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Bush Pilot  作者: フラップ
第三章
9/27

3-1


 食堂では中杉と一緒に昼食を摂った。いつも陽気な彼が微妙に沈んだ顔だったのが気を引いた。そんなにテレビに出たかったのだろうか。


 部屋に戻ると、メッセージが届いていた。

「Flying Challengers’ Squadron 非常任パイロット 氷川 時哉様


 この度はお世話になりました。本日は急なお願いにもかかわらず、貴重なお時間を頂戴し、さらに迎えまでしていただきましたこと、厚くお礼申し上げます。


 取材におきましては素晴らしい見識や経験に基づいたご意見をいただき、早速番組に反映させているところでございます。


 させていただいた取材と意見をもとに編集を進め、もしご迷惑でなければ、随時ご報告申し上げたいと存じます。


 また当番組のために取材させていただくことが多いかと存じます。今後とも、よろしくお願い申し上げます。


 Alley mur mur 記者 水口 リア」


 必死になって体裁を整えたような分に吹き出しそうになりながら、読んだ。第一、確かに感謝の意は伝わったかもしれないが、次の取材のことについて殆ど何もわからない。大方、インターネットで調べた例文とにらめっこしながら書いたのであろう。笑うのは失礼かもしれない。

 

「いえいえ、こちらこそ。またよろしくお願いします。

 当方といたしましても、取材はこの上なく有り難い事ですので、そちらの欲しい題材がございましたら探させていただきます。


 「アクロバットの依頼」と仰っておられましたが、現在、殆どそのような依頼はなく、常任パイロットに一名、レース専門の人がいる程度です。

 そこで、と言っては何ですが、燃料費と依頼料さえ出していただければ展示飛行することは可能です。

 週に三回ほど趣味で飛ばす程度で、今のところ実用に至ったことはございませんが、取材にはこたえられるかと思います。


 これからの予定を申し上げますと、小規模の観測所などとの物資・人員輸送、前述の趣味での飛行、試験UAV追跡などがあります。


 小規模観測所では前回しなかった地上でのSTOLを行います。機種はPC-6です。


 趣味での飛行ではSu-29bis(アクロバット機)かASK21Mi(動力グライダー)を飛ばします。


 試験UAV追跡では大学の製作したUAVの追跡をします。もしもの時はUAVを破壊する役割や、ビーコンで単純誘導する役割もあります。機種はPC-6です。


 取材したい題材があればご連絡ください。

 それと、慣れない敬語ならしなくて結構です。 氷川」


 返信すると即座に返事が来た。


「全部行きます。いつですか?」


 吹き出した。食い付きというよりは噛み付きではないかと思うような積極性である。

 自分としては別に全部来られても構わないが、寧ろ向こうの予定が心配である。カレンダーを開いて、日程を確認する。小規模観測所へは二日後、趣味はいつでも、追跡飛行は五日後である。三日もここまで来るのだろうか。電車で二時間である。PC-6につくフロートは手持ちにない。向こうにまともな飛行場は無いだろう。

 不時着場として指定されているところは数か所ある。しかし、もちろん常用禁止である。

 指定されているのは、都市緊急退避所の総合広場他数か所。

 流石に、夜中に来いとは言えないだろう。

 いっそ河川敷にこっそり降りるか……。

 確か、超軽量動力機のクラブがあったはずである。なければグライダーとか、パラセイリングでもいい。第七大に近いのは……。

 柏フライングクラブというのがあった。ここなら大丈夫そうである。アカウントを調べて、時刻を確認し、通話を掛けようとする。

 しかし、その前に少し思い立って、河川事務局に通話を掛けた。

 「もしもし、河川敷の占有許可についてお聞きしたくて電話しました」

 「なに?」中年の男の声。横柄な対応である。

 「柏フライングクラブという団体は占有許可を持っていますか?」

 「……いや?訴訟ですか?」

 「いえ、訊いただけです。どうもありがとう」

 「いや……」

 「では」通話を切る。今度こそそのクラブに通話する。

 「……もしもし」若い男の声。

 「はい、こちらFlying Challengers’ Squadron の氷川時哉です。今回、飛行場の件でお問合せさせていただきました」

 「FCS?……ちょっと待ってくださいね」

 声が離れる。雑音が入った。回線が切り替わったらしい。

 「どうも。代表の河蕊です」

 「氷川です。実は第七大の研究員をしばらく乗せることになったのですが、時間的に余裕がない場合は此方から迎えに行こうと思っているのです」まずは事情を説明する。

 「それで?」

 「そちらの滑走路を使わせていただけないかと。機種はPC-6で、滑走路は100mあれば十分です。機体重量的に滑走路は汚しませんし、手早く行うので迷惑はかけないかと」

