第九話:買い物は買う前悩んでる時が一番楽しい
金曜日、私は約束した喫茶店へと少し早めに到着している。予想より平日の道路がそれほど混んでいなかったのもあるが、早めに到着する分には困らないだろうと余裕を持って家を出たためだ。
珈琲を頼んで待っている間、樋口さんに送って貰ったプロフィールと試験時の成績を見ていた。名前と身体測定結果ぐらいの簡単なモノで通ってた学校や家族構成なんかは省かれているヤツ。
天道冬花、18歳。ついこの間誕生日を迎えたばかり、法解釈や法令等のペーパーテスト結果は良好、嫌らしい引っかけが多いテストでこの結果を出せるなら国語力や冷静さは平均以上だと予想できる。
運動能力は私より少し優れてるくらいのスコアだ。習い事や部活で運動経験がそれなりにあるのかも。本人の資質次第ではかなり早くに深層ダイバーへとなり得るポテンシャルがありそう。
チャンネルチャットで少し会話した際は、極めて事務的なやりとりのみだったので人間性まではわからない。これ以上の考察は実際に会ってみないと出来ない、かな。
今居る店はJR博多駅から一駅先の吉塚駅に近い地下鉄千代県庁付近の喫茶店。ここならJR・私鉄・地下鉄どれを使っても便利な立地だ。少し歩けばダンジョンにも行けるし待ち合わせには最適。
やがて同年齢くらいの子が席にやってきて「夜名川さんで間違いないですか?」と尋ねてきた。
「いらっしゃい、天道さんよね?どうぞ座って」
彼女の見た目は、切れ長の目と私と同じぐらいの身長、腰のラインが絞られたピーコートにパンツスタイルがよく似合ってる。肩より少し下程度まであるミディアムのふわっとした髪型は結ぶか切らないと邪魔になるかもしれない。
「どうぞ座って。何頼む?経費で落とすし遠慮無く頼んでいいから」
「それじゃ、珈琲を」
「お昼は済ませた?」
「あ、まだです」
「なら食事も頼もうか、私も何か食べたいし」
「ではサンドイッチを」
「すいませーん」
珈琲のおかわりと注文を済ませ、改めて自己紹介。
「プロフィール交換してて自己紹介ってのもアレだけど。夜名川千春です」
「天道冬花です」
お互い引率者と非引率者としてプロフィール交換していたから微妙な感じだ。
「ID関係からやろっか。いくつか有用なアプリとサイト送るから登録してね」
お互いIDを取り出しロック解除。必要なアプリで最低限必要そうなモノを送っていく。
「連絡用のチャネルは入ってるから、チャネルネットのBBS専ブラとオークションアプリと、買い取り相場関係ね。あとダイバーズマップ、これはダイバー装備扱ってたり有用なお店とかの情報を共有してる。まずはこれくらいかな」
「全部インストールしました」
「スマホで出来ることはIDで大抵出来るから。私はすぐ解約しちゃった、殆どのダイバーも同じはずだよ、ただしゴツイけどね」
「そうしようかな、しばらくいじってましたが不足ないみたいですし」
「まだ民間には規制かかってるダンジョン由来技術でバッテリーの持ちも段違いだし、ただセキュリティの関係か一般サイトは少しモタついたり、ゲーム関係もアクション性の高いモノとかは難があるみたい」
「なら問題なさそうです」
「あ、先食べようか」
店員さんの持ってきたサンドイッチは昼食に適度な分量があり、味も悪くない。
「それで、装備なんだけど昨日いくつか見てきてパンフも貰ってきた」
「わざわざすいません」
「休日の暇つぶしついでだったから気にしないで。持ってるモノと予算との兼ね合いだろうけど、登山用のこんなバッグとか持ってないよね?」
昨日もらったパンフを机に並べ、ついでにブーツも小さい冊子があった分はもらってきてる。
「流石に持ってないですね」
「最低限腰ベルトがないバッグだと、少し運動しただけで揺れちゃって疲労が貯まりやすい、持ち歩く水は工夫次第だけどいずれハイドレーションの買うことになる可能性が高い」
「給水ボトルとかだめですか?」
「だめでは無いけど、飲み進めると水がチャプチャプ揺れちゃうでしょ。それが地味に効いてくるよ。PT組んでも毎回給水のために立ち止まって、取り出して飲んで仕舞ってって余裕あるわけじゃないから」
「はー、なるほど」
「荷物に合わせて調節できて、重量が増えても疲れにくく水の都合を考えたらこーいう登山やハイキング用のバッグに行き着いたの。このあたりの価格帯くらい出せば問題ないよ」
「説明されるとまさにダンジョン潜るにはコレしか無いって感じがします」
「贅沢言えば、ライト取り付ける金具とか、ワンタッチで胸と腰のベルトが外れる機構とかほしいけど。まだダンジョン専用って製品は出てくれないんだよねぇ、だから民生用改造して使うしか無い」
「他にそろえるべきモノはどんなモノがあります?」
「ブーツとライト類かな。はじめは戦い方も定まって無くて割と足をとっさに使ったりするから、これはバッグより優先した方がいいと思う」
「ブーツは靴屋ですかね、ライトはホームセンターでそういうコーナーを見た記憶が」
「靴屋よりホームセンターか、作業服系に力入れてるワークスマンってとこで安全靴あるみたいだから、最初はそれでいいんじゃないかな。スタイル定まればスニカーの方が良いって場合もあるだろうし。
ライトはランタン系とフラッシュライト系はほしいね、キャンプ用品あるところが良いと思う」
「はぁ、講習の自衛官さんは全然具体的な装備のこと教えてくれなかったし、想像と結構違いますね」
