第三十五話
エルスは、復讐を果たし勝利の余韻に浸りながら、しかし、心の何処かで、何とも言えぬ虚無感の様なものを感じていた。
その時。突如、広場の天井が波打つように歪み始め、そこから空間の亀裂が生じ、黒い霧の様なものが次々に溢れ出してきた。そして、あっという間に広場は邪悪な暗黒の闇へと塗り潰されてしまった。
(何だァ!?全く見えねェ・・・・・・!)既にエルスの視界はゼロだった。
「――エルスよ・・・・・・」闇の底から響き渡る声。
エルスの全身の皮膚はピリピリと張りつめ、鼓動が激しく胸を打ちつける。
「わしとの約束を忘れたわけではなかろう。ふ、まぁいい。所詮、貴様らアンラ・マンユなど、わしが復活するまでの単なる捨て駒に過ぎん。・・・・・・・一つ、お前に教えておいてやろう。」
「・・・・・・?」
「四年前、お前の妹ウィネを殺したのは、赤獅子ではない。」
(!?)エルスは大きく目を見開いた。
「ウィネを殺したのは、当時、わしが国王暗殺計画遂行のために大量に送り込んだ、下級グノーシスの一匹だ。」
邪神は何のためらいも無くエルスに真実を告げ、更に続けた。
「そして、グノーシスからお前を助けたのが、その赤獅子だったのだ。」
「何だッて!?それ・・・じゃ、俺はァ・・・今までずっと、違うヤツを憎み続けてきたッてェのか・・・・・・?」
「それが真実だ。お前がこれからどうしようが勝手にするがよい。いずれにしろ、夏至まであと二日だ。鍵さえ手に入れば、わしは復活し、此の世に存在する光は全て消滅するのだからな。」
闇は、広場から消えていった。
(俺ォ助けたノが・・・あの光の獅子・・・だァ?そ・・・ンな、馬鹿な・・・!う・・・・・・ウィネぇ・・・・・・)
――ああァァァァァァァァァァァァァァ――!!
エルスの言葉にならない叫びだけが、痛々しく響き渡っていた。
夜明け前のシャラグリアの湖は、ひんやりと静寂な空気に包まれていた。すぐ側にはシャラグリア城が聳え立つ断崖で囲まれており、地下水路の出口となる大きな洞穴がある。アズライル達が入った四つの通路も、最後は一つとなってここに通じている。
「シスル、よく頑張ったな。」
「は、はいぃ〜〜。」最初にアズライルと、歩き疲れてヘトヘトになったシスルが出てきた。
「おっ!アズライル、シスル。無事だったかぁ!!」次いで、ウェレ。
「こっちも無事だよーー!」後から、イマナとアルディアが出てきた。
しかし―――
いくら待っても、最後の“一人”が出て来ない。アルディアは皆に背を向け、ひたすら洞穴の前で、祈るようにヨハネスを待ち続けていた。
(――ヨハネスは殺されたのではないか――)その場に居る誰もがそう疑い始めていた。
そして、アズライルとウェレが様子を見に行こうとしたその時。
「あっ!」
アルディアの澄み切った声が重苦しい沈黙を破った。中から誰か出てくる。足取りはふらふらと、背の高さからしても明らかにヨハネスではないことは解る。
「エルス!?」ウェレが叫んだ。
外の光に照らされたエルスに、いつものギラギラした不気味な眼差しは無かった。
「あ、貴方もしかして・・・・・・」
エルスが背中に背負っているのは、紛れも無く、ヨハネスであった。
「心配するな。コイツはまだ死ンじゃァいねェ。急所は(ムイシキニ)外してル様だから。」
(!!??)
そう言うと、エルスは細い手で静かにヨハネスを地面に寝かせた。アルディアが慌てて駆け寄り、胸に耳を当て呼吸の確認をすると、直ぐにヨハネスの損傷した腹部の治療を始めた。
――アルディア、イマナ、アズライル、シスル、ウェレ――
エルスが順に視線を移し、アンラ・マンユが自分以外、全て死んだことを悟った。
そして、エルスは拳をギュッと握り締め、俯いたまま言った。
「俺も一緒に戦わせてほしい・・・・・・!!」