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地獄転生  作者: 城島大
12/30

修羅編(3)


身体が軽い。

気分は高揚しているが、不思議と落ち着いている。

オレは自分の手元にある剣を見た。

今までとは違う、はっきりとした輪郭と重量がある。


「シーダ……」


オレの服の裾を引っ張るティアを見下ろす。

彼女は目じりに涙を溜め、オレに言った。


「お父様を助けて。私を助けるために、一人で囮に……」


ぎゅっと、剣の柄を持つ手に力がはいる。

これが使命感というものだろうか。


ただ魔物を倒したいと願っていた今までとは明らかに違う。

もう一人の自分が、どこか遠くの方で自分を見ているような感覚。

しかしそれでも確かに、この胸に熱い想いが渦巻いている。


「分かった。道案内はできるか?」


ティアは躊躇しながらもうなずく。


「で、でも……魔物が……」


オレは後ろを振り向いた。

先ほどまで兵達を食い殺していた魔物達が、こちらを警戒するように睨みつけている。


「大丈夫だ。すぐに片付く」


言うや否や、オレは一瞬の内にアリの集団の中へと侵入した。

流れるように剣を動かすと、周りにいた魔物達が一瞬でなまず斬りになる。


Giiii‼


オレにめがけて、数匹のアリが宙から飛び込んでくる。

オレは近くにいた爆弾アリの首を掴み、剣を一刺ししてから空中に放り投げた。


Ugi


アリはすぐさま爆発四散し、飛び込んできたアリ達もそれに巻き込まれて吹き飛ばされる。

あっという間に、ここにいたアリ達は全滅した。


「すごい……」


ティアのつぶやきは、オレ自身の旨の内も代弁していた。

今までの力が嘘のようだ。

身体が軽いだけでなく、今何をすべきかが瞬時に判断できる。

今になって、オレの心がいかに魔物に縛りつけられていたかがよく分かった。


ふと、遠くにいたコウモリと目が合った。


「……ティア。道案内はもういい」


キイイィ! と叫び声をあげ、コウモリはその場から逃走する。

しばらくすると、ドン、ドン、と地鳴りの音が聞こえてきた。


隆起した地平線から、ゆっくりとアリの大軍が姿を現す。

以前にも見た、巨大アリをリーダーに据えた本陣だ。


「こいつらを皆殺しにすれば、それで終わりだ」


オレは一人、前に出た。

辺りは何もない更地で、魔物以外、人っ子一人いない。


アリ達は、以前にも見た隊列を組み始めた。

頭部からシールドを発生させるアリを最前線に置き、その後ろから長い鎌を持ったアリを使って攻撃する戦法だ。


すぐさまシールドアリが頭を前方に押し出す。

すると、そこから膜のようなものが現れて、アリの隊列を覆った。


オレは剣を水平に構え、息を吐いた。


今ならなんとなく分かる。

勇者の剣は心の剣。

怒りや恐怖に支配されると、加護の力が一つの場所にとどまらず、拡散してしまう。


一つだ。

心を研ぎ澄まし、一つのことに集中する。

加護の力を極限まで圧縮させ──


「突くっ‼」


間合いを瞬時に詰め、オレは剣を刺突した。

膜とぶつかり、一瞬だけ剣先に負荷を感じるも、しかしそれはすぐになくなった。

確かな手ごたえと共に、動きが止まる。

剣はシールドを貫通し、カマキリアリの胴体を見事に貫いていた。

剣を引き抜くと、カマキリアリは青い炎に包まれて消えていく。


「反撃開始だ」


呆然としていたシールドアリの頭を斬り落としたところで、魔物達は一斉に後退し始めた。


「逃がさない」


逃げ惑うアリ達をかいくぐり、オレは巨大アリの眼前へと飛び込んだ。

リーダーであるこいつを叩けば奴らは終わりだ。


オレは巨大アリの頭部へと思い切り剣を振り下ろした。

