09
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「ん、これが一番馴染むな。」
レインは手に持った銃をしげしげと眺めた。
磨き抜かれた、何か不思議な記号が彫られた銃身に、自然に心が吸い寄せられる気がする。
「もっといいものも、沢山ありますが……それでいいのですか?」
「ああ。」
俺は、この拳銃に魅せられてる……そんな気がする。
あ、何か魅せられてるってセリフ、カッコいいかも……
「そうですか。」
レインがあえて安物を選んだように見えなかったので、藺は納得した。
装備者の手に馴染む武器には、価格以上の価値があることを、彼女は知っていた。
「グリモアと同じタイプなのは、そのレプリカ以外にありませんから、レイン君が一番いいと言うなら、それが一番いいんでしょう。」
「グリモア?これは、レプリカなのか。」
「グリモアという拳銃はご存知ないんですか?」
「聞いたことがない。有名なのか?」
「はい、とても有名です。」
大昔、まだこの世界に神々がいたとされる時代に七つの大罪と呼ばれた者達がいて何の目的か、魔銃〝グリモア〟を作り出した。
グリモアを使えし者は歴史に大きな革変を起こすだろう……
「七つの大罪は他に、魔剣やらなにやら沢山作り出していますが、グリモアより名が知られているものはそんなに多くはありません。」
「へぇ……」
レインは藺の解説を話半分に聞いていた。
「グリモアの知名度を高めているのは、最前線で活躍しているドラゴンハンターの一人、ハンターハーツマンさんが使った後、使い手がおらず、一般市民に公開されているからでもあります。」
ハーツマンってうちの若い教官じゃあーありませんか!
あの人最前線で活躍してたの!?
「ハーツマンさんはグリモアでとある支部を一人で救いました。今はなぜかグリモアを手放しています……グリモアは使い手を選ぶ銃です。ハーツマンさんという使い手を離れたグリモアは今も、己の使い手が現れるのを待ち広場で展示されているのです。」
使い手に手放され、誰にも使われず、展示されているだけと聞いて、レインは魔銃を哀れに思った。
「買い物が終わりましたら、実物を見に行って見ましょうか?」
興味を持ち始めている様子のレインを見て、藺が提案した。
「見に行けるんだ。」
「ええ、行けますよ。グリモアがあるのは、ここ極東支部ですから。」
※※〇※
サナと藺の買い物が終わると、爆発的に荷物が増えていたが、そのほとんどは藺が電話で呼びつけた幼馴染みである少年に預け、ホテルまで持っていってもらった。
購入品の中でレインの手元に残ったのは、グリモアのレプリカのみ。
これから本物を見に行くので、なんとなく持っていこうと思ったわけだ。
「グリモワール記念広場があるのは、南区です。途中までワゴン車に乗って行きましょう。」
東区からワゴン車に乗って揺られること数十分。
極東支部南区に到着。
車を降りると、物静かな住宅街に出た。
支部本体がある中央区に近いエリアはドラゴンハンターに物を売るために大商人達が建てた高級住宅があった。
中央区から対竜壁近づくにつれて、住宅のレベルは目に見えて下がっていた。
「ここから先は一番貧しいスラムですから、早く抜けてしまった方がいいです。」
藺は最短距離の道を選んで進んだそうだ。
早く抜けた方が、ガラの悪い住民に出くわす危険性が低いと踏んだからだ。
だが、それは失敗だった。
少しでも安全な、表通りをなるべく選ぶべきだった……かもしれない。
いや、どうなるかならないかは時の運だ。
古い高層集合住宅に挟まれた路地裏で、三人は二十人近くいる男達と対峙した。
男達の外見年齢はまちまちだが、十代から二十代な者がほとんどだった。
また、スキンヘッド、ドレッドヘアーやらリーゼントやモヒカンなど、個性的な髪型をしている者が多かった。
うわっ、痛いなこいつら。
