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朝日が差し込んでいる。なんとなく外のベンチに出て奇麗な空気を吸おうと思っていたが、室内でも変わらなかったかもしれない。
もそもそと余り美味しくないインスタント食料を食べる。
藤田が青木ヶ原キャンプで一週間目だが、ニュースになるようなことは無い。だがまあ、あと一週間ぐらいはいても損はないだろう。管理棟一棟しかないここには人工のものが少ない。野獣除けのための柵と、井戸。建物。広場も大きくなく、50m程しかない。実は、自動車も入ってこれない。一応、バイクなら入ってこれる程度である。
「開発」もしくは「開拓」という言葉にアレルギー反応を持つ政府に新しい人工物を作る申請をすることは難しい。木一本一ギガバイトの申請書と揶揄されるほどだ。流石にそこまでは酷くはないが、資源を使うことには専用のライセンスが必要である。藤田でも、レベル6以上の資源ライセンスを持っている人を見たことがない。
藤田には小難しい地震計測器も火山測定も分からないので、専らキャンプに近づいてきた動物をライフルで追っ払う位である。しかし、銅製の弾ははっきり言って使いづらい。フェイルセーフ弾ならいいのだが。まあ、当てる必要がないので心配ない。空砲を用意しておけよ、と思ったが、そもそも銃をまともに使える人間は二か月前から居なかったらしい。「研究員」というのが一体普段ここで何をしているのか、想像を絶する。クマやイノシシだっているんだぞ?
連絡によると、紗彩はうまくやっているようだ。非常に優秀な人材で助かる。コウと香蓮のカップルのような爆発的な個性はないものの、彼女の指揮能力は自分を軽く凌駕している。自分の跡を継ぐのは、きっと彼女だろう。いつかはきっと、彼女に後を託して出ていくことになる。
まあ、それまでは散々迷惑を掛けるか。「いい経験になる」などと嫌な大人が言いそうな言葉を思いついた。
ここに来れるのはV-22オスプレイぐらいだろうか。満載状態だと、ここへの着陸はギリギリだろう。狭いうえに、ここは気流の流れが複雑で、ヘリコプターなどもあまり飛びたがらないといっていた。しかも、今ちょうど天気が不安定だ。一日二日で嵐も来る。
「噴火するのか?」と聞いて、「二週間以内に80パーセントの確率で噴火します」と言われて、ああ、そうかなどと納得できる人間がどれぐらいいるだろうか。どうも、確率が期限付きになると自分の理解の範疇を超えるようだ。
だが、何時であれ、必ず噴火する。本職の奴らは空撮でお茶を濁す方針らしい。本職らしい、実に堅実で面白みのない手法だ。色々なそれらへの不満が積み重なって、彼を突き動かしているらしい。
当たり前のことだが、一番悪質な報道機関というのは「中立」の報道機関である。中立なんて利害関係上発生することがまずあり得ない立ち位置だし、「中立だ」と思いながら読んでいると酷い目に合う。まだ、自分がどちらの立場なのか明言していた方がましというものだ。
ドキュメンタリーではどうだろうか。ライオンの番組ではライオンに同情し、獲物がなかなか捕まらないことにやきもきし、逆にシマウマの番組ではその獲物を襲うライオンを憎く思うのか。かわいそうに思う一方で憎く思い、可哀想にと悲しむ一方で快哉を上げるのか。
「食べるものがない」と困っている貧困層の特集の後、バラエティーを見てゲラゲラ笑えるのが人間だろうか。それが人間性だろうか。その矛盾を解決しようと思えばしようと思うほど、新しい矛盾が出てきてすべてを取り囲んでしまう。やってられっかと自転車で飛び出し、とりあえず各地で撮った映像を送りつけていたら悪戯心溢れる当時の編集長に勝手にドキュメンタリーにされていた。「列島Survivor」だった。実を言うと、飛び出したのも、番組になったのも、お互いに無断だった。
たとえ矛盾があっても、この目で見たものは信じられる。この手で触ったものは信じられる。矛盾?事実すべてに矛盾はないのか?矛盾もしっかりと伝えることがマスコミの役目なのではないのか?
