第七話:パフェは陰謀の味
パフェを食べ終わって食後のコーヒーを一口飲んだ頃、唐突に真剣な声のトーンでサリィさんが問いかけてきた。
「ねぇ、もし10F攻略を目標にPT誘われたら、参加する?」
――これは、誤魔化しや嘘とか許されない勢いだなぁ。
「余程変なメンバーが居ない限りは、参加します。そんな話が出てるんですか?」
「少し前にスポンサー契約打診の話が来たのよ。いくつかのメーカーがスポンサーになって装備類と強化費用を提供するから、その装備を使って最速で10F攻略してくれないか?ってね」
「受けたんですか」
「いや、断った。怪しかったし」
「スポンサー契約としては割とあり得そうな話に聞こえましたけど?強化費用も装備を乗り換えてほしい裕福なメーカーなら出すことがあるって聞いたことあります」
私にも一時期スポンサー契約の話はあった。グローブのメーカーとスポーツタイツのメーカーだったかな。
あまり目立ちたくなかったし、装備更新の自由度が下がるのが怖くて断ったけど。
「それがさ、続きがあってね。全国に先立って1番に10F攻略したら報酬二千万だって」
「二千万……」
「それが達成できなくても、その地方のダンジョンで10F突破の初PTになれば一千万」
「あ、なんか見えてきましたね」
要は10F初攻略PTのブランドがほしいわけだ。そうすれば機関誌や業界紙なんかで知名度爆上がりで、後発組があやかってそのメーカーの品を求める。
今はまだ皆手探りに近い状態で少しでも良い装備を探してるから、ここで一気にシェアを獲得できれば覇権を握れる可能性が高い。
そうなれば金が集まってさらに良い装備が……とはいかないだろうな。競争相手が居なくなれば殿様商売になって品質が下がるか、そうでなくとも良い未来はあまり思い浮かばない。
携帯キャリアの料金とか一昔前はひどかったのが記憶に新しい。
「それもさ、話持ちかけられたのがメインホールや協会支部じゃなくてデブリーフィング用に入った喫茶店でよ?」
「うわ、めっちゃ怪しい」
私が前にスポンサーの話聞いたのは協会の装備課だか備品課だかから話が来てって感じだったかな。ちゃんと前もって話をしたがってるメーカーさんが居るって連絡が来た。
「気になってコソッと顔写真撮って調べたわけよ。そしたらなんと現経済産業大臣の私設秘書だった。フェイスブックの写真で顔認証かけたから間違いない」
「すごい癒着のにおいがする」
「今は厚労省管轄の協会だけど、経産省と防衛省とは相当もめたらしいわ。
負けた経産省としては少しでも甘い汁を吸おうとしてるのか、何にしても気にくわないじゃない?
元より10F攻略なんてダイバーにとっては常に目指してる訳だし、それを一歩進めてもっと積極的にやってみてもいいんじゃないかと思ってね」
「それ、他に誰誘ってます?」
「レンと綾姉さんにはそれとなく話して色よい返事貰ってる。10F行くのに野営必須だろうし、6~9人ぐらいが最小かなぁ、場合によっては増やすかも」
「なるほど……私はいつ声がかかっても大抵大丈夫なんで、そのときはお願いします」
「優秀な人材は多いほどいいからね。特にチハルちゃんの耳は特別製だから期待してる」
店を出る際、キャリアの先輩である私が払うか年上のサリィさんが払うか少し揉めてしまい、コインで決めようと言い出したサリィさんが払うことになった。
――どうせ経費で落とすんだから別にいいでしょ。
「そうだ、最近出た面白いデバイスが出たの知ってる?」
「どんなヤツですか?」
「こう、耳にかけて装着するヤツ。それつけてたら頭の中で考えた言葉をIDで拾えるんだって。PTのメンバーが同じの装着してれば声を出さなくても会話ができるらしいよ」
「へぇー、それは便利かもですねぇ」
「博多の淀橋なら展示機あるかな?そこのベター電気にあればいいんだけど」
「見に行きましょうか」
パフェ屋に1時間ぐらい居たけど、別に用事があるわけでもないし。ソロとしてはあまり興味がわかないデバイスだけど、これから使う機会があるかもしれない。
「ここも敷地面積じゃ淀橋に負けるけど、それなりに何でも揃ってそうですけどね」
「ここも博多ダンジョンからそう離れてない電気店の本店だし、あると思うんだけどな~」
「機能的にIDとセットで使う感じなら、この1Fにありそうですけど。あ!これじゃないですか?」
販売員さんが付いた専用コーナーが設けられていて、ポップには「これぞ近未来!」「喋らず通話」とそれらしき文言が書いてある。
「こんにちは!InnerWordDeviceに興味がお有りですか?」
「そうそう、そんな名前。私たちダンジョンダイバーなんで、ダンジョンで使えるかもと思って見に来たんですよ~」
「そうなんですね。元はMITでできた筋電位読み取り技術を需要がありそうなので製品化に至った商品です。早速試してみますね、今私がつけてるこの装置が」
<考えた言葉を読み取って、それをIDでの通話やゲームでのボイスチャットなどにも使うことができるんです>
お兄さんの言葉が途中からスピーカーから出るようになり、その際口は一切動いていない。
「言葉を読み取ると言いましたが、脳波じゃなく、黙読のときに発生する顎周辺の筋電位を読み取ってそれを解読ってのが詳しい仕組みになってます」
「すごい!」
これがあればハンドジェスチャーなんか覚える必要も、使う必要もなくなる。
「PT用のチャンネル作って、これを入出力デバイスにすれば音を出したくないときでも会話できそうでしょ」
「これ、二人で試せますか?」
「はい、こちらにペアリング設定した機器がありますので、どうぞつけてみてください。コツはハキハキと喋ろうとする感じを黙読するみたいにすると読み取りにミスが出にくいです」
"どぉ?サリィさん聞こえる?"