しかしまぁ、ゴツいやつらに会っちゃったなぁ……
三人は方向を転換して、逃走しようとしたが、後ろから似たような男達が現れ、通せんぼされてしまった。
挟み撃ちだ……見た目に反して意外に統率が取れているかもしれない。
「ウジャウジャとねぇ、沢山出てきますな。」
サナは苦笑いを浮かべた。
「ここら辺は、いつもこんな治安が悪い感じなのか?」
サナが周囲に注意を払いながら藺に尋ねた。
「治安は悪いですけど……初めてですこんな目に遭うのは。」
藺は渋い表情をしていた。
「美少女二人と美少年一人が集まったことで、変質者を引き寄せてしまったのかな。」
何言ってんだこの馬鹿は。
レインはいざとなったら戦えるように腰のベルトに挟んだグリモアのレプリカに触れる。
男達は下品な薄笑いを浮かべたまま、じわじわと距離を詰めてきた。
一人一人からは酷く小物臭いが、数の力とは物理的に強力なもので、レインは冷や汗を額に浮かべる。
『少年、大丈夫か?』
ゼロが現れた。
昨日出てこなかっただけだが、この支部で目にするのは初めてだからか、久しぶりにあったように感じだ。
なにかと彼は「少年」とレインを呼ぶのが口癖だ。
『俺の力が貸せないのが残念だ。』
自分に好意的な幻覚に感謝を覚えつつ、レインはしっかりと拳銃を握る。
すると、男達は一斉に武器を取り出した。
釘バットやナイフ、ボウガンに鉄パイプ。
言葉はないが、無駄な抵抗をするな、と言っているようなものだ。
「いいね~滾るねぇ!」
そう言ってサナが数歩、前に出た。
「やいやいやい!神様や仏様があんたらの悪行を見逃したってアタシは見逃さない!このサナ様が相手になってやる!!」
サナが耳の裏から小さな赤い棒を取り出した。
すると、棒が伸びてサナの身長より長い棍に変身した。
「この如意棒で相手してやる!」
サナはノリノリだ。
逃げると発想は頭にないらしい。
レインは不安そうに、藺は無表情にサナを見ていた。
「上等だコラァァァァァッ!」
一人の男がサナに釘バットで殴りかかってきた。
…………が
「やれやれ物騒だな。」
上空から何者かが落下してきた。
フードを深く被った男だった。
薄汚れた茶色いマントで身を包んでいた。
サナと男の間に着地したその人物は悠然とした動作で、右手を挙げる。
その手の寸前で、釘バットを無音で止めた。
「弱気者を襲うとはなってないな。」
フードを被ったその人物はそう言って、そのまま釘バットを持つ男の懐に滑り込んだ。
フードを被ったその人物は無手にもかかわらず、恐怖を感じている様子はなかった。
拳を顎に叩きつけ、脳を揺らして、一人目。
ナイフによる突きを避け、腹に掌底を叩き込んで吹き飛ばし四人巻き込んで壁に叩きつけて、一気に六人目。
フードを被ったその人物は、恐ろしく速くて、畏怖を感じるほど強かった。
一般ハンターに勝る身体能力の高さが窺われた。
ヤンキー、暴漢を軽々と片づけ終わると、フードを被った人物はレインと藺を見た。
「・・・立ち去れ。新米ハンターが、来るような場所じゃない」
フードを被った人物が不意に会話を止め、顔の横に掌添えた。
フードを被った人物の掌にはサチの倍に伸びた如意棒が受け止められていた。
「血の気が多い娘だな。」
サチは攻撃の手を緩めない。
「死ねぇぇぇッ!」
次々と繰り出される如意棒の伸びる突きをフードを被った人物は軽々とかわしていく。
「ちょっとサナさん!?なにしてんですか!?」
藺にはサナが敵味方を無視しているとしか思えなかった。
「なぜ助けてくれた恩人まで攻撃してるんですか?」
「藺ちゃん、アタシの見せ場が無くなったんだよ!?これがブッ飛ばさずにいられますかい!」
「ハァアッ!?」
どんだけ目立ちたいんだよ、お前。
「てか、なにフードとマントを被って正体を隠してんの?しゃしゃり出て来んじゃねぇよっ!」
「いい加減にしなさい!」
ガコンッ!
