不遇×不遇=チート!? 二人で一人の不遇姫は海を目指す
長々とある、シエルとエインの物語の、1部分といった感じです。よろしくお願いします。
「いやあ、助かったよ。まさか、こんなところで、ウルフに襲われるなんて思っていなくてね。
君が通りかかってくれなかったら、危うく妻と一緒に死んでしまうところだったよ」
「倒さないと、わたしも先に進めませんでしたから。それに、乗せていただけただけでも、助かります」
「そう言ってもらえると助かるよ。生憎、いまは商品ばかりで、お金がほとんどなくてね」
「あー、これも護衛ってことになるんですね。だとしたら、報酬はもらっておかないと、拙さそうです。
これでも、ハンターギルドに属していますから、例外を作ると怒られちゃうので」
「うーん……積み荷から欲しいものを……といっても、お嬢ちゃん、シエルメールちゃんが欲しいものはないんじゃないかな?」
「家具や工芸品をもらっても、場所に困ってしまいますからね。
できれば、お話を聞かせてください。田舎から出てきたばかりで、わからないことが多いんですよ」
王都に向かう街道で、フォレストウルフ数匹に襲われていた馬車を見つけて、助けたのが少し前。
助けた熟年の行商夫婦は、せめてものお礼にと、1人で歩いている私達に一緒に行かないかと誘ってきた。
そうして今は、御者台に行商の夫と一緒に座って話をしているのだけれど、話しているのは私ではない。
私の中には、生まれてすぐの時から、もう1人いる。本人曰く、取り憑いているらしい。
私としては、エインと一緒に居られれば、それでいいので、取り憑いていても、乗っ取られても構わないのだけれど。そもそも、エインがいなければ、私はもう死んでいただろうから。
というわけで、いま商人と話しているのが、私の大切な人のエインセル。生まれてからだから、もう12年の付き合いになる。
シエルメールというのが私の名前で、エインが考えてくれた。
なぜ今、エインが話しているのかといえば、私が男性恐怖症だ――とエインが思っている――から。
正確には、男性がより苦手なだけであって、人そのものが、苦手なのだ。いまではだいぶ話せるようになってきたけれど。
「それにしても、周りに森は見えませんが、この辺りにフォレストウルフが出てくることってあるんですか?」
「絶対にないってわけじゃあないね。このあたりだと、北の森から流れてきたんだろう。
でも、めったにあることでもないからね。かなり運が悪かった。だが、お嬢ちゃんが通りかかってくれたわけだし、運がよかったともいえるかもしれないね。
それにしても、その歳でフォレストウルフを倒せるなんて、やっぱり職業のおかげかい?」
「職業については、ちょっと……」
「ああっと、こりゃ、マナー違反だったね」
商人の男はついうっかりといった様子で、手を額に当てて謝ってくる。
職業とは神様に与えられる能力といっていいだろう。簡単な話、剣士と付く職業を授かったら、剣の扱いがうまくなるといったものだ。
特にハンターだと、いつ他のハンターと敵対するかもわからないので、職業を詮索するのはマナー違反になる。下手に探ってしまえば、因縁をつけられることもある。失態をしてしまった商人は、取り繕うように、話を変える。
「そういえば、お嬢ちゃんはどうして王都に?」
「寄り道です」
「寄り道か」
「はい。ハンターとして、1度は行っておきたかったというのもありますけどね」
「そりゃあ、一度は行っておいて損はないね。初めてならびっくりするかもしれないけど」
このような感じで、王都の話を聞きながら、馬車に揺られて王都に向かっていた。
◇
夕方、太陽が真っ赤に染まり、昼間は青々としていた草々が、今はどこか寂しく見える。
こういった、色鮮やかな景色は、見慣れたと思っていても、つい見惚れてしまうから不思議。
美しいと思うし、触れてみたいと思うけれど、触れてはいけないような気もする。
私が呆けているのがわかったのか、エインが「ふふ」っと笑い、『着きましたよ』と教えてくれた。
いままでいくつも町は見てきたつもりだったけれど、王都の門はどこの町の門よりも大きく、囲っている壁はとても高くて丈夫そうだ。
夕焼けに照らされた壁は橙に見えるが、おそらく昼間だったら真っ白なのではないだろうか。
私の髪と同じ色。初めて、町を訪れたときには、この髪を隠して町に入って行ったのを覚えている。
私の青い瞳と真っ白な髪が、目立つかもしれないからと、エインが教えてくれたのだ。
実際、いないとは言わないけれど、白い髪をしている人は少ないし、私のように綺麗な青は珍しいといわれた。だけれど、常にフードで隠しておく必要があるほど目立つわけでもない。
生き死にには直結しないけれど、エインのこういった気配りにも、私は助けられている。
王都の門は、ハンターギルド証を見せると、すんなり通ることができた。
門番をしていた騎士には驚かれたけれど、慣れたものだし、自分が子供である自覚はあるので気分を害することもない。
商人夫婦とは、検問の前で別れたけれど、王都の宿の情報については、エインが聞き出し済み。
エインと入れ替わって、私の足で教えてもらった宿に向かう。
宿の条件としては、高くても安全なところ。安宿だと、夜中に襲おうと部屋に入ってくる人がいるので、主にエインの気が休まらないのだ。
だからといって、高級宿に泊まると、今度はお金を持っている子供に見られて付けられる。そうなると、またエインの仕事が増える。
エインは探知魔法が使えるし、寝る必要もないらしいので、頼りきりになってしまうのだけれど、エインはそれでいいと言い張っている。
それが嫌で、1度無理に起きていたら、あとから寝不足で危険な目に合ったので、役割分担だとエインに押し切られて今の形に落ち着いた。
私の役目は戦闘全般。エインは魔法で周囲を探れるし、身を守ってくれる結界をはってくれているのだけれど、攻撃ができない。実際、攻撃魔法を使おうとしても、実用に至るものは1つもなかったし、女で子供である私の体で武器を使っても、通常は大して強くない。
私の場合、ある程度攻撃魔法も使えるし、職業としても全く戦闘に役立たないというほどでもない。
それから、普段の生活は私が行っている。人が苦手な私の代わりに、長時間誰かと会話を続けないといけない――今日みたいな――ときには、変わってくれるが、基本は私。
閑話休題。つまり、できるだけエインに負担をかけないためには、高すぎず安全な宿を探す必要がある。言ってしまえば、女性ハンターが普段に泊まるような宿になる。
教えてもらったはいいけれど、実際に泊まるかは見てから決めないとなと思いながら、王都を歩くのだけれど、人が多い。
歩いているとすぐに人にぶつかる、とまでは行かないけれど、今までに見たことがない数の人が集まっているのがわかった。
その分、道幅も広いのだろうけれど、慣れない人ごみに町の様子を楽しんでいる余裕もない。
やっとの思いで、王都に入ってすぐの商業区を抜け出すと、幾分人が少なくなった。
どうやら、宿泊施設が集まっているようで、教えてもらった宿もすぐに見つけることができた。
宿の名前は『白花の都』。女性もしくは、女性と男性のグループでしか利用できない宿で、内装もハンターがよく使うような粗野なものではなく、明るく小ぎれいにしている。
入ってすぐにあるカウンターには、妙齢の女性が座っていた。初めての宿に入ると、半分くらいはぶしつけな視線を向けられるのだけれど、ここはそういったことはなく、とりあえず3日分のお金を払って、部屋に案内してもらった。
3階建ての宿は、3階が女性のみの部屋、2階が男女共用の部屋となっているらしく、私達は3階の一番手前の部屋になる。
部屋も真っ白なベッドに、清潔なシーツ、お湯などは別料金になるものの、浴槽もあるので、女性に人気が高そうだ。
荷物を置いて、しわ一つない、ベッドの上に体を寝かせる。
普段からきれいにしているけれど、全く汚れていないわけではない体で、白いシーツの上に寝転がるのは、なんだか悪いことをしているようで、それが無性に楽しい。私は悪い子になってしまったみたい。
「フフッ」と口から笑いが零れてしまったせいか、『どうかしましたか?』とエインの不思議そうな声が聞こえてきた。
ちょっとした私の楽しみだったけれど、エインにはばれないようにしなくちゃいけない。エインに嫌われたくないもの。
悪いこととは言っても、そんなに悪いことでもないと思うし、エインも許してくれるかしら。
とりあえずは、エインにばれないようにごまかさなくては。
「もうすぐ、海を見られるのよね。それが、とても楽しみなの」
『前々から見たいって言ってましたからね』
「それは、エインのせいだと思うのよ。海は水がいっぱいあるのよね。でも青いのよね。
どうしてかしら。コップの水は色がないのに」
『どうしてでしょうね』
エインの声はとても優しい。おそらく、理由を知っているのだろう。だけれど、それを今説明しても、私が理解できないことも知っているのだ。
本当に、エインはいろいろなことを知っている。
でも、私と同じくらいものを知らない。言葉なんて、私のほうが先に話せるようになったくらいだ。
だからといって、エインの頭が悪いわけじゃない。私の最も古い記憶でも、歌を歌っていたエインは、確かに何か、言葉を使っていたから。
この国とは違うところで生きてきた人なのだろう。私の名前であるシエルメールも、エインが付けたのだけれど、エインの知っている言語――ふらんす語というらしい――から取ったと言っていた。
意味は空、海。私の青い瞳と白い髪からイメージしたもののようで、私が海を見たいと言い出したのも、これが理由なのだ。
余談になるが、エインはいくつも言語は知っているが、堪能に使うことができるのは1つだけだったらしい。
『それに、本当に海が青いか、わたしも見てみないとわからないですよ』
「だから、見に行くのよ。できれば、エインの知っている海を見たいけれど、エインと一緒ならどんな海でも見てみたいもの。
ところでエイン。1ついいかしら」
『何でしょうか』
「何度も聞くけれど、エインは神様じゃないのよね?」
『何度も返しますが、神ではありません。わたしが神なら、屋敷から逃げ出すのに、10年もかけませんでしたよ』
エインはそういうけれど、確かに神様ではないのかもしれないけれど、特別な人だとは思っている。
だって、エインは海を見たことがないのに、海が青いと断言しているのだから。それは、自分が知っている海は青いけれど、いまから見に行く海は青ではないかもしれないと言っているようなものだ。
何より、エインは職業について知らなかった。
もしもエインがただ死んだだけの人であれば、職業について知らないわけがない。
だって、はるか昔から、人は職業を神から授かっているのだから。死んだ後の魂がどうなるかはわからないけれど、職業が無かった時代の魂が、いまの時代までそのまま残っているとは思えない。
だから、神様じゃないかと思うこともあるし、職業なんてない世界から来たんじゃないかなとも考えることはある。
でも、エインが一緒にいてくれるなら、私はエインがどこから来たかなんて本当はどうでもいいのだ。
エインの隠し事といえば、もう1つ。死ぬ前の性別がどちらだったのか。
はっきり聞いたことはないけれど、それとなく聞いてみたときには、はぐらかされてしまった。
私はエインが男性だったとしても、全然かまわないのに。そう思って、自分の胸に両手を持っていき、下から持ち上げるように揉んでみる。
大人と比べると大きくないけれど、昔に比べるとだいぶ大きくなったのではないだろうか。
神妙に考えてはみたものの、この行為が何を意味しているのか、分からないほど純粋でもない。
『シエル……何をして、いるんですか』
「何って、エインが揉んだら大きくなるって言ったのよ?」
揉んでいるうちに、むずむずと、なんだかもどかしくなったところで、エインが抗議の声を上げてくる。
だから、私は努めて何も感じていないように、言葉を返した。
『だから、それは、俗説だって、教えたと思いますが』
「そうだったわね。でも、本当かどうかを試したこともないとも言っていたもの。
だったら、私で試してみてもいいんじゃない?」
言葉を返すと同時に、先っぽにも触れると、『ひぅ』とエインが声を上げた。
そう、エインは私の行為にまるで“慣れて”いないかのように、戸惑い、驚いたように、高い声を上げるのだ。
それが、可愛くて、可愛くて、もっといじめてみたくなってしまう。本当に私はいけない子。
でも、エインにひどいことをしたいわけじゃない。痛い思いはさせたくないし、苦しい思いもさせたくない。
エインの可愛い声が聴けて満足した私は、「ふふ」っと感情をわずかに吐露する。
仮にエインが男性だとしたら、性別を明かさないのは、私が男性恐怖症だと思っているからだろう。
優しいエインは、一緒にいるのが男だと知ったら、私に悪影響があると思っているに違いない。
でも、今みたいなときに、エインが強く私に言えないのは、エインが男だと隠してるからなのだと思う。だから、いつまでも伝えられなくてもいいと感じてしまう私は、本当に、本当に、いけない子ね。
それに、以前はどうあれ、今は神様に女性だと認められているのだから、かつての性別なんて気にしなくていいと思うのだけれど。
だけれど、やっぱりそれは教えてあげないの。
『シエル、聞こえていますか。シエル』
「ごめんなさい。少し、考え込んでいたみたいね」
『いえ、寝るのだったら、先にお風呂に入ってはどうですか、と伝えたかっただけですから』
「久しぶりだものね。お湯は別料金だけれど、こういう時、魔法が使えるって本当に便利よね」
しわが寄ってしまったシーツから体を起こし、魔法を使って浴槽にお湯を張ることにした。
◇
お風呂から上がって、エインが魔法で濡れた髪を乾かす。エインの魔法は、特定のもの以外弱いのだけれど、この出力の小ささは、日常生活を送るうえでは役に立つ。ちょっと、飲み物を温めたいときとか、本当に便利。
私がやろうとすると、かなりの精度を求められるので、できなくはないが疲れてしまうのだ。
