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第四十二話

 メフィストフェレスの身体には致命傷が与えられていた。

 加えられていた重力は消え、二つに切り裂かれたメフィストフェレスが倒れる。

「やった、のか……?」

 ヨハネスは呟いていた。

 邪神が乗り移っていた身体が死滅したとなれば、その中にいた存在も消滅するのかもしれない。その仮説が正しければ、この戦いはここで終結したと言える。

「――え!? きゃ……っ!」

 突然、プシュケが吹き飛ばされた。地面に突き立っていたグレートソードは粉々に砕け散り、プシュケの身体が凄まじい勢いで岩に叩き付けられる。

「……終わりではない、という事か」

 アズライルが呟いた。

 見れば、メフィストフェレスの身体の断面から黒い霧のようなものが放出され、それが形を取り始めている。

「封印されてたんじゃないのか?」

「計算済みだったんだろう。違うか?」

 ウェレの言葉に、アズライルは目の前で集約していく闇の塊に問いを投げた。

「こいつの身体が破壊されるとは思っていなかったがな」

 周囲に響き渡る静かな声で、闇が告げた。口すらないというのに、言葉を発している。

「身体に乗り移る事で、私はこの世界に現れる事ができた。同時に、その身体が破壊されれば、私はこのように外に出る事ができるという事だ」

 封印を解かずして、この世に出現するためにメフィストフェレスを媒介にしたという事だ。この世と繋がっている人間の身体を自分の器にする事で画策し、器が破壊されれば自身は零れ落ちる水が如く、現世に現れる事ができる。

「感謝しよう。器を壊せた事に敬意を表して、まずは貴様から……」

 闇はやがて六対の蝙蝠のような翼を生やした球体へと姿を変えた。球体には大きな眼が現れ、その身体の左右から細長い腕が生える。先端に鋭く長い剣のような爪のある、三本指の手が、プシュケへと向けられた。

「く……!」

 突然、浮き上がったプシュケが呻き声をあげた。全身を締め付けられているかのように、プシュケの身体に窪みが生じている。まるで、大きな手で掴まれているかのようだ。

「っ!」

 左右の腕が折れた。メキメキと気味の悪い音を立てて、プシュケが握り潰されて行く。痛みは無いのだろうが、身体の感覚が効かなくなっていくのが解るのだろう、相当なダメージを負っているはずだ。

「何してやがンだ!」

 エルスが飛び出し、ウィネを邪神へと飛ばした。

「子供騙しだな」

 邪心の身体に触れた瞬間、ウィネが消滅した。同時に、エルスが吹き飛ばされた。岩に背中から激突し、倒れる。

「それが、貴様の本体か!」

 言い、アズライルが両手に生み出した光の剣を投げ放った。

 邪神は翼をはためかせる事で、それを掻き消した。

「……何っ!」

 アズライルが驚愕の声を上げる。斬れぬものの無い、最強の剣が吹き消された。

「我は邪神なり。この姿に戻れたからには貴様等など、ゴミ同然」

 静かに紡がれた言葉に、プシュケの落下し、くず折れた。ぴくりとも動かない。ただ、微かに口が動いている事が、まだ生きている事を示している。痛みが無いとはいえ、動ける状態ではないのだ。

 シスルが恐怖に座り込んでいた。アルディアも恐怖に顔を引き攣らせている。ヨハネスでさえ、足が震えていた。獅子の力を使わなければならない時だというのに、心のどこかで躊躇っていた。それは、本能だったのかもしれない。戦う事が危険だ、と。

 真っ向から立ち向かい、凄まじいまでの威圧感と力に屈さずに立っているのは、ズライルとウェレに、イマナだけだった。

「掛かって来い、相手をしてやろう」

「気に食わねぇ奴だな」

 邪神の言葉に、ウェレは吐き捨てると同時に左眼を開けた。

 ウェレの姿が消えると同時、アズライルは両手に剣を作り出し、イマナと共に駆け出す。

 邪神が爪を振るう。放たれた闇の刃を、アズライルが剣で受け止め、弾いた。切り裂く事のできないその闇に、アズライルは歯噛みしていた。

 アズライルを追い越し、イマナ大きく跳躍する。邪神が突き出した爪に手をかざし、その力を解放。物体の持つ強度と物理的エネルギーをゼロにする、それがイマナの力だった。だが、爪はイマナの脇腹を裂いていた。能力が効かない事に目を見開き、イマナはバランスを崩し、着地にも失敗する。

