01
かつて、この世界は人類が地上の支配者であった。
169の国があり、76億の人間が存在していた。
だが現在、この世界の支配者は竜ドラゴンである。
かつて人類が歩んできた証となる物、過去の記録、それら全て竜の吐息で灰へと変わった。
今や歴史を知る術も皆無に等しい。
ある者は推測する。
古き時代のとある時、世界中の国々が、血で血を洗う凄惨な争いを起こした折、地球を滅ぼす程の兵器ドラゴンが生まれた。
その結果、人類は激減し、生態系は変わり,空には飛竜が海には海竜、大地には地竜がはびこり、169の国々は闇に消えた。
やがて生き残った僅かな人類は、また少しずつ歴史を刻み始める。
竜に怯え闇に怯えいない神に祈る歴史を
そんな中、突如「ケチ」という1人の男が現れ、竜に反抗し始めた。
ケチは人を超越した力を持ち、瞬く間に竜を駆逐し小島であるが1つの島を奪い返した。
ケチは島に人類安住の地を作り、1つの組織を作り上げた。
世界の支配者である竜ドラゴンを狩る「ドラゴンハンター協会」を。
それから程なくして、人類が竜に立ち向かう長い戦いの歴任が始まる。
人と竜の争う戦乱の世
世界は混沌としていく。
今日は、週に二度か三度ある戦闘演習の小試験の日。
ここドラゴンハンター育成機関「カルデラ」では、授業の一環としての試験であろうと、本物の竜を使って演習が行われている。
ハンター稼業に危険はあっても、命の保証はない。
試験は団体としての戦闘を予想した四人一組のパーティーを組んで行われる。
メンバーはくじ引きで選ばれるので、強い仲間と組めるかは運による。
「カインくん、そんな薄着で大丈夫なの?」
闘技室の入口で出番を待っている二班の女学生が、同じ班の背が高い男子学生…カインに話しかけた。
これから竜と殺し合いをするというのに、彼は黒い長袖のシャツにジーンズのズボンを身につけている。
「・・・大丈夫だ問題ない。」
そう答えるカインの、ぼぉ~っとした締まりのない表情を見ていると、この男は真面目に試験を受ける気がないのかと思ってしまう。
「・・・・・貧弱な装備で、ボーナス得点をもらう作戦ね……」
レザーアーマーで装備を固めた眼鏡女子が、カインの軽装を評価し呟く。
彼女も二班である。
「そ、そうなのか?初めてしった。」
カインがハッと気づいた顔になる。
何という天然だ。
二班の班員達が恐ろしいものを見るような目になるのは仕方がないことだろう。
「・・・まぁ、カインの腕力はお墨付きだしな。自分の攻撃で武器が壊れることを心配した方がいいぞ。武器以外はその装備で大丈夫だ。そういえばこの前は、いっそ下着で挑んでもいいって言ってたしな。」
呆れたような声を発した、鎧姿のクール系(自称)男子学生は、前回もカインと同じ班だった。
下着!?女性陣の二人の目つきが変わった。
イケメン男子の半裸を見たくない女はどこにいるのだろうか?
いや、いないとは言いきれないがいないと言いたい。
この事実は、独断の判断で進めてさせてもらおう。
「なんだ?別に下着でもいいぞ。」
カインの気の抜けた発言で、二人の女子学生はいっそう目を輝かせる。
「ダメだろうがッ!重要なのは、防具としての性能じゃない!クールな紳士にとって下着姿を見せるのは恥だぞ!!」
クール系(自称)男子学生は色めき立つ二人の女子を牽制すべく、カインに言い聞かせる。
「・・・別に俺は紳士じゃないんだが……」
カインは重い鉄製大剣を、ペンを振り回す要領でクルクルと振り回し始めた。
あまり真面目に注意を聞いているようには見えない。
クール系(自称)男子学生が半分キレぎみで力説する。
「お前、絶対わかってないぞ!気づいたら女に食われ」
「安心しろ、殺られる前に殺る。」
前回の小試験で、大剣で真っ二つに両断された飛竜の無残な姿が、メガネ男子学生の脳裏をよぎった。
カインが穢れることより女子学生達の命を心配するべきかもしれない。
※※〇※
カインら二班が和気あいあい話していた頃、彼らの前にある、直径50メートルほどの円状の部屋 第一闘技室では、訓練用の地竜が解き放たれていた。
