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「カメラが壊れるから、そうだね、記録したかったら、そこのクッションを間に挟んで、横抱きに身体に押し付けて」ちらりと彼女を見て言う。信じられない事に、彼女はずっとカメラを回していた。尋常な体力ではない。ぴんぴんしている。正直言って、少ししたらグロッキーになるだろうと思っていた。
乱気流は機体を揺らす。だが、そろそろ慣れ始めていた。Gメーターを見る。まだ4G。勿論、かなり大きいが、耐えられる。しかし、普通の機体では構造が無事でも操縦できなくなるだろう。
スロットルを絞るのを我慢。今絞ったら、操縦不可能になる。舵がよく効くためには、速度が不可欠なのだ。
ラダーペダルを蹴っ飛ばし、操縦桿を振り回し、機体を何とか降下させる。操縦の全てが条件反射。一瞬前にどういう操作をしたのか、全く思い出せない。
それは、まるでダンスのようだった。
空気にシェイクされるがまま、方向だけ保って進む。逆らうのではなく、流されない。逸れないのではなく、戻す。それをずっと繰り返す。
地面に、ゆっくり、ゆっくり近づけようかと思ったが、方針を変える。一度上昇。
隣の彼女が、驚いた顔でこちらを見た。速度計を見た。スロットルレバーを前方に叩きこむ。彼女が口を開いた。
「諦めるんですか?」
「やるから黙れ!」思わず叫ぶ。汗が目に入る。
息が切れてくる。
広場が見える。機首の下に隠れて見えなくなるまで待つ。
低空飛行するのは、危険だ。下手すると、タッチアンドゴーもできない。
見えなくなった瞬間、プロペラをフェザリングに。一気に操縦桿を下げる。
躰がまるで前方に投げ出されるかのような感覚。
マイナスG。
内臓がせりあがる。
頭が前に出るのを、ヘッドレストに押さえつける。
機体はつんのめるように急降下。
プロペラは猛烈な抵抗を生み出し、ロープに向かって真っ逆さまに落ちていく。
寸前で、操縦桿を、
引く。
顎を引いて、何とか前を見る。
スロットルをカット、
直後、すごい力で前方に身体が引っ張られる。
ロープをちゃんと引っ掛けたようだ。
ブレーキ。シートベルトを外す。
その瞬間。
地響きが始まった。
「……、これは……」
隣の彼女は反応がない。
気にする余裕さえない。向こうから、六人が何も持たずに走ってくるのが見えた。
何とか席から抜け出し、ドアを開ける。乗り込んだのを確認。音のする方を見るのが怖かった。
「とっととシートベルトを……」言い切らない。言い切れない。
窓に張り付く。
真っ赤な炎。
信じられないぐらい、紅い。
水母のような煙が、立ち上り、
音が消える。
狂気的な焔。
爆音に気づく。
光。
遠いはずの熱。
破壊。
火花。
舌打ちをする。全然聞こえない。
全員、居るな!
声にならない声をあげ、操縦席へ。起きた水口がカメラを回す。後ろに6人いた。申し訳程度にシートベルト。スロットルを緊急出力へ。簡易のスイッチを跳ね上げた。
煙が追ってくる。
ロケット・ブースターの点火に時間を取られている。
間に合うか。
加速。
加速度。
荷重。
主翼の下のロケットブースターが火を噴く。
粘って、引き起こす。
フラップを下げっぱなしだった。寧ろよかった。引き上げる。
機首を上へ。
ロケットブースターが切れる。
パイロンから、投下。
逃げる。
だが、乱気流のせいで真っ直ぐに進めない。
コンパスは気が狂ったように回る。
姿勢指示器は単振動を描く。
視界を、闇が覆った。火山灰だった。
エンジン出力が目に見えて下がり始める。
「大丈夫ですか?」水口が声を出す。
大丈夫では、なかった。
エンジン音が下がり始める。
エンジンは喘いでいる。今まで聞いたことのない音だった。プロペラもこのままではまずいだろう。
頭をヘッドレストに凭れさせる。
溜息をついた。
顔面から血が下がる。
エンジンを切る。
機首を下げた。
プロペラをロック。
急いで、計器を確認する。
速度計も、高度計も、火山灰のせいで狂っている。
どちらも、空気圧の差で検知している。火山灰の圧力というのがどんなものかわからないが、ピトー管に火山灰が詰まったら間違いなく数値が狂うだろう。
「こちら氷川、聞こえるか?」一縷の望みをかけ、交信しようとする。
「……きこえ………こ………………か?…………………………」最初は聞こえていたが、どんどん聞こえなくなっていき、最終的に何も聞こえなくなった。
全員がこちらを見ている。
姿勢指示器を見る。適正な降下を何とか保つ。
直後、機体は左にひっくり返される。一気に90度以上バンクする。
慌てて右に戻し、進路を保つため右へ。しかし、コンパスも噴火のせいで使い物になっていない。目分量で旋回していると、下から突き上げられるような感覚。操縦桿を押しても変わらない。
普通の飛行機ではありえない動きだが、彼には覚えがあった。
趣味で飛ばしているグライダー。その上昇気流に当たったときの挙動だ。
そうと分かり、さらに右、サーマルの中心へ。
さらに突き上げられる。
旋回しながら上昇。
「火山灰が高温だからか?」呟く。
「あの、大丈夫ですか?」水口がこちらをのぞき込む。
「いや、全然大丈夫じゃない。まずい」
彼女の顔が青くなる。
「でも、もしかしたら生き残れるかもしれない」サーマルを外れてしまう。
慌てず、水平に。操縦桿を前に突っ込んんで降下。
サーマルの周りは、下降気流であることが多い。
「生き残る」深呼吸する。「生き残るぞ」
水口はカメラを回し始めた。しかし、外は真っ暗だ。
電気を節約するために、機器の殆どを切る。
真っ暗闇の中の、サーマル・ハンティング。
ロデオのように、右へ、左へ。
頼れるのは、ごくごく一部の原始的な機器。そして、自分の直感。
それだけだ。