 背後に転移したウェレが魔眼から閃光を放つ。翼を重ね合わせる事でそれを防いだ邪神が振り向きざまに腕を振るった。空間を跳躍し、かわそうとしたウェレを、邪神の眼から放たれた闇が捉える。身体の周囲に檻のように展開した闇の球体の中で、ウェレが愕然とする。空間跳躍の効かない結界で覆われていたのだ。

 そこへ闇の刃が放たれ、割り込んだアズライルが光の剣で弾き飛ばす。

「流石に、中々できるな」

 余裕を含んだ言葉が紡がれる。

「ならば、本気の力というものを見せてやろう」

「ほざけ!」

 ウェレが魔眼から光を放ち、結界を破る。

 空間跳躍した瞬間、邪神の腕が目に捉えられぬ速度で動いた。

「――な、に……!?」

 その直後、ウェレの身体が爪に貫かれていた。そのまま腕を振るった邪神の爪が脇腹を裂き、血を撒き散らしながらウェレが地面に倒れる。

「――!」

 爪での一撃を、アズライルは両手の剣を交差させて防いだ。ウェレを気遣う余裕すらなく、アズライルは両手の剣を振るい続け、爪の攻撃を弾いて行く。攻撃に転じる事ができない。

 突然、邪神の腕がブレた。空間跳躍を行うウェレを捉えるだけの速度と能力を持つ爪に、アズライルは成す術もなく全身を切り刻まれた。頬を掠め、左腿を貫かれ、右脇腹が裂け、左肩、右腕に亀裂が入る。身体中から鮮血がしぶき、背後の湖の中に倒れ込んだ。

「――兄さんっ!!」

 ヨハネスが足を踏み出そうとするよりも早く、邪神は次の行動に移っていた。

 振り返ると同時に、向かってくるイマナに逆袈裟に爪を切り上げるように振るう。裂かれていた左脇腹から右肩へと、一直線に爪がイマナの身体を通過した。裂け目から血が噴き出し、イマナの身体が仰け反る。

 そして、邪神が突きを放った。鋭利な爪が、イマナの身体を貫こうとした瞬間、その間にウェレが割り込んだ。イマナを横合いから抱き着くようにして押し倒し、爪をかわす。だが、そのウェレの背中を爪が切り裂いていた。

