表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bush Pilot  作者: フラップ
第四章
20/27

4-7

 氷川は、懸命の操縦を続けていた。しかし、どんなに飛び回っても、火山灰の雲を抜けることはできなかった。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 どっちが上だ?

 どっちが北だ?

 もう、七時間もこのままだ。

 計器を見る。壊れているかもしれない。

 頭がくらくらする。

 あることに気がついた。否、気がついていないふりをしていた、と気づいた。

 バーディゴに罹った。

 バーディゴ。日本語で、「空間統合失調症」。地平線など、目安になるものがない時に、脳が自分の体勢を誤認する現象だ。

 パイロットにとっては悪魔のような現象だ。これに陥ると、計器が信用できなくなる。故障しているのではないか、と疑ってしまうようになる。例えば、バネばかりを握っていて、「引っ張られた」と感じたとする。もしバネばかりが「押された」と示していたら、はかりを信じて押し返すことはできるだろうか。

 舌打ちをする。

 心配そうな目で水口がこちらを見た。カメラのキーホルダーが揺れる。

 そのキーホルダーの動きをじっと見る。

 彼女が戸惑った顔になったのに気づいて、前に目を向けた。と言っても、黒しか見えない。ぐちゃぐちゃになっていた脳が回り始める。

 「あ」彼女が間抜けな声をして、カメラをその前面に向ける。

 青い火の玉が前から現れ、後方へ消えていく。

 きれいだ。

 美しい。

 そんな、言葉だけでは表せないような光。

 操縦を少し忘れてしまった。

 「水口さん」口を開く。

 「はい?」

 「そのキーホルダー、ここの穴に掛けてくれませんか?」スイッチのタグ用の穴を指す。

 「はい……?まあ、わかりました」怪訝そうな顔で彼女がこちらを向く。「あの……敬語になってますけど……」

 彼女がカラビナを使ってそこに掛けた。彼女の細い腕が見えた。

 一度目を瞑って、そのキーホルダーを見た。

 もう、大丈夫だ。

 キーホルダーは重力に引かれ、コイル状のストラップが少し伸びている。

 キーホルダーが突然、右に触れる。操縦桿を倒して、左に切り返す。

 思い通りに、サーマルに乗った。

 躰の感覚も正常になりつつある。

 「何ですか?それ」彼女がカメラをキーホルダーに向ける。

 「うん……」考える。「お守りかな」

 「は?」

 「万有引力の御利益確実の」

 「は?」

 「後ろの人たちはどう?」

 「かなり、グロッキーです」後ろを見る。愚かにも朝食を食べてきた彼らは、かなり体調を崩していた。藤田という男のみが、意識を保っている。だが、顔色が明らかに悪かった。

 「なるほど……」顎に手を当てる。「これまでに、宇宙エレベーターに頻繁に乗ったり、スカイダイビングをしたり、ロケットに乗ったり、スキューバダイビングをしたりしたことは?」

 「冗談ですか?」

 「いや、割と真面目な質問」

 「ありません」

 「あ、登山は?」

 「いや……どれぐらいの高さの?」

 「少なくとも、2000m以上」

 「ありません」

 「分かった。体調を崩したら言って」

 「分かりました」

 あとは、方向だ。

 でも、それも少しずつ分かってきた。旋回は、前半は早く、後半はゆっくりと旋回する。心持ち、だが。風で飛び方が、上昇率が変わる。それによって、コイルの伸びがわずかにだが変わっている。

 暗闇。暗闇しかない。でも、機体の軌跡はわかっていた。

 「すみません、気持ちが悪くなってきました」彼女が俯く。

 「分かった」

 思い通りになった。

 生き残れるかもしれない。

 きっと生き残れる。

 タイミングを計って、水平に。

 降下を開始する。計算が正しければ、生き残って離脱できる。

 正しくなければ、地面に叩きつけられて死ぬ。

 エンジンはまだ生きているだろうか。

 PC-6は、緩降下を開始した。

 ただ、静か。

 後ろのゾンビたちも少しずつ動き始めた。

 「あの……」水口が控えめに話しかけてきた。

 「何?」

 「いえ、その……大丈夫ですか?」

 「多分ね」片目を瞑る。「君の体調を崩しているというのが正確なら」

 「そんなに重要なことでしたか?」

 「うん」

 「どうして?」

 「えっとね……」頭の中で文をまとめる。「君は今高山病に罹っているんだ」

 「高山病?」

 「そう。高山病。俺は体制が割とあるから、なりにくい。後ろは既にグロッキー。藤田さんは、ちょっと参考にならない。君なら、ちゃんと高山病に罹ってくれると思っていた」

 「ちゃんとかかるって……」

 「大体、2400m程からかかるんだけど、大体、発症までに数時間かかる。今から5時間ほど前が2400mだとすると、毎時1200mになる。計七時間で、8400m」だから、今多分8000m程だ。キーホルダーのコイルの伸びは、平均すると余り変わっていない。

 彼女の方を見る。口が、「すごい」と動いていた。

 「勿論、間違ってる可能性もある。もしそうだったら、墜落してしまう」

 あとはもう、信じて進むしかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