「明日は何かあるかしら」
『とりあえず、情報収集でしょうか。少し、北がきな臭い感じですから』
「フォレストウルフのことね」
『そうです。フォレストウルフが、ここまでやってくる必要が出てきた原因が、森にあるでしょうからね』
「だとしたら、また、エインに頼むことになるのよね」
『それが、最も安全だと思いますから。万が一の時、保険にも、カムフラージュにもなります』
エインの言っていることは正しい。だけれど、やはり申し訳なくも思う。
前にエインに言ったら、好きでやっているから大丈夫だと返ってきたけれど。本当に好きなのはわかっているけど、エインを取られたみたいで少し心が、もやっとしてしまうことがあるのだ。
『シエルは頑張っていますから、自分を卑下しないでください。
少なくとも、わたしがシエルと同じ年齢の時には、何も考えずただただ遊んでいただけだったんですから。それに比べると、シエルはだいぶ人と話せるようになってきましたし、成長していますよ。
焦らないことです』
「そうだといいのだけれど」
少し的外れで、少し抜けた言葉を聞いて、投げやりに返す。
12歳といえば、平民の子であれば、見習いとして働き始めていると思うのだけれど。エインは貴族か、裕福な家庭だったのかしら。と尋ねようと思えば、尋ねられることを、エインは気が付いているのかしら。
「状況がわかったら、北に向かう護衛依頼がないか探してみるのよね」
『ハンターであれば、それが普通といえば普通ですからね。王都までは、依頼がなかったので諦めましたが』
「でも、その前に、いくつか依頼をこなしておくのもいいと思わない?」
『前の町では、ランクが合わなくて、あまり依頼をこなせませんでしたからね』
「それに、王都だからこその依頼もあると思うの」
『そういう話なら、普通に王都観光をしてみてもいいんじゃないですか。忘れないうちに、荷物の補充もしておかないといけませんし。
ところで、そろそろ眠ってはどうですか。今日も疲れたでしょう?』
「そうね。おやすみ、エイン」
「はい、シエル。おやすみなさい」
明かりを消し、目を瞑ると、ゆったりとした歌が聞こえてくる。
聞きなれた、安心できる声。何を言っているのかはわからないのだけれど、聞いているだけで、どんどんと眠りにいざなわれていく。
こんな贅沢な眠りをしていたら、いつか、エインなしでは寝られなくなるかもしれないわね、なんて思っていたら、いつの間にか眠ってしまっていた。
◇
次の日、私達はカウンターの女性にハンターギルドと酒場の場所を聞いて、まずは酒場に向かった。
酒場といえば、多くのハンターが集まる場所で、情報収集の基本ともいわれている。
そのため、私達がこの場所に来るのは当たり前なのだけれど、たいていの場合は席に着くこともできずに、門前払いさせられる。
というのも、15歳になっていない私たちは、お酒が飲めないからだ。見た目で誤魔化すこともできないので、ここでエインの出番となる。
今日もまた、酒場に入った私たちに、胡乱げな視線が集まる。きっと、私一人だけできたら、恐怖で動けなくなることだろう。
なんでこんなに人が多いのだろうと以前は思ったものの、ハンターというのは、毎日依頼をこなしているわけじゃない。一定数は拠点となる町で休養をしているので、昼間でも酒場にある程度は集まっているのだ。
ざっと見まわしてみたところ、20歳くらいの若い人から、50歳を超えたようなベテランまで居るようだ。
胡乱げな視線を向けるのは、主に若い人たちで、「ガキが何しに来た」とか「酌でもしてくれるってか?」とか、好き放題言ってくる。
その声を、すべて無視して、エインはカウンターにいる店主のもとへと向かう。
店主も「ここはお嬢ちゃんが来るところじゃないよ」と、帰るように促すが、エインは意に介さずに、スッとカウンターの上にお金を置いた。料金にして、中ランクのお酒1杯分だろうか。
「これで、少しの間ここで働かせてください。稼いだお金の半分は、お店に渡します」
「ここはギルド公認だとわかってきているんだろうね?」
「もちろんです。それでないと来ませんよ。ただ、何曲か歌を歌わせてくれれば、それだけで」
ギルド公認の酒場というのは、非番のハンターが街中で騒動を起こさないように建てられたもの。
ここで騒ぎを起こせば、最悪ハンターとしての資格を失うため、乱暴されることはない。同時に非合法なこともできないので、未成年の売春などもできない。
とはいっても、ハンターは粗野な人が多く、私みたいなのが公認の酒場に行ったとしても、今みたいに野次はとばされるのだけれど。
ただ、粗野ではあるものの、全員が全員喧嘩っ早いわけでもない。意外と面倒見がいい人は多いし、特にベテランは私に甘い傾向にある。
それに、酒場で昼間からお酒を飲んでいる人は、ある程度金銭的に余裕があるハンターだ。金銭的に余裕があれば、気持ち的にも余裕があるから、そこまで因縁はつけられない、とエインが言っていた。
悪いことをするわけでもないし、店主から了承をもらったエインは、お店の中心の開けたところまで行くと、足元に木の箱を置く。
なんだなんだとばかりに、注目が集まったところで、すうっと息を吸ったエインが歌いだした。
今までの経験から、特にハンターに受けが良い、ノリがいい歌。何を言っているのかわからないのが玉に瑕だけれど、それでも簡単な曲調は、すぐ真似することができる。
言ってしまえば、歌が終わった後も、メロディが頭に残ってしまうので、何かあった時に、ついつい口ずさんでしまうのだ。
問題があるとすれば、エインが歌を歌うのが好きすぎること。
いつもは張り巡らしている探知の魔法も、常に身を守っている結界の魔法も、この時ばかりはおろそかになる。だからこそ、少なくとも歌っている間は安全な、公認酒場で行っている面もあるのだけれど。
それに、エインのようにはいかないけれど、私もエインを守ることはできる。
気を付けないといけないのは、私がエインの歌に聞き惚れて、注意が疎かになってしまうことだろう。
◇
私の心配をよそに、1曲目が終わった後、ハンターたちの評判は良かった。しいて言うなら、なぜか妙に驚いた顔をしていた男性が目に入ったけれど、強そうでもなかったし、放っておいても大丈夫だろう。
あとは、ベテランの中で、ひそひそ話している人もいるが、エインの結界に気が付いたのかもしれない。
箱の中にお金が少し投げ込まれ、次の曲をリクエストされる。リクエスト権を持つのは、たくさんお金を入れてくれた人なので、4~5曲歌えば結構なお金になった。
エインは惜しまれながら、歌をやめて店主のところに向かう。
「約束通り半分お渡ししますね」
「ああ、もういいのか?」
「できれば、もう少しここで、今度はハンターの方にお話を聞きたいんですけど、大丈夫ですか?」
「構わないよ。何が聞きたい?」
店に入ってきたときには出て行ってほしそうだった店主が、今は好意的になっている。
毎回のことながら、エインはすごい、というかお金ってすごいなと思う。
「北の森にがどうなっているのかについて、聞きたいです。
あと、さっきのお金の残り半分で、今いる皆さんにお酒を振舞ってもらっていいですか?」
「あい、わかった」
店主はそう返事をしてから、ホールにいるすべての客に聞こえるように、声を張り上げる。
「お前ら、嬢ちゃんが酒を奢ってくれるってよ。その代わり、北の森について教えてやんな」
いうが早いか、各テーブルに、お酒が運ばれ始め、歓声が沸き上がる。
もともとは自分たちのお金だろうに、さらに気分がよくなっているらしい。
何やら、ハンターたちの中で、軽く話し合いが行われ、ベテランが多い区域に座っていた、20代後半の中堅っぽいハンターのグループがやってきた。
人数は男性が2人、女性が2人の計4人。カウンターに座っているエインを挟むかのように座ると、驕りのお酒をもって、「サンキュ」とリーダーであるらしい右隣の男性が声をかける。
次に左に座った、色の黒い少し粗野っぽい女性が話を引き継いだ。
「それで、お嬢ちゃんは北の森について知りたいって話だけど、どうしてなんだい?」
「わたし、北の森の町に行くつもりで南から着て、王都に寄ったんですけど、途中でフォレストウルフと遭遇したんです。だから、何かあったのかなと思いまして」
「フォレストウルフを見かけたっていうのは?」
「ここから、馬車で1日かからないところです。たまたま助かったんですけど、本当はこの辺りでは見ない魔物ですよね?」
「そうだねぇ、考えられることもあるけど。
ちょっと、聞きまわってきてくれないかい?」
エインに話しかけていた女性が、仲間に声をかけると、3人はすぐに椅子から立ち上がる。
それから、話を再開した。
「あたしらも、少し前まで北の森で活動していたんだけどね。その時には、何も異常はなかったんだよ。
だから、何かあったのなら、そのあとってことになるね」
「活動していたっていうのは、いつなんですか?」
「3か月前くらいだね。たまたま、こっちまで来たって可能性もあるけど、それよりも大量発生したって考えたほうが無難ね。あんたは、旅慣れているようだけど、無理に行かないほうが良いかもしれないよ」
「そうですね。でも、わたし、旅慣れているように見えました?」
「そりゃあ、酒場に来て慣れたように金稼いでりゃあね。いままで何度もやってんだろう?」
「やっぱりばれてしまうものなんですね。でも、安全に稼ぐとなると、こうするしかなかったんですよ」
「まあ、今回はあんたの手元には残ってないみたいだけどね」
「情報収集が目的でしたし、皆さんと仲良くしておいた方が、今後助かるかなと思いまして」
「そりゃ、ちがいねえ」
女性が一気に酒をあおり、楽しそうに声を上げて笑いだす。
そのあとすぐに戻ってきたメンバーに話を聞いたところ、どうやら北の森のフォレストウルフの数が増えていたという情報が入ってきた。時期は1か月ほど前。
情報をくれたのがB級のハンターだったらしく、手当たり次第倒して、結構な額を手にしたらしい。そこからまた増えたのだろうか。
フォレストウルフは、D~Cランクの魔物にあたる。群れの数が増えるとCランクになるが、討伐したのがB級であれば、手当たり次第という戦果も頷けた。
というか、B級のハンターなんて初めて会った。正確には、このお店のどこかにいるだけで、会えたわけではないけれど。
それから、集まった話の中で1つ気になったことがあったのか、エインが隣の女性に問いかける。
「ウルフは神の使いなんですか?」
「眉唾ものの話だけどねぇ。特にここまでフォレストウルフがやってきたときには、北の山で何か変化が起きていることが多いから、それを知らせに来たってことで、神の使いって呼ばれてるって聞いたことあるね。あとは、神話レベルだと、神がウルフを使役していたって話もあるらしいけど、実際はどうだかねえ……」
あらかた情報が集まったので、エインがお礼を言うと、椅子に座ったリーダーの男が身を乗り出してきた。
「そういえば、君の歌っていた歌、不思議な響きの言葉を使っていたけど、どこで覚えたの?」
「えっと、母が西側にある小国郡のさらに辺境出身らしくて、そこの歌だって言っていました」
「よくもまあ、そんなところから」
「こっちに来るまでに、大冒険だったっていつも話していましたよ。
毎回大冒険としか言わなかったので、何があったのかさっぱりわかりませんでしたが。
では、そろそろ、お暇しますね」
「おう、そういえば、名前は……」
「また機会があれば会えると思いますから、その時にでも。今日はありがとうございました」
「ああ、ないと思うけど、ギルドで何かあったら、頼ってくれよ。特にギルド長にいじめられたときとかはね」
エインは、背後から聞こえたリーダーの声に、振り返り、頭を下げてから酒場を抜け出す。
その後ろで、リーダーの男が「フラれたな」とからかわれていたけれど、それはそれで楽しそうだったのが印象的だった。
◇
『どうやら、誰かにつけられているみたいです』
酒場を出て少し歩いたところで、エインからこんな報告があった。
私は歩調を変えないように気を付けながら、声を出さずにエインに問いかける。
『酒場の誰かが付いてきたってことね? 一度宿に戻ろうと思っていたのだけれど、やめたほうが良さそうかしら?』
『はい、酒場からです。善意でこっそり見守りに来たって可能性もありますが、それでも宿に戻るのは避けたほうが良いでしょう』
『こちらから接触してもいいけれど、しらを切られたら困るわよね』
『だとしたら、ギルドに行きますか。どのみち行かないといけませんし、追跡者が何かしらアクションを起こしそうな事態には遭遇するはずですしね』
少なくとも、私達は何も悪いことはしていないのだけれど、どうしてこう厄介事に巻き込まれるのだろうか。釈然としないが、今はともかく動くしかない。
幸か不幸か、ギルドと酒場は、何かあった時すぐに連絡が取れるように、そこまで離れていない。
途中で寄り道もしていないので、10分もしないうちにやってきたハンターギルドは、王都だけあってとても大きかった。
入り口は2つあって、1つが依頼者用のもの、もう1つがハンター用のもの。
曰く、依頼者用の扉には、国王の使いもやってくるのだとか。ギルドは、国をまたいで存在する中立組織だから、国王であってもおもねる必要はないという表れなのだろう。
国と協力することはあっても、国の下につくことがないのがハンターギルドだ。
ハンターギルドの本部は、大陸中央にある非干渉地帯と定められたところに建っている。
ここに行くためには、最低でもB級ハンターになる必要がある。逆に言えば、B級以上であれば、簡単に国を出ることができる。
なんでも、かつてB級以上のハンターが、戦争で使われたらしく、国外に逃げようとしたハンターを厳しく罰した国があったために、作られた決まりなのだとか。
詳しい話はよく知らないけれど、B級以上を国内にとどめたいなら、それ相応の待遇をしろということらしい。ハンターギルドがなくなれば困るのは国なので、この条件をのまざるを得なかったのだろう。