地竜の種名は岩竜。
戦闘演習のために南の地方にしかいないこの地竜を捕獲してきたもので、総合戦闘力の高さは折り紙つき。
その体は翼はないが分厚い岩に被われていて、額の一角は鋼鉄に風穴を空けれるほどの威力を持つ。
闘技室内にいた戦闘学部の学生・一班の四人は、獰猛な岩竜の荒々しい息づかいを聞いただけで、身体中の筋肉が萎縮し、動きが鈍った。
恐ろしい
竜と向き合った四人の頭の中を支配したのは、補食される動物が抱く本能的な畏怖だった。
ドラゴンハンターは竜を狩る捕食者だが捕食者にも、間違えれば食われる方にも成りうる。
竜を狩ってドラゴンハンターとして生計を立てている者もいれば、未熟さ故に竜に食われ命を落とす者もいる。
この場にいる学生達は、ハンターになるため戦闘訓練を受けていたが、まだ竜特有の威圧から抜けきれていなかった。
一班の学生は、全員が壁にベッタリと張りつき、咆哮をあげて突進してくる竜から距離を取った。
ワラワラと壁にそって逃げ惑う姿は、傍から見るとかなり情けない。
『誰でもいいから助けてくれ!』そんな思いが見え隠れする視線を、逃げ惑う四人の中の一人が出入り口の上に向けて飛ばした。
そこには、観客席がある。
観客席から鋭い視線で高見の見物をしているのは、戦闘学部の授業を受け持っている現役バリバリハンター教官だ。
その隣には、背筋をピンと伸ばして立っている若い女教官補佐の姿もある。
「貴様ら、逃げてばかりじゃ評価は与えないぞ!」
視線に気づいた教官は、学生の甘い期待を叩き折り、代わりに厳しい言葉を投げかけた。
「残り時間、二分一秒です。」
教官の隣で大人しく控えていた女教官補佐が、腕時計を見て淡々と告げた。
闘技室の高い壁に張りついたまま、何もできずにいる学生達は、女教官補佐の言葉を聞いて焦り始めた。
カルデラでの成績が悪いと、各地方にある支部での所属が難しくなる。
ドラゴンハンターギルドを支えている支部長に言わせてもらえば、実力のないハンターに所属されると、足手まといで迷惑だからだ。
前線の極東支部でなくても都会の支部に所属したければ、好成績を納めるしかない。
「仕方がない。一班全員、評価はDだ。」
Dというのは、攻撃を受けて戦闘不能のEを除けば、最低評価である。
別名、生きてるからよかったなこの落ちこぼれ賞。
実に不名誉な評価だ。
「俺がなんとかしてやる!!」
「そんなこと言ってアナタ、竜とは逆方向に走ってるわよ!!」
「死にたくないよ~!」
「お助ぇを!!」
ギャアギャアわめいている試験中の四人に目を向けることもなく、女教官補佐は手元にあるボタンを押した。
室内に終わりを示すブザーの音が響きわたる。
「時間です。」
女教官補佐の事務的な声を聞いて「ウワァ~」、と学生達はうなだれた。
結局、制限時間いっぱい、岩竜から逃げ回っただけで終わってしまった。
もっと命懸けの無茶をすればよかった、と一班の学生達は思った。
次に活かしたことのない、反省。
「さあ、立ち去れ。」
教官に言われるまでもなく、一班の学生達は早足に闘技室から逃げ出た。
岩竜は暴れ続けている。
一班の学生達と交代する形で、室外に控えていた一人の現役ハンターが闘技室に入り、岩竜を檻に押しやった。
教官は手にした紙に、逃げ回るだけで試験時間を終えてしまった一班の評価と戦闘内容をメモに記した。
当たり前のD判定だ。
※※〇※
「次、二班。」
「行くか。」
教官の呼びかけを聞いて黒髪をはためかせ、カインが闘技室に入場した。
檻を挟んで向こう側にいる、既に怒りで口から湯気を吹いている岩竜を見るなり、カインの口がニヒルと歪む。
「地竜種の岩竜か………♪」
「「「うわっ……」」」
カインとは対照的に、続いておそるおそる入ってきたその他の二班の学生達は、竜を見てテンションを大幅に下げていた。
あんなゴツイのに体当たりされたら、骨が折れるどころではすまないだろう。
あれは自分達の手に負える相手ではない。
カインに任せた方がよさそうだと三人は悟った。
「ち、私達じゃダメだな。カイン君、よろしくね。」
