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ドラゴンハンター  作者: ラルゴ
双子のドラゴンハンター
2/19

02

最前戦で戦う支部の地域は、昔、東アジアと呼ばれる地域にある日本国の首都を中心にして成り立っている。

それぞれの言語や通貨こそ共通のものを使用しているが、支部にいる住民の生活スタイルや法律は昔あった国の数ほど多彩だだ。


レイン達がいた西の大陸、昔で言うアメリカにあるドラゴンハンター支部は、わりと過ごしやすい環境で、竜の襲撃も他の支部に比べ少なく、ドラゴンハンター達による統制により法律もまとまって治安が良い。

そのせいか、あまり人間同士のいざこざももあまりなかった。


そんな西ドラゴンハンター支部だからこそ、英雄を夢見てドラゴンハンターになる道を選ぶ者もいる。


ドラゴンハンターになる方法は簡単だ。

支部の深部にある生誕の部屋に置かれている「Bible聖書」に触れて、体のどこかにハンターに力を与える聖痕が現れたら、もうそれだけで立派なハンターといえる。


だが、そこから先に生き残ることが実に難しい。

いくら聖痕の力で常人より強くなっても、竜に腸を喰い千切られて死ぬこともあるし、自分の力に酔いしれ、自爆する。

そういった無惨な死という危険性を背負っている。

ドラゴンハンターとはリスクを減らすため、実力をつけなければならないが、戦いのやり方を教えてくれる者は数少なく、危険とわかっていながら竜を狩りに出て経験を積むしかない者も多数いた。


ドラゴンハンターが数を減らしていくのを止めるためある機関が作られた。


それが、ドラゴンハンターを志す者のための機関、「カルデラ」だった。


カルデラは、入学者に実践的な戦闘訓練やサバイバル術の指導を行った。

ぶっつけ本番の狩りに出ざるをえなかったハンターの卵達は、それなりの経験と実力を身につけた状態で、初めての竜狩りに出ることが可能となった。


カルデラは世界各地の支部に所属するドラゴンハンターの実力をある程度まで平等にした。

一部の支部を除いては。

カインには、彼とは顔以外対照的な容姿を持つ双子の兄がいた。

そのパッと見、将来イケメンになる可愛い男の子にしか見えない弟と見紛う兄のレインは、同じカルデラに通い後方支援学科に属しており、今日も遠距離武器の訓練を終え、学生寮のロビーで習慣づいた授業後の紅茶を飲んでいた。


