第三十二話
敷き詰められた砂に、アズライルは目の前の少年が砂を扱う能力を持っているものだと判断した。そうでなければ、砂を敷き詰めてハンデとする理由はない。
「シスル、こいつを持っていろ」
言い、アズライルは隠し持っていた短剣をシスルへと投げた。自分の身は自分で守れ、それだけの意味ではない事に、彼女が気付いているかは別問題だろう。口にした時点で、チコに彼女を狙わせてしまう可能性は増えるのだ。
「こんなゲームに興味はない。さっさと終わりにさせてもらう」
「自信満々だね、でも、僕も負ける気はないんだよ♪」
チコが応えた瞬間、足元の砂が巻き上がる。それは小さな竜巻となり、アズライルへと向かってきた。
右手に光の剣を生み出し。アズライルはそれを竜巻へと振るった。砂を裂き、竜巻が崩れ落ちて砂山に戻る。砂だけではなく、砂を動かしているチコの力も断ったのである。
「へぇ、凄いね♪」
歌うような口調を無視し、アズライルは駆け出した。
足場が盛り上がる。チコの目の前に壁となるように砂が吹き上がり、そこから槍状の砂がアズライルへと放たれた。
シスルが悲鳴を上げるが、それも聞き流し、アズライルは槍をかわす。直撃しそうなものだけを剣で打ち消し、乱れる足場の上を器用に進んで行く。
足場の傾きとその動きから、どの方向に次に砂が流れるのかを予測。その場所に足を進め、着地した瞬間には次の足場を推測する。同時に、足場を悪くした際に身体のバランスがどう崩れるかを予測して、そこを狙って放たれた槍を剣で切り裂く。すぐさま向きを変える、という事はできないらしく、推測はかなり精確なものとなっていた。
「強いねぇ♪ ちょっと困った♪」
あまり困っているようには思えない口調で言うチコへ、アズライルは右手の剣を投げた。
剣は砂の壁を突き破るが、その時にはチコは別の場所へと逃れている。それを見て、アズライルは右へと跳んだ。砂の壁を回り込むように走るアズライルに足元から槍が飛び出す。
「ちっ…!」
舌打ちし、アズライルは前方へと大きく跳躍した。空中で両手に剣を作り出し、身体を回転させて放たれた槍を全て切り裂く。着地と同時に地面を転がり、着地点への攻撃をかわした。
一時たりとも止まってはいけない。止まれば、足から槍で貫かれる。
砂の上に座り込み、琴を弾くチコの真下の砂がアズライルから逃れるように動いて行く。
アズライルは剣の下部を延長し、柄の下方にも刃を作り出した。それを回転させるようにして前面からの槍を蹴散らし、一直線にチコへと斬り込んだ。
足場が乱れるが、その足場を巧みに駆け抜ける。
前面に作り出された砂の壁を切り裂き、突破した先には砂で形作られた大蛇がいた。アズライルを飲み込もうとする大蛇をいとも簡単に切り伏せ、アズライルはチコの気配を探す。瞬間、大蛇が朽ち果ててできた砂山の中から無数の槍が飛び出してきた。同時に、背後から砂が津波のように押し寄せ、更にはアズライルを中心に砂嵐が発生する。
「……」
小さく息を吐き、アズライルは目を細めると両手の光を一つの巨大な剣へと変えた。それを袈裟懸けに振るい、槍を全て叩き潰す。更に、地面に着いた剣を足元の砂を削るように回転させて足場の砂を全て周囲に吹き飛ばし、右下方から左上へと振り上げる際に砂の津波を両断した。
「シスル、今だ!」
直後、津波の向こうに見えたチコはシスルの直ぐ傍にいた。一瞬の間を置いて、シスルは最初に渡された短剣をチコへと投げる。
チコがシスルに気付き、砂の壁を作り出すと共に槍の矛先を向ける。
その一瞬の隙があれば十分だった。
アズライルは巨大な剣を振り上げ、チコのいる方向へと大きく振り下ろした。その剣は弧を描き、地面に着いた瞬間に全てが光となって一直線に放たれた。閃光がチコの真下の砂を切り裂いて駆け抜け、一瞬の間を置いてチコの身体が二つに分かれた。
シスルがその光景に尻餅をつく。
「……相性が悪かったな」
言い、アズライルは腰を抜かしたシスルの元へ駆け寄っていった。
厄介な事になった。チーム分けの人選は間違っていないが、その先の相手は色々と問題がありそうだ。
「シュゼールの野郎か……。まさか、見た目も同化してたりはしないよな?」
「安心しなよ、能力だけさ」
「そうか。少し安心した」
「何故?」
「アイツは二度と視界に入れないって決めてたんでな」
言い、ウェレは周囲の気配に意識を集中させていく。
