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第五話:スパイスの香りは刺激的な未来の予感

「ただいまー。卵買ってきたよー」


 帰宅すると、どっと疲れが押し寄せてきた。ダンジョンもそれなりに疲れたが、むしろ帰りの運転の方が疲れたかもしれない。


 ダンジョンに潜り始めて半年、今じゃ適度な力の抜き方も覚えて探索自体の肉体疲労はそれほど無い。問題はソロでダイブしてるゆえの精神力や脳みその疲労。


 PTなら各種警戒の方向とかを分担できるがソロじゃできない。


 戦闘も同じくソロゆえ戦い方に制限があって、持てる知識と技能をフル回転させてなんとかやってる感じだ。


 苦労の分稼ぎも良いが、毎日潜るのは無理キツイ。稼ぎに対して十分見合ってるかと言われると即答しかねるなぁ。間違っても誰かに勧められる潜り方じゃないと思う。



「なんかすごい疲れてるね、さっきはテンション高かったのに。どうしたの?」


「福岡の車はゴブリンが運転してるから疲れる」


「前にゴブリンは案外賢いって言ってなかったっけ……とりあえず夕飯にしようか?油暖めてあるからすぐできるよ。洗濯物はいつもの籠に入れてくれてれば、やっとくからさ。お風呂も沸かしてるから食べたら入りなよ」


「イチカは優秀だなぁ。おかげですごく助かるわぁ」


「俺はねーちゃんに守られてばっかだからさ、これくらいはね。この肉半分ずつで食べきれる?」


「食べるー!あ、でもご飯は少なめで。多分胃が縮んでる」


「了解、10分くらいでできるから楽にしといて」


 幼い頃に母親を亡くしてるせいか、イチカは同年代と比べて大人びてる。家事は私がやってたけど、最近じゃ殆どの家事をやりたがる。


 父親は商船に乗ってるから、今は数ヶ月に1回しか帰ってこれない。父が居ない間は協力して生活しないといけないって事情もある。その分長く休みが取れるから家族中は良い。

 父が次に帰ってくるのは2月後かな。



 カレーができる間に装備の整理でもしようか。斧とマチェットは汚れを拭って刃をシャープナーで研ぐ、週一と月一のメンテ以外は軽くでいい。


 部屋のロッカーにしまってホルスター類からポーション等取り外し、同じくロッカーに。革製品のメンテはお風呂から上がってにしようか、時間が足りない。


 スクロールは厳重にロッカーの奥へ、これも使い道考えないとなぁ。今日の戦闘ではもう少しマチェットの切れ味が良ければ、という場面が何度かあった。


 お、カレーできたみたい。訳30時間ぶりのまともな食事!絶対おいしい!



「いただきます」


――美味しぃ。何がどうおいしいとかじゃない。体や細胞のみならず魂レベルで染みこむ感じ。


「はぁ~、ため息出るほど美味しい。結婚する相手が心配になるレベルだよ」


「大げさな、うまくできたとは思うけど、キャンプの時に父さんが作ったカレーにはまだ届いてないと思うんだよね」


「あー、アレはねぇ。美味しかったけど、ほぼシチュエーションと思い出補正でしょ。私はこっちのが美味しいと思うよ」


「そうかなぁ。記憶は薄れてるけど、あの美味しさは覚えてるよ」


「あの時すごいお腹すいてたし、キャンプってシチュエーションでより美味しく感じただけよ。記憶は美化されるモノなんだよ」


 なにより使った素材の鮮度が違うしね。道の駅で買った野菜類は鮮度抜群だったはずだし、飯ごうで炊くご飯とかに興奮してたイチカの記憶はすごい補正がかかってそう。冷静に思い返してみれば味は普通だったと思う。


「そうだっけかなぁ~、そうだとしても姉ちゃんには勝てないな」


「そりゃぁ料理歴が違いすぎるでしょ、でもカレーはそろそろ抜かれちゃうかな」


 料理も手伝いたいと言い出したとき、失敗しにくいカレーやシチュー等から教えていたから、今じゃかなりうまくなった。肉じゃがは完成度低かったけど、同年代の男の子としては上出来な部類だろう。本人かなり落ち込んでたけど。