編集長が辞めるとき、一緒に辞めた人たちに推薦され、自分が編集長になった。自分が成った以上、その映像にはしっかりとしたものを使う。
室内に戻る。無味乾燥な白い壁と、慇懃無礼なLED。テレビがついていた。黒っぽい塊から煙が出ている映像。灰色だったらしいねじ曲がった金属。
息が止まった。「緊急」や「特報」という文字に対する回路が反応したらしい。
「米軍V-22“オスプレイ”墜落」。カンパに気づいたのか、番組の視界が喋るのをやめる。
スタジオに画面が切り替わる。
「速報です。ただいまテロップでもお伝えしましたが、沖縄県嘉手納基地を飛び立ったV-22オスプレイ二機のうちの一機が鹿児島県で墜落、搭乗員全員が死亡しました。繰り返します、沖縄県嘉手納基地を飛び立ったV-22オスプレイ一機が鹿児島県沖に墜落、搭乗員全員死亡です。事故原因は調査中で、情報が入り次第お伝えいたします。事故を受けて米軍及び自衛隊は同機種の飛行を全面的に中止、原因究明まで飛行中止する方針です。今現在、外住者の被害の報告は入っていません」
舌打ちをする。頭の中で必死に計算する。オスプレイの改良型は重量が重く、風に強いという触れ込みで採用されていたはずだ。だが、通常のヘリコプターは風に弱い。ここまで来れるだろうか。唯でさえ、この空域は怪しい伝説が多いというのに……。
外にもう一度出て、確認する。右を向いても左を向いても木。余裕はあまりない。もう一度舌打ちをした。軽い飛行機だともしもの時に飛んでこれない。重い飛行機だと止まり切れない。時計を確認した。もう遅い。しかも、今夜から明日の昼にかけて、大雨の予報だ。
全員が会議室に集められ、話し合いが始まった。オスプレイが来れるというのはそれだけで安心感があったのだ。何しろ、スクランブル待機していてすぐに発進できるようになっている上、常時外住者支援センターのホットラインですぐ呼べる。自衛隊のバックアップというのはアウトサイダーにとってブッシュパイロットの次位に有り難いものだったのに。
まず真っ先に、ブッシュパイロットのところへ連絡が行った。しかし、どうも芳しくない。
向こうの言い分としては、ただでさえ飛びにくい富士山周辺を、よりにもよって軽飛行機で、嵐の中を飛ぶというのは自殺行為だというのである。大昔に、飛行機が実際に落ちたらしい。ヘリコプターでは以ての外で、6人載せて帰ってくるというのもマイナスらしい。
しかし……困った。来れるのは明後日。それまでにどれぐらい噴火する可能性があるのか。
それまでに噴火してしまったら、一巻の終わり……とまではいかないかもしれないが、火山灰の被害がひどいことになるだろう。許可が取れなかったためか、ここには碌な防塵装置も無いのだ。生き残れないかもしれない。ハザードマップを見る。「火口ができる可能性がある地域」に、ここまで入っている。つまり、運が悪ければここが火口になる。
バイクでは流石に逃げられないだろうな、などと馬鹿なことを考える。「列島Traveler」が始まってから共にしているクロスカントリー向けのオフロードバイクだが、さすがに火砕流から逃げられるほど早くはない。よって、できれば噴火前に飛び立ちたいものだ。壊れるまで電波を発信し続けるカメラはとっくのとうに設置済みだ。早く噴火してくれと思っていたのに、いざ助けが遅くなると知ると遅れてくれと思うとは、なかなか自分勝手なものだ。
とりあえず、待つしかないだろう。支援センターから連絡があり、定期的に自衛隊の偵察機が様子を見てくれるらしい。飛行機のことはよくはわからないが、RF-15Jと言っていた。まあ、大方戦闘機改造の偵察機だろう。上空に雲。憎たらしいほど青い空。乱気流なんて嘘なんじゃないか、とすら思えてくる。勿論、気象予報士の資格を持っているわけではないので詳しいことはわからないが。
三週間後は学園祭である。その前にうっかり怪我などしてしまうと外聞が悪くなる。「外聞」というのがいったいどういうファクタから構成されるのか見当もつかないが、マスコミとしては外聞は良ければよいほどいい。要するに、帰って音頭を取れる体制じゃなければいけないということ。定期的に紗彩と連絡を取らなきゃな、と彼は思った。向こうの都合で今日の飛行は無理、明日は天候で無理とは……。