ズシャ、という砂利を叩いたような音がして、巨大アリの頭部が大きくへこむ。


オレは違和感を覚えた。

手ごたえが薄い。

これだけ巨大な外骨格が、こんな簡単に砕けるはずがない。


その時、巨大アリの傷跡が、オレの目に映った。

何かが蠢いている。

アリの体内で、小さな何かが……、いや違う。

外骨格、触覚、口、目。巨大アリは、全てが小さな粒子のようなもので構成されていた。

その小さな粒子は一つ一つが意思を持っているかのように動き回り、巨大なアリの姿を形成している。

小さな粒子。その正体は、オレを食い殺したあの小さなアリだった。


それを理解した瞬間、四方からその小さなアリ達が襲い掛かって来た。

巨大アリの形状から一瞬にして波のような形になり、オレを包み込もうとする。


「ちぃっ!」


オレは思い切り剣を回転させた。

一瞬でアリ達は飛び散るも、まるで物が地面に落下するように、再びオレへと吸い付いてくる。

小さなアリ同士が互いの足を掴み合い、一つの流動体のようにうねっているのだ。


(間に合うかっ!)


アリの波に飲み込まれる瞬間、オレは後方へと跳躍した。

腕に激痛が走る。

二、三匹のアリが、オレの腕に食いついている。

オレは剣でそのアリを突き殺した。


Pigii!


煙をあげて、アリはすぐさま死滅した。

腕の傷を確認するも、大したものではない。


(しかし、こんな小さなアリの大群をどうやって殺す? 炎の剣じゃ加護が拡散されてダメージはない。かといって、この剣じゃ一匹一匹潰していくことしかできない)


オレが距離を取ったのを良いことに、奴らはこちらとの距離を離していく。

よほど勇者の剣が堪えたらしい。

シールドの裏から獲物をなぶるという奴らのオーソドックスな戦法はもう使えないのだから、それも当然だろう。


(あの厄介な鎌を持つアリも全滅した。奴らの戦力は既に半減している)


その事実が、無意識に警戒心を薄くさせる。

ちょうどその時だった。

巨大アリを守るように辺りを囲んでいたバッタアリ達が、上下運動を始めたのだ。


(今更何を……)


そう考えたところで、ハッとする。


そうだ。

奴らの戦法はもう一つあった。


オレは後ろを振り向いた。

そこにはオレがいた城と、ティアの姿がある。


「野郎っ‼」


オレはティアの方へ走った。

その瞬間、何匹ものバッタアリが宙へ飛んだ。

奴らの懐には、爆弾アリが抱えられている。

こんな数の爆弾アリが爆発すれば、城なんか一たまりもない。


呆然としているティアの前に滑り込むように立ち、オレは剣を構えた。


「シーダ!」


どうする?

オレの剣では、あの爆弾は防ぎ切れない。

かといってここで逃げたら、城の中にいるであろう国王が死ぬ。

仮にアリ達を全滅させられたとしても、そうなればもはや魔物に敗北したことと同じだ。


ティアだけでも助けるか?

無理を承知であの爆弾の山に突っ込むか?

それとも──


『無理ではありませんよ~』


オレはハッとした。

いつの間にやら、オレの隣には、へらへらと笑っている女神がいた。


『勇者の力を引き出すことに成功したあなたに、まずはおめでとうと言ってあげます』

「御託はいい! さっさと本題に入れ‼」

「シーダ? 誰と話してるの?」


爆弾アリ達は、まるで空から降り注ぐ彗星のように、オレ達の方へ落ちてくる。

今まさに、世界の終焉を思わせるような光景が飛び込んできているのだ。

女神の戯れ言に付き合っている暇はない。


『火とは怒りです。心を炎で燃やしては、いずれあなた自身も燃え尽きます。けれど、怒りを怒りとして受け入れれば、心との別離になります。怒りを受け入れて制御するのです』


怒りを制御?

