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寿村はPC-6の面倒を見ていた。
天井が嵐の雨に叩かれ音を立てる。流石に、風の影響は少ない。
スイスのピタラス社製の、ターボプロップエンジンを搭載した単発機。STOL性能に定評があり、大昔の南極探検隊でも使われた機体だ。丈夫な脚、強力なフラップ、頑丈な機体と、信頼性がかなり高い。
氷川からの興味深い頼みを、消化しているところだ。
まず、パイロン。これは簡単だ。ロケットブースターを二つ、左右に取り付けるだけである。固体燃料ロケットで、基本構造はロケット花火と全く変わらない。と言ってもかなり重いので、ジャッキで持ち上げ、装備する。機体自体の整備は既に終わっている。飛行機の整備というと小難しく聞こえるが、少々場所が多いだけで、自動車とそこまでは変わらない。
ふと思い出し、機首のエンジン吸気口を見た。火山灰が入るかもしれない。
火山灰は、名前こそ「灰」だが、実際はガラスだ。それが高速で回転するエンジンファンに当たったらどうなるか。それこそ、やすりを掛けるようにすごい勢いで削れていく。また、溶けたガラスがファンにこびりつき。性能を低下させてしまう。
ステンレスワイヤーをもってきて、機体洗浄用のスポンジを持ってくる。第二次世界大戦(なんとレトロな響きだろう)で、日本軍の飛行機は黄砂に対抗するためにヘチマたわしを吸気口に突っ込んだという。多分、スポンジでも行けるはずだ。一番、目の粗いものを選ぶ。そのスポンジをワイヤにしっかり固定し、ワイヤーを操縦室まで引っ張る。吸気口の前にメッシュを被せ、アルミテープで固定。テープと言っても、一度貼ったら人力のみでは全く剥がせない程強いものだ。さらに、その上にスポンジを当て、こちらは若干弱めのテープで固定。ワイヤーを引っ張ってみる。ちょっと力が必要だったので、さらに固定を甘くする。エンジンが回っている間、ずっと引っ張られ続けるため固定はそんなには必要ない。
残り少なかったので、輪状に纏められている余りを取っ手代わりにそのまま操縦室へ。
主脚にドリーを噛ませ、ウィンチで引っ張って外に近いところへ。
氷川には成功してほしい。否。失敗してほしくない、の方が近いかもしれない。政治的な要因を抜きにしてもだ。
自分の整備した飛行機が落ちるということは幸いにもまだ経験していない。幸運なことだ。確か、滝は一度整備した飛行機が落ちたことがあったはず。その前は彼は髪を金髪に染めていたし、整備もお世辞にも丁寧とは言えなかった。人も変わるものだ。
途中から雨が止んだのに気づいた。迷ったが、外に引き出しておくことにした。
大きな任務の前の夜は、何か張り詰めた雰囲気がある。皆が緊張しないよう、慌てないように普段通りに過ごそうとする。全員が自分の行動を、他人の行動を冷静に見ようとする。そのせいで、組織のガタがなくなり、指でつついたら弾けてしまうのではないか、と思うような緊張感が漂う。
その緊張はきっと、あまり好ましいものではないだろう。しかし、ここに居る皆はそれが嫌いではない。
中杉曰く、「飛んでいるときに似ている」らしい。条件反射と、それを見ている自分。それは確かに、普段通りの反応と、それを観察している自分に似ている。
きっと、楽しめなければできない事だろう。若いころ、一度だけ操縦してみたことがあったが、自分にはあまり向いていないと判断した。きっと鈍いのだろう。
ドリーをカートのリングに掛け、外れないようにロックする。タブレットで、格納庫のシャッタを上げる。
まだ暗い。しかし、もうすぐ一時だ。
飛行機を引き出して、固定したら一時間ぐらいは眠れるだろう。タイヤを見る。大きめのものに交換していあるのは、不整地用だ。替えたせいでスキーが装着できなくなった、と氷川が言っていたのを思い出す。
車止めを挟み、一応、ロープで係留しておく。身体が思うように動かなくなってからは無理をしないようにしているが、今日はちょっとハードだったかもしれない。
機体をぐるっと回って確認する。問題なし。一応、変更された主翼支柱付け根も見ておく。
プラスチックの一体成型で、売り込みでは鉄と同じ強度で、重量が二分の一になるところを、重量を同じにして強度を上げてみたということらしい。しかし、どう考えても普通の飛行機にそこまでの強度は必要ない。氷川のような趣味人か、戦闘機開発のように特殊な事情がないと取り合ってもらえないだろう。
だからこそ、ここみたいな民間飛行隊にとりあえず送り付けたのだろうが。まあ、送りつけてくるだけなら有り難い。
ここは大学の航空クラブの趣味が高じて就職してくる人もいるから、大学とはコネが強い。だからこそ、「とりあえず送っとけ」みたいな対応をされるのだが……。
尾輪もチェック。と言っても、穴を開けて、ボルトを差し込んで固定しただけだ。それ以上の改造になると、尾輪自体の強度がちょっと怪しくなる。そもそも、尾輪はあまり使うものではない。