レインは右手に持ったマグカップに入った紅茶を味わって飲む。


「美味しい。」


口の中に広がる紅茶の味を楽しみながら、目線を前に向ける。

するとティーポットを持った男子学生がいてレインのカップに紅茶を足すのであった。


「おかわりでございます。」


レインの机の横に立っているティーポット(男子学生)は、黒いスーツを好んで着用することで有名で、今日もスーツに懐中時計という執事風の格好でレインに付き従っていた。

ティーポットを持っていたのは、彼のスタイルの一つらしい。


ここカルデラでは、学生の服装を指定しておらず、完全自由。

なので、彼の執事姿を咎める者はいなかった。


問題は、なぜか彼が非常に高い確率でレインに執事として世話をするということだった。

さしてレインと仲がいいわけでもない彼が、こうも毎回毎回、気づいたら近くに立っていることにレインは違和感を禁じ得なかった。


「・・・・・。」


なんであれ、毎日付き従われる身にもなってほしい。

確かに世話をしてもらうのは悪くはないのだが、レインは自分の世話は自分でする主義なので、余計なお世話なのである。


・・・・毎日毎日、飽きずによくやるなぁ。コッチが参りそうだよぉ。


レインは感情を出さない眼で、ピシッと着込まれたスーツ姿の男子学生を見ていた。

そこにいて当たり前というような存在感に、主人への忠誠を誓うような顔。


何かリア充感が溢れるイケメン面を見ていてイライラしていたら、無意識のうちにカップを傾けていた。

中の紅茶が、テーブルの上を跳ねてレインの袖についた。

レインは眉をしかめ、カップをテーブルに置き袖についた紅茶のあとを見る。


寮で、私服ではなく授業用に羽織っていた黒いガウンでよかった。

紅茶の染みが目立たない。


「レイン様、ガウンが汚れてしまったので洗わせていただきます。」


そう言って、レインの了解を待たずに、いつのまに来たのか、寮生の一人(これまたメイドみたいな姿な女子学生)がレインのガウンを脱がしていた。

レインはウンザリな顔をした。


「いい、自分で洗う。」


「ダメです。洗わせていただきます!」


女子学生はレインの言葉を意に介さず、手馴れた早さでガウンを脱がし、立ち去った。


一連の行為が、レインには新手のテロのように感じられた。

去っていく女子学生がレインのガウンに顔を押しつけて、うっとりしている姿を見なかったことにしてレインは自分の時間に浸ることにした。


「お元気かね?」


自分の時間に浸ろうとしたレインに声をかけたのは、この学生寮で寮監を担当している教官だった。


「お陰さまでくつろいでいます。」


正直、くつろいではいない。

この寮にいる人間達が変人だからだ。

が、それを指摘するほどの度胸も無いしそれを言う元気はレインにはなかった。

それに、変人の中には、この教官もしっかり含まれている。


「それは良かった。で、今夜ディナーを一緒に頂かないかな?」


優しく親切にお誘いしてくれる、いい教官なのだが、多分この食事のお誘いに娘でも紹介する魂胆なのだろう。


そんなに世話を焼くたくなるように自分が見えるのだろうか。

確かに(カイン)より身長は低いし似ている顔だって、弟より幼く見えるが……まさか娘の縁談のためではなく教官がショタコンでは?


いやいや、まさかね……


「すみません。今晩はどうしてもやらないことがありますので。」


「そうか、忙しいのならしょうがない。では、いつか。」


教官は残念そうな顔をして離れていった。


その教官と入れ替わるようにしてやって来たのは、メイド服を着てなぜか猫耳をつけている女子学生だった。


毎日、違う色の猫耳をつけている彼女は、沢山の本を抱えて歩いていた。

今日の猫耳は茶トラだ。


フラフラと歩いている女子学生の姿を捉えたレインは、経験からくる嫌な予感を抱いて、反射神経を研ぎ澄ませていた。


「お、とと……ニャッ!」


彼女は何も躓くものがないところで足を滑らせて、レインに向かって抱えていた本を全てぶちまけてきた。


しかし、レインは飛んでくる本を、カップを持ったまま溢さずかわす。


ふぅ、危ないあぶない。


目を離さなくて正解だった。

また紅茶が服について脱衣させられるところだった。

ここ最近ではないが、猫耳メイドに近づかれるだけで危険を感じるようになってしまったが、その嫌なクセのおかげで助かった。


レインは足を滑らせた女子学生に、非難を込めた視線を送る。


「ごめんなさい!ここ、よく滑るんですニャ!!」


これで何度目になるかわからない彼女は滑ってコケている。

滑りすぎだ。

注意力散漫で片づけらるレベルじゃない。

ドジっ子だからって許さないぞ。

どうすればそんなに滑るのか逆に教えてほしいものだ。


くっ、……ストレスで頭が痛くなった。


入学前はこんな雰囲気は無かったのだが……気づいたらお坊っちゃま扱い…。


まったく勘弁してくれ。俺はお守りをされるほどガキじゃないぞっ!!


レインが憂いに沈んだ顔をして、この環境を心の中で嘆いていた。


轟ッ!


