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第二十四話

 誰もいない部屋で、アズライルは目を閉ざし、周囲の気配を探っていた。城の地下にある牢屋の一つだろうか、気配から察するに、他の牢に捕らえられている者はいないらしい。見張りらしい気配が一つあるが、それも近い場所ではない。地上に戻る階段の辺りだろう。

(ならば……!)

 目を薄く開き、左右の手に筒を持つように軽く指を曲げる。イメージの中の筒は剣。その刃は手首を縛る金属の枷に食い込ませる。その角度を頭の中で調整し、己の内なる力を引き出していく。

 淡い光が掌から生じ、イメージ通りに剣を形作っていく。その刃は枷をいとも簡単に裂いた。並の物質ではアズライルの生み出す光の刃を受け止める事はできない。だからこそ、国王暗殺の嫌疑を掛けられた時も脱獄できたのだ。

 両手を自由にした次は両足の枷を切り裂き、物音に注意しながら地面に両足を着ける。どうやら、麻酔で眠っていただけのようで、特に傷は負っていない。サスキアに付けられた首筋の傷も、それほど深いものではなく、既に塞がり掛けている。

 牢屋の鉄格子に近付き、そっと通路を見た。目に見える場所に見張りはいないらしい。

 それを確認し、鉄格子を光の刃を切り裂いた。切断面からずり落ちる鉄格子を素早く両手で掴み、物音が立つのを防ぐ。その時には既に光の剣は消えていた。

 足音に注意して進む。通路の曲がり角に人の影が映っている。恐らくは上階からの光によって見張りが照らされているのだ。槍のシルエットが壁に映っている。どうやらその見張りは、その場で監視しているだけのようで、移動する気配はない。上の階から人が来る素振りもなく、その見張りに気付かれなければ暫くはサスキアを欺く事もできるはずだ。

(……だが、参ったな)

 一度、サスキアの部屋への侵入には失敗してしまっている。サスキアに投げた言葉も、彼女を動揺させたようだった。

 恐らく、サスキアならばアズライル達の目的に気付いているだろう。それを考えれば、オスティスの指輪を別の場所に隠されてしまう可能性もある。下手に捨てられてしまえば、見つける事もできない。

(今更諦めるわけにもいかないしな……)

 牢屋に他の気配が無かった事を考えれば、オスティスはまだ捕まってはいない。

 指輪を探すか、オスティスを探して合流するか。サスキアを探るという道もあるが、先程、彼女を動揺させた事を考えればそれは難しいだろう。それに関係して指輪の捜索が難しくなったと仮定すれば、最も妥当なのは合流する事だ。オスティスの方でも何か予想外の情報が入っている可能性もある。その上で指輪の捜索を続けるか、引き上げるかは話し合って決めた方が良いだろう。

 アズライルがサスキアに待ち伏せされた事を考えれば、オスティスも完璧に動けている保障はない。個別で動いてどちらかが窮地に陥るよりも、この場合は二人で動いた方が互いの無事も確認できる。個々での同時侵入はリスクも大きい。

 アズライルは牢屋の通路を引き返した。通路の最奥部まで進み、そこで右手に長剣を作り出すと、天井に円を描くように刃を滑らせた。

 落下する天井を真下で受け止める。その天井の裏、上の部分には土と草が乗っている。牢屋は地下にあり、入り口こそ宮廷内部ではあるが、最奥部まで来れば天井の上には床ではなく地面があるのだ。天井をそっと石畳の上に下ろし、それを足場にして、切り取った穴に両手を突っ張り、上って行く。

 地上に出たところで周囲の気配を探る。

「……騒ぎになっているのか?」

 宮廷の壁に背中を預け、周囲の様子を伺っていた時、微かに遠くからの声が聞こえた。距離が遠すぎて良く聞き取る事はできないが、騒ぎが起こるとすれば原因はアズライルかオスティスしかいないだろう。アズライルがサスキアに捕まった事と、密かに脱走した事を考えれば、今騒ぎになるのはオスティスの方だ。

「まずいな……俺と違ってあいつはここの図面が頭に無い」

 記憶喪失のオスティスには、かつて住んでいた宮廷の構造すらも頭に残っていない。アズライルならばいくらでも追っ手を撒けるだろうが、オスティスはそうも行かないだろう。

「面倒な事になる前に合流しなければ……」

 気配を探りつつ、アズライルは宮廷の中へと再び足を踏み入れた。



 闇の中、明かりは蝋燭の炎だけ。部屋の中央には鳥籠と、ぐったりした状態でその中で柵に寄り掛かるようにして目を閉ざしたままのイマナ。そして、それを背にやや大きめの机に両手を組んで置いているシュゼールと、その目の前で両足を縛られた状態で小さなソファに座らされているアルディア。

