07
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装甲車から出たレインは支部中央にそびえ建つ塔の内部にある、探索参加者のためのホテルへと向かった。
ホテルの入口にいた礼服を着たスタッフに指示され、レインは三階の食堂に入った。
食堂はパーティー会場と化していた。
会場にあるステージの上では、各支部から来た学生やハンターが代わる代わる特技を披露している。
景気のいい雰囲気を作ろうという試みは成功していたと言えるだろう。
知り合いの姿を求めて、キョロキョロと食堂内を見回すと、一人でチビチビ給仕から受け取ったワインを飲んでいる娥梨子の姿を見つけた。
「娥梨子。」
「・・・お、レインか?」
「そうだけど……別れてからそんなに時間が経ってないけど、なんで疑問形なんだ?」
「あれは親戚か?」
娥梨子はレインと顔が似ている青年を指差して言った。
「ああ、そうだけど。」
「やっぱりそうか。」
改めてみると俺より成長してるよなぁ、体格差があるのが兄として威厳が……
「お前の兄か?」
「双子だ。俺が兄でアイツが弟だ。」
「・・・うそ、似てなっ……ハッ、すまん。」
「・・・・・・・。」
そう言われるのにな、なれてるさ。
言われ慣れて悲しくなんか……悲しくなんかないぞ。
「・・・しかし、世の中は謎に満ちてるな。」
娥梨子はレインのことを横目でチラチラ見ながら言う。
「もう一回尋ねるが、本当に双子なんだな?」
「本当だ。じゃないとアレが俺を兄と慕わないさ。」
「・・・慕われているのか……そうか、言われてみると確かに顔がそっくりだな。」
当たり前だぞ、双子だからな。
「人類の不思議を感じさせられるな。」
・・・そりゃあ、どうも。
「しかし、イケメンだな。」
「・・・そうだなぁ。」
俺だって身長があればイケメンさ!!
やばい、泣けてきた。
「あ、兄ぃ。」
少し憂鬱な気持になっていたら、カインがホッとしたような顔で近づいてきた。
食べているのに夢中だったのか、頬には米がついていた。
レインは手近なところにあったナプキン手に持ち、カインに頭を下げるよう指示してカインの頬についた米を拭い取ってあげた。
「本当に、レインが兄なんだな。」
レインとカインのやり取りを見て、娥梨子がポツリと感想を漏らした。
「兄ぃ、この女は?」
カインの質問にレインが応じるより先に、娥梨子が動いた。
「ウチは娥梨子。仲良くしてくれよな。」
娥梨子はカインの顔を覗き込んで、笑顔を投げかけた。
「・・・・カインだ……兄ぃ、なんだこの女は?兄ぃにまとわりつく害虫なら駆除するけど……」
おいおい我が弟よ、マジで言っているかと思うとガチで怖いぞ。
「お、おお……双子なのに性格とか似てないな……どれ。」
娥梨子の右手がシュッ!消えたかと思うと、いつの間にか無表情のカインの左手がレインの顔の数ミリ先で娥梨子の拳を受け止めていた。
「うおっ!?娥梨子、何してんだ!?」
「実力チェックだ。お前の弟、できるな。」
「やるな。じゃねぇよ!カインが前衛じゃなかったら俺、死んでたぞ!」
「いいじゃないか、死んでないし。」
「そういう問題かッ!」
「安心しろ、受け止められそうじゃなかったら寸止めしてた。」
鬼畜ハンター、福智もそうだがここの連中は脳筋ばかりか!
「だから……!くっ、カインも何か言ってやれ!」
「兄ぃ、俺のことを信頼してくれるんだな。俺、一生兄ぃに尽くすよ。」
「お前、何言ってんの!?」
「ふむ、兄弟愛か……尊いものを見た。」
「お前も何言ってんの!?」
お前ら、俺をツッコミ担当にする気か!!