「自衛隊も半年潜ってたからある程度知ってるとは思うんだけど。でも税金納めて貰ってる人の前で堂々と自腹装備で潜ってましたとは言えないよね……」
そうなると色々面倒な問題が起こったり、叩かれたりしそう。人相手に洗練され尽くした装備は、それ以外に対しても万能とは行かなかったんだ。
「そう言われれば、そうですね……。あとは服と武器ぐらいでしょうか」
「服はねぇ、私の場合上下に速乾性の高いコンプレッションスーツとタイツ、んでシャツとショートパンツにアウターはゴアテックス製のジャケット。要点は汗を吸ってくれてアウターは……血とかを防ぐ性能ね」
「血を防ぐ……」
飲食店なので最後は小声で伝えるしか無かったが、察してくれたようで彼女も小声で返してくれた。
「光になって消えるんだけど、それまでに飛び散ったのは消えてくれないの。最初のうちはボロボロになるだろうし、安いカッパを使い捨てるつもりで使うのがおすすめかな。結構やっかいなんだよ、染みたらベトついて乾いたらガサガサになるし、だから拭うまで防いでくれる素材のアウターだね」
はじめの頃そんなの全く思いつかなくて、ドロドロになって帰還した一陣の皆で試行錯誤したんだ。カッパは蒸れるからポンチョにしてみたり、バイク用でオールウェザーのアウターも試したけど動くと暑くてダンジョンにはあまり向いてなかった。そういった苦い思い出がたくさんある。
今の新人は先人達が苦労した知恵があるから恵まれてる。
「あ、あと防具類なんだけど、これは未だ研究中な部分が多いの。それ前提なんだけど胸部と腕は必須かな、脚部は運動性を考えて必要ならって感じ。モノはバイク用のプロテクターで必要部分だけ付けたり、ダンジョンドロップ品もある、ただしドロップ品は重いのが多い」
「じゃぁインナーは買って、他は捨てても良い服とカッパですかね、結構掛かりそう……お金足りるかな」
「予算はどれぐらい?」
「10万くらいならなんとか」
大雑把に計算してみよう。
ブーツとインナー類は普通に安く買って1万ほどか、これらは中古じゃ気持ち悪いだろうし必須。バッグは少し優先度下げてもいい、防具やライト類は私の昔使ってたのを明日貸してそのまま売っても良いし中古市場にも出回ってる。中古に抵抗がなければオークション使ったり安くあげることは可能だ、もし買うとしても高級品じゃなければ10万以内でそろえることは十分できそう。
「ブーツとインナーは今日買った方が良いね、他は中古に抵抗がなければそれなりのモノが市場に出回ってる。ダイバーは金回りいい人多いから、買ったもののすぐ他に買い換えたりしての美品が溢れてたりするし。新品で買っても通販利用したりして安くあげられそうだよ」
「それならなんとか。今日行けるのはホームセンターとスポーツ用品店でインナーくらいかな」
どっか店がまとまってて一気に揃いそうなところないかな……。ないなぁ、どこ行っても何かは揃うけど他が揃わなさそう。福岡って中途半端だよ。
ダイバーズマップで調べてもバイク用品店は微妙な場所だらけ。うーん、ワークスマンに行ければライト・防具・リュック意外は揃いそうなんだよね、それらは私の予備やお古を貸してなんとかなる。
「今調べたんだけど、ワークスマンに行くのが一番良さそう。家の近所にあったりする?」
「見てみます……。全然無いですね、てかワークスマン微妙なとこばっかり、この辺バスでもどうやって行くんだろう」
ターゲット層は車持ち前提だろうしなぁ。
「私車で来てるから、乗せてこうか?私も一度行ってみたいんだよね」
「いいんですか!?てか免許持ってるんですね、うらやましいなぁ。時間とかも大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、特に予定とかないし。行こうか」
近くのショッピングモールに車を止めてるので、話しながら移動。
「免許は学校で禁止されてた系?」
「それもあるんですけど、誕生日最近だから通う時間が確保できなくて」
「あー、そっか。進路は?大学行きながらダンジョン?」
「いえ、大学は金銭的にキツいので諦めました。丁度良い具合に協会審査通って講習もパスできたので、すごく助かってます」
「私も似た感じだなぁ。金銭的には問題無さそうだったんだけど、下に弟居るし早くにダイブし始めることが出来たおかげか今じゃそれなりに稼げてるし。じゃ大学行かなくてもいいかなって」
「ウチの親は国立なら学費出すって言ってくれたんですけど、そこまで頭良くなくて。奨学金もらって私立行くってのも、今の就職や賃金状況だと怖くって」
「わかる、ただでさえ終身雇用とか破綻してるのに何百万も借金背負ってらんないよね」
「ですです。あー、さっきまですごく年上に感じましたけど。同い年なんですよね」
「そだよ、プロフ見たでしょ?だから気軽にチハルって呼んでよ」
「じゃぁじゃぁ、私もトーカって呼んでください」
「おっけー。もうすぐ車つくよ」
なんだか新鮮だ、学校じゃダイバーだって公言してない後ろめたさもあって皆と距離できてたし。最近会話するのはダイバーばかりで殆ど年上だったり、私の方がキャリアが長かったりでこれほど自然に会話出来るのは久々かも。
最初はあまり乗り気がしなかったけど、会ってみたらなんとかなったし、上手く付き合えると良いな。