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 Side:橘八重



 「う、ん? ………ここどこだ?」


 何故か分からないけど、俺はフローリングの床に寝ていたみたいだ。

 いったい何故そんな所で寝ているのか分からないが、こういう場合は高い確率でエルトアリアさんが絡んでいる。


 だから…………たしか異界から虚界に戻ったらエルトアリアさんが来たんだっけ?

 その後に【転移魔法】を使われた記憶が薄っすらあるな。

 何故か必ず両肩を掴まれるんで、エルトアリアさんに【転移魔法】を使われるのは分かりやすいんだ。

 それに記憶にも残りやすい。


 その後の記憶が無いのを考えると、おそらくだが虚界で厳しかった俺は、強制的に戻された地球で気絶したんだろう。


 「おっと、起きましたね?

 どうやら回復しているようで何よりです」


 「あっ、エルトアリアさん。

 俺、いきなりこっちに連れてこられて気絶しませんでした?」


 「………ここは新宿区にあるタワーマンションの一室ですよ?」


 「小首を傾(かし)げて可愛く言っても駄目です。

 どう思い出しても、エルトアリアさんが連れて来た所為で気絶してますよね?」


 「まあ、そうですけど………気にしたら負けです。

 代わりに治療しておいたのですから、厳しい時間は短時間で済んでますし、気絶したので痛みも無く終わっているでしょう。

 むしろ時間もあまり経ってないんですから、感謝してもいいぐらいだと思いますけどね?」


 「それでも無理矢理に連れてこられて気絶した事実は変わりませんけどね。

 それはともかく高層マンションですか……」


 これ以上エルトアリアさんに突っ込んでキレられても困るので、俺は引いて話を変える事にした。

 そもそも高層マンションをあっという間に購入した事にも驚くし、既に生活の準備をしているのにも驚く。

 どんだけ動き出しが早いんだろうね?


 「古き時より<急ぐべき時は急げ>という言葉があるのですよ。

 早く動くべき時にゆっくりとしていては好機を失う、というような意味ですね」


 「<鉄は熱いうちに打て>と似たような言葉なのかな?

 それはともかく高層マンションを借りるとは思いませんでした。

 お金あるんですねー」


 「高層マンション?

 不動産屋というのはタワーマンションと言っていましたが……」


 「どっちでも同じですよ。

 高層マンションとか、タワーマンションとか言うんです。

 どちらも同じ物を指すので、違いなんかはありませんね」


 「そうでしたか。

 それはともかく、そこまでお金のかかる物件ではありませんでしたよ?

 虚界にて溜め込んでいる食料を多少売れば買えましたけどね?」


 「食料って………魔力由来の物なんでしょうけど、SDを大量に持っていた感じですか?」


 「違いますよ。

 精神を物質状に変換したと言いますか、凝縮して物質化させた物です。

 私は高次圧縮精神触媒と呼んでいますが、呼称は適当でいいでしょう。

 所詮は拷問をした連中の精神の一部ですし」


 「うえっ!? 拷問の!?」


 「何か勘違いしているようですが、精神の一部を直接抜き出したわけではありませんよ?

 拷問に掛けている際の苦痛や嘆きや絶望を集めて圧縮した物と考えれば分かりやすいでしょう。

 実際にはその後に浄化と単一化を行っているわけですが」


  全く分からないけど、おそらく凄い物なんだろうという事は分かる。

 それを売ってタワーマンションを買ったって事は、間違いなく日本で売ったんだろうけど………

 そんなの買う所あるのかな? 有名企業………ないな。

 そもそも魔力の活かし方が不明なのに、精神触媒なる意味不明な物はもっと無理だろ。


 「精神触媒は精神由来の触媒だというだけです。

 それに売り先はSCCの研究開発部門というところですよ。

 この国の政府も絡んでいる所なので、十二分なお金も持っていましたのでね。

 そこに売って資金を得たのです。

 なぜか第三位魔製貴族であるソレグモラ家の者が大喜びしていましたが……」


 SCCの研究開発部って、人間の科学者や物理学者に悪魔の人達も居るっていう場所だったはず。

 相当にカオスな所だって聞いた事があるけど、地下にあるらしくて行った事が無いんだよなぁ。

 関係者以外、立ち入り禁止の場所だから。


 「そうなのですね。

 私は何の許可もなく入れましたけど」


 「そりゃ最高位悪魔なんですからフリーパスでしょうよ。

 一般人と一緒の扱いの方がおかしいでしょうに。

 それはともかくとして、俺も引っ越しの手伝いとかした方がいいですかね?

