第四十三話
パアアアアアアアアアアア!!!!!
目を開いていられない程の激しい白い光に空一面が埋め尽くされた。
この眩しさの中で闇の力は成す術はない。
邪神でさえ眩しさで目が眩み、一瞬怯んだ。
「うおおおおおおおおおおおっ・・・!!!」
アルディアを、仲間を守りたい一心で、六枚の羽のヨハネスは光の剣を振り下ろした。
「バ・・・バカな・・・・・!!!やめろおおおおおおおおおお・・・!!!」
光を遮ろうと両の腕で顔を覆った邪神にその切っ先は容赦なく向かう。
「邪神め、浄化の時だ!!!!!」
ザン!!!!!!
邪神の動きが止まった。
その目が大きく見開かれる。
闇の本体を大きく斜めに光の線が走り、その線はやがて闇を食い尽くすように開き始めた。
「うわああああああ、嘘だ!!嘘だ!!!ただの人間如きに、この私が浄化されるなど、嘘だあああああああああああああ!!!!!!!」
邪神の悲痛の叫びは天高く響き渡り、それも虚しく光はとうとう邪神の闇を全て食い尽くした。光は徐々に小さくなり、虚空には一枚の黒い札と、白銀の鎧を身に纏った、一見創世神にも見えるヨハネスの姿が浮かんでいた。
黒い札はすぐさま黒い炎を上げて燃え尽き、その煙は天へと昇っていく。
おそらく、この札はティラが邪神を呼び覚ました時に使った魔術符であろう。
この世に暗黒の力を得て蘇ったかつてのパセイダンの王の魂は、今ここで完全に浄化された。
ヨハネスはそれを見届けると、自らの羽で仲間の元へと降り立った。
「ヨハネス・・・!!!」
アルディアが目に涙をいっぱいに溜めてひしとヨハネス、いや、オスティスの身体に抱き寄った。
「アルディア!!!!!!」
アルディアの無事を確認すると、すぐに他の仲間に視線を移す。
アズライルは傷を負いながらもなんとかその場に自力で立ってはいたが、既にイマナとウェレは立つ力もなく、重なるようにして地に倒れている。プシュケは近くの木の幹に背を預け、薬の効き目が切れてきたせいか、痛みで呼吸もままならないといった様子だ。もう自力で回復する力も残っていないらしい。そしてエルスは、風穴の開いた胸に手を宛がいながら、そのプシュケの膝に頭を委ねていた。手を真っ赤に染めながら、それでも尚エルスの怪我を止血しようと懸命なシスルの姿。今正に、仲間の命が途絶えようとしていた。
ヨハネスはアルディアの肩をそっと遠ざけると、目を閉じ、手の平を水を掬うような形に構え、ぽうと白い光を集め始めた。その光は、木や草、湖、そして遠くの彼方から少しずつ終結し始める。そして、生命の光となったそれは、暖かさを放ちながらパアと仲間達の頭から降り注いだ。
「あ・・・あたたかい・・・・・。」
「痛みが・・・薄れていく・・・・。」
「不思議ね・・・・・力が戻ってくる。」
傷はみるみるうちに治癒し、血の気の失せた顔にも生気が戻ってくる。
倒れていたイマナ、ウェレも意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がった。
プシュケとエルスも身体を起こした。
アルディアとシスルはこの驚くべき光景を目に、口をぽっかりと開けている。
「今、自然の力を少し分けてもらった。」
邪神との闘いの中で、この姿に変化を遂げてから、全ての記憶を取り戻したオスティスは今、かつてない程の優しい時間の中にいた。
記憶を取り戻し、パズルの欠けたピースが戻ったように、今まで物足りなかった何かが充足し、すがすがし気持ちでいっぱいだった。
「ヨハネス・・・その姿・・・・・。」
アズライルがまじまじとオスティスの神々しい身体を見つめ、に恐る恐る手を触れる。
「兄さん、オスティスだ。
もう、記憶を取り戻したよ。」
兄の伸ばした手に優しく触れると、オスティスは微笑んだ。
「わ、私、聞いたことあります・・・!
