自傷癖な少年は謁見した
「サモネン准佐、魔王様がお呼びです」
トマトでじっくり煮込んだ魚介の味が広がる口をもごもごと動かしながら答えた。
僕らが住むイラバ国は前世でのブイヤベースによく似たものが郷土料理となっている。
それにパンを浸して食べるのが最高だ。
生真面目に軍服を着こなした部下は律儀にも僕が一口を飲み込むまで待ってくれた。
「ああ、了解」
壁にかけてあった正装用のコートを羽織ると瞬間移動の呪文を唱える。
転移先は魔王の間だ。
目の前には重そうな扉。
上の方には金のウロボロスと小さな悪魔が彫刻されている。
深呼吸をしてドアを叩く。
ゆっくりと開けると部屋には当たり前だが魔王、コーラシィ・インフェルノ様がいた。
とっさに顔を伏せる。
「よい、面をあげよ。そなたがリア・サモネンか」
鋭い眼光がこちらに光った。
「左様です」
「先の戦いでは大きな戦果を挙げたらしいな」
色素の薄いグレーの髪と瞳は微笑んでいれば絶世の美少女であるが生憎ここは魔王軍であり、彼女は魔王だ。
証拠に背には漆黒の羽を生やし、立派な角を備えその容姿は王族の血を引くことをこれでもかと現していた。
「お褒め頂き恐縮の極みです」
「うむ」
そう、魔王……インフェルノ様は女性だ。
父から彼女は類まれな政治センスで三女という身分から魔王になったのだと小さい頃から聞かされていた。
それでも僕は位相応の老けているものと勝手に判断していたが、蓋を開けてみればそこにいたのは見目麗しくか弱そうな同い年くらいの少女。
けれども、放つ殺気はかなりポテンシャルのあるレノの何段も上で今にも視線だけで射殺されそうなほどで彼女こそが真の魔王だと確信する。
冷酷無比、才能があるものは身分に関わらず認め、反対に家柄関係なく処罰する改革者、そんな噂を持つのは彼女、すなわち魔王なのだと。
ひと昔前のの魔王軍は最悪だったのだと父は言った。
理由は明確だ、協調性のカケラも無かったから。
その頃魔王軍が支配していた国は全てもれなく絶対王政に近い形態だった。
国から派遣された魔族がそこの政治は取り仕切り民主の意思なんてのは存在しない。
一攫千金を狙うプライドの高い魔族にとって圧政は耐えがたいものだ。
ただでさえ自分より弱いものの言うことには従わないのに加えて仲間割れしやすい性質ゆえ勇者との戦いで各個撃破されてしまう。
その状況を一変させたのが現魔王のコーラシィ・インフェルノ様だ。
逆らった者、和を乱す者を公開処刑し、協調性を彼らの骨の髄まで叩き込んだ少女。
「サモネン准尉、今回の勝因はどこにあったと貴様は見る?」
「迎撃戦であり地形がお椀型でしたのでそこからの奇襲に備えてあらかじめアンデッドの骨で作った自動式の地雷を設置いたしました。そして目論見通り、騎兵隊が攻め込んできたタイミングで魔法を発動させ奇襲を防ぎ、戦の序盤を制したことが大きいかと」
「そうか、さすが次男に生まれながらこの年でその位を授かっただけあるな。上出来だ。私に似ている……」
くいっと得意げに唇を持ち上げるさまは見た目相応の少女に思え少し戸惑う。
「ありがたきお言葉です」
我ながら芸がないと内心で苦笑する。
「精進せよ」
そう告げられ、魔王の間を後にした。
ガタンと重量感のある音共にドアが閉まる。
想像と異なる我らの主の姿を思い出し、暫し呆然としていた。