そういうわけで、王都のギルドに入ってみたのだけれど、雰囲気は他のところとあまり変わらない。
確かに広いけれど、カウンターがあって、掲示板に依頼が張り出されていて、何グループかのハンターが屯していて、女子供である私は、とても浮いてしまう。
『これからどうしようかしら』
『受付に行くか、どんな依頼があるかを眺めるかでしょうか。
何なら、今からいけそうな依頼を見つけてもいいかもしれませんね』
『そうなると、依頼よね。どういったものがあるか、興味があるもの。
ところでエイン。追跡者は、入ってきたかしら』
『入ってきていますね。やはり、ギルド関係者でしたか』
壁一面に、ランク分けされて、依頼が張り出されている。
G級から始まって、B級の依頼までが壁に貼られていて。A級以上は、受付で斡旋するらしい。
数が多いのは、E級やD級だろうか。ほかの町で見るよりも、C級やB級も多い。フォレストウルフが出たとはいえ、このレベルの魔物は珍しいと言っていたけれど、どうしてCやB級の依頼も多いのだろうか。
内容を確認しようとC級の依頼が張り出された掲示板に近づこうとしたら、「おい嬢ちゃん」と声をかけられたので、感情を出さずに返事をする。
「何かしら?」
「ここは子供の遊びばじゃねえんだ。帰んな」
「これでもハンターなのよ。放っておいてくれる?」
「だとしたら、嬢ちゃんが行くのはあっちだろ。
そんなこともわからないのか? だったら、俺様が手取り足取り腰取り教えてやらんでもないがなあ」
私よりも一回りも二回りも大きい男は、碌に手入れもしていないのか、服装はボロボロだし、髪もぼさぼさ。元が不細工なのか、馬鹿にするような卑下た顔をしていて、いやらしい目を向けているので、嫌悪感が高まっていく。
強そうな感じもしないし、E級かD級といったところだろうか。彼の仲間と思しき人たちも後ろにいるが、ニヤニヤと私達のやり取りを見ている。
こういった輩は、私が何を言っても聞いてくれないので、早くあしらいたいのだけれど、今回はこうやって因縁付けられるのが目的で、あしらうにも手順がある。
ハンターの証である、カードを下品な男に見せつつ、先ほどと似たような言葉を繰り返す。
「これでもC級ハンターなのよ。放っておいてくれる?」
「嬢ちゃんが、C級だあ? その証も本物っぽいが、偽装カードは永久追放食らうから、やめておいたほうが良いぜ?」
男が大きな声で言い、周りから笑いが生まれる。
「本物なのだけれど、まあ、信じてもらえないとは思っていたのよ」
冷静に返す私が意外だったのか、何か感じるものがあったのか、男の瞳に少し知性が宿った。
何やら、体目当てのようだった先ほどとは違い、何かを探るように私を見る。
「その歳でC級ってことは、相当優秀な職業をもらえたってことだろう? 言ってみな。
そしたら、嘘じゃないって、信じてやるぜ」
「そうする必要はないと思うのだけれど。あなたに、認めてもらう利点はないもの」
「じゃあ、ここを通すわけにはいかないな」
ニヤニヤと男が通せんぼを続けたことで、一応排除してもいい段階になったのだけれど、追跡者はどう動くのかしら。
そう思っていたら、後ろから「歌姫さん」と声がかかった。
声がした方を振り向けば、この場にはそぐわない、こぎれいな格好をした線の細い14~15歳ほどの男性が立っていた。
優男といった感じの風貌は、いよいよ一般人にしか見えない。ギルドの職員であれば、制服を着ているだろうし、ギルド関係者だというのは、勘違いだったのだろうか。
男に対する考察は置いておくとして、今の状況はあまり気持ちがいいものではない。
私の職業が歌姫であると――というわけでもないのだけれど――、バレるのはある意味で保険になるので問題ないが、こんな風に不特定多数がいる中で、職業を暴露するというのは、ハンターによっては致命的になる。
むしろ、普通"歌姫"だとバレたら、人として致命的だ。
歌姫とは、歌を歌うことに関する職業の中で、最上位だといわれている。だけれど、戦いに役に立たず、生活必需品の生産にもかかわらない、娯楽をつかさどる職業は差別される傾向にあるのだ。
その中でも、"姫"や"王"を冠する、本来その職の最上位とされるもののほうが、差別対象としては上になる。だから、こういった職を持つものを"不遇姫"や"外れ姫"などと、蔑称で呼ばれる。
その中でも、歌姫は不遇姫の代名詞とも言われるほど、外聞が悪い。
歌姫は上手に歌を歌えるだけではなく、支援魔法のように、周りの存在を強化することができる。
その強化率は、支援職と呼ばれる後衛が使うよりも高く、歌い続けていれば魔力が減ることもないから、継続力もあるのだ。
しかし、その支援範囲は、声が聞こえるものすべてに及ぶ。
つまり、敵味方関係なく強くしてしまうため、結局何も変わらない。
微調整なども細かくできて、意外と便利なのだけれど、歌姫の能力を事細かに調べたことがあるのは、私達くらいだろう。
調整はできても、声が聞こえる範囲というのは、変えられないというのも、大きい。
「何の事かしら?」
「貴女の職業ですよお嬢さん」
誤魔化してみたけれど、男はまるで意に介さず、私が歌姫であるという宣伝を続ける。
この優男の言葉に、水を得た魚のようになったのは、さっきまで私に詰め寄っていたハンター。
面白いおもちゃでも見つけたかのような顔をして、ギルド内にいるすべての人に聞こえるような、大声を上げた。
「聞いたか? 職業歌姫が、C級ハンターだとよ。
C級どころか、G級も満足にこなせないんじゃないか?」
ハンターの男に呼応するように、辺りから私を嘲笑する声が聞こえてくるけれど、ここにいるどれくらいが私より強いのかしら。
そして、なんで暴露した優男は、顔を青ざめているのだろうか。まさか、こんな状況になるとは思っていなかったのだろうか。
「おい、嬢ちゃん。さっきは舐めたこと言ってくれたよな」
「事実しか言ってないのよ。本当に」
「お前、ふざけんじゃねえぞ!」
何を怒ったのか、ハンターの男がつかみかかってくるので、ダンスでもする要領で、タンタンタンとステップを踏み、男の足を蹴飛ばして転ばせて、腰に下げたナイフを取り出し、その首に当てた。
騒いでいたはずの人たちは、いつの間にか静まり返っている。
倒れている男は、何があったかわからないように呆けていたが、理解したのか忌々しそうに私をにらみつけた。この状態で凄まれても、滑稽なだけだと思うのだけれど。
「G級もこなせない歌姫に負けた貴方は、一般人以下ってことね」
「こんな弱弱しい力で、何を勝ち誇ってん……って、ぎゃああぁ」
構えていたナイフで、利き手と思われる方を切りつけた。
別に健を切ったわけでもなければ、切断したわけでもないし、治療魔法でもかければすぐに治る範囲だとは思うけれど、これくらいで大声をあげて、ハンターをやっていけるのかしら。
ただ、血は流れているので、放置しておくのもよくないだろうけれど。
それはこの男の仲間がやってくれるだろう、そう思っていたら、「おい、ヴァルバ」と仲間と思しき一人の男ががヴァルバと呼んだハンターの男に近づく。「このガキ」と私をにらんできたので、ヴァルバを切り裂いたナイフを投げつけた。
仲間の男の顔の真横を飛んで行ったナイフは、髪を少し切ったらしく、はらりと宙を舞う。
さて、どうしたものかと、思ったところで『替わってください』とエインの声がした。
素直に体の主導権を渡すと、エインは優男をにらむ。そして、何かを言おうと口を開いたところで、ギルドの奥から、壮年の男が出てきた。髪は白髪が混じっていて、ハンターほど体は大きくないけれど、目に力がある。
「おい、ヴァルバ。お前ら、またトラブルを……って、どういうことだこりゃあ……」
いまの状況を客観的に見るとすれば、成人にも達していない女の子を前に、男が1人血だらけでうめいていて、その隣に呆然とした男がいて、さらに優男が女の子ににらまれ声も出せなくなっている。
あとは、それを遠目に見ているといった感じだろうか。
奥から出てきたということは、このギルドでも上位の者、もしかするとギルド長だろうか。壮年の男は、困ったように頭を掻き、職員の1人に指示を飛ばす。
「誰か説明してくれ」
「俺がしますよ」
「おいシャッス。お前がいるなら、こうなる前に止めてくれよ……」
壮年の男の声に応えたシャッスと呼ばれた男のほうをエインが見ると、酒場で相手をしてくれていた、パーティーのリーダーが立っていた。
エインが特に驚いていないところを見るに、最初から気が付いていたみたい。
シャッスは、エインのほうを見ると「お嬢ちゃん、さっきぶり」と軽く手を挙げた。
「自分から出てきてくれて、ありがとうございます」
「やっぱり、俺がいたことに気づいていたか。本当、騙されたよ……」
「別に騙していないですよ。年齢も見た目通りだと思いますし」
「シャッス、この子は知り合いか?」
エインとシャッスが話していると、しびれを切らしたように壮年の男が話に入ってくる。
この騒動を終結させるためにここにいるのだろうから、当然といえば当然か。それよりも、シャッスはギルド側から、かなり信頼をしてもらっているらしい。ギルド長にいじめられたら――というのも、あながち嘘ではなさそうだ。
そういった人と、既知になれていたというのは幸運だ。というよりも、エインの保険が生きてきている証拠だろう。
「今酒場で話題沸騰中の子ですよ。それよりも、ギルド長。覚悟しておいたほうが良いですよ。
この子、かなり頭回りますからね。見た目通りで相手していたら、たぶん痛い目見ますよ」
「この子ではなく、シエルメールです。次に会ったときには、名前を教えるって言いましたよね。
やっぱり、会えました」
「はっはっは、違いない。シエルメールお嬢ちゃんは、本当にすごいよ」
そう言って、シャッスが、優男をにらみつける。たぶん殺気とか放っているんだろう。
既に青ざめていたけれど、優男は今度はがくがくと震えだした。
ギルド長は、何かを察したのか、優男を見ると「トルト……お前もやらかしたのか……」と遠い目をする。それから、関係者を集めて、奥へと連れて行ったが、ヴァルバだけは医務室に行ったとかで、一緒ではなかった。
◇
「まあ、順を追って話しましょうか。シエルメールの嬢ちゃんも、言いたいことはあると思うけど、俺の言葉に問題があるとき以外は黙っていてほしい」
「わかりました。当事者の意見だと、主観が入ってしまいますからね。シャッスさんが、変にわたしを不利にしようとしない限り黙っていますね」
「うん、頼む」
奥の部屋。テーブルを挟んで、大きいソファが置かれている。
本来は身分の高い人を相手するときのための、応接室なのだろう。簡素ながらも、高級感のある内装をしていた。
エインとシャッスが入り口側に座って、ギルド長とトルトが反対側に座る。
全員が座ったところで、シャッスが先の言葉を言った。
「最初はよくある話ですね。依頼を見ようとしたお嬢ちゃんに、ヴァルバが突っかかっていきました。
ハンター同士のやり取りですから、よほどのことがない限り俺は介入しないし、嬢ちゃんのほうが強かったから、ヴァルバ達は返り討ちにあったわけです。お嬢ちゃん的には、迷惑かけられただけだろうが、ヴァルバの自業自得ってやつですね」
「それ自体は、聞かない話でもないな。年齢に関係なく、上位の職業を持っていれば、ヴァルバ程度なら簡単に返り討ちにできるだろう。
で、トルトはどうして、こうなってる?」
「その前に聞きますが、ギルド長はトルトの職業を知っていたりは?」
「知るわけないだろう。ギルドはハンターでも、職員でも、職業を言うかどうかは自由だ。
それに、トルトは副ギルド長の秘蔵っ子だしな。採用枠に無理やりねじ込んできたときにはムッとしたが、働き自体は悪くなかったはずだ」
ギルド長がトルトを擁護する話をするので、トルトの表情が少し和らいだ。
エインは特にいうこともないので、じっと話を聞いている。
「まあ、ヴァルバがお嬢ちゃんに言い寄っているときに、職業を聞き出そうとしていたわけです。
当然お嬢ちゃんは黙っていましたよ。でも、バレた。なぜか。そこのトルトが、口にしたからです」
「なあ……ッ!」
「そして、お嬢ちゃんの職業を聞いたヴァルバが、ギルド内で喧伝しました」
ギルド長は開いた口が塞がらないのか、しばらく何も言わずに、トルトのほうを見た。
それから、「間違いないか?」とトルトに尋ねると、なぜかトルトは得意げに「そうです」と頷いて、エインを指さした。
「あの状況、職業を応えれば、すぐに自体は収まるはずだったんです。
それなのに、こいつがなかなか言わないから、私が代わりに言ってやっただけですよ。
タイミングが悪かったのか、話が大きくなってしまいましたけどね」
「トルトお前、何やったかわかってんのか?」
「職業に貴賤はないのでしょう? ハンターギルドの理念にも確かに書いてあります。
それなのに、隠しているほうがおかしいじゃないですか。周りも迷惑していましたし、当然のことをしただけですよ」
「そうか、じゃあ、お前の職業は何だ?」
「そ、それは、教えるなと、副ギルド長が……」
「なんでお前は他の人の職業を知っている? お前の職業のせいか?」
「あの……えっと……」
「わかった、黙れ」
ギルド長の怒気を孕んだ声に、トルトが身を縮めて言葉を飲み込む。
ギルド長は、イラついたように頭をかきむしると、エインとシャッスの方を見た。
「つまり、トルトの職業が、鑑定士に属しているというわけか。
それを使って、職業を盗み見た後、それを公開した。だが、なぜ非番のはずのトルトがここにいる?」
「もともとは、俺のいた酒場で飲んでいたんですよ。
お嬢ちゃんは情報収集として、酒場に来て、目的を達して出て行ったんですが、その直後トルトも出て行ったんで、追いかけたんでしょう」
「じゃあ、シャッス。お前がいるのはなんでだ。飲んでたんだろう?」
「爺どもが面倒なことになりそうだって、言っていましたからね。その時に、お嬢ちゃんの実力を教えられて、興味半分で来ました」
「そもそもなんで、トルトは嬢ちゃんを追いかけたんだ。盗み見た職業が、よほど珍しかったのか?
