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第二十九話

 アズライルを殺せ。シュゼールが言い放った言葉。

「……ふっ――」

 込み上げて来たのは笑い。

「――ふふ、はははははっ――!」

 額を押さえ、ウェレは思い切り笑った。

「……何がおかしい?」

「お前の間抜けさが、だ!」

 シュゼールの問いに答える。既に笑いは途切れ、ウェレの表情は真剣なものへと変わっていた。

「俺はアズライルほど洞察力や判断力に優れちゃいないし、オスティスのような行動力もなければ、イマナのような慈愛の心も足りないさ」

 シュゼールの言葉を封じるように、言い放つ。

 洞察力と判断力に優れた兄と、行動力と戦闘力に優れた弟。二人が揃っていれば、完璧だと言えた兄弟。それを、シュゼールとサスキアが分断した。不意を突いた。偶然が重なった。二人の功績だとは言えないと、判断する人もいるだろう。

 だが、二人が動いた事は結果として、兄弟を分断した。

「俺にあるのは、経験と勘だ!」

 心の闇を捨て去る。

 背後へ振り向けば、そこにはシュゼールが立っていた。気配もなく、獣のような鋭い視線を放つシュゼールを、ウェレは真っ直ぐに見返す。

「何が言いたい?」

「俺の想定内だ。ここで気付かれたのは想定してなかったが、もう気付かれても変わらないだろうな」

 シュゼールへの恐怖はゼロではない。背筋には寒気が走っている。

「俺がお前に勝てない? そうだな、その通りだ」

「……何か、策があると?」

「いいや、俺の力じゃお前には勝てないって言っただけの事」

 自分自身の力だけでは勝てない。それは感じていた事だ。

「虚勢を張るのも大概にしろ」

「……なら、やってみせようか?」

 ウェレの言葉に、シュゼールが目を細めた。瞬間、その姿が消える。

 気配もなく、音もなく、闇に溶け込むかのように消え失せる。そして、その直後にはウェレは通路に背中から叩き付けられていた。

「――っ……!」

「貴様が実際に私を越えるような力を持っていれば、直ぐに鳥籠を突破できたはずだろう?」

「はっ、俺はお前だけは許さねぇって決めてたんだ」

 首を掴まれながらも、ウェレはシュゼールの目を見返していた。

 イマナを拘束する際に、シュゼールは彼女の抵抗力を奪うために徹底的な攻撃を加えた。あらゆる面からの攻撃を行い、肉体的にも精神的にも、ギリギリの状態まで追い詰められている。それを見た瞬間、ウェレはイマナを助け出すためにはあらゆる手段を講じる事に決めた。

「あいつを一番安全に助け出してやるには、テメェが消えればいい」

 言い放ったウェレの視線に、シュゼールが一瞬たじろいだのが解った。

「俺はあらゆる手を使って、お前を誘い出す瞬間を待っていた。そう、あらゆる手を使って、な……」

 親友であるはずのアズライルや、オスティスに向けた態度、言動、そしてアンラ・マンユへの提携行為。見抜かれる可能性は十分にあった。いや、見抜かれる時期を計っていた。全力でシュゼールと戦うために。

 アルディアに自分の嘘が感付かれた瞬間には、その時が直ぐに来ると直感した。アルディアとシュゼールは、対極の存在と言っても過言ではないくらいの存在だ。平穏に暮らしてきたアルディアに気付かれたのであれば、シュゼールにはとっくに見抜かれている。ここに来て丁度良いシグナルになった。

「鳥籠なら、壊せる。それをしなかったのは、テメェの力を測りかねたからだ」

 安全に助け出すなら、徹底的に安全を確保する。

 シュゼールを決して見縊ってはならない。そう思えたからこそ、シュゼールがいる状態でイマナを助けるのは安全ではないと判断したのだ。

「テメェへの切り札は十分使える……。俺は、ここでケリを着けさせてもらうぜ」

 言い放ち、自らの首を押さえるシュゼールの腕を掴んだ。

「……ならば、私も全力で貴様を排除させてもらおうか!」

 掴んだ腕が掻き消える。

 次の瞬間、ウェレが地面に叩き付けられていた。脇腹を蹴飛ばされた衝撃がある。両腕を地面に着け、身体を跳ね上げて起き上がる。

「見せてやる……。隠し通して来た切り札を――!」

 ウェレは大きく息を吸うと同時に、両手を握り締めた。

「もう、テメェには惑わされねぇ」

 左側の視界が開ける。傷が淡い光を放ち、激痛に襲われる。それでも構わずに、ウェレは左目を開けた。

「そこだぁっ!」

 前に踏み込み、足首を捻り、身体を強引に振り向かせると同時にその回転力を利用して回し蹴りを放つ。

 その爪先は、シュゼールの脇腹に確かに喰い込んでいた。

「――がっ! ば、馬鹿な……貴様、その目は……!」

 よろめき、咳き込むシュゼールを見るウェレの左目は、禍々しいまでに変質していた。

「……視えるぜ、全て」

 言い放つ。

 シュゼールのグノーシス能力は『闇』となる事。闇と同化し、自らをあらゆる場所へ転移させると同時に、あらゆる場所から攻撃を可能とする力。全ての外的攻撃は闇となる事で命中せず、あらゆる攻撃を命中させる事ができる。