"すごい!こんな風に聞こえるんだね。こっちはどう?"
"聞こえるよ!"
「どうでしょう?肉声じゃなく機会音声なので違和感があるかもしれませんが。IDにアプリを入れてペアリングだけで使えますし、音響メーカーが出してる機械音声ソフトを導入して個人別に設定できます。あとは個人の声をサンプリングさせてインプットすればほぼ肉声で聞こえますよ」
機械音声と言っても、かなりできが良い。これなら感情ニュアンスも問題無く伝わるはずだ。
「骨伝導イヤホンだから、耳が塞がれないしいいですね。まるでSFの世界みたい」
「アニメの攻殻機動隊みたいですよね」
「こうかく?機動隊?」
「あー、えっと昔のアニメです。電脳技術っていう、こういうことが出来る機械類を頭に埋め込んだ設定のアニメが評判で、ハリウッドにも影響するレベルで話題になったんです。しらないかぁ……」
なんかそういう設定のPVっぽいのを数年前に見たような?IDで調べてみると最初の劇場アニメが25年以上前ってのに驚き、少し前に作られた新テレビシリーズもあるらしい。少し興味があるかも、次の休みに見てみようかな。
「バッテリーの持ちはどれぐらい?あと読み取り精度って90%ぐらいなんだっけ?」
「これ自体の動作可能時間は連続24時間稼働です。読み取った内容の解析をIDやスマホで行っているのですが、資料ではID側とペアリングし他のアプリを使用してない状態で24時間のベンチ結果が出てます。読み取りは日本語環境だと99%以上の精度が出てます」
「へぇ~精度上がったんだ、共通の外部バッテリーから急速充電はできる?」
「できます、プラグD端子でのワイヤード給電と、無線給電に対応してます。日本語は意味と音が乖離することがないので精度が高いそうですね」
「いいね、それなら使えそう。しかし8万かぁ、PT分そろえると結構いい値段するな~」
「私は2つ買っておこうかな、一つは引率で使えるし、普段は予備かバックアップに」
「ポンと買えちゃうのすごいわ。私も買うけどさ!私は3つ買う。領収書の但し書きにPT用装備として通信機器x3ってお願いします。」
事業用カードで会計を済ませ、PT用装備として通信機器と書かれた領収書を大事にしまう。この額の領収書の価値はさすがに重い。気軽には扱えない。
カード払いと言っても厳密にはクレジット決済ではなく、口座引き落としだ。ダイバー業はまだ信用度の格付けが出来ないのか審査に通らない。
――まだ私ですら1年も経ってないから信用度もなにもないよね。稼ぎは結構あるんだけどなぁ。
だからネットバンクのデビットカードを使ってる。月次決済出来なかったりするけど、それ以外はクレジットカードと使い勝手が変わらないし、口座にお金があればかなり高額の決済もできる。
事業用と通常決済用を分ければ帳簿管理が楽だ。
「ねぇ~これって音響機器?電話設備?通信機器であってるよね?」
「通信機器じゃないですかね?」
「そっか、メモっとこ。念のため確認の必要アリ、と」
税理士と顧問契約してても、帳簿を自分でつけるのとやって貰うのでは値段が違うし、こういったところは日々記録しておかないと大変だ。まとめてやろうとしてコレって分類なんだ?とかあの時のレシートどこだっけ!?となる。
私は帳簿付け初めて半年ほどだけど、少しずつ知識が付いてってるのがわかる。
――こんなの、普通に進学したりアルバイトや就職じゃ絶対身につかないし興味湧かないことだよね。うん、私はダイバーで居ることにすごく充足感を感じるんだ。
ゲームVC用にちょっと欲しい