だとしても、珍しい職業なんて、ギルドにいればいくらでも見られるだろう?」
シャッスの言う爺どもとは、ベテランぽかった人に違いない。エインの結界に気が付いていたなら、その実力もわかるだろう。そうなれば、私は正体不明の謎の子供になるわけで、何かある前に情報共有するのはわかる。シャッスは、ギルドでも信頼にあたる人のようだから、なおさら。
ギルド長はトルトに目を向けるが、トルトは一向に話そうとはしない。
エインもよくわかっていなさそうなので、私の推論を話しておくことにした。
『たぶん、最初エインの職業が見えなかったのね。だから、興味をもったの』
『でも、見えたからばらされたんですよね?』
『じゃあ、なんで私を見て、"歌姫"っていったのかしら?』
『確かに変な話ですけど、酒場では見えて、今は見えていないからですよね』
『普段はエインが結界を張っているけれど、歌っているときは、綻びができてしまうのよ。
きっと、結界がきちんと発動できている間は見えなくて、結界の力が弱まったときに、わずかに見えたのね』
自分の失敗――と私は思わないけれど――を自覚したエインが、顔を真っ赤にする。
その様子は、とても可愛かったのだけれど、今の状況を思い出したのか、すぐにいつものエインに戻った。
「たぶん、トルトさんが私を追いかけてきたのは、初見で私の職業が見えていなかったからですね」
「ああ、俺もそう思う」
「あら、バレていたんですね」
「俺が気が付いたんじゃなくて、爺どもが教えてくれたんだけどな。
酒の席だし、教えられたからどうにかなるものでもないから、見逃してやってくれ」
「人前で気を抜いたわたしにも、責任はありますから」
エインとシャッスが話すのを、トルトは目を真ん丸に見開いて聞いていた。
まるで、二人が言っていることが図星だったと、言わんばかりに。さすがに、ギルド長もその様子を見逃さない。
言い逃れができないと悟ったのか、ギルドマスターはエインに対して頭を下げた。
「確かにこちらの不手際だ。こいつは降格させるし、迷惑料も払う。
職業バレはマイナスだろうが、嬢ちゃんほどの実力者なら、いずれは周囲にわかるだろうし、それで許してくれねえか」
心からの謝罪に聞こえるが、エインの笑顔が深まっていく。目だけが笑っていないその表情を見たのは、いつぶりだろうか。かなり怒っているのがわかる。
私もギルド長の謝罪には思うところがあるけれど、同時にご愁傷さまと思わざるを得ない。
そして、怒っているのは、エインだけではなかったらしく、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「はぁ……。残念だよギルド長。お嬢ちゃんの前だから、あんたを立ててたけど、もういいだろ。疲れたし、あんたみたいなのに敬意を払っていたのがバカみたいだよ」
「シャッス。お前も、職業カーストについては、愚痴を言い合っていた仲だろう?
いつか変えてやろうと、語り合っていた日々のことを忘れたのか?」
「確かに、俺たちは同じ目標を持っていたさ。だから、死ぬほど努力して、俺はB級まで上り詰めたし、お前はギルド長になった。歳は離れていたけど、良い仲間だと思っていたよ。
だからこそ、仲間に頼んで、本部からここの監査になったんだからね」
「だったら」
「だからといって、不正は認められない。ギルドの職員が1ハンターの職業を、無許可で公表するなんてありえないし、仮にそんなことが起こった場合には、厳罰の上解雇するのが通例。
今回の場合、ハンター同士の争いに、職員が片方に肩入れしたうえ、職業の喧伝まで行ったと取られる可能性もある。これを知られたら、ハンターからの信頼はまず失われるよ」
「わかった。トルトと、トルトを連れてきた副ギルド長は解雇する。これでいいか?」
苦渋の表情でギルド長が次の提案をする。それに対して、シャッスがエインの方をちらっと見た。
エインは、大きく首を左右に振り、肩をすくめた。
「それで、わたしの不利益の何が補填されるのでしょうか。お金には困っていませんし、職員を辞めさせるのは、ギルド側の問題であって、わたしには何も得るものはありません」
「低級が、足元見やがって……」
エインの言葉に、ギルド長が奥歯をかみしめながら、ぼそっと不満を漏らす。
低級というのは、D級までのハンターを指し、C級以上を上級と呼ぶ。というのも、C級になると人数が一気に減るから。このせいで、C級が上位ハンターを目指すうえでの1つ目の壁だといわれている。
そのため、C級になれば実力を認めてもらえる。
上級ハンターレベルになると、ギルドも蔑ろにできないのが普通だが、逆に言えば低級ハンターなら大概のことに関してギルドに対して、不満を言えなくなる。
ハンターになれるのは10歳からなので、12歳の私達は、普通にやっていたらC級になれるはずがない。
だが、私達がC級なのは事実であるし、B級になれないのは、実績――こなした依頼の数とそれによる評価――が足りないからだといわれた。
実際、私だけの力でC級の魔物は倒せるので、文句を言われる筋合いもない。
「まずなギルド長。ここまでの話は、職業やランクに関係ないところしか触ってない。
シエルメールのお嬢ちゃんだけどな、C級のハンターだ」
シャッスの言葉に合わせて、エインがカードを取り出す。銅で作られたこのカードは、C級である証だといっていい。
実物を見せられたギルド長は「な……」と言葉を失くし、わなわなと肩を震わせる。
「ありえん。よほどのことがない限り、C級に上がるのに10年はかかる」
「それが事実かどうかは、本部に尋ねたらいいだけだろう。C級にもなれば、当然昇格の際に知らされているしね。確認もせずに疑うことが、自分の立場を危うくしていることに、気が付いたほうが良いよ。
あとな、お嬢ちゃんの職業だが……」
シャッスがそこまで言って、エインの顔を見る。エインが頷いたのを確認して、シャッスは「歌姫だ」と続けた。
ギルド長はエインに、まるで信じられないものを見たかのような目を向ける。
黙ってしまったギルド長に、エインは淡々と話し始める。
「わたしの職業は歌姫です。これが、広まるということが、どういうことか、ギルド長もわからないわけではないでしょう。
一度外に漏れてしまった情報は、どれだけ緘口令を敷こうとも、止められるものではありません。
これが万が一、王都中に広まってしまった場合、わたしは迫害を受け、王都にはいられなくなるかもしれないわけです。
この責任をどうとっていただけるでしょうか」
エインの凍えるかのような声色に、ギルド長は、ますますもって押し黙ってしまった。
それにシャッスが追撃を加える。
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんが思う、責任の取らせ方を言ってみてよ。
公平に判断させてもらうけど、まあ大体は許されると思うよ」
「なんとなく察していましたけど、シャッスさんって、偉かったんですね」
「これでも本部から監査として派遣されてここにいるからね。
普段は1人のハンターだけど、こういったときに、ギルド長の暴走を止められるくらいの権限はあるんだよ。事後報告で、俺に問題ありといわれたら、罰則もあるけど、今回はことがことだからね」
「では、前提条件として、トルトさんには、自分の職業とわたしにしたことを公表してもらいます。他人の職業を話すのに躊躇いがない人ですから、自分の職業くらいばれても文句はないでしょう。
ただ、トルトさんの職業の関係上、今回の事例を公表していないと、またわたしみたいな被害者が出ますから、徹底してください。
あとは、王都におけるわたしの身の安全の保障と、可能な限りの緘口令でしょうか」
「それで、本題は?」
「王都ギルドにある、最も容量の大きい魔法袋をください。また、それを補填するための費用は、今回の関係者、ヴァルバさんとその仲間、トルトさん、ギルド長、あと副ギルド長に関してはどこまで関わっているのかわかりませんので、判断はお任せします」
エインの要求に、ギルド長が焦ったように「ちょっと待て」というが、シャッスは「まあ、大丈夫だろうね」と話を進める。
魔法袋とは、要するにたくさんものが入る袋のこと。重さも感じなくなるため、あるだけでかなり旅が楽になる。
ただし、王や姫級の職人系職業の人が、数か月かけて作るので、かなり高価なのだ。安いものでも、家は建つし、高いものになると城が建つともいわれる。
エインもとんでもないものを要求したものね。直近のことを考えても、もう少し先のことを考えても、持っているに越したことはないけれど。
その後、シャッスはギルド長に案内させて、魔法袋――肩掛けで大型の魔物を数体入れることができる――をもらう。
帰りは変な因縁をつけられないようにと、依頼者用の扉から見送られた。
その時、エインはふと何かを思ったのか、シャッスの顔を見上げる。
「よく、歌姫を助けようと思いましたね」
「ハンターなんて、強ければ何でもいいところがあるからね。不遇職でありながら、その年齢でC級にまで達したお嬢ちゃんのことを、悪く言うやつは上級にはいないと思うよ。
むしろ、お嬢ちゃんのことを、怖いとすら感じる」
「そうですか。結構かわいいと思っているんですけど」
突然エインがそんなことを言い出して、驚いてしまう。
ここで言う可愛いとは、私に言っているのかしら。エインが使っているとはいっても、私の体でもあるわけだし、見た目って意味なら、私のこと可愛いって思ってくれているのよね。
でも、内面って意味だと、エインは可愛いから、自分のことを可愛いって自覚しているのかしら。
なんて、きっとこれから重くなる話を、少しでも和らげたいって意味があることくらい、私もわかっているけれど。
「確かにそうだけど、自分で言うことじゃないね」
「まあ、可愛くない生活を送ってきたのは確かですよ」
「だろうなぁ。俺もたいがい死ぬ気でやってきたけど、嬢ちゃんのは、また違いそうだし」
「話は変わりますが、ヴァルバさんは、なんであの程度の傷で騒いでいたんでしょうね」
「……それ、話変えた?」
「内緒です。女の子は、秘密がある方が綺麗になれるらしいですから」
「はいはい。そろそろ帰って、ほかの人に見つかっても拙いし」
「そうします。それでは」
手を振って、今度こそエインはギルドを後にした。
◇
宿に戻ると、ちょうど夕食時だったので、食堂で夕飯を食べてから、部屋に戻る。
忘れていたけれど、部屋に戻るまで、ずっとエインのままだった。
思い出したエインが、私と入れ替わったので、そのままベッドに倒れ込む。
「なんか、とても疲れたのよ」
『……』
「エイン、どうかしたの?」
『今後、こういうことにならないように、今日みたいな情報収集はやめたほうが良いのかなと、思いまして』
「でも、エインはやりたいのよね。自分の歌でお金がもらえるのが嬉しいって、昔言っていたもの」
『ですが、シエルの安全を考えると、今回みたいなことがまた起こるとも限りませんから』
「それは気にしなくていいと思うわ。今回はエインの結界でどうにかなる相手だったけれど、職業のランクや習熟度によっては隠せない可能性が高いもの」
『それでも、できるだけこういった騒動が起こらないに、越したことはないですから』
私のためにエインが悩んでくれているのはわかるけれど、私は別にこんな風にエインを困らせたくはない。むしろ、もっと私に迷惑をかけてくれてもいいと思うのだけれど。
でも、私の中の悪い子が、エインを困らせるようにささやきかけてくる。
「ねえ、エイン。エインはとっても可愛いの」
『それは、シエルの見た目のおかげですよ』
「そういうことじゃなくてね。エインという人が可愛いの。見た目の問題じゃないのよ」
『えっと、その……そうですか』
エインのその困ったような"そうですか"には、いったいどんな意味が込められているのかしら。
可愛いと言われても嬉しくないのかしら、それとも、可愛いといわれて嬉しいと感じていることに戸惑っているのかしら。
これなら、エインに表に出てもらっていたらよかったのかもしれないわ。
どちらにしても、エインの反応に、ふふっと笑みがこぼれる。今日一日は疲れてしまったけれど、またもうひと頑張りできそうなほど。でも今は、エインを元気づけないと。
エインに意地悪をするためだけに、可愛いといったのではないのだから。
「でもね、エインが一番可愛いのは、歌っているときなのよ。
だから、歌わないほうが良いだなんて、思っては駄目よ? エインが歌っているときは、私が守るのだもの、気にしなくていいの」
『はい、わかりました』
「じゃあ、今日は疲れたから、寝るわね。おやすみ、エイン」
『おやすみなさい、シエル』
終わり良ければ総て良しなんて、たまにエインが言っているけれど、一日の最後で満足ができた今日は、きっといい夢が見られる。
エインの子守歌を聞きながら、そんなことを考えていた。
◇
王都の滞在は、3日目に必要なものを買いそろえた後、もう一泊宿を取って、4日目の早朝に北に向けて出立することにした。
ハンターギルドには、行き辛い感じになってしまったし、一般に歌姫だとバレるとやっぱり面倒だから。こういう時は、目立つ白い髪が疎ましい。
だけれど、エインはこの髪を、真夏の雲のようだと表現してくれるので、嫌いではない。
朝から馬車に乗って、大体10日前後で、北の森1歩手前の町につく。
今回も護衛依頼ではないので、お金を払って、乗合馬車に乗るのだけれど、なぜかシャッス達のパーティが馬車の前で待っていた。
『替わったほうが良いかしら?』とエインに尋ねると、『"シエルメール"が話してあげてください』と返ってきた。そういえば、シャッスには、シエルメールを名乗ったのだっけ。
手を振るシャッスに、ぎこちなく振り返した。
「そろそろ、嬢ちゃんも出発すると思ってね。見送りに来た」
「何か、面倒なことになったみたいだね。まあ、その面倒は、あたい達が引き継いだわけだけど」
「わざわざ、ありがとう」
シャッスと酒場で相手してくれた女性が、何度かやり取りした仲だからか、代表して話をするので、とりあえず、来てくれたことにお礼を言う。