 まさに、アンラ・マンユの長に相応しい力だ。

 ウェレの左目は二度と、元の視界を得る事はできない。だが、その代価としてあらゆる存在を視認する事を可能とする。自らの生命力を認識力へ変えて。

 淡い光を放つ傷痕から赤い血が流れ出していた。ゆっくりと、頬を伝う血を拭おうともせず、ウェレはシュゼールを見下ろしていた。

「禁呪法か……」

「さすが、知ってるか」

 シュゼールの呻いた言葉に、ウェレは小さく笑みを見せた。

 イマナと突撃して行った戦場で失った左目に、ウェレは禁呪法を用いて魔眼を入れた。それは全てを視ると共に全てを射抜く眼。魔眼に視えぬものは無く、魔眼に射抜けぬものは無い。使用者の生命力と引き換えに、その力を行使する。

「鳥籠が壊せなきゃ、壊す方法を身に着けりゃいい。俺の経験だ」

 闇となって掻き消えたシュゼールが、視える。

「視えないなら、視る方法を身に着けりゃ戦えるはず。俺の勘だ」

 シュゼールの存在をウェレは眼で追う。視線を向けられたシュゼールの驚愕すらも、見抜く。

 握り締めた拳を撃ち込む。闇と同化しているシュゼールに、ウェレは拳をシュゼールの闇へと転移させた。闇となった空間に拳を埋め込ませ、奥へ捻じ込む。そして捻りなが拳を引き抜いた。

「――があぁっ!」

 絶叫し、血を吐きながら闇から人間へとシュゼールが戻る。腹からは夥しく出血し、全身から汗を噴き出し、シュゼールが膝を着く。

 顔の半分を血に染め、ウェレはそのシュゼールの顔面を思い切り蹴り上げた。顎が砕けたのが、視えた。

「――っぁあああっ!」

 絶叫しながらも、シュゼールは両腕を闇へと変え、ウェレの両肩を貫いた。鮮血が噴き出し、痛みがウェレの脳に流れ込む。

「この程度っ!」

 イマナの受けた痛みに比べれば、大したものではない。

 背後から回り込む、闇の槍と化したシュゼールの腕を、ウェレは振り向きざまに両手で受け止めた。手が存在する空間を闇と同化させ、触れられるようにする。両肩の間接は酷く損傷しているが、構わない。痛みも、耐える。

 両手がシュゼールの腕を掴む。刃と化した腕に、掌が裂けるのも構わずに力を込めて握り締める。

 瞬間、脇腹が闇の槍となったシュゼールの足で貫かれた。

「身体の痛み程度でぇっ!」

 振り向きざまに地を蹴った。鮮血を傷口から流しながら、ウェレは両腕で掴んだ闇の槍をシュゼールの胸に突き刺す。そして馬乗りになり、シュゼールの首を掴んだ。

「……二度と、テメェは視界に入れねぇ!」

 瞬間、左目の奥に痛みが走る。

 全身の血液が沸騰するような感覚を、意志が、想いが抑え付ける。左目の前の空間に光の輪が浮かび上がった。光の輪は回転し、その中央へと光の粒子を集めて行く。

 左目の瞳が光を帯び、光の輪の中央に収束した光が瞳へと吸い寄せられていく。虹彩が極彩色に光を放ち、瞬間、左目の視界に光が満ちた。

 右目が捉えた光景は、左目から放たれた閃光がシュゼールの額を撃ち抜いた瞬間だった。一点、光を受けた場所が発光したかと思った瞬間、シュゼールの頭が吹き飛んだ。

「――……がぁっ、っぐ……!」

 左目を閉ざし、押さえた。左目から涙のように血が溢れ出る。

 両肩の傷、脇腹の傷、両手の傷、流れ出る血と、痛みにウェレは自分の勝利を確認した。シュゼールの死体から鳥籠の鍵を奪い、ウェレはゆっくりと立ち上がった。

「……一つ、言い忘れてたな。俺は、アズライルを殺しはしない。それを、イマナが望まないからだ」

 朽ち果てたシュゼールに背を向け、言い放つとウェレはイマナの元へと足を踏み出した。



 雲の上では誰もが黙り込んでいた。

「緊急の知らせだよ」

 不意に、三人の前にマナフが現れた。

「ンだよ……」

「おや、いつになく大人しいねエルス。まぁ、それは置いといて、シュゼールが死んだんだ」

「……!」

 マナフのその言葉に、三人は息を呑んだ。

「そうか、アイツはくたばったってェンだな!」

 エルスの言葉に、三人の表情は冷静なものへと変わった。

「既に、アルディアも百合姫も、例の場所に運んである」

「そう、ついに始まるのね……」

 マナフの言葉に、プシュケが吐息を漏らす。

「まぁ、シュゼールもイイ夢見れたからいいんじゃないかな♪ 本当は彼以外が皆サスキアの側だって知る前に逝けて良かったと思うよ♪」

「……まァ、俺はどうだって構わねェンだけどな」

 チコの言葉にエルスが呟いた。

 全ては一つの目的のために動いていた。シュゼールはその力と意志を利用されただけだったのだ。メフィストフェレスやサスキアでは立場上できない、百合姫とアルディアの回収。それと同時に、アズライルやオスティスに対する不確定な第三勢力として状況を混乱させる役目として。

「メフィストフェレスもサスキアも、やがてはあの場所に到着する。それを追ってアズライルと赤獅子も、きっと、ウェレも辿り着くだろう」

「ようやく、役者が全て揃うわけだね♪」

 マナフの言葉にチコが歌う。

 エルスはただ不機嫌そうに、プシュケは無表情でただ前を、チコは目を閉じて琴を奏でている。

 その中で、にこやかな笑みを浮かべたマナフは、静かに告げた。

「全ては、邪神様の復活のために……」

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