再会する見習いメイド
私の懇願に、ツェルベルス様とステファンさんは固まってしまった。ふ、不敬だっただろうか。
「も、申し訳ございません」
「ミラ、落ち着きなさい」
「貰ったものを返すなんて、メイドにあるまじき行為……」
「ミラ——」
その場で平伏し、許しを願う。
「申し訳ございませんでした。どうか命だけはお助けを」
「はあぁぁ……」
私の失態にメイド長が大きな溜息を吐く。私の行為が目に余ったな違いない。このままでは……。
公爵家への不敬罪で斬首……。
気づくと涙がポロポロと溢れはじめていた。伯爵家の皆さん、ごめんなさい。私はどうやら王都は辿り着けないようです。
「ど、どうかお許しを……」
「ミラ、お二人にご迷惑をおかけしないでください。申し訳ございません。なにぶん思い込みが激しい子でして……」
両脇に手を入れられ持ち上げられている私、足はプラーン垂れ下がり、メイド長との身長差を感じる。
呆気に取られたお二人も、垂れ下がる私を見て優しく微笑みはじめた。
「ふふ、驚かせたみたいでごめんなさいね。まさか、そんな素敵なことに金貨百枚を使おうとするなんて思っていなくて」
「私もメイドとして、ミラさんを見習わなくてなりませんね」
そう言ってツェルベルス様は、両脇に手を入れられプラーン垂れ下がる私の頭を撫でてくれる。
「私なんて……私なんて、見習うところなんてありませんよ」
ツェルベルス様はメイド長に目配せすると、メイド長がゆっくりと私を下ろす。
エプロンドレスに土がついて汚れた私をツェルベルス様が抱き寄せてくれる。柔らかいドレスの感触とその奥から香るツェルベルス様の甘い匂いに包まれる。
「ツ、ツェルベルス公爵令嬢様、よ、汚れてしまいます」
「リーファと呼んでいただけませんか?」
「そ、そんな恐れ多いです」
「私が許可を出したのです。呼ぶまで離してあげませんよ?」
「うっ……。リ、リーファ様」
「うふふ、可愛いわぁ。ニーナさん、この子いただけません?」
「うええっ?!」
私はツェルベルス様の申し出に、びっくりして変な声をあげてしまう。
「ダメですね。この子は伯爵家の寵愛を受けておりますので」
「うふふ、そうでしょうね。ミラさん、このお金は一旦私が預かります。王都に着いたら一緒に伯爵家の方が幸せになるものを探しましょう」
「よ、よろしいのですか?」
「もちろんです。必ず会いに来てくださいね。来てくれないと拗ねてしまいますよ?」
「は、はい!必ず会いにいきます」
「うふふ、本当に可愛いわね……。ニーナさん?」
「ダメです」
ツェルベルス様とメイド長が何やら目でやり取りをしていたが、何があったのかは私にはわからなかった。
その後、名残惜しそうなツェルベルス様を、メイド長と一緒に見送り、自分たちが乗ってきた馬車に戻った。
「お優しい方でしたね」
「そうね。私たちも急ぎましょうか、あまりお嬢さまを待たせては申し訳ありませんからね」
「そ、そうですね」
私達の馬車は茂みを抜け、ここからでも見えるほど大きな城壁に向かって走りはじめた。いろいろあって疲れ切っていた私は、いつの間にかメイド長の膝の上で眠りに落ちており、気づけば知らない屋敷の知らないベッドで寝ていた。
知らない天井を見つめる。壁紙装飾がとても綺麗だ。ベッドは広く、とてもふかふかしている。どう考えても使用人のベッドではない……。
寝ぼけていた頭がだんだんと覚醒してくると同時に、とんでもない不敬を働いている気がしてきて、跳ねるように起き上がった。
メイド服で来てたはずなのに、サラサラとして触り心地の良い、白くて薄いワンピースを着ていた。
こんな良いものに傷なんてつけたら……。サーッと顔が青くなっていくのを感じる。
「そ、そうだ!動かなければいいんだ」
近くの椅子へと座り、私は人形、私は人形どう頭の中で呟く。
軽快な扉を叩く音が聞こえたかと思うと、扉が開き、メイド服を着た人が入ってきた。
「あら、ミラ起きてたのね」
「は、はい!人形です」
「……何を言ってるの?」
「す、すみません!…あっ」
アリスお嬢様を立たせて私が座っているわけにはいかないと思い、勢いよく立ち上がった私はそのままワンピースの裾を踏み、盛大に転んだ。
「グェッ」
「ふふふ、相変わらずね」
「す、すみません。と、ところでアリスお嬢様?」
「ふふ、なーに?」
「どうしてメイド服を着ていらっしゃるのでしょうか?」
私の問いにお嬢様の口元が弧を描く。あの顔は知っている。悪戯好きのお嬢様が、誰かに悪戯した時の顔。この場には私しかいないわけで……つまり。
「うふふ、久しぶりにミラと会えるから、何かサプライズがしたくてね。メイド達と考えてたの。それで思いついたのよ!」
「な、何をでしょうか?」
「ミラには一日、お嬢様体験をして貰おうってね」
「……えっ」
つまり、お貴族様服を着て、お家族様の食事を食べるってこと……?
