行ってやろう。


 そう決めたウサギは、カメを伴ってまず自販機に向かったのだった。

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