「なぁカイン、レインは兄としてどうなんだ?尊敬してるのか?じつは愛……」
「おいおいおいおい!娥梨子、マジで黙ってくんない!?」
「ハッハッハ、了解した。」
娥梨子は楽しそうに笑っていた。
この兄弟、実に面白いぞ思う娥梨子。
「はぁ……娥梨子、トレーを取りに行こう……」
バイキング形式なので、食事の盛りつけはセルフサービスなのだ。
「うむ、そうだな。せっかくだから、なにか食べるとしよう。」
「・・・俺も、お代わりをもらいに行く。」
食堂利用者の数の割に、用意されていたテーブルは数が少なかった。
限られたスペースの中で、多くの利用者は皿とスプーンかフォークまたは箸だけを持ち、立ったまま飲み食いをしていた。
彼らにとって、食事は会話のオマケだった。
席についてガッツリと食べる姿勢の者は少数派だった。
「・・・いただきます。」
カインは二つトレーの上に大皿六枚に小皿五枚を強引に載せ、そこにありったけの料理を山のように盛っていた。
カインのトレーには、混沌の二文字が似合っていた。
「・・・前衛は通常の人間より何倍も動くゆえ沢山食べるのだが……ウチよりすごいな。」
娥梨子がカインの豪快な食べっぷりを見て言う。
「食べ物を、どこに納めてるんだ……?」
さぁ?ブラックホールじゃないかな?
「さぁ……な?カインは、そういう体質だからな。」
カインに物理的法則は意味がないので、あまり深く考えない方がいい。
「カインを見てるだけで、小食な俺はお腹がいっぱいだよ。」
レインが小食は、カインと毎日の食卓を一緒にいたせいなのではないか、と娥梨子は思った。
「そういえば、レインは何学科なんだ?」
「あぁ……そうだな…」
レインは答えに窮した。
「一応は、後衛学科………だ。」
「クラスのナンバーは?覚えてないのか?」
「あ、ああ。なんせ、初めてだからな。」
後衛学科【00】なんて言ってもわかんないだろうしな。
「俺一人しかいなかったな。」
「そうか……ドラゴンハンターは前衛が花形だからな。後衛学科は人気が無いのだな。それで後衛の中でも救護とかのクラスなの?」
「バリバリ戦闘するみたいだ。」
「ほぉ、意外だ。悪いが正直、レインは強そうには見えないな。」
素直な言葉だった。
素直すぎて俺の心はブレイクしそーだよ畜生っ!
「俺が弱くてもカインは強い。」
レインにとって弟の強さは自慢だ。
「カインが強いのは言われなくてもわかる。先程の軽い手合わせをする前から前衛学科だと気づいてた。」
「どうしてわかる?」
顔は俺と同じだぞ。
「纏っている空気、雰囲気が違うからだな。」
「雰囲気ねぇ~、そんなのよくわかるな。」
会話に区切りをつけて、ゆっくり礼儀正しく食べ始めたレインは、気紛れに前方のステージに視線を向けた。
スタンドライトで照らし出されているステージの上では、白髪で年齢が読めない顔をしたローブ姿の男が火の玉を浮かしながら、探検へとでる若者達に祝辞を述べていた。
いやこの男、よく見たら口が動いていないような……
『……だからのぉ、う~む、この先にある失われた大地に行くことは、己を知ることじゃと……カンペが読みにくいのぉ……。支部長の義娘を含め、ここに集まった諸君達には……』
ステージ上で喋っているはずの、どこか年寄り臭い男は……なんとなく、レインのことを
見つめている気がするな……いや、いくらなんでも自意識過剰か。
などレインは思い、視線を手元の皿に戻した。
「へぇ、藺が今回の未開地への探検のメンバーに選ばれたのか。12歳なのに感心だ。」
なんとなくレインに視線を追っていた娥梨子が言う。
「一体、支部長は何を考えてるのか、わからんな。」
「そうだな……」
レインは煮え切らない返答をした。
支部長の考えがわかるわけない。
「まぁ、ウチはウチらしく前衛で好きなだけ戦うつもりだけどな。」
娥梨子はそう言って、アクビをした。
「さすがですね。先輩が言うことは違いますね。」
声の出所は、レインのすぐ隣の席に姿勢正しく座っている少女だった。
独り言みたいに、けれど、確かに娥梨子に向かって放たれた言葉だった。
レインは隣に座る少女の横顔を見た。
美人の中に幼さが残る印象だが、目や鼻、唇のパーツのバランスがよく、整った顔立ちをしている。
黒髪で髪の長さはセミロングで、なぜか制服を着ていて幼さが際立っているが、それなりの格好をさせれば、確実に絶景の美女となるだろう。
「おっ。」
娥梨子はすぐに気づいた。
斜め前に座っている美しい少女が、支部長の義娘だということに。
だって同じ支部で働いてるからな。
「私はこの装甲車に乗るのは支部長の計らいで得たのではなく、自分の実力で得たのです。娥梨子先輩、よろしくお願いしますね。」
その優しそうな声は、ツンツン口調で台無しだ。
「私は誰の指図を受けずに自分の意思を尊重したいです。娥梨子先輩はいいお手本です。」
「くっ……」
指図に反応したのか、心に何かが突き刺さり、レインの口から声が漏れる。
確かに自分の意志からではないとはいえ、ある意味コネで入ったことになるレインにとって、彼女の言葉は痛かった。
「私はこれから装甲車の訓練室で鍛練をするつもりですが、娥梨子先輩はどうですか?こんな殿方達といれば腕が鈍るのではありませんか?」
言いよるな、この小娘が。
「藺、確かに一名は雑魚だが、その言い方は失礼だぞ……」
「が、娥梨子?」
娥梨子、お前も失礼だよッ!
