第九話
「くっそ、結びづらいな……」
砂漠では必需品とも言えるマントを羽織った俺は、胸元で締める紐に四苦八苦していた。左手の小指がないせいか、どうにも拳を作りづらいのだ。
結局、結べた事は結べたのだが、かなり汚くなって仕舞った。輪の大きさの違う結び方は、自分で見ても情けないと思う。
「支度は出来たのか?」
いつの間にかテントの入り口に立っていた大男が、俺に言う。その言葉こそ疑問文だが、ニュアンス的には訊ねているのではないという事が分かる。
「一応な。……出発するのか?」
「あぁ。砂漠の気温は、昼には五〇度を越える。朝の内にテントを畳んで出発した方がいい」
「詳しいな」
「当たり前だ。俺はこの砂漠で生まれ育ったんだからな」
なるほど、と思うも、ふとした疑問が浮かぶ。
「アルディアも砂漠で育ったのか?」
「様を付けんか無礼者が!」
チャキ、と大男が腰に帯びた歪刀に手をかける。俺は慌てて訂正する。
「……フン、まぁいいだろう。アルディア様はこの地の方ではない」
俺が予想していた通りの言葉が返ってきた。そうなんじゃないかと思ったのは、今朝の会合だ。
ヴェール越しでも分かるアルディアの白い肌のきめ細かさは、明らかに砂漠の民とは思えない。
「で、何でアルディア様はこんな砂漠にいるんだ?」
「貴様が知る必要はない。とっととテントをバラしたい。ボサッとしてるとテントごと畳むぞ」
「それだけは勘弁。分かった、すぐ行く」
「あぁ、それともう一つ」
テントの簾に手をかけた大男が振り返りながら言う。
「朝飯は食うなよ。吐くぞ」
「うぉえ……」
すでに昼下がり。昨日は荷台に乗せられていたが、今日はひたすら歩きだった。大男の乗る駱駝の隣を、この炎天下、延々と歩かされたのだ。
オアシスに到着したはいいものの、俺はさっきからその隅の砂の上に嘔吐し続けていた。
「だから言っただろ。朝飯は食うな、と」
「うるせぇよ……」
咥内の不快感が漂う。俺はオアシスの水を手で掬い、洗い流し、吐く。
「明日には都に着く。今日はここに一泊するぞ」
「は?まだ陽は昇ってるぞ?」
「砂漠を嘗めるな。何故に数少ない水場を離れてまた砂漠を渡る必要がある?それに、他の者達の疲労もある。休める時に休んどけ」
鼻を鳴らし、大男が力説する。隊商の方を見てみると、なるほど、その言葉の意味が分かる。
「はぁ……んじゃ、お言葉に甘えて、休ませてもらうよ……」
「……何を言っている。お前はこれから、テントを組むんだよ。日陰に入りたかったら」
……あぁそうですね。仰る通りで御座いますとも。
舌打ちしながら俺が立ち上がろうと、砂に手をついた瞬間、
ズキン、と小指が痛んだ。
正確には小指があった場所。そこが、キリキリと痛みだした。
「なっ、痛ッ!?」
「どうした?」
左手を押さえる俺に怪訝そうな表情で大男が訊ねてくるが、その言葉が聞こえなくなる程に、痛む。
何かが、来る。
ここに。オアシスに。
俺に、会いに?
根拠もなく、そう思う。俺はオアシスの向こう……吹き荒れる砂塵の中を見つめる。
「何、だ?」
歯を食いしばり、俺は左手を押さえる力を強める。視線は砂漠の向こうに釘付けのまま。
そこに。
小柄な人間だと思われる、漆黒の影がたった一つ、存在していた。
「オスティス……見ィつけたァ」
人影はオアシスの境界内に入り込み、そう呟いた。
「赤獅子、オスティス。アンタをアズライルに渡す訳にァいかねェンだよ。俺ら、アンラ・マンユに服従しな」
隊商の真ん中まで歩み寄ったその人影は、少年だった。アルディアや俺より更に小さな……一三〜四くらいの、少年。
ただ。
砂漠の陽炎の様に、存在感が薄い。まるで、影である事による影、影であるべき影。灼熱の砂漠には似つかわしくない、一切の光を拒絶している様に漆黒の少年。
「何だ、貴様は!」
今まで、オアシスの水際で涼んでいた屈強な戦士達が、突如現れた不審者に刃を向ける。
「……あ?」
漆黒の髪を靡かせ、漆黒の双眸を男達に向けた少年は、謳う様に呟く。
「邪魔すンなよ。アンタらにャ用はねェ。……あァ、ウザいな。ウザいンだよ、クズ共が。邪魔だなァ。あァ邪魔だ。なァ、俺ァどォすりャいい?コイツら殺すか、ウィネ?……そォだな。邪魔な奴は殺そォか。……分かってるよ、そンなに怒鳴ンなよ。赤獅子は殺しャしねェって。うン、約束は守るって。そンで、アズライルの奴を一緒に殺そう」
なんだか、訳の分からない事をブツブツと。誰かに語りかけている様だが、どう見ても少年は一人だ。独り言か?だとしたらアブナい奴だ。「……つゥ訳で。俺はオスティスを連れて行く。アンラ・マンユにァ必要な鍵なンでな。ンで、邪魔する奴は殺す。いいか?」
両手を広げ、自らを十字架の様に見せる少年は呟く。
断罪の、十字架。
「何を訳の分からない事を!」
男の一人が、背後から斬り掛かる。
が、
「まずは、一人目」
少年は、口元を浮かべ嘲笑し、振り返る事なく男の手を掴む。あまりの事に、男の顔色が驚愕に染まる。
「我が愛しい愛しい、可愛らしく愛らしい、カビ臭ェ悪友・ウィネ。噛み砕けよ」
少年がそう呟くと同時に、
手を掴まれていた男の頭が、内側から弾けた。
どうも。二週目が回ってきて、再び執筆しました。W0584Aの月城 柚とかいう奴です。
読んで下されば分かるように、何だか今回は、ラノベ風味になって仕舞いました。好きなんです、戦闘とか^^;
さて、次回は白銀さんがご執筆なされます。同じラノベ書きといて楽しみです。