二人は、少し変な顔をして、私を見た。
「嬢ちゃん、雰囲気変わったか?」
「プライベートだと、こんな感じなのよ。切り替えていかないと、疲れてしまうもの」
「まぁた、大人みたいなことを言うね。このおチビちゃんは」
お酒を飲んでいるわけでもないのに、女性が豪快に笑う。さすがにおチビちゃんはムカッと来たので、取り合わずに、シャッスに尋ねてみることにした。
「ところで、ギルドの方はどうなったのかしら。あのあと、さすがに行き辛くて行けないのよ」
「今のところ、大きな変化としては、トルトが職員を辞めていったな。
ハンターに邪険に扱われるようになって、居づらかったんだろう。あとは、副ギルド長は、グレーだったな。トルトを使って職業を覗き見た後、それとなく職業にあった依頼を回して、評価を上げていたらしい。
それを墓場まで持って行ってくれたらよかったんだろうが、トルトが余計なことをしたって感じだ。判断は、本部次第ってことになる。
ギルド長は、更迭。新しい人が来ることになった。とはいっても、体制が変わるまでまだまだかかるだろうな」
「変わったとしても、職業バレの事実は変わらないのだけれどね。
でも、教えてくれてありがとう」
やはり、私はエインのように、フレンドリーには接することができない。
シャッスたちも、不思議そうな顔をしているのだけれど、これがシエルメールなのだから、受け入れてもらう他ない。
「なんていうか、嬢ちゃんは隠し事が多そうだな」
「もちろん、女の子だもの。それとも、毎日死にかけていた話をしたらいいのかしら」
「それはパスさせてくれ」
「そうね。もしも、すぐにでもこの国から逃げ出して、安全なところに行けるというなら、話せるのではないかしら」
「嬢ちゃんなら、すぐB級になるだろ。そうなってから、自分の足で国を出て本部まで行けばいい」
「馬車くらい使うと思うから、自分の足は使わないと思うのだけれど」
屁理屈で返して、馬車に乗り込む。
ハンターの別れだ。後腐れもなく、軽く手を上げるだけでも十分伝わっただろう。
◇
10日が過ぎ、とても退屈だった馬車の旅も、終わりを迎える。
この10日間は、とにかくやることがなかった。魔物が出てきても、それを倒すのは護衛の役目で、私がやっていいものでもない。
どんな魔物がいるかだけは、毎回確認していたけれど、フォレストウルフを何度も見かけた。1回1回の遭遇数は少ないので、D級ハンターでも相手できただろうけれど、安全に進むために休憩も多かったと思う。
馬車の中は、もともとある集団ごと――家族や仲間ごと――で集まっているので、ほかの纏まりとは、軽い挨拶をする程度でしかない。それでも一人の私に声をかけてくる人がいたので、「ご心配なく」とだけ返した。
私がやっていたこととすれば、景色を見ながら、エインとおしゃべりをすること。声をかけられたときには、おしゃべりの邪魔をされて、少し機嫌が悪かったかもしれない。
あとは、夜にこそっと外に抜け出して、魔物と一緒に踊るのを退屈しのぎにしていた。
地図でしか知らなかったが、王国の北には大きな山脈がある。
そのふもとには、森が広がり、そのことを皆「北の森」と呼んでいるのだ。
また、北の森を抜けた国の中央側には、山脈に沿うように川が流れている。川の周りには、広大な穀倉地帯が作られていて、あまりの広さに目を奪われてしまった。
北の森と穀倉地帯の間に、町が点々と用意されていて、北の森の魔物に畑を荒らされないようにと目を光らせているらしい。
とはいえ、すでにフォレストウルフが流れてきていることを考えると、荒らされているところもあるのだと思うけれど。
ともかく、10日の馬車の旅の末、穀倉地帯を抜けて、町までやってきた。
王都ほど大きくはないけれど、灰色の頑丈そうな壁で覆われているのは、それだけ魔物の被害にあいやすいということかもしれない。
馬車を降りた後は、拠点となる宿を探す。町の最初の印象としては、良くも悪くもにぎやかだということだ。
道を歩いていても、普通に武器を持ったハンターがいて、大声で呼び込みをする屋台の声に混じって、喧嘩する声もある。
その中から、比較的静かそうな宿を探して部屋を取り、今日はもう休むことにした。
◇
次の日、エインに頼んで、いつものように酒場で情報収集をした。
歌を歌って稼ごうとすれば、それに類する職業だと疑われて、敬遠されそうなものだけれど、実際のところ街中で歌って小遣いを稼いでいる人もいるし、場所さえ選べばそこまで因縁をつけられることもない。
それに、職業歌手くらいなら、歌姫ほど悪感情を持たれることもないので、それで逃げることもできる。
エインは、こういった場で歌うときに、歌姫としての力は使っていない。普通に歌って、普通に稼いでいる。
おそらく、歌姫の力を存分に発揮したら、かなりの情報を得られるだろうし、聞いた人の余剰分のお金をすべて巻き上げることもできるだろう。
歌姫に関しては、過去にそういうことをした人がいるから、嫌悪されているのかもしれない。
ここで分かったのは、魔物の活動が活性化していること、中でもフォレストウルフが増えていて、駆除依頼が常にギルドに張り出されているので、稼ぎ時だということくらいだろうか。
森の中にも町があるが、領主やハンターが協力して大事には至っていないらしい。
とにかく、多くのハンターを動員して、魔物の数を減らしているので、拮抗しているとのことだ。
だとしたら、森を抜けるついでに、依頼をいくつかこなしてもいいかもしれない。
王都では結局、依頼をこなすこともなかったので、B級ハンターを目指している身としては、ポイントを稼げるときに稼いでおかなければ。
それから、森を抜けて海に行くには、平常時で5日程度かかるという。
いまだと、魔物のも多いので、さらに時間がかかるだろう。
最後に、この町について。これについては、特別なことはないけれど、森が近く魔物も多いため、ハンターも集まる。だから、住人と衝突しないように、区画を分けているらしい。
仕事場も、ハンターは森の方面、住人は穀倉地方面と、正反対になっているので今のところ大きなトラブルは起こっていないという。
穀倉地の被害については、ここではよくわからなかった。穀倉地帯での駆除依頼はないらしいので、大丈夫だろうとのことだ。
情報収集をしていたエインと入れ替わって、ギルドに向かう。
石造りのギルドの建物は、王都にあるものよりも無骨だけれど、これはこれでハンターギルドらしさがある。
中にいる人は少なく、依頼は緊急のものとして森での魔物盗伐が張り出されている。
ハンターランクがE以上ならだれでも受けられて、どんな魔物を倒してきてもいいというもの。倒した魔物によって報酬が決められる。
『これだったら、ランクアップに近づけるかしら』
『C級やB級の魔物がどれくらいいるかですが、やって損はないでしょう』
『なら、今日はこの依頼を受けて、浅いところで様子見ね』
方針も決まったところで、受付に行こうと踵を返したら「おい」と声をかけられた。
声がしたほうを見ると、私よりも年上っぽい少年が、にらみつけるように私を見ていた。
特に相手をする義理もないので、無視してカウンターへと向かう。
『シエル』
エインが短く私の名前を呼ぶ。十中八九、掴みかかろうとしてきているのだろう。
何かされたところで、エインが守ってくれているので、無視してもいいのだけれど、こんな良くわからない人に触れられるのは心底嫌なので、体を翻して軽く距離を取る。
少年は手で宙をつかむという滑稽な姿をさらし、周りのハンターから嘲笑が向けられた。
少年の顔は真っ赤になったが、恥ずかしさをごまかすように私を指さした。
「お前酒場で歌ってた奴だよな。D級ハンターのオレの女にしてやるよ」
「私もハンターなのよ。だから、貴方の女っていうのにはなれないわ」
面倒くさいので適当に返して、再度カウンターに向かう。
その時、少年がプルプルしていたけれど、私には関係ないだろう。
カウンターでは、受付の女性が、困ったように笑っていた。
「彼は良いの?」
「ええ、全く知らない人ですもの」
「でも、彼は15歳でDランクにまでなったこの辺りでも有望株なのよ。
最近ランクが上がったから、調子に乗っているのは事実だけど、腕は確かなんだから」
「心配いらないわ。それよりも、この依頼なのだけれど……」
『また来ましたよ』
「ああ、もう。この依頼の受け付けしておいてほしいのだけれど、良いかしら?」
「は、はい。カードがあれば受け付け自体は可能です。でも、この依頼は……」
「それじゃあ、頼んだわね」
何か言おうとしている受付に、カードを押し付けて、ため息をつきたい心地で振り返る。
その時、後ろから驚いたような声が聞こえるけれど、なぜ私がその依頼を受けられないランクだと思うのかしら。さすがに自分のランクがわからないほど、頭悪そうには見えないつもりなのだけれど。
振り向いた先の少年も少年で、声を掛ける前に反応したからと、驚かないでほしい。
「何度も何かしら?」
「ハンターなら、オレのパーティに入れてやるよ。オレ以外はE級だが、あと2年もあればD級になれるやつばかりだからな。
すぐに有名なパーティになれるはずだ」
「それで、私に何のメリットがあるというの?」
「オレは15でD級になったんだぞ? 最速でC級になって、どんどん強くなる。
そんなオレと同じパーティにいられるだけで、十分メリットがあるだろ。それに金だって、不自由しない。酒場で歌っていたのも、金欲しさなんだろう?」
少年の言っていることは、あながち的外れではない。
そもそも、10歳からハンターにはなれるが、スタートのG級は街中で手伝いをする程度だ。
毎日いくつも依頼をこなして、ようやく一般の仕事をしている人と同等の稼ぎになる。そこから、F級に上がるには、低級の魔物から逃げられるとか、見つからないように行動できる程度の実力や知識が必要になる。
低級の魔物を倒せるようになって、ようやくE級。15歳だと、多くの場合F~E級。中にはGという人もいるだろう。
Dになるには、そこから数年は必要になり、D級昇格は10歳後半から20歳前半くらいが一般的だとされる。
D級でコンスタントに依頼をこなせるのであれば、それなりに裕福な暮らしができるといわれ、D級ハンターを目指す人も少なくない。
だから、彼と行動をしておけば、お金もそこそこ手に入るに違いない。
でも、たぶん。大きいギルドがあるところ、それこそ王都の公認の酒場で、エインが歌っていたほうがお金になると思う。
シャッスの話を聞く限り、あの酒場にいたベテランたちは、ランクがかなり高いから、お金もたくさん持っているだろう。
「私はC級だから、それだと何のメリットもないのよ」
「はあ? お前みたいなちんちくりんが、C級だって?」
「別に信じてもらえないのは、構わないのだけれど、少なくとも私は「おい」と声をかけてきて、「オレの女にしてやる」なんて言う人と、一緒に行動したくないのよ。
それに、パーティに誘おうとしている相手に、ちんちくりんはないと思うわ」
「おい嬢ちゃん、もっと言ってやれ」と、周りからヤジが飛んでくる。より面倒になりそうだから、やめてくれないかしら。
言いたい放題言われている少年は、体をわなわなと震わせて、キッと私をにらんできた。
「C級っていうなら、オレと戦え。そして、オレが勝ったら、オレの女として一生オレに尽くせ」
「時間の……いえ、なら貴方が負けたら、ギルドをやめてもらうわね」
「な、なんでそんな……」
「人には一生をかけろと言っているのに、自分はかけないというのは、道理に合わないもの」
本当は、ギルドをやめられても、私には何にもならないし、彼が私の利になる何かを持っているとは思えない。
エインのおかげで、魔法袋も手に入れたから、あとはランクが欲しいけれど、D級に勝ったところで、ランクアップの足しにもならない。
だけれど、何も要求しなければ、次から次に似たような輩がやってくるのが、ハンターの一側面でもある。
『受けるんですね』
『そろそろ、剣も扱えるようになりたいの。
頭に血が上っているとはいえ、剣技だけで言えば、彼は私よりも上に違いないから、勉強にはなると思うのよ』
『シエルがそう考えるなら、わたしは反対しませんよ。
D級の実力を知る、良い機会ですからね。このままいけば、彼はハンターをやめることになりますが、自業自と……。いえ、何とかする人が来たみたいです』
エインがそう言って、会話をやめる。私も気配くらいは感じられるけれど、私のために十数年鍛えてきた、エインの探知には勝てる気がしない。
少年は、売り言葉に買い言葉で、私の要求を受け入れそうになっていたけれど、「その話、ちょっと待て」と、待ったをかける人が現れた。
少年が驚いたように「ギルド長」と声を上げる
王都のあの人とは違い、こちらは今でも現役ハンターを名乗れそうなほど、体格がいい。一言で言えば、筋肉。
髪はなく、暑苦しい雰囲気で、年齢はよくわからない。50歳を超えたといわれても頷けるし、30代といわれても、違和感はない。
「まず、うちのガンシアが失礼した。シエルメール嬢」
「私のこと、調べたのね。仕方のないことだとは思いますけれど」
「そういってくれると助かる。とりあえず、事の経緯も把握しているが、ガンシアが悪い」
「なんでなんですか、ギルド長」
「むしろ、お前はいきなり『オレの女になれ』とか言って、普通だと思っているわけだな」
「それは……酒に酔ってたからで……」
「飲めるようになったから、酒場で騒ぎたくなる気持ちもわからなくもない。俺にも経験はあるからな」
「だったら!」
「だが、酒飲んだからって、何やらかしてもいいわけでもない。
仮にお前が絡んでいったのが、他の上級ハンターの場合、すでにお前は大けが負っていたかもしれないんだが、その辺りはどう考えてるんだ?」
「それは……。でも、こいつは酒場で小遣い稼ぎみたいなことしてたんだ。勘違いさせる方が悪いだろう」
「あのなあ、シエルメール嬢が、ハンターじゃなかったら、それはそれで問題だからな?