藺がサナの脳天に鋭い手刀の一撃をお見舞いした。
「ぬぐぁぁぁぁっ!?」
サナは頭を押さえてうずくまった。
それでも痛みはおさまらず、悶えている。
「ちょっ……藺ちゃん……マジで痛い……」
サナは息も絶え絶えに言った。
「あの……すみません、もう一度お願いします。」
藺がフードを被った人物に頭を下げて、仕切り直しとなった。
「・・・立ち去れ、新米ハンターが来るような場所じゃない。」
二回目だからか、棒読みぽかった。
「アンタはなんでこんな所にいるのさ、アンタの腕ならかなり強いハンターだと思うんだけど?どこの支部よ?」
頭を押さえたまま、涙目のサナが言う。
「俺はお前達、ハンターとは違う。」
そう言ってフードを被った人物は高く跳び上がり高層集合住宅の屋上へと消えた。
半端ない脚力だな。
「何なのさアイツ。カッコつけやがって!」
サナは如意棒をしまい、ムキになって走り出した。
「サナさん、そっちじゃありませんけど!」
藺が慌てて呼び止めた。
蘭は案内役として先導するため、レインとサナの前を走り出した。
その後を二人は追いかけるよう走るのであった。
※※〇※
極東支部南区の小さな公園。
「またせたな。」
フードを被った人物はブランコに座っていた金髪の女性に話しかけた。
女性の腹はアンバランスに膨れている。
彼女は妊婦だ。
「あら、ベヒー。用事はすましたのかしら?」
「ああ、改めて人間とは愚かな生物だと思った。」
ベヒーと呼ばれた人物はフードを脱いだ。
茶色い髪に金色の瞳。
その瞳から溢れる不思議な力は彼を人でないことを示していた。
「私もその愚かな人間の一人なんだけど……」
「お前は違う。すまない……気を悪くしたなら謝る。」
「いいわよ、別に気にしてないわ。」
金髪の女性が立ち上がった。
両手には赤ん坊グッズが入った買い物袋を持っていた。
「それより、荷物もってもらえないかしら。ちょっと買いすぎちゃったみたい。」
「わかった。」
金髪の女性が両手で持っていた荷物を楽々と片手で持つベヒー。
「楽になったわ、ありがとう。」
「礼には及ばない。お前はお腹の子のために体力を残した方がいい。」
「大丈夫よ。お医者様は今年中って言ってたし。」
「今年中とは明日かも知れないだろ?」
「そしたら、ベヒーはパパで私はママね。」
「・・・そうだな。」
やれやれと顔をしながらベヒーは会話を変えることにした。
「しかし、我が子のためとは故、まさかハンターの住処に入り込むとは……」
「大丈夫よ。ベヒーは人間に変身してるから……もしかして怖いの?」
「まさか……と言いたいところだが、恐ろしいな。現に、確実に一人は気づいていると思う。」
「へぇ、ベヒーモスにも怖いんだ…………なら、早めに帰らなくちゃね。」
金髪の女性はベヒーの腕に抱きついた。
「すまない。」
「いいのよ。」
二人は歩幅を合わせて公園から出た。
「・・・・・。」
そんな二人を遠くから見つめる七色の瞳があった。
「せいぜい、今の環境を楽しむがいい龍。」
「すみませんケチ先生……」
男の後ろから幼い子供の声。
「なんだ?」
「兄ちゃ、新城君が逃げ出しました!」
男……世界最強の男、ケチが振り替えると前髪が鮮やかな赤で後ろ髪が黒に近い赤色の少年が気まずそうな顔をしていた。
「そんなことは気づいている。アルベルトを向かわしているから大丈夫だ。」
「兄ちゃんに痛いこと、するんですか?」
「お前が気にすることではない遠矢。新城とアルベルトが帰ったらこう伝えとけ、明日以降からはアルベルトがお前達、兄弟の先生だと。」
「えええ~えっ!?」
「支部長というものは忙しいものなのだ。」
ケチがそう言って壁に向かい歩き出した。
「あ、先生!待っ」
ケチは壁の中へと消えたのだった。
「あ~あ、言っちゃったよ。」
そう言いながら遠矢は肩を落とすと
「放せっ!このジジイッ!!」
と遠くから兄、新城の罵声が聞こえてきた。
「いやっなちゃうなほんと。」
そう遠くない未来、赤ん坊が大きく世界を揺るがすとは二人の夫婦も、ため息をつく少年も誰も知らず……ただ一人を除いて。
赤ん坊の話はまたいつか語ろう。
なんか、訳ありみたいなことを入れてみたけど、いきなりすぎたかな?