第一話:危険は金の臭い
サブタイトルのセンスが絶望的なので「第○話」だけになるかもしれません。
でも読み返すときの目安には便利なんですよね。迷います。
――すぅーはー、すぅー、はー。
ランタンの明かりが照らすだけの薄暗いダンジョンの通路。
耳に聞こえるのは私の呼吸音だけ。
音がなさ過ぎて耳が痛いってのはソロダイバーあるあるかな。
「チッ、ドロップなしかぁ」
右手に握った手斧からは血が滴り落ちており、手にも先ほどの戦闘の余韻が残ってる。
――普通の人が今の私をみたら、どんな反応されるかわかんないね。
ホブゴブリン三体。
この階層ではポーションも武器もスクロールも落とす割といい獲物。
弱くは無いが、人の形をしてるから動きは読みやすい。得物さえ飛ばしたり腕を切り落とせば脅威度はガクッと落ちる。
そう、もはや獲物だ。
モンスターや怪物とか色々な呼び方はあるけれど、私たちダイバーにとっては敵であり獲物だ。
それを殺すことに抵抗や戸惑いなどあってはならないし、スキになる。
命を奪う決意、なんてのはダンジョンに立ち入る前に済ますべきことだと私は思ってる。
コツは呼吸と同じ。息を吸うように殺して、息を吐くように当たり前に生き残るってのが、私のダイバー生活の中で培ったコツかな。
ドロップアイテムの形にならず、消えてゆく光の粒子をみても「まぁそんな事もあるか」って位の感想。
ここじゃ期待しすぎたヤツほど失うものが大きいと思う。
――だけど三体ともドロップなしは少しだけ、へこむなぁ。
左腕に装着したスマートウォッチがブルッと震え、時刻の通知を促してきた。もぐり初めて八時間のアラーム。そろそろ戻らないと帰りが遅くなってしまう。
装備と上着についた血を拭い、バックパックから伸びるホースで水分補給とブロック状の栄養補助食でカロリー補給。
私はコレ好きだけど、すでに今日三回目ともなると少し飽きる。
飢えた胃は量を寄越せと満足しないし、脳や舌は疲労から塩気や味の濃いモノを求めてる。
「帰ろ……」
今居る階層は地下6Fで、7Fへの最短ルートからは少し外れた辺り。
まずはそのルートまで戻るため、現在地を把握しないと闇雲に動けばたちまち迷子になってしまう。
特に戦闘後は方向感覚が狂ってたり、覚え間違いが起こりやすいタイミングだから特に気をつける。
胸ポケットから地図をとりだし、スマートウォッチの表示モードを通過記録地点表示に切り替える。
6Fに降りた直後にポイントを記録してるから、手元の地図と記憶を比較し正確なルートを割り出す。
――うん、記憶との違いもない。ルートも大丈夫。
ダンジョンじゃコンパスは使えないけど、ウェイポイントナビゲーションはコンパスより便利な機能だ。任意の場所を記録できるし、その方向と距離も表示できる。
――帰りも油断せず行こう。怪我しちゃたまらない。
広い場所ならそれなりに道幅と高さもあるダンジョンだけど、暗がりや背後からの奇襲、または飛行能力のある敵が空からも襲ってきたりして、移動中も油断ならない。
愛用の手斧を肩に担いで無駄な疲労を避け、左側の壁に近い位置を常に意識して移動。
デメリットもあるが、右手で振るう武器の邪魔にならず、壁を背にすれば正面に集中できるメリットは魅力なんだ。
ほかの道と交わる地点では立ち止まって耳を澄まし気配を探る。近づく足音や待ち伏せの気配が無いことを確認して先へ。
ひとつ上の階ならここまで警戒しなくてもいいんだけど、ここ6Fじゃ敵が複数居ることが当たり前だから気をつけるに越したことは無い。
◇
――なんだかいやな感じ……。少し獣の匂いが残ってる気がする。
雨の日のペットショップみたいな。それをギュッと凝縮したような。
待ち伏せ?