力に物言わせて、町の住人を我が物にしようとしたわけだから、関係が悪化するかもしれん」
少年、ガンシアの覇気がどんどんなくなり、今はとても小さく見える。少なくとも身長は、私よりも2周りくらいは大きいと思うのだけれど。
話は終息しそうになっているけれど、このままうやむやにされると、私はからまれ損になってしまう。
ここで頭を下げられて、許しますってほど、お人よしではないのだけれど、エインはそんな私をどう思うかしら。
エインも過激なこともあるし、大丈夫だとは思う。でも、心配。
『ねえ、エイン』
『どうしました?』
『こういうときって、許してしまったほうが良いのかしら?』
『わたし的には、シエルに「オレの女になれ」っていったあたりから、許す気にはなっていませんが、シエルが許したいのであれば、それでもいいと思います。
無条件で許すと現状を見守っているハンターに舐められそうなので、最低限ガンシアさんからとれるものはとっておくべきだとも思いますが』
『わかったわ。ありがとう』
にやけそうになる表情を、無理やり押さえつけて、エインにお礼を言う。
エインは、私を渡したくないって、思ってくれているってことよね。それは、とてもうれしい。でも、にやけてしまうと、エインもすぐにわかるはずだから、我慢するのも大変だ。
とにかく、許さなくて良さそうなので、そろそろ私も話に加わろう。
「そちらの話はそれとして、ギルド長が頭を下げるから、それに免じて許してほしい、なんて言わないですよね?」
「本来これは、ハンター同士のいざこざだからな。原則ギルドが介入しない。
だが、これでも、将来有望なハンターだ。失うのは惜しい。だから、勝負するのは止めないが、条件は変えさせてくれ」
「内容次第かしら。もともとは『オレの女として一生オレに尽くせ』でしたかしら。聞きようによっては、奴隷になれって言っているようなものですね」
クスクス笑って見せると、ギルド長が疲れたように、天を仰いだ。
ガンシアは、すでに話について行けていないようで、おろおろしている。頭に上った血が、降りてきたのかもしれない。
「ああ、わかった。シエルメール嬢が勝てば、ガンシアは今の魔物の増加が収まった後、1年間活動を自粛させる。その間は、ギルドの雑用として、ここで働かせることは許してほしい」
「私が負けた場合には?」
「同じく1年間、ここの町を活動拠点にして、毎月一定数の依頼をこなしてもらう。当然その時には、報酬は払うし、ランクに見合わない依頼も回さない。
それから、ギルドが故意にガンシアの肩を持つように、介入した詫びとして、今受けてもらった依頼をギルドからの指名依頼とする」
ギルド長の提案した条件に、エインが『話が分かる人ですね』と感心した声を出す。
勝負結果の条件については、私的にはどうでもいいとして、指名依頼というのは素直に喜べる。
指名依頼は、ランクアップするのに、かなりプラスに働くからだ。もしかしたら、今年か遅くとも15歳までにB級にあがれるかもしれない。
「では、それで」
了承しようとしたら、ガンシアが慌てたように、声を出した。
「ちょっと待てよ。オレの意見は? 1年活動できないってさすがにそれは」
「この話がなかったことになれば、ガンシア、お前はギルドを辞めることになるな。
というか、勝てるつもりで、喧嘩吹っ掛けたんだろ?」
「ああ、勝つさ。だったら、条件を戻してもいいだろ」
「お前な、仮にそれで勝てたとして、シエルメール嬢がお前の女になったとしてだ。周りがどう思うか考えたことあるか。
お前よりランクが高いハンターに、シエルメール嬢目当てに勝負吹っ掛けられるようになるぞ? それ、断れるか?
酒場のベテラン、結構シエルメール嬢、気に入ってるからな?」
この辺りは、本当にエイン様様だ。酒場で1杯のお酒を奢るだけで、ベテランハンターが味方に付いてくれるのだから。
得てしてハンターっていうのは、気前がいい人を気に入る傾向にある。
しかも。エインの歌で魅了した直後に、パーっと飲めるのだから、効果は高い。でも、まれにガンシアみたいな人が現れるのが、玉に瑕。
結局、ガンシアが渋々折れて、ギルドの訓練場で1戦することになった。
◇
C級にまでなったけれど、こうやって1対1の対人戦を行うのは、久しぶり。
ガンシアはパワータイプなのか、両手剣をしっかり持ち、切っ先をこちらに向けて構えている。
対する私は、魔法袋に適当に入れていたショートソードを、右手で持っている。構えなどはさっぱりわからないので、だらんとおろしている状態だ。
『久しぶりに、耐久テストでもしましょうか』
『それなら、最初の一撃は受けるようにするわ。今回は探知の報告は不要だけれど、万が一負けそうになったら、よろしくね』
『言うまでもないですが、油断しないでくださいね』
正直なところ、舐めてかかるので、油断といえば油断だといえる。
エインとの話がひと段落したところで、ギルド長がルール説明を始めた。
「負けを認めさせるか、相手を戦闘不能にしたら勝ちだ。
また、こちらの判断で止めることもある。
あとは訓練場を壊さない程度に、自由に戦ってくれ。それでは、はじめ!」
開始の合図の後、「はあああああ」という気合の元、ガンシアが剣を下げて突っ込んでくる。
まっすぐ来ているようで、その目は私の持つ剣を視界に入れているところを見ると、考えなしということでもないようだ。
私の動きを見ながら、大きく振りかぶり、重たそうな両手剣を振り下ろす。
それが、それほど速くない。一応身体強化の魔法をかけているけれど、この分だと素の状態でも、難なくよけられるだろう。
振りかぶる間に、そのわき腹に剣を突き刺すこともできたが、エインとの約束があるので甘んじて受ける。同時に、ガンシアの目が驚きに見開かれた。
「なぜ何もしない」
「動く必要がないからかしら」
ガンシアの一撃は、ちょうど私の肩にあたるところで、止まっている。正確には、服にも触れていないのだけれど。
さすがに年上の男性なだけあって、単純な力比べだと、勝てそうにないけれど、身体強化を含めれば私に分がある。そもそも、エインの結界を突破できなかった時点で、ガンシアに勝ち目などない。
それには、ガンシアも気が付いていると思うのだけれど、諦められないのか、剣を構えなおして横に薙いだ。
それを、後ろに飛ぶようにして避けると、そのままガンシアが踏み込んできて、十字を描くように二度切りつける。
その時、ガンシアが攻撃する前に、1呼吸置くことに気が付いた。
思いっきり切りつけるために、力を入れているのだろう。確かに、頑丈な魔物相手には有用な手段かもしれないが、人間相手だと悪手だといえる。
それから、剣の勉強をしようと思ってガンシアと戦っているのだが、あまり参考にできない。
ガンシアが持つような両手剣は、非力な私には向いていないだろう。身体強化して持ったところで、もともとがひ弱なのだ。B級以上の魔物を倒すときの決定打にするには、全力で臨まなければならない。
全力で行くなら、そもそも剣を持つ必要もなし。何より、大きな両手剣だと"舞"辛そうだ。
だけれど、私が目指すべき、"剣"のスタイルも見えてきた。
ガンシアのリズムも把握したので、こちらも攻勢に出るとしよう。
剣の構え方は知らないけれど、私の場合、私の職業である"舞姫"がある程度、補佐してくれる。
舞姫とは、その名前の通り、舞を行うことができる職業だ。そして、舞とは体や道具を使って、魅せるもの。逆に言えば、魅せるためには、あらゆる武器を扱うことができる。
神に対して魅せる舞であれば、雨を降らせることもできるだろう。
しかし、舞姫は歌姫と同じ不遇姫の1つ。歌姫ほど外聞は悪くないけれど、様々な職業の下位互換だと評される。
なぜなら、舞は音楽があって成り立つものだから。舞姫が1人、戦場に放り出されても、十全に力を発揮することはできないから。
その時には姫という最上位の職業でありながら、下級職程度の補正しかなく、魅せるという条件が付くため、下級以下とされる。
雨を降らせるにも、舞台や楽器を準備するよりも、1人の魔法使いを呼び寄せたほうが早い。
だから、私が剣での勝負で勝てる道理はないのだけれど、これだけ隙を見せているのだから何とかなるだろう。おそらく、ガンシアは対人戦の経験はほとんどない。
ひとまずは、大振りしたガンシアの脇腹に傷をつけ、剣が振り下ろされる前に引く。
少し血が出る程度の、小さい傷だからか、ガンシアは気にせずに剣を振り回す。
◇
一呼吸で近づき切りつけ、二呼吸で優雅さを意識して離れる。これをしばらく続けていたら、疲れてしまったのか、血が足りなくなってきたのか、ガンシアが剣を杖にして膝をついた。
あちらこちらから血が流れ、泥だらけになり、いかにもボロボロといった風貌の彼に「続けるのかしら?」と尋ねる。
剣で戦っていたせいか、強さにそれほどの差がないと感じられたのだろう。ガンシアの目には、まだ力がある。
仮にガンシアの剣が私に届いたとしても、ダメージは全く入らないのだけれど、忘れてしまったのだろうか。
「ったりめえだ。ちょこまか動きやがって」
肩で息をしながら、ガンシアが立ち上がるので、手を軽く振って、ついでに魔力を流す。
風の刃が打ち出され、ガンシアの剣を弾き飛ばす。何の変哲もない風魔法だけれど、ガンシアは口をあんぐりと開けて、固まってしまった。
「続けるなら、私ももう少し本気を出すわね」
「待て待て、そこまでだ」
見かねたのか、ギルド長が止めに入る。
「シエルメール嬢の勝ちだ。ガンシアもそれでいいな?」
「なんでだ。なぜ勝てないんだよ。必死に毎日特訓して、D級になって、同世代じゃ負けなしだったのに、なんで年下の女に負けないといけないんだ」
膝から崩れ落ちたガンシアが、こぶしを地面にたたきつける。
そう思いたくなるほど、努力をしたのだろうけれど、それだけの才能があったのだろうけれど、私には滑稽に見える。
まるで、この世界で一番自分が頑張ってきたのだと言いたげで、世界の広さを知らない。
まあ、私は頑張ってきたとは少し違ううえ、世界の広さを知らないから、海を見に来たのだけれど。
「今日私があなたに与えた傷。それよりも深い、それこそ血管を切断するような傷を、生まれたときから5年間毎日受け続ける。
そのあと、高確率で死ぬ可能性のある薬を、毎食後飲まされ続ける。
それと並行して、命を狙われ続ける。それに、奇跡が起こったら、貴方もすぐにC級になれると思うけれど、やってみるかしら?」
ガンシアに近づき、耳元で彼にだけ聞こえるように伝える。
そのまま、ギルド長のほうを見やって、ギルドの建物に入った。
『伝えてよかったんですか?』
『こうでもしないと、この後の依頼の邪魔されるかと思ったのよ。
「今度は倒した魔物の数で勝負だ」って』
『それは……ありそうですね。やるのは勝手ですが、勝手に窮地に追い込まれて、助けを求められる未来が見えます』
エインにも納得してもらったところで、ギルド長と向き合う。
「手間かけさせたな。あいつもこれで、調子に乗ることはないだろう」
「人を勝手に使わないでほしいのですけれど」
「今のを依頼ってことにして、報酬を払おうか?」
「それなら、報酬はいらないから、ランクアップの足しにしてほしいかしら。
できるだけ早くB級になりたいんですよね」
「王国を出たいってか。この国にしてみたら、大きな損失になりそうだ。シエルメール嬢、さっきの本気じゃなかっただろう?」
「もちろん、剣なんて初めて持ちましたからね」
「それはガンシアに言ってくれるなよ。さっきのは、後進の育成ってことで、無報酬依頼にさせてもらうよ。雀の涙ほどにしかならんが、実績の1つになるだろ」
「私もその"後進"にあたるのではないかしら。ガンシアよりも、年下ですもの」
「そういうなよ」
ギルド長がツルツルの頭に、手をのせて困ったというアピールをしてくる。
ペタン音が鳴りそうな頭は、意外と触り心地が良さそうだ。
それはそれとして、エイン以外をからかっても、さほど楽しくないので「言ってみただけですよ」と返す。
「ですけれど、今日は宿に戻って休むことにするわ。
明日は、森に行くから、指名依頼、忘れないようにしてくださいね」
「ああ、手続きはしておくから、行く前に顔を出してくれ。事後でもなんとかなるが、先に来てくれた方が、面倒がない」
「わかったわ」
短く返して、ギルドを出る。気が付けば、すっかり夕方になってしまった。
とてもとても疲れたけれど、B級に大きく近づけそうなので、収穫はあったといえる。
このままリスペルギア家に気が付かれずに、逃げ出せればいいのだけれど。10年間私を閉じ込め続けたうえ、伯爵に売り渡した、忌まわしい家から。
◇
次の日、朝からギルドに行くと、なんだか騒がしかった。
依頼の争奪戦をしているというわけではなく、ギルド全体で噂話をしているといった感じ。
私には関係ない……とは言えないけれど、話を聞くにも、受付に行くのが良いかもしれない。
受付で名前を告げると、奥からギルド長が出てきた。その表情は暗く、焦っているようで、とても嫌な予感がする。
「昨日の話とも関係あるが、指名依頼を受けてほしい」
「この騒ぎと関係があるのだろうけれど、内容次第ですよ」
「北の森の調査依頼だ。今朝、討伐依頼に赴いたC級ハンターのパーティが、血だらけで帰ってきた。
大量発生が始まってから、C級の魔物までは見られていたが、B級以上は見つかっていなかった」
「でも、C級がボロボロになるような魔物が出てきたのね。
推定B級以上。場合によってはS級の可能性もあるってところでしょうか」
