08
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レイン達の到着から二日…………出発を明日に控える今日は、大半の参加者が自由な時間を与えられていたが、カインらハンターを含む前衛学科は最前線支部の奥部屋でケチ支部長に謁見する予定があり、朝から外出していた。
特にやることがないので、暇なレインは昼過ぎまで寝ていた。
そしてレインが目覚めると、ほぼ全裸の見知らぬ少女がスヤスヤと寝息をたてていたのだった。
・・・ん?おかしいなぁ~?なぜ俺のベットに女の子が?というか、いつの間に俺はパンツ一丁の変態スタイルに?まさか……
レインは額に流れる冷や汗を感じながら、記憶を真剣に辿ってみたが、こうなる要因がなにひとつとして思い浮かばない。
コンコン……
そこでレインを追い込むように、ノックの音がした。
「すみません。レイン君、いませんか?」
扉の向こう側から聞こえてくる声が、レインの混乱に拍車をかけた。
誰の声なのか見当がつかなかったからだ。
その声は女性のものだったが、娥梨子の声ではなかった。
「不在……?おかしいですね。…この部屋で合っているはずですし。」
コンコンコン……
と再びノック。
さっきよりも強く、速いテンポで。
「レイン君、いませんか?」
「・・・・・・・・・。」
レインは息を潜めて、シーツをギュッと握りしめた。
誰だか知らないが、頼む、諦めてくれっ!
しかし、レインの祈りは通じなかった。
「本当にいないのかしら……」
ガチャリ
「あ、開いてる。」
えええっ!なんで開いてんだ!?俺は鍵を閉めたぞ!閉めとかないとカインに何されるかわからないから絶対に閉めたはずだ。絶対に閉めた。賭けてもいい!
額の汗が顎に伝って、滴る。
・・・いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。ここは高級ホテルみたいなものだが、部屋の広さは大したことのないワンルーム。扉を開ければ、中に入るまでもなくベッドまで見渡せてしまう。
レインは扉が開くのと同時に、慌ててベッドの上から転げ落ち、ベッドの下に潜り込んだ。
控えめな足音を立てて入ってきた訪問者が、カーテンを開けて部屋に日光を取り入れた。
「・・・柳田 サナ、サナさん……なに他人の部屋で二度寝をしてるんですか!起きてください!」
訪問者に首根っこを捕まれたサナと呼ばれる少女は、上半身を激しく揺すられた。
ベッドのスプリングがギシギシと軋んだ。
「ふぁ?」
「起きましたね。」
訪問者は、パッと掴んでいた手を離した。
サナの上半身はベッドの上に沈みこんだ。
「約束の時間をとっくに過ぎているから来てみれば……部屋の住人であるレイン君はどうしたんですか?」
「・・・・あれ?いない?」
サナは目尻を指で擦りながら言った。
「私が来た時には、もうサナさん一人でしたけど……二人で、何してたんですか?」
「いや、特には……彼、レインだっけ?は寝てたし。」
サナは茶色の髪先をいじりながら言う。
「ええっと……寝顔を見ていたら、アタシも眠くなってきちゃって、それでそのまま寝ちゃったんだっけかな?皺がつかないよう、服は無意識のうちに脱が……、脱いだんだと……思う。」
「裸で他人、異性と一緒に寝られる感覚が私には理解ができませんね。」
「そんなの気にしてたら、世の中生きていけないよ?気にしない気にしない。」
「気にしろっ!!」とレインはツッコミたかったが、状況が状況なので我慢するしかなかった。
「とりあえず、服を着てください。」
「はいはい。」
サナはテキパキと服を着ていく。
「サナさん、下着をはいてください。」
「チクチクするからイヤだ。」
「貴女には羞恥心がないんですか?」
「ないよ~じゃあ、キミも脱いで仲間になりなさ~い!」
「ちょっと、やめてください!怒りますよ!」
バコンッ!