十七年前、お后様がオスティス様をご出産される前日、不思議な夢を見たのだそうです。
それは、眩いばかりの光の中に、光り輝く六枚の羽の赤子の姿があったと言います。
そしてどの占い師もお后様を見て口を揃えてこう言いました。『この第二王子は、とてつもない力を持ってお生まれになる。その力は将来世界を救うことになるだろう。しかし、同時に幼いうちは力を制御できずに危険なものにも成り得る。時が来るまでは、その力を封印しておきなさい。』と。
私、ずっとこのお話は作り話だと思っていました・・・・。でも、まさか本当だったのですね。」
シスルが目を輝かせて言った。
「これで、兄さんの疑いも晴れるだろう・・・。」
そう言った瞬間、オスティスの身体に吸い込まれるように、六枚の羽が消えた。服装も元に戻った。
いつの間にか、ウェレやイマナ、そしてプシュケ、エルスまでもがオスティスの周りに集まってきていた。
「オスティス・・・、イマナを、そして俺達を救ってくれてありがとうな。」
「いや、俺たち兄弟のせいで、こんなにも長く巻き込んでしまって悪かった・・・。」
「私達、一度もあなた達を憎いだなんて思ったことないわ。逆に、そのお蔭ですばらしい友人達と巡り会えたんだって思ってる。」
イマナが全員の顔を見渡しながら言った。
「悔しいケド、テメェ、すごかったゼ。」
照れ臭そうにエルスがぷいと顔を逸らせた。
「私やエルスを闇から救い出してくれたのはあなた方です。ありがとうございました・・・・。」
プシュケがぐいとエルスの腕を引き寄せて、うっすらと涙を浮かべながら笑った。
「オスティス・・・、お前が無事で何よりだ・・・・。」
アズライルがひしと元に戻ったオスティスの肩を抱きしめた。オスティスも何も言わず抱きしめ返す。と、突然どんと突き返される。
「な・・・!?」
びっくりしてアズライルを見つめるオスティス。
「さ、お待ちかねだ。」
ウェレがぐいとアルディアの細い体を引き寄せ、オスティスの前に差し出す。
「!?」
きょとんとするアルディアを前に、オスティスはがばっと覆うように抱きしめた。
「きゃっ、ヨ・・ハネ・・・ス・・・・、じゃない、オスティス・・・?」
きつく抱きしめたまま何も言わないオスティス。
「アルディア、無事でよかった・・・・。」
耳元でぼそりと呟くその声は、アルディアに対する深い愛情を痛切に物語っていた。
その様子を見て、二人の気持ちを察してか、仲間はゆっくりと二人から遠ざかっていく。
「ねえ、オスティス、あなたさえよければ、私の国で一緒に暮らしましょ。
父も、命の恩人となると、きっとあなたを喜んで迎え入れるでしょう。」
ほんの少し顔が見えるように身体を離したオスティスはアルディアに口付けた。それがオスティスの最高の返事だった。
「ねえ、ウェレ、私たち、これからどうしようか。」
イマナが真っ青な空を見上げながら投げ掛けた。
「そうだなあ・・・。とりあえず、シャラグリアで店でも開くか。」
ウェレがふっとイマナの手を取り、前方に作り出した懐かしきシャラグリアに通じる空間の穴に向かって歩き始めた。そうして、二人は静かに姿を消していった。
「俺はこのままここを離れて別の国を探すつもりダ。
プシュケ、テメェは・・・・?」
ぶっきら棒に言い放ったエルスの言葉は、以前よりも少し優しくなった気がした。
「エルスとウィネさんがよろしければ、御一緒してもよろしいでしょうか?」
プシュケが心配そうな顔でエルスの顔色を窺う。
「馬鹿ヤロゥ。
ウィネは死んだんだヨ。ここに居るのは俺だけだ。」
何も言わずプシュケはこくこくと頷いた。
「アズライル様、これで無実は証明されました。
よって、シャラグリアの正統なる王はあなた様です。
お戻り頂けますでしょうか?。」
「ああ、そのつもりだ。」
アズライルは森の出口へと向かって歩み始めた。その後をシスルが小走りで追いかけてゆく。
「また会おうな、お前達・・・・」
ぼそりと呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。
しかし、その気持ちは皆きっと同じであろう。
こうして、敢えて別れの挨拶を交わさなかった八人。しかし、それはすぐにやって来る再会を予感しての、暗黙の了解からだったのかもしれない。
記憶を失くした一人の男が砂漠の彼方に見た物は、長き闘いの末の固い友情と、かけがえのない愛、そして幸せだった。
そして、その幸せを守る為、彼らは再びそれぞれの道を歩み始める。
再び会える日を信じて・・・・。