Pre-Flight Check
もうそろそろだね。準備は出来たかい?シートベルトも、もう一度確認してね。
握っているのは操縦桿。それを右手で持ち、左手はスロットル・レバー。足はフットペダルに。
出していたスロットルをアイドルに。エンジンを始動。小型のロータリーエンジンがうなりを上げる。肉声じゃ聞こえないだろうから、ヘッドセットで喋るね。
ドイツ製のグライダー、ASK21Miは、プロペラを格納して、普通のグライダーと同じように飛ぶことができる。飛行隊のものだけど、殆ど飛ばしてる人はいないね……。君も物好きの一人って訳だ。
操縦桿を左右に振る。両翼の端の、後ろ側の舵が左右逆に切れる。。これで、旋回する。左右の揚力の量を変えるからだ。
前後に動かす。機体の後ろの水平尾翼の舵が上下して。これが飛行流なら、ピッチ方向の運動がおきる。
脚のペダルを左右へ。これだけでは旋回できない。ただ機首の方向がずれるだけ。調整位にしか使わないから、一番いらない奴だ。一応、ミラーで垂直尾翼の舵を確認する。大丈夫。
コックピットには簡単な計器しかない。戦闘機とかだと、ヘッドマウントディスプレイ、通称HMDがついていて、そこに様々な機体の状態が表示されるが、グライダーにはそんな贅沢なものは必要ないしね。着陸も簡単で、短距離着陸、STOLもできると思う。だが、普通グライダーではSTOLとは言わない。グライダーにとっては普通の着陸だから。
動力付きグライダーでも余りエンジンは使わない。できるだけ、自然の上昇気流、サーマルを掴むんだ。サーマルの近くを通ると、サーマルのある側の主翼が跳ね上がる。
それさえ掴めば、あとは舞い踊るだけ。お楽しみのロデオだ。機体を突き上げる上昇気流の中で旋回を続ける。上昇気流の周りには、下降気流が待ち構えている。「サーマル・ハンティング」と言われるものだ。
普段は、ブッシュパイロットとして働いている。
ブッシュパイロット。21世紀も半ばの現代では、かなり有名な職業だ。しかし、三十年前には日本には存在すらしない職業だった。しかし、環境への負荷や資源の節約のため、関東平野に人口の殆どが住むようになった今では、なくてはならない職業。
例えば、君が自然保護観察官で、人っ子一人いない山小屋に住んでいたとする。勿論、道路は無い。そんなもの、いちいち作っていられない。あんなに自然を破壊する物を、大して使う訳でもないところには作れない。だから、ヘリコプターか、飛行機で運ぶことになる。
「高くつく」と思ったかい?実は、そうかかるものではない。道路を作るお金も、鉄道を作るお金も、全部飛行機に回せる。発電した半分を送電段階で消費することも無くなり、バイオ燃料も使われるようになった。環境にとって、道路をたくさん作って自動車を走らせるより、飛行機を飛ばした方がエコロジーってことだね。
だから、民間のパイロットが運送会社を作る。「民間飛行隊」だ。
関東平野にある「都市」と、そこに住むアウトサイダー。日本全土にある、環境負荷の少ない小規模生活環境、通称「キャンプ」で、今の日本は成り立っている。
うーん、難しかったかな……。
とりあえず、そんな職業がある、と分かってくれれば。
それはもういい。
あまり、シーケンシャルに話をするのが苦手なんだ。この口調だって、人と話すときはもっと常識的な口調にしてるんだよ。なんかちょっとほら、子供っぽいでしょ?
まあ、僕の口調は良いや。この先に書いてあるのは、僕が遭遇した出来事を、後々になってから纏めたもの。
この出来事の後、僕の生活は今までよりも刺激的になったし、海外に出てみたりすることも始めた。海外だよ?インターネットでつながってるから、わざわざ行くまでも無いな、って人も多いのに。
とにかく、この出来事で僕は変わった。うん。ちょっと、文がぐちゃぐちゃしてきたね。どうして奇麗な文を書けないんだろう。
一言、断っておきたいことがある。僕以外の人物の思考や心情は、話を聞いて、僕がそれを文にしたものだ。文を書いて、この小説に出てくる人たちに見せたら、「こんな気持ちじゃなかった」とか、「こんなこと考えてないよ」とか、色々と酷評されちゃって。多分みんな照れ隠ししただけだろう。
えーっと、そう。だから、ここに書いてあることは、主観と客観の間だと思ってほしい。真ん中。だって、完璧な客観なんてありえないだろう?それができるなんて、人間じゃない。いや、神様だって、僕はあまり信じてないけど、多分物を見るときは主観になっちゃうだろう。だから、「これは客観的な文章です」とは口が裂けても言えない。主観も入ってるから。
最後に。もしこの物語をもっとよく知りたかったら、空を飛んでみてほしい。今から飛ぶけどね。
意味が分からないって?つまり、飛行機に乗ってほしいってこと。それも、旅客機じゃなくて、小型機。自分で操縦できたりしたらなお良い。
最初のころは、きっとコックピットという構造物の中に乗っていて、自分はその構造体を動かしている、と感じるはずだ。
でも、そのうち、自分が飛んでいる、と感じるはず。
その状態で、街中を歩いてごらん。狭くて狭くて、もう泣きたくなるぐらいだから。なんてったって、視界の下半分が地面で、いつだってそれは自分に触れている。みんな気づいていないけど、気づいたらもう、堪えられないぐらいにもどかしい。
だから、僕は空を飛ぶ。
君もきっと、知ることができるだろう。
飛べば。
さあ、行こう。