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第一話

第一話


 不安そうな黒い大きな瞳が、同じく黒いベールの奥から辺りを伺うように覗いていた。灼熱の太陽の下を行く駱駝の隊商の中でも、一際目を引く大型の駱駝の背には、天蓋付きの美麗な輿が載り、その中に黒いベールの若い娘が座り込んでいた。

 両端には少し地味な輿の付いた駱駝が一頭、ぴったりとくっ付いて歩んでいた。中に居るのは、もうかなり年取った女性だったが、その瞳はとても老女のそれではない。どことなく強い猜疑心を秘め、狡猾でそして強力な眼光は、時折黒いベールの娘をチラチラと見つめていた。

 それはまるで、獲物を捕らえて離さない猛禽のような目付きにも似ていた。


「アルディア様、ご機嫌は如何ですか? お疲れではありません? 駱駝の背はさぞ不愉快であられましょう?」

 突如、眼光鋭い老女は、横の黒いベールの娘に向って言いかけた。問われた娘、アルディアは、老女に不安そうな視線を移すと、すぐにもとの姿勢に戻り、何も無い砂漠を見渡した。


「別に……。心配することはありませんわ、ティラ。わたしは何処にも逃げません。いや、例え逃げようとしても、このような砂漠の中、どこに逃げるというのでしょう? わたしにはもう自分の希望というものはありません。国を出てから、わたしの心は虚ろになりました。何の反抗心も、何の気概も、何の夢も無くなったのですから……」

「そうですか。それなら宜しいのです」

とティラと呼ばれた老女は素っ気無く言った。


「あなたはわたしを見張る為に一緒に来たのですね」

 アルディアはそうつぶやいた。その声音には、徹底的な“諦め”が支配していた。

「父王様から、言い付かりました。無事に、かの国に連れてまいるようにと。あなたは大事な御身なのですよ!」

「大事な人質、と言い換えて欲しいわ!」

 アルディアも負けじと言い返した。ベールが少し翻り、その中の薔薇の蕾のような唇と、そして形の良い鼻がチラと見え隠れした。


「人質だなどと! なんてことを仰るのです! あなた様は、かの国にお興し入れになられるのではないですか!」

「この砂丘の果ての、何も無い国にね!」

 アルディアは毒づいた。

「父はわたしを売ったのです! 色々な見返りの為に!」

「しっ!」とティラが小さく叱責した。


「前にも後ろにも、あなた様をお守りするという名目で、スパイが居るということをお忘れなく!」

 アルディアは微かに吐息をつくと、前後を見渡した。屈強な男達が、太刀をあびて総勢10人近くは居た。ある者は駱駝に乗り、ある者は徒歩だった。

 彼ら一向は、灼熱の太陽の下、黙々と歩んでいるだけだった。


 一行の前には、気の遠くなるような砂丘が連なり、あとには駱駝と人の足跡がその砂の上に付いているだけだった。けれども砂嵐が来ると、砂丘は姿を変え、彼らの足跡もひとたまりも無く、消え果るだろう。

 急に何か苦いものが、アルディアの胸の奥からこみ上げて来た。それは哀しみといった生易しいものではなかった。苦痛でもない。恨み、そうそれは疑いも無く“憎しみ”に近かったのだ。


「次のオアシスはまだですわね」

 アルディアの苦悩を知ってか知らずか、ティラは淡々と目の前の駱駝の背に言いかけた。むくつけき男の顔が、振り返った。

「今日中に、次のオアシスまでは辿り着かないでしょうな」

「では、どうするのですか?」


「どこかでテントを張りましょう。アルディア様には、そこでお休みになって頂きます」

「ふん」とティラは鼻を鳴らした。

「これだから、砂漠は嫌なのよ……」

 ティラがブツブツと不満を述べた時、突然アルディアの声が響いた。


「ティラ! 向うに誰か居るみたいだわ!」

 ティラは目をこらしたが、辺りは砂丘で何も見えない。

「幻覚では? アルディア様? それとも陽炎かも」

「陽炎? 違います! わたしはある種の魔力が備わっているのはご存知でしょう? わたしには前方に何か見えますわ。そう……人間……人間よ! 男の人……」

 そう言った時、アルディアの胸の鼓動が激しくなった。不思議なことに、アルディアには、何か感じたのだ。それは衝撃的な感覚だった。今までに経験したことのない感覚が……。


「遥か前方に何か見えます!」

 一番先頭を行っていた駱駝の上の戦士が叫んだ。彼はこの一行の中で一番目がいいので有名だった。

「誰か居るようです!」

「こんなところに、誰か居るとは! 一体何者でしょう! この数日、わたし達一行の他は誰にも出会わなかったというのに!」

 ティラが叫ぶと、アルディアが静かに言った。

「その方を助けなければなりません。そう先祖の霊は告げています」


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