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Bush Pilot  作者: フラップ
第四章
17/27

4-4


 氷川が舌打ちしたのを聞いた。彼は機敏な動きでPC-6に乗り込む。それを追いかけ、副操縦席に乗り込もうとする。

 「お嬢さん、危険だ。ここに居た方が良い」中杉が言った。他の人たちも、どうやら同じ意見らしい。当たり前だろう。乗せたマスコミが巻き添えを食らって死んだなど、間違っても起こせない事態だ。

 「いえ、行きます」カメラを持ち上げて、言った。「責任は自分で取りますので、お構いなく」

 「死ぬかもしれない」ナツが言った。そう言ったら諦めるだろうと予測している言い方だった。

 「承知の上です」微笑んで見せる。それが、自分の最大の武器だと知っていた。

 周りが絶句する。

 ちょっと脅したら怖気づくだろうと思われていたのかもしれない。

 「いいんじゃない?死ぬのはそいつだけだ」新しくやってきた骸骨のような男が言った。よれよれの普段着を着ている。来たのに誰も気づいていなかった。骸骨のような男は続けた。「もう成年だろう?」

 ぎりぎり未成年だが、黙っておいた。

 「では」今度こそ乗り込み、シートベルトを締めた。

 「最初のSTOLにはちょっときついかもしれないね」彼が言う。思わず、吹き出した。

 「ええ。初めてなので優しくしてください」彼をちらりと見て、言った。

 彼は黙ってエンジンを始動し、寿村が車輪止めを外し、機体は進みだした。

 「……余り、そういう事は言わない方が良いね」彼は前を見たまま、言った。「なんだか、自分が馬鹿になった気分になる」サングラスをかけた。紗彩直伝のジョークは効かなかったらしい。

 今のうちにカメラの設定を済ませておく。

 機体は滑走路へ。

 ずっと続いているような滑走路。真っ黒なアスファルト。白い破線が彼方まで続く。

 機体は微動しながら加速。

 エンジン音は、寧ろ静かに聞こえるようになる。

 機首を上げ、空へ。

 彼がいきなり操縦桿を左右に振る。視界が左右にロールした。

 それが挨拶だとわかるのに、少し時間がかかった。ここからは地上の人たちは全く見えない。

 「行こうか」

 「はい」

 機体は西へ。

 彼が自分の方のモニターを弄る。ニュースには、「富士山 噴火直前か」とテロップが流れている。Alley mur murに切り替えてあった。第一大の報道スタジオのようだ。

 ヘッドレストを渡される。かぶると、一瞬の雑音の後、声が聞こえた。なるほど、こうやって通信しているのかと納得する。

 「This is JASDF. 聞こえてるか、氷川。嘉手納だ」

 「聞いている。氷川だ」

 「今から通信の補助をする。中継器だとでも思ってくれ。今、AWACSの観測情報を上げる。今一機のE-767と、二機のE-2Dで監視している。状況はどうだ?」

 「アンテナが全部立ってるよ」彼は手元のタブレットを見た。確かに、モバイルデータネットワークの通信容量が機器の上限を大きく振り切っている。無線LANも使えるのではないだろうか。

 彼はモニターを弄って、3Dの気候情報に変えた。四つの矢印が描かれる。さらにズームアップすると、富士山を見つけた。自分がこの矢印なのかと思い、ちょっとおもしろくなる。

 「すみません、スタジオに映像って送れますか?」

 「勿論。いいよ」

 カメラのスイッチを入れ、スタジオに送る。後どう使うかは、向こう次第だ。

 「専門家によると、穴は北寄りにできる可能性が高いそうだ……。つまり、キャンプに近い」

 「ああ」彼が答えた。できるだけ通信は邪魔しない方が良いだろうと、黙っておいた。

 「何か変わったらまた言う」

 モニターがAlley mur murに切り替わった。ニュース部門が特番を組んでいる。急いでカメラを外に向ける。

 いきなり、実況を、と言われた。少し焦るが、カメラを外に無け、口を開く。

 「都市上空、水口リアです。現在、青木ヶ原キャンプに残された人員6名を回収するために飛行中です。予定ではあと30分ほどで着陸する予定です」カメラを主翼の方向へ。「ご覧ください、このロケットブースターで離陸をサポートします」

 スタジオにまた切り替わる。

 「さて、現在、青木ヶ原キャンプに取材中の記者、藤田幸晴記者がいます。藤田さん?」

 「はい、現地の藤田です。ここでは三日前に避難の予定だったのですが、使用予定の機種だったオスプレイが墜落し、翌日の嵐で延期されました。今朝、自衛隊の戦闘偵察機が低空でやってきました。気流が複雑に、強く吹いているため、当初のAW609も飛行を断念、フェイルセーフ役のPC-6にバトンが回ったというわけです。昨日までに簡易アスレティングワイヤー、えっと……」カメラが反対方向を向いた。木と木の間に、五メートルぐらいの高さでロープが張ってあった。「これです。これに機体のタイヤを引っ掛けて停止する計画です」頼りないくらいに細い。これで本当に停まれるのか不安になったが、氷川はちらりとそれを見ただけで何も反応を見せなかった。

 今度は画面は空自の戦闘機のHMDへ。パイロットの視界がそのまま映し出される。今度はアナウンサーが説明した。「航空自衛隊の偵察機の映像を流しています。そろそろ、富士山のふもとに行きます。現地は風下とのことです」

