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第十六話

じめじめとした苔臭い空気。でこぼこした岩の壁を、湿気が水滴となって流れ落ち、ヌラヌラと不気味に照らしている。明かりらしい明かりと言えば、所々に壁にぶら下げられている、オレンジ色のランプだけで、足元もかろうじて見える程度だ。

一千年前、パセイダンとシャラグリアとの間に生じた領土争いの際に、パセイダンの国王が機密に造らせた、砂漠のど真ん中と国とを結ぶ地下通路であり、この通路を知る者はもはや誰もいなかった。

そんな場所を、アンラ・マンユがアジトとして改築し、集い始めたという訳だ。


「一体ぃ、何の用だョ!イチイチ呼びだすナンて、それなりノ用なんだろぅねェ。」

エルスが通常集会所として使用される部屋の入り口にもたれ掛かり、さも面倒臭そうな態度で、部屋のソファーに腰掛けるシュゼールを睨みつける。


シュゼールは、そんなエルスの態度を気にも留めない様子で、まるで自分の家にでもいるかのように寛ぎ、長い白髪を珍しく下ろしたまま、足を組んで微笑む。


「お前、ウェレに昇華されたそうだな。」

薄明かりで、ギラリとシュゼールの目が白い髪の間から光る。


「・・・・!!!」


「先に言っておくが、ウェレを殺り返そうなんてことは考えるんじゃないぞ。

お前の力では歯が立たないことは身に沁みて分かっただろう。」

完全に見下げた口調に、今にも冷静さを失いそうになるのを、エルスは唇を噛み締めて何とか維持しようとする。




 



 四年前のシャラグリア国王暗殺事件の夜、エルスとその双子の妹ウィネは、不幸にもあの場所に居合わせてしまった。


「アズライルが脱獄したぞーーー!!!」

衛兵の声がこだまし、慌しく城の周囲で明かりがつき始めた。

そのとき、二人はちょうど布売りの仕事が片付き、帰宅の途中だった。


「お兄ちゃん、何かあったのかな・・?」

ウィネの不安そうな表情をなんとか安心させようと、エルスはなんとか作り笑いをするが、それはきっと強張っているに違いない。

それと言うのも、昼間、客の一人に、アズライルの裏切りにより、国王が暗殺されたことを知っていたからである。しかし、ウィネはその時はちょうど居合わせておらず、その話を知らなかったので、必要以上に妹を怖がらせなくて済んだことが不幸中の幸いであった。

両親を早くに亡くしたせいか、ウィネは異状に怖がりで、よく泣く子どもだった。

「さ、早く家へ帰ろう。」

気付かれまいと、妹の手を引き、なるべく早足でそこを通り過ぎようとするが、そうもうまくはいかなかった。森を抜ければ、故郷の街まですぐだと言うのに、その出来事は起こってしまったのだ。


「あ、待って!髪留めを落としちゃった。」

ウィネがエルスの手を振り払い、慌てて母の形見である髪留めを拾いに戻る。

その直後、ウィネのすぐ側の茂みがガサガサと動いた。

「グルルルル・・・・・」

大型の獣の唸る声がしたと思うと、次の瞬間、あっと言うウィネの悲鳴と共に、茂みから大人二人分程もあろうかという化け物が、覆い被さった。

「ウィネーーー!!!!」

渾身の力で妹に覆い被さる化け物に体当たりをするが、びくりともせず、逆にその尾で後方に投げ飛ばされてしまった。

思い切り地面に叩きつけられ、朦朧とする意識の中、エルスはひたすら妹の名を呼び続けた。


    ウィネ・・・・・・!!!!

    ウィネ・・・・!!!

    やめろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!


「野蛮なグノーシスめ!」

果敢な声とともに、城の城壁を乗り越え、勢いよく青年が飛び出した。

「グルルルルル・・・!」

化け物はウェネから顔を上げ、暗闇の中で鋭い視線をその青年に向けると、対象をそちらに変更し、すぐさま飛び掛った。


一瞬、青年が化け物の下敷きになったように見えたが、その直後、青年は光る獅子に姿を変え、化け物の腹を切り裂いた。

「グウウ・・・・!!!」

化け物の苦痛の唸り声と共に、獅子は再び青年へと姿を戻した。

地面にバサリと転がった化け物の死体を跨ぐような形で、青年が動かなくなった、幼い少女ウィネの元へと歩み寄った。

「くそっ、罪のない市民を・・・!まだこんな子どもだったのに・・・。」

青年は、悔しそうに少女の遺体を抱き上げると、すぐ近くで気を失っている少年のすぐ隣にそれを横たえた。

「グノーシスは他にもいるはずだ・・・・。兄さんが無事ならいいが・・・。」


青年が去ったしばらく後、エルスは意識を取り戻したが、息絶えたたった1人の妹ウィネの無残な亡骸を見ても、すぐに死を受け入れることができなかった。

ただ、エルスの途切れ途切れの記憶の中で、怒りと憎しみだけが増していった。


      光の獅子・・・・

      俺のウィネを奪った化け物・・・・


その憎悪の念はやがて、エルスの正気を蝕み始め、妹を自分と同化させることで、なんとか精神を保つことができた。

そうして、何日も何日も放浪し、砂漠の真ん中で生きたえようとしていたこの少年を、シュゼールがアジトに連れ帰ったのであった。





一息つくと、シュゼールが再び口を開いた。

「四年前、俺に助けられたことを忘れてはいないな?あのとき、お前は一度死んだ身だ。」

過去を思い出し、怒りに震えるエルス。

「あァ。」

再び、エルスの頭には、あの憎き赤獅子をどう甚振って殺そうかという考えでいっぱいになる。


「なら、話は早い。

 ウェレにお前を昇華させたのはこのオレだ。」


エルスの思考が一瞬止まった。

「・・・ンだとぉ・・・・!?どぉゆうことダ・・・!!!」

怒り狂ったエルスがあっという間にシュゼールに掴み掛かかるが、シュゼールは表情を変えない。

「ウェレは、オレが送ったスパイだ。あの演技で、赤獅子はウェレを信用しただろう。」

がっとエルスの拳を握った腕を押さえつけると、シュゼールは微笑した。

「俺とウィネを・・・騙したってぇのカ・・・・?」

「そうだ。しかし、ちゃんと後にブシュケを送っただろう。」

エルスは狂ったように忍ばせていた短剣をシュゼールの首に突きつけた。

「喉引っかき切ってやル・・・!ウィネ、どう殺リたぃ?ああ、そうか、先に内臓を引っ張り出スんだネ・・イイよ、ひゃはは。」

ぐいとエルスの髪を掴むと、初めてシュゼールがソファーから立ち上がり、短剣を持つ手を捻り挙げた。


「いいか、オレへの恩を忘れるな・・・。」

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