タイムカプセル
高校の同窓会のお知らせが届いた。葉書には校舎の写真が印刷されていて、それを見ているだけで胸が締め付けられる。三階の一番端にある美術室。そこを指で触れる。
「高谷先輩」
イーゼルの向こうにある、あの瞳が好きだった。真剣で、誠実で、いやらしさがなかった。その瞳をひたすら見つめていると、何故か彼女が照れていた。
ーーなんだか恥ずかしいな。
そう言って、中々目を合わせてくれなかった。モデルは私なのに、誘ったのは彼女だったのに。
「高谷先輩」
ーーきみの唇は本当に可愛い。
私の唇は下唇が分厚く、それがコンプレックスだった。それなのに彼女は誉めてくれた。
ーー何か、塗っているの?
グロスで艶やかにさせている、ほんの少しピンクがかった唇を細い指で拭われた。
ーーこっちの方がずっと良い。
そう言って唇を重ねたのは先輩だった。
「高谷先輩」
まだあの時の感触を覚えている。柔らかく、優しく、僅かに触れたあの瞬間。嫌じゃなかった。
「高谷先輩」
頬を涙が濡らす。
あれは寄り道だと、卒業式の日に言われた。もう忘れているのだろう。幸せな、全うな日々を送っているのだろう。
「高谷先輩」
私はあの瞬間から、元の道を思い出せないでいる。寄り道だなんて言わないで欲しかった。そんな言葉で誤魔化さないで欲しかった。
葉書にはタイムカプセルを掘り返すとある。私はありきたりでつまらない手紙を埋めていた。本当に仕舞いたいものは胸にある。掘り返してはいけないタイムカプセル。それなのに、こうやって些細なきっかけで掘り返されてしまう。
「高谷先輩」
青春なんて、タイムカプセルなんて、いらない。そう思っても唇はあの瞬間を何度でも思い出す。
「高谷先輩」