「ああ。まだ意識があったハンターに聞いたが、相手は金色のウルフだったって話だ。
この大量発生の原因も、こいつにあるとみている。いま王都からB級以上を呼んではいるが、どう早く見積もっても、数日はかかるだろう。
それまでの間に、その魔物について、調べておきたい」
「未確認の魔物の調査は、推定ランク以上のハンターを指名するのが通例でしたよね」
調査といっても、相手に気が付かれれば、戦闘になるしランクが大きく違えば、逃げられないこともある。逃げられたとしても、人里まで連れて来てしまうことも考えられるだろう。
だから、安全策をとるに越したことはない。
「それはあくまで通例だ。能力があるとされれば、E級ハンターにも任せることができる。
何より、シエルメール嬢の能力は、B級を超えるだろう」
「でも、私も経験の少ないひよっこなのよ。調査なんてしたことはないし、うまくいくとは限らないですよね」
「だから、依頼内容は"討伐または調査"になる。倒せると思えば討伐していいし、駄目だと思ったら、調査だけをして帰ってくればいい。
失敗したときのペナルティはなし、報酬は魔物次第だが、最低でもB級クラスのものを用意しよう」
「実際の被害状況は?」
「C級が6人、D級が13人。死人はいないが、回復するまでにかなり時間を要するだろうな」
「ガンシアもいたみたいですね」
「そう……だな」
やっぱり、無茶したのね。とは思うけれど、それ以上に興味はない。
むしろ、金色のウルフのほうが気になる。まさかとは思うけれど、無視して何かに気が付けなかったときのほうが怖い。
いけそうなら、討伐もやっていいのだけれど、もしもの時の保険は欲しい。
「条件を2つ付け加えていいなら、請け負いましょう」
「条件とは?」
「今回の依頼を受けたこと、情報を持ち帰ったこと、討伐できた場合はそのことを伝える相手を、最低限に抑えてほしいのよ。
もちろん、伝えた人への口止めも」
「つまり、シエルメール嬢が、この依頼にかかわったという事実を隠せってことか?」
「可能なら、私がここにいたことも伏せていてほしいけれど、それは無理がありますものね。
だから、ギルド長が別の指名依頼を出していて、今から数日別の町にいたってことにできるかしら?」
「……まあ、できるだろう。場合によっては、そのことを本部長に伝えても?」
「それは構わないわ。もちろん、成功したときには、隠したうえで報酬と評価をもらいますけれど」
「それも、本部長次第だろう。報酬と身元を隠すのは、どちらが優先だ?」
「身元を隠す方ね。そちらにも、万が一はあるだろうし、最悪適当に魔物の素材を売るから、高めに買い取ってくれたら、それでいいですわ」
「わかった。もう1つは?」
「新種の魔物ということで、魔物鑑定師も呼んでいるのでしょう? 金色のウルフの魔物鑑定の結果を教えてほしいのよ」
「それくらいはかまわんが……」
「でしたら、今からいってくるわ」
ギルド長が了承したので、話を聞かずに、私は踵を返す。
こういうのは、早めに行動するに越したことはないし、本当は昨日森に行く予定だったので、準備も終わっている。
初めて北の森に入るというのが、唯一不安材料だけれど、エインがいるので最悪の状況にはならないだろう。
『シエルは神の使いを疑っているんですか?』
『そうね。エインはどう思うかしら?』
『普通に考えたら、突然変異で協力になったフォレストウルフでしょうか。
ですが、神の使いやそれに類するものではない、とも言い切れませんね』
『せめて、見た目でどういった存在なのか、わかればいいのだけれど』
『それよりもまずは、見つけることができるかですけどね』
『それは、エインに任せるわ。たぶん、わかるわよね? 身の警戒は私が自分でやるから、探知範囲を広げてくれる?』
『では、無関係だと思われる反応は、すべて無視しますね』
そんな話をエインとしながら、町を出て森へと向かう。謎の金色のウルフが見つかったということで、森に行く人が少なく、森の入り口についても誰と出会うこともなかった。
私達の場合、ソロで動いたほうがやりやすいので、非常に助かる。
『既にコチラを見つけているウルフがいますね。数は20~30でしょうか』
『でも、どれだけ多くても、フォレストウルフ程度の攻撃で、エインの結界はびくともしないと思うのだけれど』
『自負はしていますが、過信はしないでください』
『それなら、私はスキップでもしながら行こうかしら』
『たまに思いますけど、私達ってはたから見たら、かなり滑稽に見えそうですよね』
『ふふ、それは仕方ないのよ。そういう職業なのだもの』
宣言通りスキップで、とは言わないけれど、軽快な足取りでリズムを取りながら、森の中に入って行く。
くるくると回ったり、気を見上げてみたりとやっていたら、以前エインに『ミュージカルみたい』といわれたことがある。
ミュージカルって何かしら? と尋ねたときの、エインの慌てた様子は、今思い出しても可愛さに身悶えしそうだ。今でも、よくわかっていないのだけれど、別に悪口を言われているわけでもなさそうなので、気にしないことにしている。
何より、このスタイルが、こういった森を歩くのには向いているのだ。
私は舞姫。こうやって踊っている間は、私はあらゆるパフォーマンスをすることができる。
腕を振るだけで、フォレストウルフ程度なら両断できる風の刃を放つことができるし、手をたたけば自在に操ることができる炎を浮かべることができる。
いわば、魔法を使った舞だといっていいだろう。舞姫は、ある程度魔法が使えるなら、十分にハンターとしてやっていけると、私は思う。
それを、エインに言ったら『私達の魔力と回路の規格外さを忘れてはいけませんよ』といわれてしまった。
そんなことを考えている間に私は、埋め尽くさんばかりのフォレストウルフに囲まれていた。
ここまでに、十数匹を殺してきたため、危険人物とみなされたのか、すぐに襲ってくることはなさそうだ。すぐに走ってきたのであれば、1匹くらい私のもとにたどり着けたかもしれないのに。
立ち止まった私は、片足でトーントーンと、拍を刻むように軽く跳ねた。
同時に魔力が私の周りに渦巻き、跳躍に合わせて、水面に石を投げたときのように、風の波紋が広がっていく。
木々を切り裂き倒し、すべてのウルフを二分にし、血の花を咲かせたところで、風の刃は空気に溶けた。
これでひと段落かしら、と思ったところで、エインの冷静な声が聞こえてくる。
『シエル。北北東から、大きな反応が近づいてきてます。
すでに、こちらを認識していると考えていいでしょう。何本か木をなぎ倒しながら来ていますね』
『それって、少し拙いわよね?』
『おそらく、私の結界も抜けて来るレベルの魔物ですね。逃げられなくもないですが、森の外まで連れていきそうなので、おすすめしません』
『色々な可能性を考えて、相手の動きを止めるわ。サポートはよろしく頼むわね』
『では、心を凍らせるような、冷たい曲を』
私とエインの会話が終わった時、フォレストウルフの2~3倍は大きいと思われる、金色の毛並みのウルフがこの舞台にやってきた。
放つ存在感は、いままで出会った魔物の中でも、最も大きい。
並のハンターなら、威圧されただけで、動けなくなるだろう。そういう意味では、逃げられたD級ハンターは見込みがあるのかもしれない。
エインの歌はすでに始まっている。ヒヤリとする声色は、聞いているだけで、暑さをさ擦れさせてくれそうなほどだ。
歌姫であるエインは、自分の声が届く範囲に、多くの支援効果をもたらしてくれる。
その効果は、一流の支援術師を超えるだろう。その代わり、大きなデメリットがあるのだけれど、今のエインの歌は、私にしか聞こえない。だから、強化されるのは私だけ。
金色のウルフは、私をその目に入れると、一瞬で距離を詰めて鋭い爪で切り裂いてきた。
それを、紙一重で躱したつもりだったけれど、距離を取ったところで、右の二の腕に鋭い痛みがはしっているのを感じる。
やはり、エインの結界を超えてきた。だとしたら、A級並みの威力があるのだろう。
それから、私がいた場所を改めてみて、確信した。このウルフは魔法が使える。そうでなければ、地面が裂けるはずがない。だけれど、ウルフ系の魔物が魔法を使ったという話は聞かないし、そもそもこのウルフに魔力が感じられない。
考察をしている間に、ウルフは態勢を整えて、2撃目に入る。今度は、牙を使ってのかみつき。
結界を超えてくる以上、かみつかれてしまうと、振り払うことも難しい。
狙いは右。先ほどの怪我で、防御ができないと判断したのだろうか。だとしたら、かなり頭もいい。
だから、私は右腕で、ナイフを持って、その目に向けてやった。
エインの歌は、傷も治してくれる。その分私の体力は減ってしまうけれど、回復量効果はかなり高い。体力が無尽蔵の人に使えば、即死以外の攻撃は意味をなさなくなるに違いない。
ウルフは、素早い動きで後方に跳んで戻ったけれど、それは悪手。
離れてしまうと、私に"舞う"時間を与えてしまうから。
体の軸を意識して、くるりとその場で一回転。それだけで、あたり一面が凍り付いた。一瞬で現れた氷の世界。
凍り付いた木々の隙間から漏れ届く太陽の光が、キラキラと氷を光らせている。
舞姫と歌姫が一緒にいて、初めて作られる私の舞台。
舞姫の力を十全に発揮するには、音楽が必要不可欠。だけれど、その音楽を生み出すものは、楽器である必要はない。歌であっても、問題ないのだ。エインの歌の支援効果と、舞姫としての最高のパフォーマンスが合わさるため、B級であれば瞬殺できるし、A級も圧倒できるようだ。
これであのウルフをじっくり観察できる。
そう思って近づいたけれど、ウルフの足を奪ったことで、どこか気が抜けていたらしい。ビキビキと、氷が割れる音を聞き逃してしまった。
氷から抜け出すことに成功したウルフは、確実にわたしを殺すため、首を狙ってくる。
このウルフと近づくのも、これで3度目。その顔に継ぎ目を見たのは良いのだけれど、虚を突かれた私は、この攻撃は避けられない。
やっぱり、私だけではまだまだ上級ハンターとは言えない。きっと1人では、ここで死んでしまうだろう。悲鳴を上げる暇もなく、今までの思い出に浸ることもなく。ただただ、蹂躙されるに違いない。
だけれど、私にはエインがいる。私の動きが止まってしまった時、私が油断してしまって何も考えられなくなった時、エインの歌に私の体は勝手に動く。
私の意識の外でゆらりと、とらえどころのない動きで持ち上げられた腕に呼応するように、氷の茨が地面から生えてくる。
まるで本物と見紛うような透明な茨は、ウルフを貫き、空中に持ち上げた。
貫いたところから、また新たな茨が生まれ、顔を残してウルフが氷漬けにされる。
頭の中で、エインの歌声が響いているのを確認して、改めてウルフを見た。
その顔、そして体もあちらこちらに、何かを縫い付けたような跡がある。
つまり、この金色の毛皮は、このウルフの自前のものではなく、人の手によって縫い付けられたもののようだ。嫌な予感が当たってしまったのだろう。
ウルフは、首だけをじたばたと動かしながら、私から視線を外さずに、目を血走らせている。
知性と呼べるものは感じられない。
「私の言葉、わかるかしら?」
【人ヲ、殺ス。】
「貴方は、神の使いなのかしら?」
【殺ス。殺ス……】
言葉は話せるが、会話はできそうにない。さすがに、ここまで話が通じない魔物が、神の使いということはないだろう。
【我ガ身ヲ穢シ、紛イ物ニ仕立テ上ゲタ人ヲ、我ハ許サヌ。
仲間ヲ集メ、人ヲ殺ス、殺サネバナラヌノダ!】
「やっぱりそうだったのね。あなたは私の姉弟ってところだったのかしら。
でも、もうおやすみなさい」
呪わんとばかりに、人への恨みを語り続けるウルフに、私は舞を披露する。
安らかに眠ってほしいなどと、そんな傲慢なことは言わない。私達が自由に生きるために、私達が幸せになれるように、私の糧にするのだ。
舞により、新たに生まれた氷の茨は、ウルフの顔に張り付き、凍り付かせ、やがてその命を奪った。
そこにあるのは、このウルフを作り出したであろう者への、嫌悪感のみ。
『嫌な予感が当たりましたね』
「当たったかどうかの最終確認は、ギルドに戻ってからになるけれどね。
でも、今更こんなのが出てくるなんて、呪いか何かかしら?」
『今回に関しては、ランクを上げる大きなポイントになったと思いますよ』
「エインは前向きなのね」
『歌うことで笑ってくれる子がいるだけで、5年過ごせる程度には、前向きですよ』
エインは、ふふふと何でもなさそうに笑うけれど、本当に頭が上がらない。
可愛くて、頼りになって、カッコいい。エインは本当に反則ではないかしら。
それはともかく、ウルフの死体を持って帰って、依頼完了報告をしなければ。
魔法袋に入れるために、凍ったウルフに手を触れた瞬間、ウルフから何かが流れてきた。
驚いて、手を離したけれど、ウルフが生き返ったということはなさそうだ。
恐る恐る再度手を触れて、今度こそ魔法袋にウルフを入れる。
「何だったのかしら」
『何かが入ってきましたけど、特に異常はなさそうですね』
「悪いものではないと思うわ。感覚でしかないけれど」
不安が全くない、とは言えないけれど、現状は悪影響はなさそうなので、深くは考えないことにする。
悪影響の話をしだすと、屋敷で飲まされていた薬のほうが、体に悪影響ありそうだもの。
依頼も終わったので、帰ろうと思うのだけれど。
「それはそれとして、この森の状態はちょっと拙いのではないかしら?」