オレの脳に以前の記憶がフラッシュバックする。


スネイクに良いようにやられたあの時。

アリ達に為す術もなく、がむしゃらに剣を振っていたあの時。


「……できるんだな?」

『女神に二言はありません!』


そう言って、女神はサムズアップしてみせる。


オレは大きく深呼吸した。


あの感情を自分でコントロールできるのか。

自信はないが、ここでやらなきゃ大勢の人間が死ぬ。


オレは意を決した。


思い出せ。

魔物に対する怒りを。

全てを奪った、奴らへの憎しみを。


みるみるうちに、剣が赤く燃え上がっていく。


憎い。憎い。憎い!


気を抜けば手から弾け飛ぶような力が、剣の中で暴れている。

オレは両手で剣を掴み、それを無理やり押さえつけた。

真っ赤になった剣から、刀身を巻き付くように炎が滲み出て、空気を燃やす。

その炎が大きくなるにつれ、剣の色が鉄のそれへと変わっていく。


「おおおおおお‼」


剣に纏った炎が巨大な火柱となり、天へと昇る。

爆弾が城へとぶつかるその瞬間、オレは炎の剣を振り下ろした。


炎の濁流は一気に無数の爆弾アリを飲み込んだ。

熱の刺激で次々とアリ達が爆発するが、無尽蔵の炎はそれすらも食らい尽くす。


飛来した全てのアリを焼き殺すと、剣は鉄のそれへと戻った。

オレは思わず膝をつき、肩で息をしながら、鉄の剣を杖代わりに地面へ突き刺す。


「……すごい。すごいよ、シーダ! やっぱりあなたは選ばれた人。魔王を倒す勇者なのよ!」

「……興奮してるとこ悪いが、ティア。お前は逃げろ」

「え?」


オレは起き上がろうとした。

しかし、脱力してしまって一向に力が出せない。

必死に力を絞っても、突き刺した剣を震わせる程度だ。


「……シーダ」

「早く逃げろ!」

「嫌! シーダを置いて逃げるくらいなら、私もここで死ぬ!」


大きな影が、オレとティアを覆う。

見上げると、小さなアリによって形成された巨大アリが、オレ達を見下ろしていた。


ティアの身体が震えているのが分かる。

オレはそんな彼女を勇気付けることもできなかった。


突然、巨大アリが大きな口を開き、顔を空へと向けた。

その瞬間、口の中からゲル状の液体と共に白く細長い虫が現れた。

液体に塗れた弾力のある身体は巨大なウジ虫のそれで、生理的嫌悪を覚える。

その先端がこちらを向き、生理的嫌悪は恐怖へと変わった。


いくつもの皺と、口のような穴があるその先端は、錯覚なのか何なのか、まるで人の顔のように見えた。


「ゴオゲェ。ゴボゲアァ」


老人のようなそれは、痙攣するようにぴくぴくと口を大仰に動かし、何かを喋ろうとしている。


「イヒ」


やがてその顔は、不気味な笑みへと姿を変えた。


「イヒ。イヒヒ。イヒヒヒ」


脳の奥底まで侵食されてしまいそうな、こびりつくような笑みだった。

粘り気のある憎しみと嘲りが、笑い声となって辺りに木霊する。


オレはスネイクの言葉を思い出した。


『怒れ! 憎め! お前たちが憎めば憎むほど、アタシたちは強くなる‼』


魔物が人を襲う理由は、未だに解明されていない。

明らかに奴らは人をつけ狙い、自身の生命活動と何ら関わりなく殺人衝動をぶつけてくる。


魔物の根底にある感情。

それは憎しみだ。


オレと、まったく同じ。



「イヒアァアア‼」


ウジ虫が、オレ達に襲い掛かる。

オレは思わずティアを庇い、目を瞑った。




「ヒビャアアアアァアア‼」




痛みの代わりに、そんな叫び声が辺り一面に轟いた。

おそるおそる目を開けると、顔の額部分に一本の矢が突き刺さっていた。


チャンスだ。

オレは脱力した腕で剣を掴んだ。

もはやこれを振り上げることもできない。

オレは素早く上着を脱いで手と剣を縛りつけると、遠心力を使って剣を振り回した。