「あら、私はそんなつもりで言ったつもりは……」
無自覚で俺、ダメ出しされたの?
「しかし、なんで支部長の義娘が制服を着てるんだ?堂々とした格好をすればいいじゃないか。」
「私生活でドレスとか着ているので嫌です。娥梨子先輩だって学ランを着てるじゃないですか!」
「ウチはいいんだよ。」
「そんなの狡いです!」
ちょっと悪い空気になってきた女子二人の傍らで、カインはいったい何枚目かの大皿を皿の山に置いて、次の皿に食べ物を盛っていた。
「・・・兄ぃ、ここの料理は美味しいな。」
「・・・・・・。」
我が弟ながら神経を疑う。
カイン……人の話を聞いてないってレベルじゃないな。
「娥梨子、その辺にしといた方がいいぞ。」
誰も止めに入らないので、渋々レインが止めに入る。
「ええっと、君も……もういいんじゃないかな。」
レインは藺という名の少女ょを見て言った。
「私はただ、先輩を不快にさせたいわけじゃないのですが?今は私が不愉快です。」
「素直じゃないな。」
娥梨子が言う。
「私はいつも素直です。」
「違うな。」
「違くないです。」
こころなしか、少し少女の瞳が潤んでいるような気がする。
「レイン、言ってやれ。素直になれって。」
「ハァアッ?」
おい、俺を巻き込むのは勘弁してほしい。
しかも、俺はこの少女とは初対面なんですけど!
「あ、貴方も私をいじめるのですか?」
ワタワタして、何も言えないレインを見て、藺が言った。
「いじめる?ウチは別に蘭をいじめたつもりはないぞ。さぁ、レイン。心のままに、あるがままに言えばいい。素直になれって。」
いやいや、今叫びたいのは「俺を巻き込むのはやめてくれッ!!」だし。
しかし、このまま黙りというわけにもいかなそうだ。でうする俺?どうするんだ俺?
「そこまでだ井上。」
レインが目の前に現れた選択肢のうち「続く」を選ぶか選ぶまいかで悩んでいると、カインと同じかそれ以上に思われる長身の男が、藺に話しかけてきた。
どうやら、蘭の苗字は「井上」のようだ。
藺を井上と呼ぶ長身の男は、灰色がかった黒髪に、黒い着物を姿をしていた。
腰には長い日本刀を下げている。
「もうすぐ十時になる。そろそろ部屋に戻った方がいい。」
長身の男は蘭をたしなめるように言った。
獣より鋭い目をしているのにその表情が読みにくく、男が何を考えているのかレインにはわからなかった。
「・・・わかりました。そうします。」
藺は立ち上がって、飲みかけの紅茶入りカップをグイッと飲み干してから、食堂を出ていった。
長身の男も、藺の後に続いた。
「・・・第三者の介入で、あっさり片づいたね兄ぃ。」
「そうだな。」
「あの人はこの最前線で幾多のドラゴンハンター達の中でもケチ支部長に近い実力を持つ人物だ。」
最強に近いかぁ……確かに、なんか触ったら斬られそうな怖いオーラを持ってるよなぁ。
「名前は五明丸。あの人は藺の身辺警護だろうな。」
「いくら、支部長でも最前線で戦う最強に近い人物をボディーガードにするものなのかな?」
五明丸という名のハンターは、レイン達よりも確実に年上だろう。
顔つきはもちろん、持っている空気、覇気が違った。
もし同年代であの空気と覇気を醸し出せる人がいてたまるかと思うレインであった。
「案外、二人は歳の離れた恋人とか?」
「それはない。断じてない。ウチが許さん。」
メキャッ!
