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第二十六話

「何という失態! 間抜け! 腰抜け! 弱虫! もう、お兄様にはガッカリよっ!」

 サスキアのヒステリックな声が豪華な部屋中に響いていた。横ではしおれた様子のメフィストフェレスがソファに座っており、叱られた子供のような表情で時折チラチラと怒れる妹を見上げているばかりだ。


 又衛兵達も端のほうで、サスキアのあらん限りの罵倒を甘受していた。

 無理もない。アズライルには逃げられ、あまつことかサスキアの愛を拒絶したのだ。それだけでも腹立たしいのに、今度はせっかくのオスティスまでも逃がしてしまったとあれば、どんなに気の長い人物でも腹が立つのは当たり前。ましてサスキアは忍耐強い性格とは程遠い、短気で我儘な娘だ。

 生まれつき持つ美貌も、その激しい苛立ちの為にすっかり台無しになっていたが、サスキアは部屋中行きつ戻りつしながら、その怒りを不甲斐ない兄と衛兵達にぶつけていた。


「今のオスティスには大した力は残っていないというのに、油断したものね、お兄様はっ! もともと『赤獅子』と呼ばれていただけあって、その気性の激しさは相変わらずだわね。フン! あの美形で品のいい兄のアズライルとは、もう全く違うのを忘れていたわ」

 サスキアは腕組みしていた両手をほどくと、やっと深呼吸して我が身を落ち着かせた。

「とにかく、オスティスはまだ城内に留まっているはずよ。どうせ、あの兄弟は“例の小指”にはまっているオパールの指輪を奪い返しに来たのでしょうが、そうは簡単に奪わさせるものですか! 今に見ているがいい!」


「サ、サスキアよ、何か名案でも浮かんだのか?」

と気が小さく、又腕力もさほどない兄のメフィストフェレスがおずおずと尋ねた。

「例のものは、別の場所に移しました。そこは誰もが気付かないような場所なの。隠し場所には単なるダミーが置いてあるだけよ。それでおびき寄せるわ」

 邪悪な微笑みがサスキアの顔に浮かんだが、すぐに媚びを含んだような甘い声で衛兵達に命令した。

「お前達はもう下がっていいわ。この役立たずが!」


 誰も居なくなると、サスキアは引出しから地図のような物を取り出してテーブルに広げると、兄を手招いた。

「来てよ。ここに湖の地図があります。このどこかに、あの箱は沈んでいるはずですわ」

 メフィストフェレスはのしのしとやって来ると、その地図を見つめた。広大な湖はちょうど瓢箪のような形をしていた。真中が狭まり、そこに小さな孤島がある。

 けれども一体何処にその箱が沈んでいるのか、それを見つけるのは、ちょうど砂浜で一粒の米を見つけるのと同じか、いやもっと難しいかも知れないのだ。


「伝説では、どこかに沈んでいるということですが……」

「今まで我々だけでも何百回となく潜水夫を潜らせたが、こんなに広くては何処にあるのか皆目分からんな?」

「この数百年だけでも、何世代もの人々がもう何千回と潜ったり、この孤島の辺りを捜したりしたのに、ったく、もうっ!」

 サスキアがもう少しで爆発しそうなったので、思わずメフィストフェレスは引いてしまった。


「例の“お方”の助けを借りても、それは見つからなかったのか?」

「ええ、そうよ。多分、アズライルやオスティスの母のイシスが魔術で封じ込んだんだわ。

でも夏至の夜、それはどこかで煌く光を放つ、と“例のお方”が教えて頂いた」

「え?! それはまことか?」

 一旦引いていたメフィストフェレスが、ぐぐぐーっと近寄って来た。

「夏至はあと一週間で来るな」

「そうよ、もうすぐ。ところであのお方は、時折ふいにわたしに現われて下さるのですわ。辺りがこの世とも知れぬ漆黒の暗闇に包まれたと思ったら、地獄から吹き上げるような冷たい風が吹き抜け、どこかの時空からいらっしゃるのです。そして『早くしろ、サスキアよ。わたしは急いでいるのだ』と仰られる。この上なく、気高くそして深い底から……」

 しばしサスキアの瞳がトロンとして来た。

「わたしは底知れぬ空間に漂い、ただあのお方のお声だけが神々しく響くのです。『サスキアよ、それが見つかれば全世界はわたしとおまえ達のものだけになるのだ』と」

 メフィストフェレスは呆然として、妹を見詰めるばかりだった。サスキアは何かに取り憑かれたように、視線を宙にさ迷わせていた。


 その頃、見知らぬ少女の手を引いていたエルスは、まるで迷路のようなシャラグリア一の場末に入り込んでいた。汚い溝、すえた鼻の曲がりそうな臭い、そしてくねくねとして方向感覚も分からなくなった細い道が、あっちこっちへと際限もなく続いているのだ。

「おめェなあ、どこだッてンだヨォ〜。このオ、いつまでかあちゃんを捜してんだァァ、いい加減にしねェかッつーの」

「もうすぐ、もうすぐなの」

 半べそをかきながら、その少女はなおもエルスを奥へ奥へと引っ張っていく。エルスは例によって、半分斜めにフラリフラリと身体を揺すりながら、それでもなぜか素直にその少女に付いて行った。


「あの、馬鹿!」

 シュゼールがウェレの現したスクリーンに映っているエルスを身ながら、雑言を吐いた。

「何が光だ。あいつは単なる大馬鹿者だわい!」

「なぜ? じゃ、消すぜ」とウェレがスクリーンを消そうとすると、「待て!」とシュゼールが緊迫した声音で言った。

「どこかおかしいな?」

「どこが?」

「あの少女を見ろ!」

「ん? え? あっ!」

「だろ?」

「か、影がないっ!」


 確かに月光に照らされたエルスと少女の後姿は、エルスには影があるものの少女の方には全くないのだった。

「あやつは、物の怪だ。誰かの差し金だ。このまま、エルスがあの物の怪に付いて行くのは危ないぞ!」

 ウェレが叫ぶと、シュゼールは「ちっ」と舌打ちした。

「善意なんか出すからだ、あのアホが」

「善意は光。そしてエルスにはまだ光が少し残っているということですね」

 急に声がしたので、シュゼールとウェレが振り返ると、アルディアが不可思議な微笑みを浮かべながら、口を開いた所だった。

「光はすぐに闇に飲み込まれてしまいます。それが道理。けれども、永遠不滅の光が手に入れば、闇の支配者はもう居なくなりますわ。エルスはその持っている僅かな光を利用されようとしています! 早く助けないと危険ですよ!」

 

 ウェレはアルディアがただの“お姫様”ではなく、殺された畏れの巫女ティラの愛弟子でもあったことを忘れていた。そしてアルディアは、未来を見通す力も持っている女性なのだ。


― ウェレ。あなた、隠していても、わたしにはお見通しですよ。あなたはオスティス側の人間でしょ? その上……うふふふふ。あなたはあそこの鳥かごに幽閉されている少女イマナを愛しているわね。


 ウェレは心の中に入ってくるアルディアの声を聞いてはっとしたが、何食わぬポーカーフェイスを崩さなかった。


― いや、そ、それは。

― 隠してもダメ! わたしには分かっています。ところでウェレ、わたしと手を組まない? そしてあの少女を救って、一緒に逃げましょう! それからオスティスのところに案内してくださいな。それが取引です。いかが? 悪くはないと思うけど……。


 ウェレはチラッとアルディアを一瞥した。アルディアはか弱い皇女そのままに、おとなしく縛られ座っていたが、瞬きでウェレに合図を寄越した。その黒い瞳にはただならぬ決意がこめられていた。


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