「これで……終わりだあああぁ‼」


タイミングを見計らい、縛りつけた上着を一気に解く。

その瞬間、投擲された剣はまっすぐに突き進み、ウジ虫の身体を貫いた。

壊れた噴水のように、緑色の液体がウジ虫の身体から噴き出る。

うねうねとくねらせていた身体が、みる間に蒼い炎に焼かれていく。


「キイァイアアアアア‼」


まるで火あぶりにされた女性のような断末魔の声をあげ、ウジ虫は炭へと化した。

巨大アリを形成していた小さなアリ達はボトボトとその場に落下し、まるで彷徨うように小さな円を作って周り始める。

どうやら指揮系統を失って、混乱しているようだ。


「シーダ‼」


突然、ティアが抱きついてきた。


「好き。私、あなたのことが好き!」

「え?」

「お願い。私をあなたのツガイにして。あなたのためなら、この身を捧げても惜しくない!」


オレは躊躇した。

勇者の力に目覚めることができたのは、彼女のおかげと言っても過言ではない。

ティア以上に、ツガイにふさわしい女性はいないだろう。


だが、オレは彼女が愛するシーダではない。

彼女の申し入れを受け入れるということは、彼女を一生騙すことと同じだ。


それでいいのか?

ふいに、ケイトの姿が脳裏に浮かぶ。


(……オレはまだ、自分のことしか考えてないのか)


ティアは、オレがヤケになっていた時も、ずっと見捨てないでいてくれた。

今までの、自分が愛したシーダとは文字通り違う人間になっても、変わらずシーダを愛し続けた。

そんな彼女を、下らない罪悪感から逃げるために不幸にするのか?


オレは熟考した。

熟考に熟考を重ね、……彼女を抱きしめるように、肩に手を置いた。


「ありがとう。オレも、お前を愛してる。ずっと一緒にいてくれ」


ティアは驚いた様子でオレを見つめた。

彼女の目にみるみる涙が溜まっていき、思い切り強く抱きしめてきた。


「ティア。痛いって」

「ごめんなさい。でも……でも、うれしくて」


これでいいんだ。

彼女を一生騙し続ける。

それが、シーダの命を奪った、オレの贖罪だ。


「二人とも、無事か!」


ボロボロの司祭服を着た中年の男性が、慌てて駆け寄ってくる。


「お父様⁉ 無事だったんですか⁉」

「ああ。なんとかな」


ティアは感極まり、父親と抱き合った。


「アリ達に囲まれて、もう死んでしまったかと思いました」

「私も覚悟していたんだがな。たまたま居合わせた旅人の助言で、事なきを得た」

「旅人……?」

「それより、シーダ様。いや、勇者様。ようやくお力を覚醒させたのですね。娘を守ってくださり、本当にありがとうございました」

「……ああ。それより、残ったアリの駆除について考えよう。今はまだ混乱しているみたいだが──」


「不要よ」


ふいに、女性の声が聞こえた。


「彼らは女王アリの分泌液の匂いで指令を受けている。その女王アリが死んだ今、彼らはその匂いがするこの場所を、エサも取らずに死ぬまで徘徊し続けるわ」

「おお、そうだ。彼女が私を助けてくれたんだ。奴らは視覚がなく、嗅覚と触覚のみで辺りを感知していると言ってね。だから近くにあった家畜の糞尿を被って事なきを得たんだ」


彼女を見て、オレは息も出ないほど驚いていた。

左目にした眼帯。ストレートに伸ばした赤い髪。

雰囲気はまるで違うが、確かにオレはその人を知っていた。

怪我をしたオレを真っ先に治療してくれた。勇者になり、村を出る決心をした夜、オレと共に生涯を共にすると誓ってくれた。

何度転生しようと、彼女を忘れることはなかった。


「紹介しよう。彼女はケイト。私の命の恩人だ」


彼女がオレに向ける鋭い目を、ただ黙って見ていることしかできなかった。




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