私の周り訓練ができそうなくらいの広さの木々が切り倒されたうえで、凍っている。
氷の方は、そのうち溶けるだろうけれど、切られた木は、戻しようがない。
『んー、自然を破壊してしまったことに思うことはありますが、この程度なら、そこまで大きな影響もないと思いますよ。
氷が知られるのはあまりよくないですが、調査が来るまでには溶けるでしょう。だいぶ街道からは外れていますから、すぐに見つかることもないはずですし』
「それなら戻ろうかしら。フォレストウルフの残党もいるでしょうから、気を付けながら行くわね」
『ウルフと戦っていた時みたいに、油断しないでくださいね』
「うぅ……わかっているのよ。あの時も、エインがいなかったら、私は死んでしまっていたのは」
『シエルは12歳なのだから、そこまでの判断ができなくても、本当は良いとは思うんですけど。
だからこそ、わたしが警戒をしていたわけですから、深く考えずに、頭の片隅にだけ置いておいてください。わたしが守れるうちは、守りますから』
「ええ、よろしくね」
本当は私がエインを守ってあげたいのだけれど、実際守ってあげられている部分もあるのだと思うけれど、やっぱり私はまだまだ守られる側のようだ。
◇
ギルドに戻って、受付でギルド長を呼んでもらおうと思ったのだけれど、私のほうがギルドの奥まで案内された。
そしてなぜか、案内してくれている職員は心配そうに私を見ている。
目的地について、職員がノックをすると、中から「入れ」と機嫌が悪そうな声が聞こえてきた。
部屋に通されて、おどおどしている職員が、おっかなびっくり部屋から出て行った。
「早かったな。数日はかかると思ったが」
「とりあえず、現状報告ね。ところであの人は何かミスでもしたのかしら?」
「ああ、あれは、シエルメール嬢が怒られると思っているからだな。
来たら、不機嫌なギルド長のもとへ連れてこいと、それだけしか言っていないから、自分が八つ当たりされないように、おどおどしていたんだろ」
「怒るはずの相手と、重要な話はしないということかしらね」
「そういうことだ。それで、調査はどうなった?」
「その前に、机を避けてくれませんか? あると置けないですので」
首をかしげるギルド長が机を端に寄せたのを確認して、魔法袋に手を突っ込んだ。
取り出したのは、金毛のウルフの氷像。
目を真ん丸に見開いたギルド長に、簡単に事の経緯を説明する。
「調査に向かったけれど、森の中に無数のフォレストウルフがいたから、手当たり次第討伐したのよ。
そのせいで、その金ウルフがやってきたわ。逃げようかとも思ったけれど、逃げられそうになかったから、討伐して持ってきましたの」
頭が痛そうなギルド長は、ぱちぱち目を瞬かせて、ウルフを見た後で気の抜けた声を出す。
「あー、まず、こいつのせいでフォレストウルフが増えたってことで良いのか?」
「確証はないけれど、そのウルフ自身が『仲間を集めて』と言っていたから、関係はしていると思うわ」
「そいつしゃべったのか?」
「ええ、会話はできなかったけれど、捕まえた後は、人に対する恨み言を延々と」
「人語を理解する魔物は、いないわけじゃないが、ウルフ系となると、異常だな。
凍っているのは、シエルメール嬢のせいってことで良いんだな?」
「方法は教えられないけれど、私がやったわ」
「それにしても、見たことのない魔物だな。
報酬は鑑定師がくるまで、2~3日かかるから、それ以降ということになる」
「わかったわ。鑑定の様子は見ないけれど、鑑定結果は教えてもらいますわね」
「シエルメール嬢は、こいつが何なのか、わかっているみたいだな?」
「いいえ。新種の魔物なんて珍しいですもの、なかなか見られないものだから、気になるのも普通でしょう?」
「……そういうことにしておこう」
釈然としないという顔をしているが、私達がいなければ、この問題は解決していなかったのだから、そういう顔をされる筋合いはない。
もう話すこともないと、ギルド長の部屋を出て、ギルドのホールに戻ると、なぜか受付の女性に心配されていた。そう言えば、私は怒られているって体だったわね。
以降気を付けるから大丈夫だとだけ伝えて、今日は町の中をふらついてみることにした。
◇
4日後。この4日間は、ウルフの残党を狩りながら、穀倉地帯を眺めに行ったり、川を眺めに行ったりと、とてものんびりした日々だったといえる。
川に行った時は、エインがお弁当を作ってくれてからの、ピクニックだったのでとても充実していた。
森の方だけれど、やはり金ウルフが増えた原因だったらしく、森の魔物の大量発生は終わり、ギルドから依頼も無くなった。
そして、ようやく鑑定が終わったということで、またギルド長の部屋に来た。
「1人で待っていたのは意外ね」
「自分が、伝えるのは最低限にしろといったはずだが?」
「でも、あの金色は、そんなこと言っていられないものだったはずでしたもの。
縫い付けられたような毛皮は、おそらく人為的なものでしたよね」
「ああ、その通りだ。鑑定結果は『人造ノ神ノ遣イ』となっていた。実際に調べたが、毛皮を縫い付けられていた他、体のいたるところが、別のものと入れ替えられていたようだ。
毛皮もそうだが、それらは、普通の魔物のものともまた違う」
大方の予想が当たってしまって居たことに、思わず肩を落とす。
すでに私に興味を持っていないとは思うけれど、別の使い道を見つけられると、次はどんなことをされるのかわからない。
これは、早いところ、国外に逃げたほうが良さそうね。と考えをまとめていたら、ギルド長が報酬の話を始めた。
「とりあえず報酬だが、フォレストウルフの討伐分がこれになる」
そう言って、ギルド長が、机の上に布袋を置いた。倒したフォレストウルフの数から考えても、相場よりも多い金額だと思う。
金額は今は気にしないので、そのまま魔法袋に放り込む。
「問題は、金色のウルフの方だ。シエルメール嬢はどれくらいの強さだったと見る?」
「私が討伐してきた中でも、最も強かったでしょうね」
「それは、倒した"人"も含めてか?」
「そうね。どこまで私について調べたかはわからないけれど、私の結界が紙みたいに切られたわ、と言っておきましょう」
「って、ことは、やっぱりA級はいくな……」
私もそう思う。B級のサイクロプスですら、エインの結界は1発では壊せない。
それを1撃、しかも速いうえに、精神が崩壊しかかっていたとはいえ知性があった。
ギルド長は、頭をかきむしり、話しにくそうに、私を見る。
『嘘と思われているのかしら?』
『むしろ、本当だから困るのでしょう。A級の魔物を、人が造ったのですから』
『確かにそうね。でも、あの男が失敗した実験を続けるかしら?』
『もっと碌でもない実験を始めている可能性もありますね』
『それは否定できないのよね。つまり、ギルド長は、少しでも情報が欲しいわけね。
エインは教えたほうが良いと思う?』
『シエルはどう考えますか?』
『あの男をどうにかしてしまうのが楽なのだけれど、私達だけだと、どうにもできないのよね。
それにできれば、関わらずに生きていきたいもの。だけれど、このまま好き放題にさせていると、また今みたいに私の前に現れかねないのよ。
だったら、組織力があるギルドに任せてしまってもいいとは思うのよね。今回の件で、人の敵に回ったようなものだから』
『あとは、どうこちらに都合のいい取引ができるか、ですね。わたしが交渉しましょうか?』
『そのほうが、確実だものね。任せて良いかしら』
『ええ、ええ。ぜひ頼ってください』
私が頼むと、エインが張り切った声を出す。明るい声色が弾んでいるのが、微笑ましくて、笑ってしまいそうになった。
だけれど、こういう時に頼らないといけないというのは、少しでなく悔しい。
エインは、いずれできるようになればいいと、いつも言ってくれているから、私がすることはエインを見て勉強すること。ハンターになって2年以上になるが、早くこの国を出たいと躍起になっていた私は、よくエインに焦ってはいけないといわれていたし、今でもたまに言われる。
私と入れ替わったエインは、何か言いたそうにしているギルド長に、声をかけた。
「A級の魔物を造った人物がだれか、気になるんですよね。そして、それをわたしが知っている可能性があると」
「あ、ああ」
「わたしが話せる範囲でよければ、お話しますよ。その代わり、見返りも要求します」
「わかっている。何が欲しい」
「B級のハンターの資格、これから話す内容の秘匿、話すことにわたしを関わらせないこと。
あと1つありますが、これはできたらですので、あとにしましょう。
これに対して、わたしが言えることは、二言だけです。どうしますか」
「昇格はさすがに俺の一存ではな……」
「それなら、B級はいらないです。たぶん、すぐになれるでしょうから。
その代わり、わたしからの情報であることは、絶対に漏らさないでください。
そして、万が一のときには、ギルドがわたしを保護してください」
「シエルメール嬢が、そこまで言う相手ってことか。わかった、何とかしよう」
ギルド長が折れたのを見届けたエインは、「よろしくお願いしますね」と言いながら、なぜか天井を見上げた。
それから、まっすぐギルド長に視線を合わせ、「リスペルギア家と東南の森の結界」と、少し低い声で私達の因縁を告げる。
それにギルド長は狼狽したように、声を上げた。
「ちょっとまて、リスペルギア公爵家といえば、王国でも1・2を争う大貴族じゃねえか。
しかも、善政を敷いているところで、民からの信も厚い。まさか、そんな家が……」
だからこそ厄介なのだ。そんな相手を殺してしまえば、王国自体を敵に回しかねないし、いくら国とは別系統にあるとはいえ、ハンターギルド側もそんな厄介な存在を受け入れてはくれないだろう。
何かのきっかけで、また私を望むというのであれば、その権力をもって捕えようとするのは目に見えている。それも今回の交渉で、逃げ込む場所を得たし、今後リスペルギア家がやらかして、本当に人の敵になった時に、私はそれにかかわらなくてよくなった。
ギルド長は他にも情報が欲しいのか、期待したような目でエインを見るが、エインはもう話すことはないと、ニコニコしている。
それを悟ったのか、ギルド長は大きなため息をついた。
「リスペルギア家について、どうしたら話してくれるんだ?」
「B級になって、本部に行けるようになってから、直接本部長にお話ししますよ。
そうしたら、こちらのギルドにも、情報は流れてくるでしょう」
「だああもう。わかったよ。シエルメール嬢が本当に12歳なのか、怪しくなってきたぜ……」
「色々ありましたから。それでは、話も終わったので、わたしは行きますね」
「ああ、行け行け。俺はもう疲れたわ」
威厳など失くしてしまったかのように、疲れた顔をして、ギルド長がシッシとエインを追い払う。
ギルドを後にした私達は、宿を引き払い、町を出て、北へと向かうことにした。
◇
うっそうとした森の中を道に沿って北上すること3日ほどだろうか。
北に向かってい歩いていたら、何やらザザーンと、大きな音が聞こえるようになった。それに、森とは違う、妙なにおいが混ざっている。
それからしばらく歩くと、木々に阻まれて、狭められていた視界が、急に開けた。昼の日差しが直接私を照らすので、とてもまぶしく思わず手で目を覆った。
明るさにも慣れてきて、手を除けると、視界に入ってきたのは、一面の青と白。
とにかく大きな水たまりが、空の向こうにまであるような光景だった。水は太陽に照らされて、キラキラと光っている。
私が見てきたものの中で、最も大きい何かが、そこにある。近づきたいけれど、崖になっていて、それにつながる道はない。
始めて見る光景に、気分が高揚しているのがわかるけれど、それを抑えることもできない。
「エイン、エイン。水が青いの」
『はい、青いですね』
「それに大きいのよ」
『ええ、とても懐かしいです。ここの海は初めて見たんですけど』
しみじみというエインの言葉に、私は気が付いてしまった。
エインは私の知らない景色をたくさん知っている。エインの中にある、思い出の景色を知らないのは、少し寂しい。
「エインが見たことがある海も、こんな感じだったのかしら?」
『そうですね。ですが、ここまで広いとは感じられませんでした』
「そうなのね。なぜかしら?」
『海があって当たり前のところに住んでいましたから、忘れてしまっていたのでしょう。
海が広かったことを』
「ねえ、エイン」
『何ですか?』
「海はこれがすべてではないのよね?」
『ええ、この大陸を囲むようにあるはずですから、ここにあるのはほんの1部といっていいでしょう』
「それなら、この国を出ることができたら、もっといろんな海を見ましょう。いろんな空を見ましょう。いろんな景色を、見に行きましょう。そして……」
『そして、何ですか?』
「何でもないのよ。気にしないで」
不思議そうな声を出すエインに、私は首を振って誤魔化す。
それはきっと、約束するものではなく、自然と生まれるものだから。
そして――またここに戻ってくることがあれば、たくさんおしゃべりしましょう。
そのためには、まずB級ハンターにならなくては。私達の旅は、まだまだ始まったばかりだ。
お付き合いありがとうございました。
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特に、前作も読んでいただけたのであれば、どちらの雰囲気が良いのかなど、教えてくれると助かります。