という音とともに、頭の半分にクレイモアが食い込まれた岩に身を包まれた岩竜が寮門の扉をぶち抜いて敷地内に飛び込んできたのは、そんな時のことだった。


「ウワァァァァッ!?」


突然目の前に竜が現れた。

学生達が反射的に身を低くして後ずさる。

慌てて立ち上がったはいいが、腰を抜かして大げさに尻餅をついたり、テーブルにぶつかってしまう者もいた。


学生寮の手入れされた敷地に、ポタポタと血を滴ながら、岩竜は寮の建物ごと混乱している学生達を巻き込み蹂躙していく。


「皆さん、落ち着きなさいッ!!」


先ほどレインに紅茶を入れてくれた執事風の学生が、大声で寮生に呼びかける。


「私達は何のためにこのカルデラに通っているのです!今こそドラゴンハンターとして成果を見せるときですよ!!」


「そうか、そうだな!」


「私たちなら何とかなりますわよね!」


この学生達、とにかく運はよかったといえよう。

彼らがいたのは隅の方で、岩竜の視界に入りにくく、比較的安全だった。

それは角度的にレインにも当てはまっていた。


このまま竜が過ぎるまでじっとしておくか……

とレインは考えていたが、あることに気づいた。


ん、これは……


レインがいるこのテーブルは学生たちに包囲されている。


いつの間にか部屋の角に溜まる埃のように、レインの周りには寮にいた学生が群がっていた。


「レイン様、大丈夫ですよ。執事である私が守ります。」


(わたくし)が守りますわ。」


「べ、別にお前のタメじゃ無いんだからね!」


「アタシが守りますニャ~」


「ウチが」


「某が」


「なんか、もうウザいな君らっ!?」


・・・って、そんなことよりこんなに固まったら……


竜がこちらに狙いを定めて突進してくる。

レインの懸念が現実になった。


一人の、あの執事風の男子学生が前に出て、レインを振り返り、凛々しい笑顔を見せて、言った。


「マスターのためなら私は死ねます。」


ドサクサに紛れてなに言ってんだこいつ。


「さぁ、見てください貴方の執事の力を!」


忠実心が怖いってか、別にお前は俺の執事じゃないよ!?


