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第三十四話

「エルスっ! 何て事を! あまりの憎しみの為に盲いになったも同然ではないですか! ヨハネスを殺しては、『赤獅子の紅玉』が手に入らない」

 漆黒の闇の中で、サスキアと“もう一人”が見下ろしながら、遥か眼下で繰り広げられている戦闘を見つめていた。


 ヨハネスがおびただしい血を流しながら倒れ、エルスが狂ったような雄叫びを「ひゃ〜ッハッハッハ―!」とあげた時、サスキアは怒りに震えながら、「この馬鹿!」と聞えもしないエルスに向って叫んだ。

「ヨハネスは死なせず、生け捕りにするようにと言ったじゃないの!」

「あ奴は、愚かな者よのぉ」

と“もう一人”が深淵から響くような不気味な声で言った。

「憎しみは理性を無くす。それも、エルスの持つ憎しみは、間違った相手に、なのだ」

「え? 『邪神様』、それはまことですか?」

 サスキアが振り向くが、そこには例えようの無い“闇”だけが、漂っていた。

「そうよのぉ。エルスは妹を殺したのは『赤獅子』だと思っておるが、それは違うのじゃ。人間はほんに愚かな生き物よのぉ。ちょっとした錯覚で、あのように何年も間違った者に怨念を抱くとは!」

「だからと言って、何もかも、そしてあなたの命令まで忘れてしまうとは!」

とサスキアはそれでも無念そうにうめく。


「大丈夫だ、サスキア。実は『紅玉』自体はヨハネスが持ってはおらぬ」

「何ですって?!」

「アズライルが持っておるのだ。それに気付かなかったお前も愚か者よ!」

「では、あの時、アズライルの胸には『紅玉』があったのですね! ああ〜! わたしとした事が、ったく、もう! 済みませぬ、『邪神様』。気付かなくて」

「所詮、人間は愚か者よ、と言ったであろう? お前も例外ではない」


 邪神=闇神は、轟くような不気味な笑い声を上げた。

 その時、何か鋭い物がサスキアと邪神に向って、飛んで来た。何かが割れたパーンという鋭い音が同時にした。

「ああっ!」

 サスキアは素早く避けようとしたが、それはサスキアの美しい顔面に突き刺さり、その頬からは血が流れ散った。

 それは、水晶の器から飛び出して来た、ヨハネスの左の小指とオパールの指輪だった!


 プシュケはブロードソードと呼ばれる、古代ローマ兵が使用していたという両刃の剣を高々と上げながら、今しもそれを振り下ろそうと、イマナとアルディアを睨みつけていた。アルディアは不吉な予感の為、顔面は蒼白ですっかり力を無くしていた。

「ヨハネス……ヨハネス……」

「アルディア様! しっかり! あの『赤獅子』が死ぬはずが御座いませんわ! わたし達幼馴染みですから、ヨハネスの勇猛果敢な恐れを知らぬ、ある意味では無謀な性格を知っています。あいつはそんなに簡単にやられるほどのヤワじゃない!」

「でも、彼、明らかに弱っています。わたしには分かるの。あの人が居ないと、わたしまで破滅です」

「じゃ、アルディア様、あなたが大丈夫な限り、ヨハネスもまだ無事だという事でしょ? あなた様がしっかりしないと、あのプシュケに殺られますよ!」

「そ・う・ね。そうだったわ」


「何ブツブツ言ってんだ、お二人のお嬢様! 怖気がつきましたか?」

 プシュケが、まだ少女とはとても思えぬ大人びた言い方をした。

「さ、かかっておいでなさいませ、そこのお姫様達! 遠慮する必要はございません!」

「ふん、遠慮なんかするものか、この青二才。まだ幼いからって、わたしが仏心を出すとでも思っているのか、このクソガキがぁ!」


 キエエエー!


 奇妙な甲高い声で、プシュケがブロードソードを振るって突進したが、イマナはするりとかわすと、壁にブスブス突き刺してあった様々な剣の中のチンクエディアという短い剣を、引き抜き様にプシュケに切りかかった。プシュケの黒服が一部裂けた。

「ほれほれほれ、わたしはまだ魔術を使っちゃいないよ、この小娘が!」

 プシュケは侮るようなイマナの言葉を聞くと、今度はアルディアの方に近寄った。

「先に、異国のお姫様からやっつけるとしますわ。ソリャァァアアアア―――!!!」


 プシュケが鬼のような形相でアルディアに向って行ったが、アルディアは側に刺さっていたレイビアという細長い切れ味の鋭そうな剣を引き抜くと、ヒラリと空中を飛んでプシュケの背後に廻った。