「そんな……」

 アルディアが震える声で呟いた。

「――ああァァァらああァあああッ!」

 絶叫と共に、エルスが邪神へと跳びかかっていく。

「無駄な事を……」

 邪神の眼がエルスを捉えた。その眼からは、ウェレの魔眼のように闇が光となって放たれ、エルスの胸を貫いた。

「う…ぁ…エル、ス……」

 プシュケが呻き声をあげるが、動けるだけの力が残されていないらしく、悔しげに唇を噛んでいた。

 エルスが湖に落下し、盛大な水柱を上げた。

 シスルは涙を流しながら首を横に振り続けている。

「戦えるものは、貴様一人のようだな?」

 邪神の眼が、ヨハネスを見つめる。

「少しは楽しませてもらえるのだろうな?」

 その邪神の言葉は、ヨハネスには届いていなかった。圧倒的な力の差が、理解できてしまっていた。たとえ、アズライル達三人と協力していたとしても、勝てなかっただろう。

 相手は、神なのだ。人間に勝てる相手であるはずがない。

「その前に、邪魔な鍵は破壊しておこうか」

 邪神の眼がアルディアに向かった瞬間、ヨハネスの身体は弾かれたように動いていた。

 その邪神の眼から放たれた闇の閃光はアルディアへと向かっていた。アルディアが身を強張らせた瞬間、そのアルディアをヨハネスは左手で突き飛ばした。

「――!」

 閃光はアルディアを貫かず、代わりにヨハネスの左手の小指を消し去っていた。あの、指輪ごと。

 痛みなど、感じる余裕すら無かった。

「あ、ヨハネス……」

 倒れたアルディアが、ヨハネスを見つめた。

「庇ったところで苦しむ時間が増えるだけの事」

 邪神が爪を振るって刃を放ち、眼から闇色の閃光を放つ。

 それらは全てアルディアを仕留めるだけに向けられていた。

 ヨハネスは、アルディアを庇うように割り込んだ。

 自分の身体で攻撃が防ぎ切れるとは思えない。アズライル達と共に邪神に立ち向かう事すらできず、力も失ってしまった。だが、それでも――

 ――護りたい!!!

 真っ直ぐに視線を見据え、ヨハネスは迫り来る攻撃をその身に受けた。

「いやああああああああああああっ!!」

 アルディアの絶叫が響き渡る。


 その瞬間、辺りに光が満ちた。

 アルディアの目の前に、眩く輝く存在がある。

 背には六枚の翼を生やし白銀に輝く鎧を身に着けた青年が立っていた。その身体は神々しい光を帯び、目を閉じている。

「……ヨハ、ネス……?」

 アルディアは、その青年の顔がヨハネスである事に気がついた。

「今、全てが解った」

 ヨハネスは静かに呟いた。

 指輪は、ヨハネスの力を発揮させるためのものではない。ヨハネスの力を抑えるためのものだった。強大過ぎる力を、ヨハネス自身が制する事ができるようになるまで、ヨハネスが扱えるだけの力として発現させるためのものだったのだ。