状況を早くは判断したメガネ女子学生が、そっとカインに耳打ちした。
再び檻が開かれ、入口付近で密集していた二班パーティーへと岩竜が突撃した。
力強い鉤爪が地面を削り、土煙を巻き上げる。
カインを除いた三人の学生は、竜の迫力に圧されるように散開する。
三人は(特に自称クール系男子学生)は、消極的に見られて評価を下げられないよう反撃の機会を窺うフリをしつつ、竜から必要以上に距離を取った。
「来いっ!」
カインは一人センターに残り、大剣を振りかぶる。
剣術を習うまでもなく、誰にでもできる平凡な一振り。
それが、片手剣であれば威力はたかが知れているがその一振りはクレイモアでデタラメなパワーとスピードで繰り出される。
「ハァァァッ!」
クレイモアの刃が岩竜の一角を切り飛ばし、そのまま竜の顔面を捉えた。
岩竜の額が砕け刃がめり込み、どす黒い血が噴き出す。
だが、それでも岩竜の突進は止まらなかった。
クレイモアの刃の腹が竜の頭蓋骨まで届いたにもかかわらずだ。
巨体な重圧が、軽装のカインの体に襲いかかる。
カインは歯をくいしばって、受け止める。
クレイモアの刃で後は振りきるだけなのだが、岩竜の硬い骨格に引っかかって両断できないし、刃も抜けやしない。
気づけば、カインは竜の生暖かい鼻息がかかる距離まで接近していた。
「口臭いぞ。」
カインがクレイモアの柄から手を放し、拳を握り岩竜の横面を殴り飛ばした。
岩竜は、吹き飛び闘技室の壁に激突していた。
震動が伝わって、室内全体が揺れる。
鋼色の壁面に、大きな亀裂が入っていた。
「ん~怪我はないな。髪に反り血がついただけか。」
クレイモアの刃が半分頭に埋め込まれたまま岩竜は、既に思考力を失っていた。
残っているのは闘争本能と運動神経だけだった。
クレイモアが気になるのか、岩竜は壁に何度も頭を打ちつける。
しかし、それで頭の違和感が消えることはなかった。
頭の違和感を消し去りたい固めに繰り返された頭突きが、壁の亀裂を広げていき、ついには壁を崩壊させた。
このままでは岩竜が闘技室から出てしまうではないか。
「やばい!」
慌てて教官は武器を取って観客席を飛び降り、岩竜を捕獲しようとしたが、教官が着地する頃には、既に岩竜は壁に空いた穴を通り抜け、闘技室から外へ出ていた。
岩竜を檻に入れ直す役割を任せられているハンターが室内にやって来たが、これまた一歩遅かった。
「逃がすか!」
カインは疾風の如く猛スピードで岩竜を追いかけていった。
カイン以外の二班の学生達は、呆然として岩竜を追いかけるカインを見送っていた。
「・・・・・・。」
破壊された壁を見て、教官は腕を組む。
少し古ぼけた校舎だったが、闘技室は用途が用途なので、定期的に修繕している。
そのため壁が脆くなっていたとは考えにくい。
岩竜の潜在能力を甘く見ていたことは認めるしかない。
「急いで竜を処分しろ。」
女教官補佐とハンターは引き締まった声で「「はい」」と返答しつつ、闘技室から出ていった。
あっちは確か、学生寮だったな。
二班のクール系(自称)男子学生は、寮で待機中の学生達を案じた。
寮では今頃、カインの兄が授業を終えて寮に帰っているはずだった。
カインの本気、見れるかも知れないな。
大惨事にならなきゃいいが……
ドラゴン図鑑
【岩竜】 地竜種
分布:南の大陸
体長/体重:(最小)3m/1.5t(最大)8m/4t
南の地方、昔で言う南アメリカ大陸に生息。
その体は翼はないが分厚い岩に被われていて、額の一角は鋼鉄に風穴を空けれるほどの威力を持つ。
四つ足歩行。
主に鉱物などを食す鉱食系竜でその糞はあらゆる鉱物が混じったインゴットとなる。
性格は温厚で大人しいが、一度激怒するとなかなか治まらない。
鉱物以外にセメントやアスファルトも食べるので南の大陸で街が無く凸凹した土地があれば岩竜の群れのしわさである。
ドラゴンハンター協会の各支部に使われている特殊合金はこの岩竜の排出された糞を利用していることとあり、岩竜からの被害は出ていない。
とあるハンターが岩竜の幼生体を捕獲し、炭素の塊を与えたところ糞がダイヤモンドとなったという事例もある。