第十八話
ヘルメスの畏れ巫女・ティラの暗殺、そして、アルディア皇女の誘拐は、直ちにウルギス=ハーン、シャラグリア両国に伝えられた。特に、シャラグリアの国王・メフィストフェレスは、自分の思惑が何者かによって崩されようとしている事に、底知れぬ危機感を感じていた。
彼は、アルディアと共にこちらへ向かっていた兵士達を呼び、これまでの出来事を全て説明させた。
――ヘルメスの漆黒の少年、トリスメギストスのウェレ、砂嵐、マナフという謎の男――
この短期間に起こった信じ難い出来事の数々。マナフの姿が見えなくなったと同時にティラが殺され、アルディアの行方も掴めなくなったことから、この事件にマナフが関係している事は間違いないといっていいだろう。しかし、メフィストフェレスが何より一番驚いた事は、左手の指が一本切り落とされていたという、ヨハネスという少年の話であった。
「そいつは、本当にヨハネスという名なのか!?」
「いいえ、国王様。その名はアルディア様がお付けになられた仮の名でございます。彼は記憶を失くしておりまして。砂漠の真ん中に一人、瀕死の状態にいたのをアルディア様が発見されたのでございます。確か、ウェレという男が“オスティス”とか呼んでおりました。」
「ほう、オスティス・・・・・・・・??オっ、オススティスだとぉ(ですって)〜〜!?」
傍らで静かに二人の話を聞いていたサスキアも、思わず叫んだ。
「アルディア・・・いったい何処に居るってんだよ・・・・・・俺はどうすればいい・・・・・・くそっ!!」
オスティスはやり場の無い苛立ちに、拳をギュッと握り締め、唇を噛む。
――それにしても、ウェレ。あいつはいったい何者なんだ!?あのマナフとかいう奴の翼の背後に居たのは、確かにウェレだった。俺達の仲間、なんだよな??ただ、あいつがマナフと関係があるとしたら、必然的にアルディアにも辿り着けるはず。これからはあいつをあまり信用するのは危ないかもな。とにかくあいつが帰ってくる前に、早くこの事を兄さんに知らせなければ。
その時だった。オスティスは、窓の外に何かの気配を感じ、視線を移した。
――!!!!
一瞬ではあったが、何か、大きな翼のある、人間ほどの黒い影が下から上へと通過した。そして、オスティスは全身にぞくぞくするほどの寒気が走っていくのを感じた。
「オスティス!!」
いつの間に目を覚ましていたのか、アズライルが突然そう叫び、オスティスはハッとして振り向き、アズライルの視線の先へ、ゆっくり目をやった。
「よお。夕飯までには戻ると言ったのに、遅くなって悪りぃな。」
薄暗い部屋の隅の扉に、ウェレが立っていた。
静まり返った部屋。ただ、アズライルの懐にある赤い石の首飾りだけが、不気味に光りだしていた。