と鈍い音がした。
サナの頭と部屋に置かれていた金属製の置物が激突した音だ。
「グフウゥゥゥ………」
とサナが苦痛の声をあげる。
・・・・・どうやら訪問者は、真面目な人物のようだな。パンツ一丁で出ていくのはまずい。余計な混乱を招きかねん。ここは、訪問者が部屋から立ち去るのを待つしかないな。
「それにしても、レイン君はどこに行ったのですかね?」
「あ~……藺ちゃん。先に、ロビー行って待ってて。」
「レイン君がいる場所、わかるんですか?」
「なんとなくね。アタシとレインは、遠く離れていても場所がわかる仲だからね。」
そんなエスパーみたいな仲になった覚えはねぇよ!つーか、まだ話したことないじゃん!!
「でしたら、私も一緒に行きますよ。」
「いいよ、いいって。これでいなかったら恥ずかしいし。」
「・・・そうですか?では、お願いしますね。」
サナと訪問者……井上 藺は、レインの部屋から出て行った。
たくっ。なんだったんだ今のは……
レインはモゾモゾとベッドの下から這い出て、足をズボンに通してから、鍵をかけるべく扉の方に近づいた。
レインがドアノブを掴むと、勢いよく扉が引かれて、外に引っ張り出されそうになった。
廊下には扉を引くサナの姿があった。
「どうも♪」
「どうも、じゃねぇよ。はぁ………」
レインはサナ目がけて、ゲンナリとした声を放った。
室内に靴があることに気づいたのだろう。
遠く離れてしまった相手の場所はわからないが、近くにいる相手の場所はわかることもある。
上半身裸のまま廊下で立ち話もなをだったので、部屋に戻った。
レインは白のワイシャツを羽織ながら、ベッドに腰をドサッと下ろした。
「キミ、なんかアタシにした?」
「・・・・・・は?」
いきなり、どういう意図の質問なのか理解できなかった。
「だって、隠れたから。なんか疚しいこととかしたんじゃないかなって?」
サナは少し赤い頬を両手で押さえながら、レインを横目でチラッと見る。
「してない!お前と俺は他人だぞ!!他人の俺と服を脱いだお前が一緒に寝てたら、おかしいだろうがっ!?」
不純異性交遊である。
大問題に発展する可能性がある。
「な~んだ、そういうことか。それなら、気にしすぎたかな。」
サナはやれやれと頬に当てていた手を下ろした。
「アタシは中衛学科で、ベッドの下で聞いてたと思うけど名前は、柳田 サナって言うんだ。サナって呼んでねレイン♪」
身勝手な女だ。俺が出会う女はほとんどが変人な気がしてきたな。
「・・・それで、なんの用だ?」
「買い物に行くんだけど、レインも一緒に行かない?」
「初対面の奴と買い物って……まぁ、いいけど……何を買いに行くんだ?」
「女子に必要なアイテムとか」
「俺には関係ないから、遠慮する。」
レインは布団を被り、二度寝をすることにした。
「冗談だよっ!服とか武器や防具とか、そういうのだよ。キミが嫌がりそうな場所には行かないようにするから……ね?」
「本当かよ……荷物持ちが欲しいんじゃないのか?」
レインの疑り深い眼差しをサナに向けた。
「キミ、アタシの誘いを断るのかな?」
断ったら、イタズラしちゃうぞという雰囲気だ。
「・・・チッ……わかった。行けばいいんだろ。」
面倒くさそうにレインは答えた。
「藺ちゃんも一緒だけど、別にいいよね?」
「いいよ。」
※※〇※
ロビーに着くと、一人用ソファーに座っていた藺が律儀に歩み寄ってきた。
「おはようございます。レイン君。」
「おはようって言うほどの時間じゃないけどね。」
「おはようじゃないのですが?ヨダレの跡がついてますよ。」
藺に指摘され、レインは慌ててヨダレの跡を拭い取った。
「支部の東区か♪数年ぶりだな~」
「そんなに変わってませんよ。」
「じゃあさ、今日も元気にバイクをかっ飛ばしてるにいちゃんが走り回ってるかな?」
「さぁ、私にはわかりませんよ。」
「また区域パトロール中のハンターと揉み合うヤンキーの雄姿が見られると思うと、なんかときめくなぁ。」
「ときめかないでください。気持ち悪いです!そんな人、年に一度現れるか現れないかですよ!」
仲いいなぁ……サナは藺と年齢が近いみたいだな……
なんて二人の後ろで思ったレイン。
「では、行きますか。」
今日は昨日(昨日はとくに空を見てなかったけど……)と変わって、日差しの強烈な晴天だった。
藺は日傘をさして、肌に日光が直接当たらないようにしていた。
