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第三十三話

「覚えてないかナァ・・・?俺とウィネのこと。」

エルスが焦点の合わない虚ろな目をヨハネスに向けた。ヨハネスは、その不気味さに思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

「あ、会ったことがあったってのか?砂漠で会うよりも以前に・・・?」

過去の記憶を辿ろうとするが、何と言っても、ヨハネスには以前の記憶がほとんど無い。思い出そうにも思い出せるはずもない。

「ヒャハハハハ!!そうか、赤獅子よ、都合の悪りぃコトはとっくに忘れたってワケだナ・・?いいご身分ダナ、このクソがぁ!!」

先程の虚ろな目つきが急に殺気を帯び、その鋭い視線はヨハネスを捕らえて離さない。

力を失っているヨハネスにとっては、それは恐怖でさえあり、無意識に手足が小刻みに震える。それを必死に押さえ込もうとするが、長年の身体が覚えた野性的勘というものは凄まじく、危険を察知した肉体の反応は簡単には止めることができなかった。

「ざまァねェじゃねェカ!俺が怖いのカ・・・・?

震えてルじゃねェか、ヒャハハハ。」

ゆっくりと歩み寄る狂ったこの少年から、ヨハネスは二、三歩後退りをする。

が、その幼い姿とは裏腹に、憎しみの篭もった不適な笑みを浮かべながら、それでも尚ヨハネスに近づいてゆく。

「お前が一体誰だか知らないが、今の俺は記憶を失くしている。

お前だけのことじゃなくて、俺自身のことも・・・。」

後退りしながら、呟くようにヨハネスが言った。まるで、エルスを宥めるように。

「言い訳してンじゃねぇって・・・・。

頭ブチ抜くぜ・・・・?」

しかし、それは逆にエルスを怒らせ、火に油を注ぐ結果となってしまった。

「テメェが忘れたってンなら、俺が思い出させてヤルよ・・・・。

四年前、ウィネが味わった恐怖と痛みをナ・・・・・。」

いつの間にか表情から笑いは消え、どす黒く濁った憎悪のオーラが全身から湧き出していた。

それは、普段見えるはずのものではないが、このときばかりは、いくら力を失っているヨハネスの目にもはっきりと映った。

広場の空気はピリピリと張り詰め、皮膚を突き刺す。


手に包丁を構えたエルスがぴたりと足を止め、すぅと大きく息を吸った。


(来る・・・・・・!!!!!)

ヨハネスがそう直感で感じた途端、エルスがすごいスピードで突進してくる。

ドン!!!!

物凄い衝撃と共に、鈍い痛みが走る。


「フ・・・・、びびってた割に上手く止めタじゃねェカ・・・!!」

ぽたぽたと鮮血がヨハネスの手の平を伝い、地面に落ちる。

とっさに刃を両の手で防いだが為、手の平をざっくりと見事に貫通してしまっていた。

「ぐっ・・・・・・・・。」

痛みで顔を歪めるヨハネス。しかし、今の一撃で、震えはなんとか止まった。

「テメェは殺さずに甚振って、甚振って・・・ヒャハハ・・・。

ウィネ〜、次はどうしてやりたい・・・?」


もう一度体勢を立て直し、再び攻撃を仕掛けようとするエルス。

ヨハネスの額を汗が流れ落ちる。



     ちくしょう・・・・!!!

     俺はただの弱っちい足手まといでしかないのか・・・?

     


悔しさと自分の無能さに対する激しい怒りが込み上げる。その時、ふとアルディアのあの美しい顔が脳裏を横切った。



     アルディア・・・・・・・!!!!

     くっそう、俺はあいつを守ってやることさえできないってのか・・・!



かあっと頭が熱くなり、既に血だらけになった左手の小指の切り口が焼けるように疼いた。

「・・・・・!!!!!!」

一瞬のことだった。

ヨハネスの左手から赤い閃光が放たれ、部屋中が赤い光に包まれる。

エルスは眩しさのあまり武器を持ったまま目を両腕で覆った。

「な、なんダ!!この光は・・・・・・!!!!」


激しい光が少し落ち着き、なんとか目を開けることが可能になったところで、エルスがうっすらと目を開いた。

「あ、赤獅子・・・・・・!!!」

そこには、間違いなく四年前に見たあの光の獅子がいた。

しかし、その姿は、以前よりも大きく、尾は二本になり、鬣は燃え盛る炎の如く凄まじいものと化していた。明らかに力を増しているようだ。


光の獅子と化したヨハネスは、体の底から湧き出すような力で漲っていた。

くるりとエルスに向き直ると、後ろ足で地面をニ、三度引っ掻いた。

エルスはじっと構える。


空気の流れが止まった。


ビュン!!!!!

ザンッ!!!