「……暗くて目に悪い部屋だな、いつ見ても」

 その部屋に入り、ウェレが最初に放ったのはそんな言葉だった。

「何の用だ?」

「動きがあったら知らせろって言ったのはあんただ」

 シュゼールの言葉にウェレは言う。

 今すぐにでも罵倒を浴びせながらのしてやりたいところだが、その衝動を堪える。今のところ、シュゼール一人に見えるが、実際には判断し兼ねる。イマナを安全に助け出すためにも、もっと引き付けておいた方がいい。

「……にしても、悪趣味だな」

 拘束されたイマナと、アルディアを見て言う。

「そう見えるか?」

「ああ、見える。羨ましいを通り越してむかつくね」

 不敵な笑みを浮かべるシュゼールに、ウェレは言い放った。

「あなたは……?」

 アルディアの言葉を、ウェレは無視した。

 この場では自分の負の面を常に前面に押し出しておく必要がある。本来ならばアンラ・マンユとは敵対していそうなトリスメギストスでありながらも、この場にいるためには自分自身の闇を引き出しておかなければならない。自分自身を保ちながら、それを行うのは至難の業だ。

 ウェレ自身、余りここには立ち寄らない。用がある時と、イマナの事を探る時以外は。

 恐らく、自分自身をギリギリまで欺く事はアズライルにもできないだろう。別れて以来、イマナのために全てを懸けているウェレでなければできない芸当だ。

「アズライルとオスティスが城に乗り込んだ。既に騒ぎになってるぜ」

「目的は、解っているな?」

「あんたも馬鹿じゃねぇんだ、解ってんだろう」

「あの時の、指輪か」

 シュゼールが呟いた。

「なぁ、オスティスが指輪を取り戻したら、そいつは餌にもならないんじゃねぇか?」

「何……?」

 聞いた話では、アルディアの守護者となる人物は指が一つ無い者らしい。今のところオスティスがそれらしいが、よくよく考えれば、指輪がオスティスの手に戻れば、オスティスの小指も元に戻る。そうなった時、アルディアの守護者である条件はオスティスにはなくなってしまう。一応、名のある預言者の言葉だ。しかも、ティラはオスティスだと言い切った。その辺はどうなっているのだろうか。

「指が戻ったら、そこのお姫様の守護者じゃなくなっちまうだろ?」

「だが、その二人の結び付きは意外と強いようだが?」

「それも予言あってのもの、違うか?」

「……一理ある、だが、ここに彼女がいるだけで他に影響もある」

「メフィストフェレスへの影響か」

 ウェレは呟いた。

 アルディアを人質に取る事で、メフィストフェレスに揺さぶりをかける事もできる。オスティスとの関連は薄くなったとしても、そちらへの有用性があるなら、残しておいても損はないという事だ。

「ま、恋愛感情なんて一時の幻想だからな。そっちの方面で残しておいてもメリットは小さくないわけか」

 さも当然といったように言い、ウェレはアルディアに見下すような視線を向けた。

 無論、本音ではない。だが、心に本音を残しつつも、その偽りの言葉をそれが本心であるかのように発する事ができなければシュゼールの信頼は得られない。シュゼールの部下は皆、本心が闇だからだ。それにウェレも限りなく近付いていなくてはならない。

「ほ、本気で言っているのですか……?」

 ウェレの視線に、アルディアはそれでも真っ向からぶつかってくる視線を向けている。

 アルディアのような、真実を見抜く目を持つ人間を欺けるほどでなければ、これ以上シュゼールに近付く事はできないだろう。それはウェレが自分に課した試練でもあった。アルディアを欺けるか。欺く事ができたなら、シュゼールに、いや、イマナに近付ける。

「そうそう、今、地上で面白いものが見れるぜ」

 アルディアの問いを無視し、ウェレはシュゼールに視線を向けた。

「面白いもの、か?」

「ああ、見せてやるよ」

 シュゼールの興味を引いた事を確認し、ウェレは力を引き出し、円形のスクリーンをその場に作り出した。空間を操り、その場に任意のものを投影しているのである

 その中央に映し出されているのは、小さな女の子の手を引いて夜の街中を歩き回るエルスだった。幼い女の子は泣きそうな顔ではあったが、泣きそうになった瞬間にはエルスがそれを宥めている。

「どうよ?」

「……」

 ウェレの問いに感想は述べず、シュゼールは思案げにスクリーンを眺めている。

「こいつの中には、微かに光があるぜ。前に昇華した時にも、確かにあった。小さいが、決して弱くない光だ」

 周りの大人には牙を剥くような態度を取る癖に、引き連れている女の子には優しい。それは、紛れも無く正の面だ。

「何かのきっかけで、真実を受け入れれば――」

 一拍の間を空け、ウェレはシュゼールへの視線を細める。

 エルスが不安定で、今の力を使えるのは、真実を拒絶しているためだろう。だが、正の面が存在しているという事は、エルスの中にはどこかに光を見い出している部分があるという事だ。過去のトラウマを完全に消す事ができていない。シュゼールが矯正したところで、あの光は消えないだろう。

「――こいつは、裏切るぜ」

 容赦なく、ウェレは言い放った。

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