「どうしよ、案外食べれちゃった。おかわりしようか悩む」


「やめといたら?後でお腹すいたら夜食にすればいいじゃん。多分気持ち悪くなるよ」


「むぅ、食べれると思うけど。やめとくか、ごちそうさま」


「ごちそうさま」



 食後のコーヒーを飲みながら、そろそろ高校受験の日程が迫ってるなと思い聞いてみた。落ちるとは思ってないが、どうしても気になってしまう。


「そういえば、そろそろ入試大丈夫なの?料理してる場合じゃなくない?」


「偏差値的には余裕あるし、そこまで焦ってないよ」


 なんとも余裕な発言である、私の時は不安で勉強してないと落ち着かないくらいだったのにえらい違いだ。


「てか、本当にうちでよかったの?もっと上も射程圏内だろうに。美術科がある学校のパンフも持って帰ってきてたでしょ、そっち行っても良かったんだよ?」


「別にいいじゃん。美術科は結構遠いしね。それに姉ちゃんの学校生活みてて同じところ行きたいって思ったんだよ」


「イチカがそれでいいなら、何も言わないけど。イチカもちゃんと自分事第一に考えて進路決めてほしいって思ってるのよ。

 将来的に美大行きたいならお金とかお父さんも私も出すし、それに最適な学校があるなら偏差値とか気にせずにそこ行ってほしかったって思ってる」


 イチカの絵はすごく幻想的で、家にもいくつか飾ってある。私はイチカの絵が好きだ、その独特の世界観は人を引きつける何かがあると思う。

 風景画のような絵が多いけど、それはこの地球上のどこにも無い。すべてはイチカの頭の中にある幻想の世界なのだそうだ。元は私が読み聞かせた絵本の世界らしい。


「美大は少し考えてるけど、まだ絵は部活や趣味の範囲で楽しめればいいって思ってる。それに姉ちゃんこそどうなん?俺のこと一切考えずに進路決めたって言える?」


「進学しなかったこと言ってんの?」


「それもあるし、芝居は続けたかったんじゃない?」


「大学は魅力的な学科見当たらなかったし、芝居はねぇ。ダンジョン潜ってる限り劇団員やるのは難しいし、たまに見るくらいの関わりで十分だと思う。それで満足してる」


「……姉ちゃんはずるいな。言い訳上手くてはぐらかされてる気がする」


「そんなことないって。私は今の状況に悔いなんて無いし、だからあんたも好きに生きていいんだよって伝えたいの。じゃ、お風呂先入るから」




 湯船に浸かりながら先ほどの会話を考える。


――自分のこと第一に考えて、かぁ。今までの選択を後悔したことはない。ダンジョンに潜る事も、進学も。高校は偏差値より通学距離を少し優先したかもしれないけれど。実際は自由な校風とか中身で選んだ。


「ダンジョンだって、好きで潜ってる。稼ぎがいいとか関係ない、だって――」


――命を身近に感じるから。


 命を奪うこと、命の危機に窮すること、生を望む魂の叫び。それらの快感は強烈だ。私はそれに酔っている。


 普段の生活は、まるで見えない繭に包まれてるように退屈を感じる事がある。重い全身鎧を着て水中に居るかのような息苦しさ。


――私は狂ってるのかな?


 ダンジョンの暗闇に母を感じる事ができる。幼い頃暗闇に怖がってる私を安心させてくれた言葉と手のぬくもり。


 空腹を感じた時には母が作ってくれた料理の味を。


 一人でダンジョンに潜ると、普段ではもう薄れている母の記憶を呼び起こす事ができる。


――だから私はダンジョンに潜るんだ。


 もしかしたら、イチカには私が得られなくなった「普通」を期待してるのかもしれない。それはひどく醜いエゴだな、弟には自由に居てほしい。


 私が引率する子もやがて狂ってしまうのだろうか?18の女の子に探索許可が下りることは珍しいはず。


 第一陣で受かった成人直後の男女は実験的意味合いが強く数は少なかった。それ以降は殆ど18の男女で探索許可が下りるのは珍しいはずだ。


 AIのスコアリングとスクリーニングに心理傾向診断をクリアする数は多いが、余程身辺調査で特別な事由がないと人事課が通したがらないと聞いたことがある。


――同年代ってことで仕方なく受けたけど、面倒な子じゃないといいなぁ。


 人格的になにか問題があるような人は、AIにはじかれるから大丈夫だとは思うけど。


 同じ部活だったり、後輩となんかは割と普通に接していると思う。けど同じクラスや学年といっただけの子達とは、正直微妙だ。どこに置いて良いのか距離感がわからない。

 近すぎても遠すぎても攻撃の対象になる女子の人間関係は、私には向いてなかった。

 

 樋口さんと一緒に話した限りじゃあまり相手のこと分からなかったし、正直不安だ。


――あまり介護しすぎてもその後大けがするだろうし、追い詰めすぎても駄目だろうしなぁ。あぁ!同年代の女の子がどれくらいか全くわからん!

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