赤い光の筋が横切る。

光の獅子がエルスの前で動きを止めた。

エルスの持っていた武器がカランカランと音をたて、足元へと転がる。

光の獅子の前足の鋭い爪と、エルスが出す緑色の光の盾が接触し、ビリビリと音をたて、互いにぴくりとも動かない。

互いに退けば負けることを十分に理解しているが為、どちらも退こうとはしない。

エルスは復讐の為、ヨハネスは自分の存在意義を示す為、どちらも退けないのだ。

   

(俺は負ける訳にはいかない!!

足手まといなんかになる訳にはいかない・・・・!!!!)


(赤獅子・・・・・!!ウィネの痛み、思い知らせてヤル・・・・・・!!)


バチィ!!!!!

激しい音と共に、互いが弾き合い、壁に二人が叩きつけられる。

その衝撃を物語るかのように、二人がぶつかったその箇所は、ぼろぼろと壁面が崩れ落ちた。


「くっ・・・・・・・。」

指輪の無いヨハネスが光の獅子の姿になれることは通常では考えられないことであった。

しかし、今、ヨハネスの強い思いが、長年染み付いた指輪本来が持つ力を呼び起こし、奇跡を起こしたのだ。そして、その力は、新たな成長と精神的強化により以前よりも増したものとなった。

しかし、記憶はまだ戻った訳ではなく、常にこの姿に変化できるといった訳でもない。ただ、強い思いが呼び起こした、類稀なる奇跡なのだ。


そして、このパワーアップしたヨハネスの新たな赤獅子の力に対抗できるエルスの力も奇跡的なものであった。アンラ・マンユの中でもあまり力を持たない方であるエルスを、こんなにも強くしているのは、やはりこれも”怒り”という強い思いなのだ。

ここからは、互いの思いの強さの戦いだと言っても過言ではない。


「やるじゃネェか・・・・。

ヤメだ。殺さない・・・・?ウィネ、そんなバカなこと誰が言った?

殺そゥ・・・。そう、殺すンだ。今すぐ殺そぅ・・・・。」

エルスはぶつぶつと呟きながら再び右手に緑色の光を溜め始める。

赤獅子はぴんと背筋を伸ばし、ざっざっと地面を蹴り上げる。


ぶうううううううん・・・・・・・・


エルスの右の手の光が音を立て始め、ボール程の大きさになった。


シュン!!!!!


瞬時に赤獅子が姿を消し、エルスの方へと向かって、赤い光の筋が勢いよく走る。

同時にエルスの緑色の光がその赤い光とぶつかり合った。


バチチチチチチチチ!!!!!!!!!


激しく弾きあう音、エルスが右手を支えるように左手を手首に添えて踏ん張る。

しかし、赤獅子の威力がほんの少し優勢で、ずりずりと押され、壁に追いやられていく。


バチチチチチチチ!!!!!!!!!


とうとう壁に追いやられたエルスが表情を歪めながら必死で抵抗する。

しかし赤獅子は容赦なく押しやっていく。


「ぐ・・・・、クッソがぁ・・・・・・。

よ・・くも、ウィネを殺したな・・・・・・・・・!!許・・・さネェ・・・・!!」

怒りに震えるエルスの目を見て、赤獅子の攻撃の手が一瞬緩んだ。

その隙を突き、エルスが勢いよく赤獅子に飛び掛かった。

赤獅子はかろうじてそれを避ける。が、ほんの少し緑の光が背中を掠めた。

赤獅子の表情が少し苦痛で歪む。


(俺が、殺した・・・・・・・・???)

ヨハネスの頭の中で、エルスの言葉がこだまする。


しゅんとみるみるうちに光の獅子は元のヨハネスの姿に形を戻した。

「ま、待て。俺がそのウィネって子を殺したってのか・・・・?」

先程までの強い気持ちを喪失してしまったヨハネスは、今や何の力も失ってしまっていた。


「あぁ。」

冷たく言い放ったエルスは、無表情のまま、今度は左手にも緑の光を溜め始めた。


「赤獅子、テメェは何の罪も無い、市民ヲ、ただの無力な子どもヲ殺したンだヨ。」


光を溜めた両手をぶらりと垂らすと、エルスは勢いよくヨハネスに向かって走り出した。


「死ね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ェ!!!!!!!!!!!!」






ぽたりぽたりと暗闇の中で水滴が滴り落ちる音が響く。





「・・・・・・・・。」







ヨハネスは自らに今、何が起こったのか理解できないでいた。



咳き込み、吐血する。



真っ赤な血液がゴボリと込み上げる。





ふと腹部に目をゆると、ジリジリと音をたてたままのエルスの片腕が貫通していた。

不思議とまだ痛みは無い。


ただ、痺れたような感覚が全身を襲う。





     兄さん・・・・、ごめん・・・・・・。

     アルディア・・・・・・・・・・・






「・・・・・!!!!!!」

「どうしたんです?アルディア姫・・・・?」

イマナが心配そうにアルディアの顔を覗き込む。


「い、いえ・・・・。今、なんだか胸騒ぎがしたのです・・・・。

ヨハネスに何もなければいいのですが・・・・・。」

そう呟いたアルディアの目から、なぜか意味も無く涙がこぼれ落ちた。








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