 しばらく映像が流れる。途中から、機体が激しく揺す振られるようになった。

 「このように、現地は風が激しく、一定以上の速度でないと飛行は困難だそうです」

 画面はスタジオへ。

 「やばいな……」氷川はつぶやく。

 「大丈夫ですか?」

 「大丈夫じゃなかったら今から飛び降りるかい?」

 「ご遠慮願います」言って少したってから、吹き出した。

 「カメラをしっかり手に固定して。エチケット袋もスタンバイしておきな。恥ずかしがらずにね」

 急いでエチケット袋を開いておく。でも、朝食はあまりとっていない。

 富士山が見えてきた。

 「場違いかもしれませんけど……綺麗ですね」

 「ああ。大抵、奇麗なものほど怖いんだ」怖いほど奇麗、という表現をどこかで読んだ気がするが、思い出せない。

 彼の方を見る。ジョークを言っている雰囲気ではない。

 エンジンは先ほどから余り絞っていない。

 彼が自分の方の窓を指した。

 カメラを向ける。ずんぐりむっくりした灰色の戦闘機が、隣を飛んでいた。機首が結構上を向いている。

 「御機嫌よう、どうだいお二人さん」先ほど聞こえていた空自の男の声だった。嘉手納と言ったはずだ。

 「行き先さえ分からなければ最高なんだけどね」

 「意味深なことというな」その返答を聞いた隣の彼が噴き出した。

 「じゃあ、距離をとってくれ。ぶつかられたら困る」

 灰色の機体は翼を四回ほど振って離れていった。機 体の下面が見える。翼を振るのが挨拶なのだろうか。

 機首が下を向く。速度が上がっていく。彼はスロットルを絞った。

 機体が揺さぶられる。まるで、複雑な空間にゴムボールを投げ込んだみたいだった。

 上、下、右、左、不規則に強烈に揺さぶられる。

 機体が軋む。分解するのではないか、と思えるほどだった。主翼を見てみる。上へ下へ相当大きく反っている。こんなに反っても大丈夫なのだろうかと不安になった。

 よく見てみると、圧縮された側の外板にしわが寄っている。波ができているのである。不安になった。機械のことはよくわからないが、しわが寄ってはいけないのではないだろうか。

 これは危ないのではないだろうか。でも、カメラを向け、実況する。上に引っ張られているときはしわは無い。

 「翼にしわが寄っています。もの凄い乱気流でっ……す。失礼しました。カメラを回しているのがやっとです」腕がすぐに痛くなる。呼吸も時々途切れる。カメラを膝の上に乗せる。一応、切らないでおいた。

 「あとに十分ぐらいだ」スロットルを押し込みながら彼が言った。

 モニターを見る。再び藤田のいるキャンプに切り替わった。

 「もうそろそろ、偵察機が通ります」カメラは上を向く。十秒ほどたった。画面の中央に、微かに黒点が写る。しかし、それは上空に来るずっと前に上昇し、旋回しながら離脱していった。遅れて、爆音が聞こえてくる。

 「あれ……どうしたのでしょうか」ズームして追いかけようとするが、偵察機はお構いなしに遠ざかっていく。すぐに見えなくなった。機体の色さえ分からなかった。

 「速報です」アナウンサーが割り込む。画面は切り替わらない。「RF-15jはOver G、つまり制限荷重を超えたので飛行を断念、帰還するそうです。もう一度繰り返します、自衛隊の偵察機は飛行を断念、帰還しました」

 息をのんだ。今向かっているところは、戦闘機でも飛べない空域なのか。

 「大丈夫か?」

 「はい?」

 「揺れがきついが」心配そうに彼がのぞき込んでくる。

 「いえ、大丈夫です」ちょっと苦しいが、問題ない。

 「行く」彼は前を向いていった。「もう喋るな。下を噛むぞ」

 黙ってうなずいた。彼もうなずく。彼は僅かに汗をかいていた。

 富士山が左に見える。旅客機は絶対に飛ばない富士付近の低空を突破する。

 だが、氷川の操縦で、機首方向は正しい方向を保っていた。モニターを見た。「富士山 噴火の兆候を観測」というテロップが流れる。

 「Target insight……」氷川がつぶやく。「目標視認。行くぞ」彼はスロットルを絞り、レバーを下げる。駆動音がして、翼を見ると何か垂れ下がっていた。カメラに収める。前方、ずっと向こう。

 揺さぶられる。

 外から見たら大きい飛行機を、これほどまでに簡単に振り回す。その力が怖かった。

 ズームを少しした。

 森林に塗りつぶされた大地の中、

 白い、点のようなものが見えた。

 滑走路とは感じが全然違う。大学の池ももっと大きく見えたはず。

 前方に見えるそれは、余にも小さく、頼りない。でも、ズームしてみる。機体が揺れて、ズームしても何も見えない。諦めて、ズームを戻す。

 「ワイヤーも見えた。よし」信じられない気持ちで隣の彼を見る。彼女には未だに白い点にしか見えないのに。

 ますます機体の揺れが大きくなっていく。

 60度程までさえ傾く。一番、ロールが揺れた。

 彼の操縦を信じて、カメラを回す。


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