4.アディアという存在
彼女こと【聖剣:アディア】は、意思を持つ剣であった。
人化したアディアの姿は、まさしく神の創りし造形美を持った少女のそれ。
スラリとした無駄な肉の付いていない身体に、均整の取れた顔立ち。新雪のような、滑らかさをもった髪は腰下まで伸びており、風になびけば天族の羽のようだった。魔族とはいえ人型である俺は、思わずその美しさに言葉を失う。
「………………」
それほどまでに綺麗だった。
思わず、息を呑んでしまうほどに。
「いやぁ、近くに滝があってよかったですねぇ。リクさん」
「お、おう。そうだな……」
さて、そんな驚愕の事実が判明した後のことであった。
俺たちはアディアのデータ、そしてライムの土地勘に基づき名もなき滝のもとへ。身体を洗いたいと、駄々をこねる少女の為すがままだった。俺とライムは物陰に隠れ、鼻歌まじりに水浴びをするアディアのことを待っている。「一緒に入りますか?」と彼女は恥じらいもなく言ったが、温泉の時とは訳が違った。
「……ったく」
というか、女性なんだったら最初から言えよ。
彼女の声は中性的なそれであり、頭の中に響くモノだけでは判別ができなかったのだ。それに一緒に温泉に入っていた時も、何も言わないし……。
「どうしたんですかー? どこか上の空な返事でしたけど」
「そんなことない! とりあえず、終わったらさっさと帰るぞ!?」
それなのに、当の本人はこの調子だし。
もしかしたら、剣だからそういった性差について無頓着なのかもしれない。けれども今朝は性差について茶化すようなことを言ってきたし。本当に分からない……!
うぐぐ。どうしてこうなった。落ち着け、俺……。
「デュフフフwwwところでご主人様www?」
「……ん? どうしたんだよ、ライム」
さて、そんな感じで俺が頭を抱えていると、であった。
傍らにちょこんと座る(?)ライムが、気色の悪い声で話しかけてくる。
俺はどこか気力のない声で応える。すると彼は、うにょうにょと身をよじりつつ、こんなことを言うのであった。
「アディア嬢の裸体に、興味はござらんかwww?」
「ぶふっ!? な、なななななななっ――――!?」
あまりにタイムリーなその一言。
俺は思わず吹き出し、大声を上げてしまうのであった。
「おや、どうされました? リクさん。そんな大声出して」
「なんでもない! なんでもないからっ!」
「はぁ、そうですか……?」
すかさず、反応するアディア。
そんな彼女をどうにかなだめて、俺はライムのボディをむんずと乱暴に掴んだ。そして左右に引き伸ばし、お仕置きする。しかし良く伸びる軟体野郎は、自分は悪くないといった口振りでこう言うのである。
「拙者の発言は、あくまで知的好奇心によるモノでござるよwwwそれを誤解したのであれば、ご主人様はアディア嬢をそういった目で見てるでござるねwww」
「うるさい、この色ボケスライム! そんなワケないだろうが!?」
「どうでござるかなぁwww」
「コイツ……っ!」
ビヨン、ビヨーンっ!
間抜けな音と共に、伸び縮みするライムのボディ。
やがて、その無意味さに気付いた俺は大きなため息をつきながら、手を止めるのであった。そして、ただ純粋な本心を配下のスライムに伝えるのである。
「違うんだよ……」
そう。俺はアディアを見て、ただ――。
「ただ綺麗だと、本当にそう思っただけなんだ……」
そうだった。
それ以外に言葉なんてない。
俺は彼女に純粋に見惚れ、憧憬にも似た感情を抱いた。
魔族が言うのも変な話ではある。だが特に人型魔族である俺の感性は、比較的人間に近い。それ故に、アディアの姿には驚きと共に、感銘を受けた。
本当に、ただそれだけだったのだ。
「ご主人様……」
ライムは静かに俺を見上げる。
俺の発した言葉の意味を噛み砕くのに、時間をかけていた。
「デュフフフフwwwなるほどにござるwww」
そして何故か再び、そんな気持ち悪い話し方に戻るのである。
ライムは俺の膝からぴょこんと飛び降りて、ポンポンっと、跳ね回った。何やら楽しみなことでも見つかったかのような、そんな様子である。しかし、それが何かは分からなかった。
俺は問いかけようとしたが、それより先、スライムがこう言う。
「これは、拙者が見届けなければなりませぬなwwwデュフフフwww」
「なにをだよ……」
意味が分からず、呆れてしまう俺。
そんなこちらに対して、何かを悟ったと言わんばかりにライムは、
「ご主人様はまだ知らなくて良いでござるよwww」
そう言うのであった。
何やら隠し事をされている。それだけは理解できたが、いかんせん何を隠されているのか分からない。そんなわけなので、下手に責めるわけにもいかずに、俺はモヤモヤとするのであった。
と、ちょうどその時である。
『リクさ~ん! 終わりましたよ~!』
陽気なアディアの声が、頭の中に聞こえたのは。
立ち上がって見てみると、そこにはすでに姿を剣に変えた彼女がいた。俺は歩み寄って、それを拾い上げる。刀身から柄まで、どこも新品のようにピカピカ。ヌタクサの臭みも、完璧と言って良いほどに取れていた。
「……………………」
これが、あの少女に姿を変えるのかと、不意にそう思った。
だが、これほど美しい剣ならばおかしな話ではない。そのようにも感じた。
均整の取れたフォルムに、淡い色で描かれた文様。そして金の装飾は、決して華美を極めたモノではなく、どこか慎ましやかな印象も受けるのであった。
『ん? どうしましたか、リクさん。そんなに私をマジマジと見て』
「え、あぁ……悪い。ちょっと、な」
『? 別に、構いませんが……』
不思議そうに言うアディア。
なんだろうか。俺も、自分で自分が良く分からなくなっていた。
「ま、いいか。とりあえず帰るとしようか」
『そうですね。帰りましょう~!』
だが、その理由はきっと考えても分からないのだろう。
そのためここでは一度、保留とすることにした。
そうして歩き出す。
日はゆっくりと傾き始め、夜も近付いてきていた。
こうして、ちょっとだけ忙しい一日は終わりを迎えるのである……。




