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Bush Pilot  作者: フラップ
第二章
8/27

2-3


 リオンは配置を終えて満足して推移を見ているレナの後ろに立った。芸術学群のレナは、その男性にしては前衛的……女性にしてもレトロすぎてやはり前衛的だが……なファッションセンスを差し引いても一流の監督である。

 朝と同じ進入をして、軽飛行機が降りてくる。人一人分の重量は影響しないようだ。

 一切揺れない進入が、レナの撮影方針に似ているな、と評価した。

 スロープを上がってきた機体から、まず男……確か、氷川と言ったはず……が降りてきた。朝と同じカーキ色の飛行服を着ている。

 彼はすぐに車止めを片側の車輪に付け、反対側に回ってドアを開けた。

 「リア、大丈夫?」紗彩が声をかける。頷き、ややふらつきながら水口リアが降りてきた。両手で支柱を掴み、おっかなびっくりという感じである。足が少し震えている。

 「ええ、楽しかったです」口の中で止まっているのではないかというような声が何とか聞こえた。

 「かなり長時間のフライトでしたから、きつかったかもしれません」氷川が紗彩に言った。紗彩は頷いて、リアの躰を支えた。少ししてから、リアは体重を少し預けたようだ。

 「カメラ取りますね」忘れ去られているカメラを、飛行機の座席から取る。

 映像が楽しみだ。

 「今日はどうもありがとうございました」リアが何とか礼をした。

 「本当に、ええ。感謝にたえません。どうもありがとうございます」紗彩が言う。

 「いえ。こちらとしても仕事を知っていただくのは助かりますから。どうぞよろしくお願いします」

 「あの……」リアがようやく自分を取り戻したように微笑む。「また、お願いできますか?とてもいい経験でした」

 「いいですよ。空撮でも、アクロバットでも……」どうも、普通の依頼と間違えたようだ。

 「ええ……」リアは苦笑いしている。「取材の方も……」

 「ああ」彼は口を開けて頷いた。「ええ……飛行隊から回せば私の予定が合わなくても、またほかの人も回してくれると思います」

 「アクロバットなどの依頼はありませんか?」

 「ないですね」紗彩の質問ににべなく答えた。

 「見たーい」撮影班を撤収させたレナが会話に割り込んできた。「ねね、学園祭とかどお?」

 「言葉遣い」一応、注意しておく

 レナが口を尖らせてこちらを見てから、にっこり笑って指を口に沿わせて滑らせた。「お口にチャック」だろう。

 「えっと……」氷川は周りを見渡す。「レース場とかがあればいいんですが……」

 「空を飛ぶのならどこでもいいのでは?」

 「まあそうなんですが……」氷川は頬を掻いた。「低く降りる演技とかだと、かなり広いところでないと見えないというのが一つ、二つ目に、墜落したときにどこに落ちるかわからないので」

