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山本紗彩はため息をついて、藤田に掛けた電話を切ってポケットに突っ込んだ。
あの朴念仁が!野生児すぎるのもいい加減にしろ!
普通噴火する火山の近くに滞在するか?馬鹿か?
放送中にわざわざ指摘したのは、それだけ抑えてほしい性格の欠点だったからだ。藤田幸晴。二年前にマウンテンバイクだけで日本一周する「列島Survivor」でヒットして、編集長になった男である。逞しい。大変逞しい。それこそ、日本のどこに放置しても都市に簡単に帰ってきそうなほど逞しい。そこが魅力でもあるが、はっきり言って危ない。
全く……止めればよかった。止めようとはしたのだ。本人を前にちゃんと言えたら良かったのに……。全く、自分も自分だ。
まあ、それは良い。
学生チャンネル「Alley mur mur」は首都大学連合の放送部が持っているチャンネルだ。第一から第十まである大学放送部の中で、ここ第七放送部は主にドキュメンタリーを製作している。
FCSに依頼したのは、航空サークルからの伝が一番有効そうだったのがここだったのだ。
「ただいま~」
「はーい」声の方を向くと、水口リアが立っていた。「どうだった?」
「楽しかったです!飛行機ってあんなに揺れるんですね」
「小型機だとね」
「あれ?お姉さん、お帰り」西野コウ、番組ではレナと呼ばれていた少年が顔を出した。ピンク色のドレスを着ている。断わっておくが、男性である。しかし、人の服装の趣味に首を突っ込むほど野暮ではない。
「香蓮は?」
「リオンって呼ばないと拗ねるよ」一応、忠告しておく。コウと香蓮、つまりレナとリオンは性別を間違ったようなカップルである。蓼食う虫も好き好きである。あんなので成り立つのなら自分だって上手く行きそうなものなのに……などと馬鹿なことを考える。
「遠くて大変でした。電車で二時間かかったんですよ」リアがバッグを降ろしながら言う。多分、カメラが入っているからかなり重いだろう。
「ねねね、次はどこへ行くの?」
「さぁ……」彼女はポケットからタブレットを取り出す。「そうそう、えっと……、あ、メッセージが来てました。河口付近の海域の水質調査みたいです」
「水質調査?」
「えぇ。上流の施設の影響捜査です」
「なるほど……よろしくね」
「いいなぁ……羨ましいなぁ……」
「飛行機が?」
「パイロットって、カッコいい人多そうじゃない?」
「リオンは?」
「それはそれ」レナは片目を瞑る。
「保険ちゃんと入っておきなよ」勿論、レナにではなく、リナに言う。
「はい……あ、それと……」
「何?」
「担当の方が変わるみたいです。仕事が変わったって」
「変わった?仕事の種類は問わないって話にしたはずだけど」
「怪しいなぁ、デートの約束でも入った?」
「馬鹿なこと言ってないで……人数的に無理になったとかそんなところでしょう」
「何か要望があればって言ってくれてるんですけど」
「要望?」
「ええ……」
「送り迎えをお願いしますとか?」レナが高い声で言う。
「送り迎えってったって……」考える。そういえば可能かもしれないが……「飛行機、着陸できるかしら……」
「は?」リアがすっとんきょんな声をあげる。
「ほら、池あるじゃん。池」レナ二つられて窓の外を見たが、残念ながら林にさえぎられて見えない。
「池って言ったって……直径長いところで80mあるかないかじゃなかった?」
「リナ、ブッシュパイロットは日本語訳すると?」
「えっと……茂み水先案内人?」
「パイロットまで訳さなくていいから……。つまり、茂み。これは滑走路がなくてもちょっとした空き地があれば着陸できるってこと」
「空き地?何メートルで止まれるの?」
「大体、腕のいい飛行士が専用の機体で空に近い機体なら5mぐらい」
「すご」
「ま、言ってみる価値はあると思うよ。池の占有許可は申請しておくから」
「……わかりました」
メッセージに地図を張り付けて送信した。
一応、池を見に行く。
ひょうたん型をした人工池。南北に長く、南側はざらざらとした砂利をコンクリートで固めている。
ここに降りられるだろうか……詳しくは知らないが、飛行機の滑走路と言ったらもう馬鹿みたいに長い代物だったはずだ。
メガフロートで見た滑走路を思い出す。頭の中でさっと計算する。やはり、長さが足りない。
メッセージが帰ってきた。
驚くべきことに、解答は「可能」だった。
急いでメッセージを転送する。レナがこっちに来ることになった。彼はあれでも芸術学群に在籍している。明日の撮影地点を精査するのだろう。
メッセージには3Dの飛行経路も添付されていた。ある程度まで斜めに入ってきて、そこから旋回して進入するらしい。
「姉さーん」レナが走ってきた。あの格好で良く走れるなあ、と感心。恐ろしいことに、一切服を乱していないし、息も切らしていない。
飛行経路を彼に見せる。
「うーん、航空学部に知り合いいる?」
「えーっと、僕の知り合いなら一人」
「……あなたの知り合いってとこにそこはかとない不安を感じるんだけど」
「え?ちゃんと真面目な人だよ」
ちょっと安心した。
リオンまで集まってきて、作戦会議となった。
人員の配置、立ち入り禁止の表示などを取り決めた。
大学の池としてはごくごく一般的なことに、ここには鯉がいる。生物学部の連中まで引っ張り出すことになってしまった。頼み込んで聞いた答えは「知らん」で、とりあえず死んでしまったらその時考えようという話になった。
先生の許可も取り付け、何とか実行に漕ぎ着けそうだった。
基本的に、何に使おうとこの手のスペースは学生の勝手だ。
さらに、Alley mur murが社会全体に知名度を持っているという政治的な判断が働いたらしい。
なかなかに無理のある日程だったな、と遅ればせながらに思った。