 本来のヨハネスの力が、今の姿なのである。封じ込められた邪神に、唯一対抗できる力。

 アズライルが話した、光の入った箱など、元々無かったのだ。あったのは、邪神を封じた箱だけ。光の入った箱、それはヨハネス自身なのだから。

 今まで力を使えなかったのも、母親がかけた一種の封印だったのだ。

 だが、今、ヨハネスは自力でその封印を破り、力を発動させた。それは、ヨハネスがその力を扱えるだけの心を持ったという証明でもある。

「……俺は、君を護る」

 眼を開けたヨハネスの横顔に、アルディアは強い意志を感じた。

「私に、勝てると?」

 邪神が問う。

 同時に、爪から闇の刃を放っている。

「護れれば、それでいい……」

 言い、ヨハネスは左手をかざした。

 その手の周りに極彩色の光が渦を巻くように集まって行く。その光は円形の盾となり、刃を打ち消した。

「そのために、お前を討つ!」

 右手に極彩色の光が集まり、長大な剣へと姿を変えた。光を帯びた、美しい剣に。

 地を蹴る。

 その次の瞬間には、ヨハネスは邪神の背後に着地していた。振り向きざまに剣を一閃。

 邪神の翼が、二枚切断されて宙に舞った。

「ガァ……! キサマ……」

 邪神の腕が一瞬でヨハネスへと突き出される。

 それを、ヨハネスは盾で受け止めていた。盾には一ミリたりとも爪は食い込んでいない。

「護るための盾。貫かせるわけにはいかない」

 すっと目を細めたヨハネスに、邪神が眼から闇色の光を放つ。

 それを盾で防いだヨハネスの背後に転移し、邪神が爪を振るった。

 刹那、ヨハネスの姿はその場にはなかった。六枚の翼を大きく広げ、ヨハネスは空中から邪神を見下ろしている。

「ならば……!」

 邪神が腕をアルディアへと向けた。

 だが、その腕はアルディアに届く前に切断されていた。その腕の傍らで、剣を振り下ろした姿勢でヨハネスが佇んでいる。

「降りかかる闇を裂くための剣。仲間への攻撃は、させない」

 告げるヨハネスに、邪神が攻撃をかける。

 爪を振るい、眼から閃光を放ち、空間を跳躍して闇の刃を飛ばす。それらの攻撃を、盾と剣で全て捌き、ヨハネスは邪神との距離を詰めていく。

 邪神が翼から無数の槍を生み出し、放つ。ヨハネスの背中の翼が大きくはためき、極彩色の光が壁となり、槍を掻き消した。

 ヨハネスが剣を横薙ぎに一閃する。剣から光の刃が放たれ、邪神へと真っ直ぐに向かって行く。

「舐めるな!」

 邪神が叫び、手刀で光を叩き落した。

「世界は闇に染まる」

 凄まじいまでの闇が邪神の身体から噴き出し、辺りを包んで行く。闇色の不気味な雲が頭上から周囲へと広がり始めていた。

「私が世界の支配者なのだ!」

 天へと昇って行く邪神を追おうとした時、周囲の闇から黒色の獣が無数に飛び出して来た。それらは見境無く、アルディアとシスルへと群がって行く。

 その二人の傍らに着地したヨハネスが剣を一閃し、全てを切り伏せる。

 しかし、獣達は新たに姿を現し続け、その数は衰える事なく増え続けていた。恐らく、闇が届いた場所には獣が現れ、人間や動物達を見境無く食い殺そうとしているはずだ。早く元を断たねばならない。だが、この場を離れればアルディアとシスルを護れない。

「――行け、ヨハネス!」

 不意に、アズライルの声が聞こえた。

 両手に剣を作り出したアズライルは、全身から血を流しながらも獣を切り伏せながら駆け寄ってくる。

「奴を倒せるのはもうお前だけなんだぞ!」

 背後にウェレが現れ、魔眼で獣を貫いていた。

「早く行きなさい!」

 ウェレと共に転移してきたイマナが言い、獣を蹴飛ばす。

「私だって、まだ戦える!」

 プシュケが斧を振り回しながら叫んだ。

「とッとと行ッちまえ!」

 エルスがウィネに指示を飛ばし、獣を蹴散らした。

「ヨハネス……」

「……アルディア、必ず、戻る!」

 不安げに見上げるアルディアに、ヨハネスは一度だけ微笑み、顔を上げ、地を蹴った。

 空中で大きく翼を広げたヨハネスは光と同化するかのような速度で、暗雲の中へと突入して行った。

 雲の中は闇一色の世界だった。何も見えない。ただ、負の感情だけが渦巻いている。

「人間であるはずの貴様に、何故それだけの力がある……!?」

 声だけが響く。

「さぁな。ただ、この力はお前を打ち消すためのもの。それだけは解る」

 右手の剣を高く掲げ、ヨハネスは大きく息を吐き出した。

 そして、それを縦に振り下ろした。続いて、横に一閃。そのまま身体を回転させて円を描くように剣を振るう。

 剣の形に集約していた光が、極彩色の閃光となって周囲に散った。その光は闇を掻き消し、周囲へと拡がって行く。

「うぉぉぉぉおおおおおおお――!!」

 叫び、ヨハネスは翼を大きく開いた。

 身体を包む光が輝きを増し、周囲を照らし出す。闇を内側から押し退けて、やがて、その光は雲を貫いた。

「認めん……そのような光など、認めんッ!」

 本体だけとなった邪心が、その姿を一つの閃光と化してヨハネスへと突撃してきていた。

 ヨハネスが構えた盾と、闇が激突する。

「俺は、お前からアルディアを、全てを護る!」

 そのヨハネスの言葉に応じるかのように、盾が極彩色の光へと分解されていく。光は邪神を包み込むかのように広がり、結界を創り出した。

「我は神なのだ! 神なのだぞ!?」

「神だろうと、俺は護りたいものを護るだけだ!」

 両手を左右に大きく広げ、頭上へとゆっくりと掲げる。その手が重なり合った時、光は新たな剣へと姿を変えた。

 光り輝く剣を、ヨハネスは結界に包まれた邪神へと振り下ろした。

 そして、空には光が満ちた。

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