状態は芳しくない。体力が戻り切っていない現状で魔眼を使った時、自分の身体が持つかどうか、判らない。
気配を感じ、ウェレは右へと足を一歩踏み出した。それと同時に力を使い、空間移動で十分に回避可能な場所へと跳ぶ。まだマナフは出方を伺っているようだった。全力で攻撃はせず、十分に避けられる攻撃を繰り出している。
瞬間、空気が変わった気がした。
「――なっ!?」
直後、腹にマナフの蹴りが決まっていた。吹き飛ばされた背後に移動したマナフが両手を組んでウェレの背に叩き付ける。吹き飛ばされていた力と、それと逆行する向きの力を受け、倍近くの衝撃を浴びた。
「こっちは容赦なくやらせてもらうよ」
三撃目の攻撃を、ウェレは空間跳躍でかわす。
暗闇と一体化しているマナフは、空間移動をしたウェレにすぐさま攻撃を加える。それを感じ取り、更に転移するウェレ。マナフが一方的に繰り出す攻撃を、ウェレは避け続けた。
勿論、避け続けるだけでは勝つ事はできない。
闇に同化したと言っても、マナフであるのはマナフの身体の大きさの分だけだ。闇全体と同化するような事はできない。同時に繰り出せる攻撃は最大でもマナフの身体の量だけ。
ウェレは着地すると、身体を覆うように空間の境界を作り出す。外的な攻撃を全て別の場所に転移させる膜。マナフがそこに攻撃を加えるが、別の場所に攻撃が転移する。
「防御は完璧、とでも言いたいのかい?」
その声を無視し、ウェレは荒くなった呼吸を整えた。精神力は十分にある。だが、肉体疲労が大きく直ぐに息が上がってしまう。呼吸を整える時間稼ぎでしかない。元より、ウェレがマナフに攻撃を加えなければ、勝つ事ができない戦いなのだ。
もっとも、攻撃を加えるためにはウェレがマナフを捉える事が必要になる。その力は、左目にしか存在しない。
今、防御を解けばマナフの攻撃はウェレに直撃する。絶えずあらゆる方向からマナフが攻撃を繰り出しているのが、空間の膜に触れているという感覚から判断できた。
防御を解く瞬間に、決着が着く。恐らくマナフも、そう感じているはずだ。
左目に痛みが走った。包帯が赤く染まって行く。
「お望み通り、見せてやるぜ!」
包帯を弾き飛ばし、左目から閃光が放たれた。
「――ぐっ!?」
マナフの右肩に閃光は命中した。
包帯の下からであっても、左目の視界にはマナフが映っていた。それだけではない。暗闇の中であるはずの部屋の様子が、壁の罅に至るまで明瞭に判る。
マナフの攻撃が一瞬止んだのを見て、ウェレは防御を解いた。すぐさま身体を転移させ、マナフの背後へと跳ぶ。
空中からウェレはマナフの身体へと腕を突き入れた。
瞬間、マナフが笑みを浮かべたのが、視えた。
「これで、魔眼の力も得られる!」
マナフが高笑いを上げる。
身体に突き入れられたウェレの腕を掴み、振り回すようにして床に叩き付けた。その衝撃にも、ウェレは呻き声を上げる事を堪えた。
「さぁ、その目を――!」
マナフがウェレの左瞼を閉ざし、その上に手を置く。
「……悪い事は言わねぇ、止めとけ」
「――そうはいかないよ」
ウェレの呟きを、マナフは苦し紛れの言葉と取ったのか。
マナフの手がウェレに沈み込む。同化しようとしているのが、解った。
「――ぐ!? がぁぁぁああああああああっ!」
だが、突如マナフが絶叫し、同化を止めると同時に左目を両手で押さえる。
「な、馬鹿な…っ…何だ……この痛みはっ……!?」
「言ったろ、止めとけって……」
苦しみ、悶えるマナフに、ウェレは言い、立ち上がった。
魔眼を使う時の痛みは、想像を遥かに超えたものだ。普通の人間なら、使おうと思う事はまずないだろう。目の奥から、耐え難い激痛が起こる。形容すらできない、純粋な痛みが。
「う、嘘だ……! なら、何故お前っ、はっ……普通にぃっ! していられっ…!」
痛みに言葉を途切れさせながら、マナフが後退る。もう攻撃の余裕もないらしい。
「一つ、俺の経験を教えてやるよ」
左目と傷痕から血を流しながらも、ウェレはマナフに笑みを浮かべて言い放つ。その左目の虹彩は極彩色の輝きを帯びていた。
「……想いは、限界を超えるんだ」
放たれた光を避ける事もできず、マナフの額を閃光が貫いた。絶命し、くず折れるマナフを見ようともせず、ウェレは暗闇の中、通路を探し出すとその暗闇から抜け出た。
その上で左目を閉ざす。
「――イマナがいる限り、俺は死ねねぇのさ……」
疲労と目の痛みを抑え込むかのように呟き、ウェレは先を急いだ。