ここで獣と言えばグレイウルフだ、一匹でも油断すれば命を落とす。
たとえ死んでもしばらく肉体的、精神的にツラいデスペナルティーを受けるだけでダンジョン入り口で蘇生できるけれど、進んで死にたくは無い。
デスペナはホントにツラいんだ。
インフルみたいな関節痛に無力感。頭がガンガンして眠れば悪夢のオンパレードだし精神的にもかなりツラい。それが一週間以上!
ランタンが照らし出す範囲に姿は見えない。もしかしたらこの場から離れてるのかもしれないけど、油断して待ち伏せ食らうのはやだな……。
手早くポーチからケミカルライトを三本取り出して折り、それをランタンが照らし出す明かりの向こうへとポイポイッと投げた。
一本は足下に。
戦闘に備えバックパックを降ろしたので、それに下げてるランタンが大きな陰を作ってるからその対策。
私はじっくりと舐めるよう視線を動かし、敵を探す。
――居た! 二匹?
ケミカルライトの光が僅かに届いて、暗闇の中に二対の目が見えた。三匹ぐらいは覚悟してたから少しほっとする。
こっちの様子を窺うように、ゆっくり蛇行しながら近づくオオカミ達。
私は右手で斧の中程を持って取り回しを重視し、左半身を前に。左手は柄の端にを握って斧を右肩に担ぐような構えで迎え撃つ。
野球のバッターに近いだろうか。
ジリジリと距離を詰めるオオカミ。
こちらも僅かに近づいたり、遠のいたりして慎重に距離を測る。
焦るな。
焦って先に動けば危ない。
一度行動を起こして修正なんて、オオカミ相手には無理。
相手を誘って後の先で制するしかない。
左腰のマチェットも意識しておく。おそらくかなりの確率でコレも抜くはずだ。
――来た! 二匹同時!
まるで餌を前に延々と「待て」を繰り返されたあと、やっと「よし」と許された犬みたいに二匹が走り寄る。
意識の殆どを先頭の一匹にフォーカスし、周辺視野で二匹目を追う。
「ハッ!」
喉元めがけて飛んだ一匹目のオオカミの脳天に斧を振り抜き、左腰のマチェットを右手でクロスに抜いて、空中にある二匹目の胴体へ身体を捻りながら振り抜いた。
顔に血が飛ぶが、メガネによって血が目に入るのだけは防いでくれる。
強化された斧は一撃でオオカミを倒せてるが、二匹目は急所じゃ無かったからまだ息がある。
上手く着地できず転がったままのオオカミに斧でトドメを刺した。
――上手くやれた。
得物を持った時から続けてるイメトレの素振りと、これまでに身につけた技術が私を生かす。
脳が、魂が喜び叫ぶ。
メガネについた血を拭いながら、ぼやけた視界で光りの行方を追う。
「お、今度はドロップありか。何かなぁ」
長さ二十センチ、幅五センチほどの大まかな形になり。この時点でポーションではない。武器の可能性も低い。
ダガーなんかはこれぐらいだが、ダガーならまぁそこそこ値がつく。
消去法で残りは巻物ぐらいで、現在ドロップするのは武器防具の強化用スクロールだけ。
この時点で高額ドロップ確定だ。
「 今月初スクじゃない!? 武器でも防具でも歓迎しちゃう! キタァー!」
――さすが6F! 浅い階層じゃめったにでないスクロールの出が違う!
危険な深層ほどドロップ率が良く、レアも出やすくなる。
光が収束した跡には一本のスクロール、その封蝋部分には剣のマークが刻まれてる。
出るスクロールの割合で三分の一ぐらいだろうか。
武器強化のスクロールはそれぐらいでしか出ないから、防具用の強化スクロールより高い値段が付いてる。
最近は武器強化が必要な深さに潜る人も増えてきて、また稼ぎに余裕がある人も増えた影響か需要も上がってきてる。
――悩むなぁ、今使ってる強化値3の斧に使うか、マチェットの攻撃力上げるために使うか。換金して防具強化スクロールを複数枚買うのもアリだよねぇ。
ま、帰ってから悩もう。
最後までお読みいただきありがとうございます。
決して広く受ける小説じゃないかもしれません。主人公最強じゃないしチートないし戦闘は泥臭い、でもそういったリアル部分が刺さる同志が居たら幸いです。