 「墜落って……」リアは口を手で隠す。「その……死んでしまうんですよね」遠慮がちである。

 「ええ。勿論」氷川は微笑んだ。自然な笑顔が、とても不自然だ。

 「命がけなんですね」紗彩はまとめるように言った。

 「大なり小なり、いつも命がけでしょう?まあ、私達は割合が高いだけで」

 「失礼ですが、任務中に殉職された方などは……」

 「私の知り合いの中では、十数人ほどですかね。かなり少なくなったんですよ」

 「そうなんですか……。今日はどうもありがとうございます。帰りもお気をつけて」

 「どうもご丁寧に」彼は頭を下げて、飛行機に乗り込む。「離れてください」

 言われた通り、5mほど離れる。

 エンジン音が高まり、機体が回る。一瞬、猛烈な風が当たった。

 飛び降りた彼は車止めを外すと、礼してまた飛び乗った。

 冗談みたいに短い距離であっさり飛び立っていく。どこか朝よりも軽そうに飛び立つ。

 飛行機は旋回し、速度をあげながら大回りしてくる。どうしたのだろうか。

 低い。エンジン音は高いまま。

 木が途切れると、更に低く。

 機体の後を、影のように波が。

 地面まで40センチも無い。

 池の上空へ。

 爆音を引き、

 白い波を風圧だけで立て、

 刹那、急上昇。

 弾かれたように。

 機体が上を向く。

 急角度で昇っていく。

 一瞬だった。

 飛行機は余韻だけ残して南の空へ消えていった。

 池の真ん中に残る波も、すぐに消える。

 しばらく誰も声が出せなかった。

 「アクロバット機の操縦桿持たせたらどうなんだろ……」レナが絞り出すように言った。

 見たことがないだけで、意外なところにネタは転がっているものだ。

 「幾ら位で呼べるかしら……場合によっては本会議で提案する形になるわね。すると、この場合は第三の芸能の人たちにも出してもらうか……」

 紗彩は少し悪な笑みを浮かべた。

 勘違いされがちだが。

 Alley mur murは慈善組織でも部員が金を出し合うサークルでもない。

 プロフェッショナルの卵を、有給のボランティアとして雇う企業だ。

 どんなに長く在籍しても20年で退職という企業で、五年間も副編集長の座を明け渡していない紗彩はかなり敏腕だといえる。

 いま彼女の中では必要な面積と金額、見込める収益を考えているだろう。

 「……リア」

 「はい?」紗彩に呼ばれたリアはきょとんとした顔で振り向く。

 「あの人とのコネを保っといて。そうね、取材費と交遊費は出すわ。できれば、二か月は引き抜きに抵抗してもらえる位の関係を築いて」

 「飛行隊から手を回したら?」意見しておく。

 「駄目ね。本職の奴らに感づかれたら引き抜かれるかもしれない」本職の奴ら、と言ったのは放送各社の事である。

 どうやら紗彩は本気で事を構えるつもりらしい。完全に戦闘態勢だ。

 まず間違いなく、編集長も副編集長も似た者同士である。彼らは自分の就職先に相手取った放送各社も含まれるということが分かっているのだろうか。

 しかし、当の各社もダメージを与えられたら与えられるほど彼らを引き込もうとするはずだから、実に不毛である。

 少し気が重くなったが、大丈夫だろう。

 「ほら、あそこは引き込まないの?えっと、自衛隊の……まえ特集やったやつ」リアは首をかしげる。

 「ブルーインパルスね。公共機関は平等性を重視するから引き込みにくいのよ」

 「へぇ……。ま、いいや引き込むのはあの人一人?」

 「そう。それに、大学構内なら私たちの庭よ。余所者のマスコミなんてどうとでもできるわ」自信満々だ。本当にどうとでもしてしまいそうなところが怖い。警察だって無断で入れないのだから、マスコミもかなりブロックできる。

 「あの……最初中杉さんだったので、今人を指定するのは難しいんですけど……」控えめにリアが言った。

 「貴女があの人のことを気に入ったことにしておきなさい」

 「えぇ!?」

 「ええ?じゃないわよ、全く……」

 紗彩は優秀である。優秀だが、優秀すぎて周りの「平凡」を置いてけぼりにする傾向がある。彼女に編集長を非難する権利はない。全然「全く……」ではない。

 「今日中にメールね。それまでに碌な言い訳が思いつかなかったら「貴女のことが好きです」って書いて送りなさい」

 「えぇぇ……」

 「リオン!」

 「はい?」呼ばれる要件が思いつかなかった。

 「ここの中で一番大きい……そうね、野外多目的トラックあったわよね。サッカーコートと陸上コートのあいの子みたいなやつ」

 「第二と第三とありますが」

 「広いのは?」

 「芝の広場を含めれば第二。ちょっと遠いけど、芝のところを含めたらキロ四方ぐらいは」

 「上等。レナ!」

 「はーい」

 「組み立て式の大型スクリーンを一基、移動式の小型のものを最低8基、最大12基。付随機器と予備含めていつまでに、幾らで用意できる?」

 「大型のものは問題なし。うーん、付随機器もちゃんと申しだせば回線貸してくれると思う。小型のは……音楽系に二基あるけど、芸能のところに当たらないと……」

 「解った。噛ませてやるから貸せって言っといてあげる。で、リア?告白する?それともましな言い訳を思いついた?」

 「あの……アクロバットのことを含めると、番組の進行上、氷川さんでないと、と言ったらどうですか?」

 「そうね……ええ、なら、常任と非常任で、常任の紹介には組織紹介を被せて時間をとってお茶を濁しましょう」合格が出たらしい。

 「OK?質問はない?」

 「編集長はどうする?」忘れ去られてそうなので指摘しておく。

 「あんなん、コンパスさえ壊れてなかったら勝手に帰ってくるわ」

 確かに、生還してきそうである。

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