「あ、それとレイン君。本当は腑に落ちないのですが、私のことは呼び捨てで構いませんよ。」
「藺さんの方こそ……」
「藺で。〝さん〟は要りません!」
「・・・・・・・。」
なにこの人メンドクサイ。
横の、サナの影響が垣間見える。
「私の敬語はクセだと思ってください。レイン君は気にしないでください。」
「・・・はあ。」
なんかここで色々と考えたら面倒くさそうなので、気にしないことにした。
三人はレンタル車乗り場に向かい、ワゴン車に乗って支部の東区にある商店街に移動した。
「うお……店が多いな……。」
店を全てまわっていたら、日が暮れるどころではすまないだろう。
「私が案内してあげましょう。」
藺は最前線の極東支部生まれで極東支部育ち。
特に東区は、彼女が好きなアイテムを数多く売っているので、いつも買いに行くん彼女にとって東区はまさに、自分の庭も同然だった。
三人は藺のお気に入りの大型総合服飾店【アカヤマ】を訪れた。
「服飾店なのに武器も売ってるのか。」
案内板によれば、今いる一階は街着売り場。
武器売り場は五~六階。
「ハンターがトータルコーディネートでできるようにと、最近は、武器を併売していることが多いんです。」
そんなファッション感覚で武器を選んでいいのかな?
「そういえばレイン、防具は持ってるんだよねぇ?」
「ああ持って………あ、持ってないな。」
ここに来る前、断熱と防弾効果があるガウンは……
サナは信じられないものを見る目をした。
せっかくだから新しく買うことを勧めるつもりで訊いたのに、まさか「持ってない」なんて返事がくるとは思ってなかったからである。
「え、マジなの?戦闘学部なのに、準備を怠るにもほどがあるよ。キミは死にに行くつもりなの?」
未開地への探険に参加するハンターや学生は、一人一人が係りにつき、仕事をする。
戦闘学部生の仕事は、ハンターと共に未開の地で竜の危険から装甲車を守ったり、未開地の探索、調査隊の警護などをしている。
「装備は探索に出る前に揃えておくべきですよ。未開地で調達できる保証はありませんしね。」
藺は熱っぽくレインに防具購入の必要性を語った。
「ひ、必要だな。」
後衛学科【00】のレインは、前衛がいる先遺隊と同じように真っ先に未開地へ降り立つのが仕事だ。
鎧兜をつけたくらいで死亡率がさして改善されるとも思えないが、だからといって防具が不要だとも思えない。
あのカインでさえ、防具は出発までに用意すると言っていたのを思い出す。
「まずはレインの防具だね。これは必需だよね。」
街着とは別に、戦闘用の衣服を置いているフロアがあったので、三人はそこに移動した。
「こんなのも防具にぶ、分類されているのか……」
レインが手に取ったものは、どこからどう見ても革のコートだった。
街着にしか見えない。
参考までに、レインはタグを確認してみた。
サイズXS、竜革100%、魔科錬製。
「な…、四十万もすれのか、これが?」
前いた西の支部ならいい生活費が十年ぐらい約束されるぐらいだぞ!
「ドラゴンレザーにしては安いね。」
「確かに、お買い得ですね。試着してみたらどうですか?」
「・・・・・・・・。」
き、金銭感覚に大きなズレがあるな……くっ、金持ちめ!
と思うレインも西の支部では金持ちである。
「普段着っぽいのじゃなく、もっと戦闘服みたいな方がいいんじゃないか?」
レインはマネキンが着ている鎧の手甲を撫でながら言った。
冷たい金属の感触がする。
「鎧を着て戦うハンターなんて、時代遅れも甚だしいよ。」
とサナは言った。
わかってないよとでも言いたげだ。
「とくに後衛学科に、重い鎧は向いていませんよ。鎧を買うのは、支部の対竜壁を守るハンターぐらいですよ。」
さすがドラゴンハンター発案者の義娘、知識がある。
「悪けど、俺にそんな金は持ってな」
二人の欲しいものを見に行こう、とレインが続けるより藺が言う方が早かった。
「気にしなくていいですよ。足りなければ奢ります。」
「・・・え。しかし、さすがに悪い気が」
軽い気持ちで奢れる値段の商品は、売り場に限り無く少ない。
小金持ちであるレインの目には、そう見えた。
「遠慮なさらなくていいですよ。『命と友情や愛情は、お金で買えることができる腐った世の中だ。』と義父が言ってましたし。」
支部長現実ってものを義娘に教えるの早くないですかね?