「いざっ!!」


執事風の男子学生はレインの前に立ちはだかり、銀のケーキナイフをフェイシングのように構え、竜の体当たりを受けた。


「ケバブッ!?」


執事風男子学生は力尽きた。


「ええぇっ、弱ッ!?」


瞬殺とはこのことか、とレインは呆れたが、それでも彼が犠牲になってくれたおかげで、自分の身が守られたのは確かだった。


「あのバカ……前衛じゃないクセに前に出て……」


「カッコいいじゃないか、自分の得物じゃないのに!」


「よし、私たちもマスターの壁になるんだ!」


「ワーッ!「ウォーッ!」「ニャーッ!」「ウオォォォォォォッ!!」


「いやいや、俺はいつからお前らのマスターになったんだよ!」


レインの前に学生達が集まっていき、スーツとメイド服、白黒の障壁が顕現した。


主人の思う力が発揮されていた。

彼らのレインを守りたいという思いは本物だった。

別に主人じゃないのにと思う代わりに、レインは一時的な安心を得ることができた。


『すごいな、コイツら。』


唐突に、男性の壮年さを思わせる、低い声が響いた。


レインが横に目をやると、黒いテンガロンハットを被った男が胡座をかいていた。

しかも、宙に浮いている。


若者ようにも老人のようにも見える不思議な顔に、黒いコートを身につけた痩身。

その姿は謎めいているとしか言い表しようがないように思われた。


『人気だな、少年。』


男はいかにも面白いとでもいうように、笑みを浮かべた。


うるさいゼロ、黙ってろ。


この男はレインにしか見えていなかった。


入学前、物心がついた頃から、レインは毎日のように男の幻覚を見るようになった。


『俺は何でも無い、ゼロなのだよ少年。』と意味不明なことを言うので、レインは暫定的に男のことを「ゼロ」と呼んでいる。

精神科が言うには、あまり意識しない方がいいらしいので、レインは自然体で幻覚と接するようにした。


『つれないな少年。』


レインが不機嫌そうにしているのを察したのか、ゼロは地面に沈み消えた。

賢い幻覚で助かった。


「・・・・・くうっ、もたないわ!」


「もう無理だニャ!限界だニャ!」


「あとは任せました……ッ!」


学生達は竜に吹っ飛ばされたり轢かれたりたりされ、一方的に虐殺されていった。

白黒の壁は薄くなっていく一方。

そろそろ遮蔽物としての機能を失いつつある。


「こうなったら、これしかありませんわ!」


メイドの女子学生はレインに抱きつき、その己が身を盾にした。


「抱きつくなぁぁぁッ!」


包容される形になったレインは叫んだ。

だって、なんか恥ずかしいから。


「あぁ、レイン様の!レイン様の温もり!愛おしい、愛おしいですわ!!…………尊いぃ。」


「怖ァァァァッ!?」


そう叫んでいる間に、岩竜の重い足音が近づいてきていたのだ。


「誰かッ、誰でもいい誰かぁぁッ!!」


レインは青空に向かって手を伸ばしたが、寮の敷地内は死屍累々の状況になっており、レインを助けられる人はいなかった。


この時より、一瞬前までは。


「・・・俺(あに)ぃに、なにしてんだコラァァァァ!!」


竜よりも速くレインに駆け寄ったカインは、レインに抱きつくメイド女子学生を引き剥がし、投げ飛ばした。


力技の一本背負い投げ。

投げ飛ばされたメイド女子学生は寮の窓を突き破り、部屋の壁にめり込んだ。

大丈夫、頬を染めてニヘェらと微笑んでるから死んでない。


しかし、一瞬の隙を作らず岩竜の体当たりがカインを襲った。


「ふん!」


咄嗟に振り返ったカインが岩竜を受け止めた。


「ハァァァァァァァァァッ!!」


カインの全身の筋肉が膨張。

足の縫工筋から下腿三頭筋、大腿四頭筋、大臀筋に中臀筋が、

胴の外腹斜筋と腹直筋、前鋸筋と大胸筋が、

背中の大菱形筋、広背筋、僧帽筋が、

両肩の三角筋、腕の上腕三頭筋、上腕二頭筋が、

全身の約四百種、650もの筋肉が限界まで膨張。

超人となったカインの全身が生む剛力が束ねられ、岩竜を押し返す。


押し返しながらクレイモアの柄を掴み、振り抜いた。

埋め込まれていた刃が脳を破壊し、さらに虚空へと走り抜ける。

岩竜の頭が吹っ飛んだ。

血が派手に噴き出て、カインの服を汚し学生寮の敷地に血の雨が降った。

頭が無くなった岩竜は体を傾き、ズゥゥゥン、と低い音を立てて倒れた。


岩竜が立ち上がる気配はない。


「・・・カイン。助かったよ、あり……グホッ」


カインはフラフラと立ち上がるレインに飛びつき、強く抱き締めた。


「兄ぃ、無事で良かった!」


ミシ、ミシミシ……


「おおお、肋が肋骨がぁ!」


カインに抱き締められ、万力の如く締められているレインだったが、彼の表情に浮かんだものは、怒りや悲しみではなく、安堵だった。


「そ、そろそろ放してくれないか?」


身長と筋力は俺より倍以上も上だけど……カインは俺を必要としている。


この痛みが、弟のカインとの絆が感じられる。


「兄さんには前衛じゃないのに前で戦おうとしないでよ。」


・・・別に好きで前に出てはないんだけどぉ……


「まぁ、ともかく……ありがとなカイン。助かった。」


なんとかカインの拘束から抜け出し、後事にしか見えない乱れた衣服を整えつつ、レインはカインに感謝の気持ちを伝えた。


「俺と兄ぃの関係だから、いいってことだ。」


「そうだな……しかし、少しやり過ぎたみたいだな。」


レインは先ほどカインに寮内に投げ飛ばされた、微笑んではいるがピクリとも動かず、力なく壁にもたれかかっているメイド女子学生を見て言った。


別に同情してはいないが、死んではいない大丈夫だと思うけどと不安になる……が、メイド女子学生の手にレインの紅茶てま汚れたガウンが握られているのを見てしまったのでほっとくことにした。


「しかしなぁ……ん?お、おっと!」


レインが視線をメイド女子学生から放すとほぼ同じタイミングで、学生寮の壁がガラガラと音を立てて崩壊した。

闘技室と違って、学生寮の壁は強度なんて無いにも等しい。

岩竜の攻撃とカインが投げたメイド女子学生の衝突で、壁は一気に寿命を削り取られてしまったようだ。


「・・・・・どうすんだ、これ。」


一部が崩れた学生寮に太陽の光が照っていたのだった。


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