Prologue
芝と、黒いアスファルトと、空と海。
画面に映っているのは、それだけ。
「都市外環境に住む国民、「アウトサイダー」の生活を支える、ブッシュパイロットとはどのような職業なのでしょうか。普段、私たちは都市内で供給される電力を使っています。また、生活していくうえで必要なものを切らしたり、故障したりしてもすぐに届けてもらうことができます。しかし、都市外の環境では配達サービスも通販もありません。そこで活躍するのがブッシュパイロット、今回特集するプロフェッショナル達です。彼らは飛行前に依頼されたものを配達したり、人を運んだりする仕事をしています。アウトサイダーの生活は彼らに掛かっているといっても過言ではないでしょう」
画面が滑走路から目の前のものに向けられ、ピントが合った。
黒く輝く三枚のプロペラブレードと、それを付けた白い飛行機だった。
「ご覧ください、これが彼らの飛行機です。さて、今回取材に伺ったのは「Flying Challengers’ Squadron」、通称FCS。ここ東京湾メガフロートに拠点を置く民間飛行隊です。ささ、こちらへ……、はい。こちら、パイロットの中杉亮さんと隊長の北芝ナツさんです。よろしくお願いします」
奥から出てきた二人が、カメラに向かって礼をする。
「北芝隊長、この飛行隊の特徴を教えてください」カメラが北芝と紹介された中年の女に向けられる。
「はい。FCSの初代会長は故高端晃氏、元世界一のレースパイロットで、アクロバティックパイロットでもあった人です。他の飛行隊と大きく違うところは元が曲技飛行隊のため輸送面に特化しているわけではない、というところです」
「具体的に言うと?」
「実験や計測などにも手広く対応できる飛行隊、ということです」
「今、格納庫の中にはこの……」
「Cessna STATIONERといいます」
「はい、これ一機ですか?」
「この機種はあともう一機、それからDHC-10という双発でこれより大きいものが三機、観測機が二機あります。非常任パイロットが個人で保有している機体も多いので、総数はもっとあります」
「なるほど、主な任務は?」
「輸送が三分の一、実験と計測が三分の一、観光が三分の一位ですね」
「ありがとうございます」
研究室風のスタジオに画面が繋がる。大きなプロジェクターに「Bush Pilot」、左に男女が座り、右に女性の司会が立っている。
「水口レポーター、ありがとうございます。レナ、どうだった?」司会の紗彩が口を開いた。
「めっちゃ広かったね」ピンク色のドレスを着たレナが答える。足がつかないのか、プラプラと左右逆に揺らしている。
「リオンは?」
「メガフロートということは、あそこは海に浮いているということになりますね」白衣を着たリオンは答えた。
「ええ、今回彼女に向かってもらったのは東京湾メガフロート。十字の3000m級滑走路がある、民間用飛行場ですね」
「行ったことある!エアレースやってたとこだよね」
「はい。水口レポーターには実際に飛行機に乗ってもらいます」
「へぇ」リオンが片目を細めた。
「水口レポーター、お願いします」
画面が再び飛行場に戻される。
カメラが自撮りに切り替わったのか、少女の顔が映し出された。
「はい。現在、滑走路に移動しています。今回、操縦していただく中杉さんに質問です。普通、この機体は何に使うんですか?」
「中規模のアウトサイドキャンプに人や物を運ぶときに使います。座席は取外し可能なので、二メートルぐらいまでの大きさのものなら積めます」
機体は一度停まる。カメラはパイロットから前に向けられる。中杉が何か言ったが、マイクが拾えていなかった。
キィーンというタービン音とプロペラの空気を掻く音が混じり合い、高まっていく。
機体は加速。しかし、揺れは少ない。
カメラは、最初は前を、次に後ろの窓に向けられた。
滑走路は徐々に速くなりながら遠ざかり、
やがて離れた。
「離陸しました。今まさに空を飛んでいます」
カメラが回り、横の窓から、海を見る。遠ざかっていった。
「今回は、通信機器の検査のために飛行しています。なので基本的には水平飛行をするだけ、ことになりますね」中杉は言った。
「中杉さん、ありがとうございました。東京湾上空からでした」
画面が再びスタジオへ。
「羨ましぃぃぃ!」レナが唐突に大きな声で言った。
「……楽しそうではあるね」リオンは抑揚なく言った。生まれた時からこの声だったのではないか、というほど落ち着いている。
「はいはい」紗彩は溜息がちに言った。頭のベレー帽がずれ落ちそうになった。
「次」リオンが言った。紗彩より司会らしい。
「えっと、次は藤田編集長の「列島Traveler」です。今日は、富士青木ヶ原キャンプにいます。どうぞ」
画面が切り替わり、先ほどとは打って変わって森林の中。
「おう、中継、藤田です。今いるのは青木ヶ原、有名な富士樹海です」
今回はスタジオの画面が斜め下に縮小して開いてある。
「樹海?遭難とかしないの?」
「キャンプからは出るなよと釘は刺されたかな」
「貴方なら生き残りそうだけどね」紗彩は笑った。
「ここ、青木ヶ原キャンプは富士山に登山しに来る観光客のほとんどが箱根側へ行くため、より自然に近いキャンプをしたいという人がたまに泊まります」
森林から三階建ての管理棟に画面が向けられる。
「今回、取材でここまで来ましたが、富士山に噴火の兆候が見られたとかでつい先ほどから避難が始まっています。ここには滑走路がないため、自衛隊のV-22オスプレイが出動し、人員を運んでいます」
その横、灰色の箱のような胴体と、非常に大きいプロペラを持つオスプレイが画面に入った。
「管理員と自然保護観察官が滞在する予定でしたが、特別に私、藤田幸晴が滞在を認められました。嬉しいですねぇ」
「その状況が危なくなれば危なくなるほどテンションが上がる危ない性格を直してください」紗彩が突っ込んだ。「以上、学生チャンネルAlley mur murでした」