確かに、命は知らないが友情や愛情は金でかえることがある。
「奢ってやるよ」の一言が好感度を大ききあげたりすることは珍しくもないのだが…
・・・平然と言ってのける人間に会うのは初めてだな。
しかし、よく考えてみれば、娥梨子やサナなどと友好関係がある者が、まともの人間であるはずもないか。
「レイン、言っちゃえ。べ、別に奢ってくれたって頼んでねーし!で、でしゃばんじゃねーよッ!ってね。」
いやいや、それ誰だよ。俺のキャラじゃないだろ。
「それは、私に奢ってもらうためについてきたサナさんが言う台詞じゃありませんよね。」
「・・・・・・。」
奢ってもらう約束だけでついてきたのか……腹黒い女もいたものだな。
「えへッ♪」
サナは、グーにした右手で頭を軽くコツンと叩きウィンクしながら舌をペロリと出すという、現実ではお目にかかることのない、難易度が高いポーズを取った。
「まぁ、いいんですけどね。同じ支部のよしみということで。」
「よしみでだから奢れるものなのか?」
例えよしみでも、器が小さい俺は奢る気はしないけどな。
「というのが建前で、出発前に私、個人の財力を見せつけておきたいのも事実です。」
すげぇ本音だな。
できれば、その台詞を言わずに心の中にとどめて欲しかったぞ。
「レイン君も遠慮なさらなくていいですよ。貧民にお金を振る舞うのは、富豪の務め。普段は搾取してばかりですし、たまにはこうして再配分するくらいで丁度いいです。」
・・・くっ、サラリと貧民扱いされたな。
藺より貧民は事実なので反論する気も起きない。
「それにレイン君は歳上ですが愛嬌がありますし、貢いであげたくなっちゃうんです。」
貢ぐって……俺、歳上として威厳がないのかな……
俺は女に貢がせるヒモってことか!?
「そ、そこまで俺に親切にしてくれなくても、まだつき合いは浅いが俺は蘭のこと後は……友達だと思ってるぞ……」
「私に奢られるの、嫌なのですか……?」
「・・・・・・・。」
お、女の上目遣いでその台詞は少し違うよな。
奢られたくないなら、ここは丁重に断るしかない。
だが、そこまで気合いを入れて断れば、逆に機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「レイン、どうしたの?なに人生の分かれ道を選ぶみたいな顔をしちゃって……大丈夫?」
軽く辟易していただけで、酷いいわれようだ。
「・・・藺に任せていいか?俺にはどれがいいのか、よくわからないからな。」
「わかりました、任せてください。」
藺はレインのサイズに合うものの中から、最高な防具を選び取り、店員に包装してもらった。
プレゼントしてもらう形になってしまったが、藺の顔はいかにも〝満悦〟という感じだったので、レインは断らなくて正解だったと安堵した。
「ついでに武器はいかがですか?」
「武器は支給されると聞いたんだが。」
「支給される武器は、どれも大量生産品ですから、性能が低く、壊れやすいですよ。自分用のものを用意した方がいいです。」
そう藺に勧められては断れなかった。
武器フロアは、剣、槍、斧などのメジャーなものはもちろん、ブーメランや鞭、鎌、鉄爪など、変わった武器も豊富にあり後衛が使う弓矢、銃なども豊富に取り揃えられていた。
レインは自分が戦闘素人に近いことであることを肝に銘じた。
扱いが難しそうな武器に惹かれるが、それを選んで大変なことになるに違いない。
弓矢などを使おうとものなら、うまく弦を引けないし、矢を放てても遠くまで飛ぶとは思えない。
ましてや、仲間に刺さりそうだ。
やはり、自分がなれている銃にしておいた方がいいな。
レインは何百と陳列されている銃の中から、自分の手に一番馴染むものを探す。
まだまだ戦闘シーンに入れなくてすんません