「やるじゃん!」とプシュケはニタリと笑った。

「さすが、ティラのもとで修行を積んでいただけのことはありますわね。わたしも油断しないけど、もう容赦もしない。本気ですからね! 行くよーーー!」

「アルディア様、右に飛んで!!」

 イマナが絶叫した。イマナはなぜかその細いレイビアが、アルディアによく似ているのを感じ取った。そういえば自分が引き抜いたチンクエディアという剣は、短くて優美な装飾が付き、いかにも強そうな物では無いが、どこかイマナ自身に似ていなくも無い。不思議な感覚がよぎる。


 その時プシュケの長いブロードソードが、アルディアのスカートを引き裂いた。

「フフフフフッ、わたしが本気出すと、こわいですよぉ〜、お姫様」

 アルディアのレイビアは空を切った。まだ成長しきっていないプシュケは背が低く、アルディアの勘も鈍ったようだ。

 プシュケは素早く振り向くと、ブロードソードをアルディアの喉元に突きつけた。

「お命、頂きっ!」

 途端にアルディアの姿がふっと消えた。イマナはニンマリした。例の空間に溶け入る術を使ったらしい。邪悪な者には見えないという術で、まんまとマナフを騙したことがあるあの術だ。


 プシュケは最初キョロキョロしていたが、今度はイマナの方に向き直り、ブロードソードを斜めに持ち直した。

「ちぇっ、お姫様は逃げましたね! じゃあ今度はあんたが相手ですわっ!」

「プシュケ、あんたみたいな“お子様”とはわたしは相手したくないんだ。それに、あんたを殺したくは無いけど、仕方ないねぇ」

 プシュケは喋っていて隙の出来たイマナに向って、ブロードソードを槍投げのように投げつけると、日本刀を抜き、ダダーッと一心不乱にイマナに突進した。

 投げつけられたブロードソードは、イマナの頬スレスレに壁に突き刺さった。

「このおぉぉぉ! もう容赦しないよ!」

 怒り心頭に達したイマナは、風のようにプシュケの頭を飛び越え、それから自身も風に化して、その小さなチンクエディアを風車のように振り回した。

「くたばれ〜! この小娘がぁ!」


 プシュケはふっと消えたアルディアと、そして風と化したイマナがどこにいるのか分からず、狼狽の色を浮かべたが、素晴らしい速度でそのチンクエディアを日本刀で打ち落とした。チンクエディアは真っ二つに割れ、と同時にプシュケは驚愕しているアルディアの姿をおぼろに認めて、大笑いした。

「お姫様! わたしにはあんたの姿が見えていますわよ! ご覚悟っ!」

 プシュケがサムライのように、縦に一本構えていると、

「待って、プシュケ!」というアルディアの悲痛な声がした。

「プシュケ! あなた、芯から邪悪な者ではないのね、わたしが見えているって事は! どうか目を覚まして! わたし達と一緒に“闇”を倒すのよ! まだ遅くはないわ!」

「わたしはもう闇にどっぷり浸かっています! これ以上あんた達に情けは掛けられない」とプシュケは構えながら、ジリジリとアルディアににじり寄ってくる。

「あなたの心の闇はきっと晴れます。そしてわたし達と共に戦うのよ! あなたの力が要るの。ヨハネスにはあなたの甦りの力が!」

「もう利用されるのは真っ平よ、お姫様! わたしは世界全てを憎んでいるの。わたしを救えるのは『邪神様』だけなのです!」

「違うわ!」

 アルディアは細いレイビアを構えようとしたが、切っ先がブルブル震えて、定まらない。

「あなたを殺せない……」

「じゃ、あんたが死ね!」

「いいえ、わたしは死ねない! ヨハネスの為にも!」


 キエエエエエーーー! 


 渾身の力を込めたプシュケのソードが、アルディアを貫いた……と思われた。けれどもその日本刀は、ぐにゃりと折れ曲がった。プシュケの背後で、イマナが高笑いをした。

「あんたの刀なんて、わたしのトリスメギストスの魔術にかかればこんなもんよ! ただのゼリーと一緒! アッハハハハ!」

「くそぉっ!」

 プシュケは分かっていた。自分が負けるだろうと。けれどもプシュケはアルディアの懇願をあくまでも無視し、闇の人間、アンラ・マンユとしての死を受入れようと思ったのだ。


― 所詮、わたしには光の世界など必要ではないんだ。わたしには闇の中が相応しい……。


 その瞬間、イマナの放った別の剣、バスタードソードが、か細いプシュケの身体を貫いた。血潮が吹き出て、アルディアとイマナの目の前で、幸薄い少女プシュケは崩れ折れて行く……。


「ああっ、あなたは本当は邪悪な者ではなかったのに! プシュケー!」

 アルディアの叫びが、この空間に木霊した。

「これでいいのよ……アルディア・・・・・・」

 そうつぶやいたイマナの瞳にも、淋しげな涙が浮かんでいた。


「さて、どうしたものよのぉ」

 闇の中、深淵の底から響くような深い声がはるか彼方からして来た。


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