 女性の部屋なので勝手な事をするわけにもいかないので聞くんですけど」


 「手伝う事はありませんよ。

 既に大半は終わっていますし、後はこちらで色々と買うだけです。

 何よりメイド達も来ていますからね。

 その者達を動かせばいいだけです」


 「メイドってアロハヌス家のですか? 抜けると問題な気がしますけど……」


 「抜けてはいませんよ。

 こちらで暮らすのもローテーションで回すだけです。

 そもそもこのタワーマンションの最上階部分は全て購入済みですから、部屋は余っていますしね」


 「うえっ!? 最上階全部を買ったんですか!?

 ………高次圧縮精神触媒って、どれほどの高値で売れたんだ?

 聞くのが恐ろしいような、でも聞いてみたいような……」


 「100グラムで62億円でしたね」


 「……………62、円?」


 「62億円です。

 ちなみに私は500グラム売りました。

 とはいえ数千年を生きた私でも、20トンくらいしか持ってないんですけどね?」


 「メチャクチャ持ってるじゃん!

 20トンもあるなら貴重じゃないよ!!

 もっと貴重な物かと思って損した」


 「貴重ですよ?

 だって虚界で高次圧縮精神触媒を作れるのは私だけですし、それも拷問を続けてようやく得られる物ですからね。

 拷問対象がいないと手に入らないんですよ。

 人間で作ってみましょうか?

 となるとタワーマンションの一室は拷問用に空けておくべきですし……」


 なんか怖い事を言い出したよ、このヒト。

 そもそも高次圧縮精神触媒って何に使うのか知らないけど、相当に貴重な物なのは間違いない。

 だって虚界でもエルトアリアさんにしか作れないって、間違いなくヤバい代物だろうしね」


 「ちなみにSDと比べると、その内包しているエネルギーは数万倍になります。

 それがどれほどかと言うと、1グラムで一定期間、暴食の連中が大人しくなると考えれば分かるでしょう。

 それほどまでのエネルギーです。

 ただし器を満たすのには使えませんけどね」


 「そうなんですか?」


 「前にも言いましたが、精と精神と魂の満足があって初めて器が満たされるのです。

 高次圧縮精神触媒は食料として使えますが、それは悪魔が人間の精神を直接喰らっているのと変わりません。

 つまり精神が満たされるだけであり、精と魂が満たされるわけではないのですよ」


 「そういえば、サキュバスやインキュバスの人達でなくとも、精を満たさなければ子供は出来ないので?

 それとも他の悪魔の人達は満たさなくても問題ない?」


 「いえ、器は全て同じです。

 ただし他の連中は、精を満たす量そのものが少なくて済みます。

 私達のような色欲の悪魔は、それだけ精の器が大きいのですよ。

 ちなみに私達の次に精の器が大きいのは嫉妬の連中です。

 そして一番小さいのが怠惰ですね」


 「まあ、怠惰の人達がそうなのは、なんとなく分かります。

 あの人達って、そういう行為すら億劫(おっくう)だと言い出しそうですし」


 「ええ、まさにそうです。

 私達色欲からすればあり得ないと言えるのですが、奴らは平気でそういう事を口走るのですよ。

 信じられません」


 まあ、色欲の人からしたらそうなんだろうと思う。

 逆に怠惰の人達からしたら、そこまで行為に拘る事に対して、あり得ないと言い出すんだろうけどね。

 分かりあうのは難しいと思う。

 相手への理解すら「面倒臭い」と言い出しそうだし。


 「怠惰の連中は人間の想像の範囲内ですよ。

 アレらは全てに対して「面倒」だと言い出しますからね。

 それでも食料の為には動きますが」


 本当に酷いナマケモノだ。


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