「・・・・・・。」
マジか、鉄製の机が歪んだぞ……女ってものは怖いよなぁ。
美女でもゴリラなみの握力って、残念だよ。
「あ、別にウチには五明丸さんとは恋愛したいとかないからな!絶対にないからな!恋心などけっしてないからな!!」
・・・はいはい、そいですか。
「・・・娥梨子、俺と兄さんはどんな関係に見える?」
「どんな、って……いきなりだな。ウチには仲のよい兄弟に見えるが……」
「他になんかないのか、例えば」
「ストォォオップ!カインお前、なに言ってんのぉぉぉ!?」
「ま、まぁ、いいんじゃないか?ウチは否定しないぞ。」
娥梨子が苦笑いしながら引いている。
「レイン、幸せにな。」
「なにが幸せだっ!別に俺達、兄弟にはなにもない!!」
たのむ、引かないでくれっ!!俺はノンケだぁっ!
※※〇※
食後、カインがレインの部屋に訪れた。
「・・・兄ぃ。」
ゆっさゆっさ…
「・・・・・。」
「兄ぃ、反応薄いよ。」
ゆっさゆっさ…ぎゅう~ミシミシミシ……
「グッ……や、やめろ!!肩を、そんな力一杯に掴むなっ!!」
肩を揺さぶるように見えて、実は、めっちゃミシミシと骨が音が出てるんだけど。
「カイン、なにしに来たんだ?」
「・・・用がないのに来ちゃいけないのか?」
カインが不貞腐れた声をあげる。
「いや、そうは言わないが……」
レインは再び捕まれることを警戒して、身構えていた。
「・・・俺、ホテルに泊まるの初めてなんだ。」
「ああ、確かにそうだな。」
カインが自宅以外の場所で眠るのは初めてだった。
「だから、俺と同じ始めての兄ぃも困っていないか、と思って……」
いやいや、俺は困ってないぞ。困るのはお前の訳がわからない行動だ。
「心配してくれることは感謝する。」
「じゃあ、兄ぃ。アレをやっていいんだね。」
「おい、カインまてまさかアレって!」
レインの右手をカインが掴み
カインは躊躇なく身を屈めて、手の甲に唇を重ねた。
『「ハァァァァァァァァッ!?」』「ウホホホホホッ!」
廊下を歩いていたホテルのスタッフやら宿泊する生徒、ハンターやらが奇異の視線を二人に向けた。
いや、奇異以外の目で見ている者もいた。
そう、部屋のドアが開いていて外から中が丸見えなのだ。
カインおい!ドア閉めてないのかよぉぉぉっ!
顔がとても似ている兄弟の二人が王に忠誠を尽くす騎士のような行為を見て、華麗にスルーできる人は少ないようだ。
レインの手から唇を離したカインが視線に気づいて廊下を振り返ると、視線に入る位置にいた全員が、サッと視線をそらした。
なんか見てはいけないものを見ていたかのようなリアクションだった。
「お前ら、何をしていたんだ………?」
カインの視界の外から声がかかった。
鬼畜ハンターの福智だった。
廊下の端、階段の前に作られた喫煙スペースにいた彼は、廊下から漂ってくる異様な雰囲気を察知し、指導者の一人として確認にきたところだった。
「・・・兄弟の絆である接吻しただけだ。」
カインの台詞を聞いた福智は、芸術に疎い者が独創的なオブジェを見て「ただの奇妙な塊にしか見えない」と思っている時と同じ目になっていた。
「兄弟の絆?接吻……?」
「・・・兄弟だから、接吻くらいは当然だ。」
「・・・そうなのか?」
福智は極めて真面目な……いや、無表情の顔でレインに尋ねた。
「いや……俺に訊かれましても……」
「・・・まぁいい。俺には関係ないことだからな。たが、装甲車内ではあまり人目につかないよいにしろ。後、不純異性……お前らの場合は不純同性交遊はあまりしないようにな。」
禁止ではないが、節操のない男ハンターがやらかして去勢されることも珍しくなかったということになり、何十年前の学園の校則なみに装甲車では不純異性交遊に禁止はしていないが場合によっては厳しい罰を下すことが採用されていた。
「・・・兄ぃに不純な気持ちで近づく女がいたら許さん。」
「目が本気で怖いぞカイン。」
コイツがいるとろくに恋愛ができそうもないな……ハァ。
「それはそうと、もう就寝時間だ。」
福智は業務的な注意をして、カインに部屋に戻るよう促した。
「・・・仕方がない。兄ぃ、また明日。お休み。」
「また明日な。お休み。」
カインは満足げな顔をして去っていった。
福智は、なぜかまだ、レインの部屋の前にいた。
「・・・・あのぉ、何か用ですか?」
「夜間パーティーに興味はないか?」
カインの兄レインへの思いがなぜ強いのか、後々に書いていこうかと思います。