自傷癖な少年は軍人になった
あまりにも間抜けな前世の記憶を取り戻したあの日から五年が経った。 戦場の緊張感漂う風が僕の頬を撫でる
目を覚まそうと水溜め場に向かい、顔を洗う。
漆黒の軍服を身にまとった自分と目が合った。
元々の青白い肌にはさらに蒼白さを帯び、自慢だった琥珀の目には深いクマが刻まれている。
専属のメイドに毎日手入れしてもらっていたローズウッドの髪はパサついてしまった。
突如、胸に下げている魔精石のペンダントが淡く光る。
「リアさん! 前方より敵襲です」
斥候の狼を管理しているターラ、あの日助けた女の子から連絡が入る。
「了解。 直ちに攻撃を開始する」
離れた距離でも音声通信ができる優れものだ。
呪文を唱えると魔法陣が現れた。
そこから二百体ほどのアンデッドが生まれ進攻を始める。
漸次減っていくアンデッドの数を調整しながら周囲を見渡す。
斥候の調査によると敵陣はこちらの倍近い数の兵だったはずなのにここから見える数やけに少ない。
不審に思って首をかしげていると目の前に斥候だったはずの狼が落っこちてきた。
これはただごとじゃないととっさに自動起動式の骨地雷を発動させる。
崖の上から人間の悲鳴が聞こえた。
前もって準備していた魔法陣だ。
この盆地という地形故に攻め込まれることはないと父さんは言っていたが、僕の前世では源義経が一ノ谷の戦いで馬を走らせて上から入って来たのだ。このことを夢で見たと伝えると一晩熟考した後地雷を仕掛ける許可を出してもらえた。
ちなみにこの地雷はアンデッドたちの骨に麻痺の魔法処理をして刺さったところから毒を発生させる。馬も人間も敵わない。
泡を吹いて倒れているのを見ても何も思わない、思えない。
意識の内では人間だった記憶もあるのに。
「リア!! 聞こえるか?」
レノの声がペンダントから発される。
「騎兵隊の残党はとりあえず焼いた。 増援を頼む!」
「挟み撃ちか。 そちらに中隊規模のアンデッドを召喚する」
レノとマリアをイメージしてその足元に召喚陣を描く。
荒野に手をついた。
「オッケー! ありがとうな!!」
魔力を派手に使ったせいか身体がふらつく。
周囲を警戒しながら少し座り込む。
こういうとき、能力の「永遠の癒し」はとても便利だ。
魔族たちは生まれたとき魔神の祝福により個々の特殊能力を授かる。
僕の場合は常時体力と魔力が回復するというかなり良いなものだ。
五分ほど休憩するとレノから連絡が入った。
「リア、ターラ!! あと名前忘れたけど竜族の人!」
「セインな。仲間のことくらい覚えとけ」
「はいはい。今から火球打つから引いてくれ」
彼の火球は強力の一言では言い表せない。
人間なら即死だろう。
「みんな引いたか?」
全員から肯定の返事。
「俺からの褒美だ!!」
頭上を物凄いスピードで火の球が通り過ぎる。
数秒後、少し先で爆発音。
粉塵が視界を覆う。
絶え間なく続く恐怖に染まった声が遠くに聞こえ、僕の意識は過去に飛んだ。