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もらった残り物が美味くて辞められない

作者: 悠梨

 おつかれさまでしたーと声をかけて店を後にする頃には、半端に欠けた月もずいぶんと傾いていた。空にはうっすら雲がかかっている。残念、明日は雨か、と彼は内心嘆いた。せっかく久しぶりにバイト休みなのに。

 結局、バイトを辞めることはかなわなかった。何せ万年人手不足なのだから、仕方ない。ここは城下町だから、学院に通う若い子たちがバイトに応募してくることだってあるにはある。しかしその子たちが何故か早々に辞めていってしまうのは、

「……悪い子じゃないんだけどねー」

やはりあのオーナーの一人娘が問題なのではなかろうかと、彼は思っている。

「まぁ気の毒な境遇ではあるんだけど、もういい加減大人なんだからさ。

 そんなに魔法使いになることに未練があるなら、今からでも必死に働いて自分で学費を貯めて、上級学院にでも入ればいいのに」

 そもそも上級学院には年齢制限も無い。一度は剣士を目指したベテラン冒険家が、ある日魔法の力に目覚めたので、上級学院で勉強をし直すということだってある。若い子だけじゃなく色々な人が通っている。

 しかし彼女のあの性格だ、それはそれでプライドが許さないんだろうな。なんて難儀な子なんだろう。そんなことを思いつつ、夜道を急ぐ。

 見えてきたアパルトメントの自室、窓に灯る明かりを見て思わず額に手を当てた。あちゃぁ。今日は同居人の方が先に帰っていたらしい。

「ただいまー」

「おかえりなさい!」

 扉を開けた途端、待ち構えていた大型犬のように飛びついて来た青い毛の子どもを、すかさず躱す。躱された子どもが勢い余り、閉じたばかりの扉にぶつかるまでがお約束。ごちん。今日もまた良い音がしたもんだ。

「いたーいひどーい!」

「いつまでも学ばない君が悪いんでしょ」

 ぶつけた額を赤くして喚く子を素っ気なく置いて、荷物の整理もそこそこに、もらってきた余りモノの焼いた肉をフライパンに、スープを鍋に移した。カマドに乗せて、火を起こす。後ろで子どもがモノ言いたそうな顔をして見ていたが、何もおかしなことはしていない。

 焦げ付かないように軽くフライパンを揺すったり、鍋を掻き回しつつ、彼は胸の底から息を吐いた。やれやれ。

「それで君、赤竜退治に行ったんだって?」

 じゅうじゅうと肉を焼く音に消されないよう、気持ち声を張る。スープから上がる湯気の向こう、食卓を整えていた子どもが困った顔になった。

「どこからそれを」

「ほら、いつも言ってるバイト先のオーナーの娘さん」

「……バイト先かえるって言ってなかった?」

「今日も断られちゃいました」

「あちゃぁ」

 ほいこれ、とアツアツの肉とスープを乗せたプレートを差し出す。心得たように子どもが受け取って、テーブルに運ぶ。もう一枚は自分が持って、席に着いたら両手を組んで。

「んじゃ、今日も美味しいご飯が食べられることを、神様とバイト先のオーナーに感謝します」

「感謝します」

 祈りを捧げて、ナイフとフォークを手にする。

「あーおいし」

「それで、バイト先はこのままなの?」

「うん、まぁどうでもよくなっちゃうよね、こんなに美味しい残り物もらっちゃうと」

 そして、そんなことで話題は簡単に逸らせないよ、と子どもに真っ直ぐ視線を向ける。

 ……前髪が邪魔で、よく見えない。やっぱり切らなきゃだめだこりゃ。

「あー……その」

 それでも子どもには前髪に妨害されずに意図が届いたらしい。口に含んだ肉を飲み込んだ子どもが、さらに眉を八の字にして話し始めた。

「ボクは止めたんです。あの竜は砂漠の瘴気を取り込んで浄化してくれてるから、討伐しちゃだめだって」

「うん」

「でもほら、ギルド長さんは砂漠の向こうまで、安全な道を開拓したがってるじゃないですか」

「交易路ね。あるじゃん、もう」

「うん。でも最近モンスターが増えて、商売人や旅人がおそわれることが増えてて」

「それは世界樹の周期的に仕方ない――って誰も知らないの?」

「そうみたい。で、これはきっと赤竜さんのせいだーって盛り上がっちゃって」

「あちゃぁ」

「仕方ないから先回りして、こっそり赤竜さんと話して、派手な立ち回りの後やられたフリをしてもらって、しばらく姿を見せないようにお願いしてきました」

 なるほど、それで討伐譚になるわけだ。

「きちんと賄賂持って行ったかい?」

「うん。世界樹の葉の紅茶を。このあいだ、行商のエルフさんから買っといたヤツ。喜んでましたよ」

「それならよかった」

「全然よくないです。これでまたボクのうわさが一人歩きしちゃってるんでしょ」

「今日の時点では『異世界から来たチート転生者』になってたなー」

「もー!」

 憤慨したように頬を膨らませて(でもその中身は肉だ)、子どもが眉を逆に吊った。でもその実、彼は知っている。コイツ、まんざらではあるまい。だって街に出ればチヤホヤされるのだから、気持ち良くないわけがない。

 ……まぁべつにいいけど。後々それで困るのは僕じゃないし。

 そんなことを思いながら、クリームスープを口に含む。うっわ美味い。新メニューにするって言ってたけど、マジ美味い。オーナーてんさい、オーナーばんざい!

「それにしても、困った世の中になっちゃいましたね。世界樹の周期のことや、各地にいらっしゃる大物さんたちの役割について、今はあまり知られてないなんて」

 ボクだって、こうして先生に教えてもらってなかったら誰にも教えてもらえないまま、竜退治にでも何でも行っちゃってました。

 そんな風に言う子どもの顔は、そこそこ真面目なので、

「先生って呼ばないでって何度も言ってるでしょ。

 うん、学院がね。きちんと教えてないまま冒険者を量産しちゃってるから」

ついつい、ちょっと思い上がるくらい許してしまうあたり、つくづく彼は教育者ではないのである。

「学院……」

「行ってみたい?」

「別に……魔法は先生が教えてくれるし……でもそう言われちゃうと、どんな風に何を教えてるのかは、気になるかも」

「行ってもいいけど、学費は自分で出しなさいね」

「ひどい!」

「君の方が稼ぎがいいんだから、当然でしょ」

「もー!」

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