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世界最強の勇者パーティーをクビになったので、路地裏で静かに『石ころ』を目指します  作者: 寝不足魔王


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第2-4話:放送事故と究極の癒やし

 カランカラン、と控えめな鈴の音が店内に響いた。

 昨日、嵐のように去っていった派手な少女――如月咲良が、再び『氷室魔道具修理店』の扉を開けて立っていた。

 

 しかし、今日の彼女は昨日とは打って変わって、殊勝な面持ちを浮かべている。

 金髪のメッシュは丁寧に整えられ、露出の多かった軽装鎧の上から地味なパーカーを羽織っていた。自撮り棒もなければ、耳障りなドローンの羽音もしない。

 

「……あの、昨日はごめん。ちょっと、テンション上がりすぎてて。……今日は、普通にお客さんとして来たんだけど」

 

 咲良は視線を泳がせながら、カウンターに座る俺、鈴木慎一に向かって小さな声を絞り出した。

 

(……また来た。しかも、今度は『しおらしいキャラ』で攻めてくるつもりか)

 

 俺の『モブの極意』が、彼女の纏う「演技」の匂いを敏感に察知する。

 だが、客として来た以上、無下に追い返すわけにはいかない。俺はあくまで時給1100円のバイト店員なのだ。

 

「……いらっしゃいませ。修理のご依頼でしょうか」

「……うん。これ、直せるかなって。探索中に、ちょっと……やっちゃって」

 

 彼女が差し出してきたのは、高級なオリハルコン製のダガーだった。

 刃の先端が不自然に折れ、表面にはどろりとした嫌な光沢を放つ魔物の血――『呪いの煤』が付着している。

 よく見れば、断面が新しすぎる。おそらく、ここに来る直前に自分でどこかの壁にでも叩きつけて折ってきたのだろう。

 

「……承りました。お預かりします」

 

 俺は深く追及せず、事務的にダガーを受け取った。

 彼女の狙いが何であれ、俺のやるべきことは変わらない。

 背景として、石ころとして、目の前のガラクタを磨き上げるだけだ。

 

 俺は作業台に向かい、いつものボロ布を手に取った。

 作業を開始した瞬間、俺の意識は「鈴木慎一」という個体を離れ、店内の風景の一部へと溶け込んでいく。

 

 シュッ、シュッ、という一定のリズム。

 

 俺がダガーを磨き始めると、刃にこびり付いていた魔物の怨念が、俺の「気配のなさ」に毒気を抜かれたようにハラハラと崩れていく。

 

 一方、カウンター越しに俺の作業を眺めていた咲良は、胸元のボタンに仕込んだ超小型カメラの角度を密かに調整していた。

 

(……よし、バッチリ映ってる。昨日のあの『空白』の正体、生配信で暴いてやるんだから!)

 

 彼女の隠し持ったスマートフォンの中では、非公開のゲリラ生配信が密かに進行していた。

 タイトルは『【潜入】新宿の路地裏で見つけた、カメラに映らない謎の少年の正体』。

 

 画面には、慎一の淡々と動く手元と、ピントの合わない横顔だけが映し出されている。

 咲良は、リスナーが「地味すぎてつまんない」と離脱することを危惧していた。

 

 しかし、現実はその真逆だった。

 

『……待って。何これ。見てるだけで、めちゃくちゃ落ち着くんだけど』

『心拍数が一気に下がった。この研磨音、ASMRの最高傑作じゃね?』

『画面の奥に「究極の癒やし」がいる。この背景の男、何者だよ……』

 

 コメント欄が、これまでにない速度で埋まっていく。

 それは熱狂というよりは、集団催眠に近い「安らぎ」の連鎖だった。

 

 慎一の『モブの極意』が、通信回線というフィルターを通じ、視聴者たちの精神にダイレクトに作用していた。

 現代ダンジョン社会というストレスフルな世界で、常に「数字」と「刺激」に晒されている人々にとって、慎一の放つ「徹底した無」は、乾いた大地に染み込む水のような救いとなっていたのだ。

 

「…………あ」

 

 一番近くにいた咲良もまた、例外ではなかった。

 

 慎一の隣に立って、その規則正しい手の動きを見つめているうちに、彼女の脳内にあった「バズりたい」「あいつを暴きたい」というギラついた野心が、急速に薄れていく。

 

 いつもなら、一秒ごとにコメント欄をチェックし、次のリアクションを考え、自分を偽り続ける。

 それが人気配信者『如月咲良』の日常であり、義務だった。

 

 だが、今はどうだろう。

 慎一が磨くダガーの鈍い輝き。

 店内に漂う、古いオイルと埃の匂い。

 そして、隣にいる少年の、石ころのように静かな呼吸音。

 

(……なんか、もう、どうでもいいかも……)

 

 咲良の目から力が抜け、とろんとした恍惚とした表情に変わっていく。

 彼女は無意識に、慎一の方へと体を寄せた。

 彼のパーソナルスペースに踏み込んでも、彼は嫌な顔一つせず、ただの「椅子」や「壁」と同じように自分を受け入れてくれる。

 その絶対的な安心感に、彼女の精神的なガードが、ドロドロに溶かされていく。

 

「……ねぇ。君、名前、なんていうの?」

 

 咲良が、営業スマイルではない、素の、少し舌足らずな声で問いかけた。

 

「……鈴木です。バイトの」

 

 慎一は、視線を作業から外さずに答える。

 その素っ気なさが、今の咲良には、どんな甘い言葉よりも心地よく響いた。

 

『サクラちゃん、放送事故だろこれw』

『完全に毒抜かれてるじゃん。顔が溶けてるぞ』

『っていうかこの鈴木くん、実在してるのか? 画面越しだと天使の背景に見える』

 

 同時接続数は、自己最高の50万人を突破していた。

 しかし、咲良はもう、スマートフォンの存在すら忘れかけていた。

 彼女はただ、この「静寂」の一部になりたい。

 この少年の隣で、何も考えずに、ただ呼吸をしていたい。

 

「……そこまでよ。泥棒猫さん」

 

 不意に、店の奥から冷徹な声が響いた。

 

 ハッとして顔を上げると、そこにはおにぎりの入った皿を手に、般若のような形相で立つ冴子の姿があった。

 彼女の『真眼』は、咲良の胸元で怪しく明滅する微弱な電波――隠し撮りの証拠を、完璧に射抜いていた。

 

「……慎一君。そのダガー、もういいわ。この子、お客様じゃないもの」

「えっ? あ、店長。お昼ですか?」

 

 慎一が暢気に手を止める。

 冴子は、咲良の胸元のボタンに向かって、人差し指をピッと向けた。

 

 パシッ、という火花が散り、咲良のスマートフォンが急激に熱を帯びる。

 

「あつっ!? な、なに!?」

「……営業妨害で訴えられたくなければ、今すぐ消えなさい。二度目はないわよ」

 

 元S級の殺気に当てられ、咲良は悲鳴を上げて店を飛び出した。

 

 路地裏に転がり出た咲良が、震える手でスマートフォンを操作する。

 配信は強制終了していたが、そこには信じられない数字が残っていた。

 

「……な、なんなのよ、これ……」

 

 アーカイブの再生数は、数分で数百万を超えている。

 そしてSNSのトレンド1位には、彼女の名前ではなく、こう刻まれていた。

 

『#新宿の石ころ神』

 

 鈴木慎一。

 本人はただのバイト生活を満喫しているつもりだが、彼の「無」という名の癒やしは、現代社会に飢えた数百万人の魂に、深い爪痕を刻み込んでいた。


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