 「ほう……使用料は?」河川敷は公共のもので、営利目的に占有することは禁止されている。つまり、これは裏取引だ。

 「失礼ですが……」彼は不自然なほどに間をとる。「占有許可を持っておられませんね?」

 「持ってるよ?」

 「番号はいくつですか?」

 「KC4523」

 嘘である。あの地域の新番号はTKから始まるはずだ。

 「まあ、こちらとしてもあまり荒立てたくないので……相場……そうですね、離着陸二回と駐機三十分で五千はどうでしょう」

 「一万」

 「荒立てたくないのですが」

 「そちらもだろう?一万」

 「そうですね、八千で」

 「……いいだろう。燃料は出さんぞ」

 「ええ。勿論」

 電話を切った。切ってから、はたと首をかしげる。

 今のはリアに「自力で来い」と言えば済んだ話である。確かに、早朝に呼びつけるのは気が引けるが、八千円も払おうと思った自分が少し可笑しかった。

 まあ、投資だと思うことにした。リアのどこに投資しているのか自分でも見当がつかなかったが……。

 いいだろう。どうせ、最低限の部品は飛行隊から供給されるし、整備もしてもらえる。その分給料から差っ引かれることになるが、金だってここに暮らしていたら殆ど使わない。

 趣味だって飛行機で、燃料代以外使わない。給料から引かれているから、金を使っているという感覚がない。食堂で食事を摂るときと、最低限の日用品ぐらいか……。

 そういえば、任務以外ではかなり長い間本土に戻っていない。それ以前に、まともな店で金を使った記憶がかなり遠い。

 鍵をかけて、格納庫へ。

 寿村南と滝が居た。寿村の方が上司である。整備士はキャリアに左右されやすいのだろう。

 「氷川」寿村に声を掛けられた。女性にしては低い声だった。

 「はい」

 「ピタラスの強化はやっておいたよ。もうトーイングフックを外してもいいんじゃないか?ここにはASK21Miしかないよ」

 「ええ……」愛想笑いをする。この割とウェットな性格が苦手だ。「お構いなく」

 「そう」

 「あ、フロートはどうしましょうか?」滝が聞いてくる。

 正直言って、フロートが必要な機会はそんなにない。

 「外しておいて」

 「分かりました」

 申し訳程度の礼をして、立ち去る。溜息を吐いた。

 PC-6の様子を見て、タイヤの空気圧を下げておいた。一目でわかるぐらいタイヤが凹んでいるが、これぐらいが不整地では適切だ。

 中をのぞく。前使ったときのまま、7人乗り仕様である。

 次に、Su-29bisを見に行く。ロシア製のアクロバット機は、格納庫の中でかなり異彩を放っている。

 FRPで軽量化された機体に、400馬力級の空冷エンジンを取り付けている。

 まるで、エンジンと、それに合う流線形に翼を付けたような形をしている。

 複座で、後ろにもう一人乗せられる。実は単座が良かったのだが、途中まで作っていて発注した会社が倒産した機体があったので、そのままそれを買ったのだ。

 普通塗装するところをあえてクリアコーティングのみで済ませている。正直、塗装というのは一定以上はすべて無駄である。

 カーボン地が覗いている胴体後部がセクシィなほどだ。

 設計した奴は天才に違いない。

 こちらも状態は殆ど変わりがない。後席の操縦系統や計器はすべて外してある。軽量化のおかげで単座のSu-31と同じぐらいの重量にできた。

 リンケージにガタはない。

 コックピットに乗り込んでみる。

 目が痛くなるような速度。

 頭が痛くなるような回転。

 踊り、

 舞い、

 滑り、

 跳ね、

 掻き、

 縋り、

 落ち、

 捻り、

 周り、

 掴み、

 浮き、

 不連続は連続へ。

 誰もついて来られないマニューバ。

 機体は停滞と加速を、

 スモークは拡散と生誕を、

 軌跡だけが、繋がって、

 ストール。

 スピン。

 ダイブから、

 ロールから、

 直し、繋ぎ、断ち切る。

 繰り返す。

 人間にできるのは、それをなぞるだけだ。

 アクロバット飛行の楽しみは、自分以外の存在が周りから消え、飛べることにある。

 早速、飛びたくなってきた。


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