私は勢いよく首を左右に振る。そんなことをしたら怖くて歩けないし、食べ物も緊張で味なんかわかるはずもない。
「ミラ、私なら。ミラに喜んで欲しかっただけなの、ダメかしら……?」
「全然ダメじゃないです!やりましょう!」
アリスお嬢様のお願いごとを突っぱねる事のほうが私には出来ない。覚悟を決めるのです、ミラ!きっと伯爵家の人達が喜ぶことなのでしょう!……多分。
「そう、良かったわ!まずはお風呂からね」
「おふろ……?」
お嬢様が手を叩くと、お嬢様の後ろから専属のメイド達が五人部屋に入ってきた。何故か、みんなすごい笑顔で私を見ている。そのうちの二人に脇から手を入れられ、持ち上げられる。本日二度目の空中散歩に、私って小さいんだなぁと再確認した。
「うふふ、私のお風呂場へ行きましょうね。みんな行くわよ」
「「「「「はい!」」」」」
「えっ……。こ、このままですか?」
私はそのままの状態でアリスお嬢様の部屋の隣にある、お嬢様専用の浴室へと連れていかれるのだった。
「さあ、お湯の準備は出来ているわ。さっさと脱がせちゃってちょうだい」
「「「「「はーい」」」」」
「えっ?じ、自分で投げますから!あー……。ひゃあっ!」
対抗虚しく、服を脱がされ生まれたままの姿で浴槽へと入れられる。泡で埋め尽くされたお湯からはほのかにお花のような香りがする。
熱すぎないくらいの温度のお湯に思わず安堵の息が口から漏れ出す。
「……ふぃー、気持ちいいれふ……」
「うふふ、相変わらず可愛いわね。それにしても綺麗な体ね。手もそうだけど、あれだけ転んでるから、擦り傷や痣があると思っていたわ」
「そういえばそうですね。昔から、転んだり、落ちたりすることはありましたけど……殴られたりすることも、ありました。でも傷ができたことはありませんね」
私の言葉に場が静まる。チャポンと水が垂れる音だけが浴室に響いた。私の髪を解いていたお嬢様の手が止まる。
もはや廃村寸前だった村での生活を思い出す。家など屋根があるだけで有り難かった。傷ができないという理由で虐められ、腫れ物のように扱われた日々。
石を投げつけられたこともあった。木の棒で殴られたことも、それでも傷一つつかない私を村の人は、まるで魔物を見るような目で見ていた。
私を守ってくれる人など誰もいなかった。親もいない私の生活などそんなものだった。
「……それでも傷ができないからって、殴られていいわけじゃないのよ?」
「伯爵家に拾って頂く前の話ですから、今はみなさんに優しくして頂けてますから、昔のことなんて気になりません。私は……」
今の生活はまるで夢のような日々だ。ご飯は食べられる、寝るところはある、仕事もある。それだけで十分なのに、お金まで……。伯爵家の方々の優しさに涙が溜まり、アリスお嬢様のお顔がボヤけていく。
私は精一杯の笑顔をお嬢様に向け伝える。
「……幸せです!」
今幸せすぎる自分が少し怖い。
だから、これ以上は、きっと望んではいけない。震える手を抱き寄せて誤魔化す。伯爵家の方々は私を気味悪がらないけど、多分周りの貴族は違う。もしバレて伯爵家に迷惑がかかると思うと怖い。
そんな私をアリスお嬢様が浴槽に身を寄せて、私を抱き寄せる。新品の服の匂いとほのかにお嬢様の香りが私の顔を包んだ。
「ア、アリスお嬢様、慣れてしまいますよ!」
「……気にならないわけないじゃない」
「えっ……」
「そんなふざけたことを言うメイド見習いには罰が必要ね」
「ええっ?わ、私、何かしたんですか?」
お嬢様の言葉に専属メイドさん達が、高級そうな瓶や石鹸を持ってくる。中には宝石が付いているものまでありました。
「ミラ、あなたにはもっと、もっと幸せになって貰わないといけないの。お嬢様体験は明日まで延長しましょう」
「「「「「うん!うん!」」」」」
「えっ?」
そこから先の記憶はほとんど残っていない、高級そうなものを使われすぎた反動か、それとも専属メイドさん達の施術力が高かったせいか、記憶が飛んでしまったようでした。
私の意識が復活した時には。ドレッサーの前に座る赤髪の私に似た顔の子が綺麗なドレスを着て私を見ていた。
「……ど、どちら様でしょうか?」
その言葉に周りからクスクスと笑い声が上がり始める。後ろを見るとメイド長が私の髪に何かをつけようとしていた。
「メ、メイド長、私に似てる方がいます!」
「鏡を見て何を言ってるの?」
「かがみ?」
もう一度、前へと向き直る。首を左右に振る、手をあげたり、笑ったりしてみる……。全て同じ動きをする。本当に鏡のようだ。つまりあの綺麗な格好の子は……。
「わ、私でした!」
「当たり前でしょう?鏡なんだもの。ほら、仕上げをするから動かないでくださいね。ミラお嬢様」
「……ミラ、お嬢様……?」
メイド長の言葉に私は固まる。高級品に触れすぎて耳がおかしくなってしまったのだろうか?
「なるほど……これは夢ですか!」
「いや、夢ではないですよ?」
「夢じゃないのに、メイド長が私をお嬢様と言うわけがありません」
「はあぁ、なら夢で結構です」
「やっぱり、夢だったのですね!な、なら、少しわがままになっても……いいのでしょうか?」
私の言葉に夢の中のメイド長が目を見開き、喉を鳴らす。
「……何なりとお申し付けください、ミラお嬢様」
「じゃ、じゃあ……あの、メイド長のことを……に、ニーナお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「うぐっ……」
夢の中のメイド長が、絨毯の上に膝をつき胸を押さえたまま、動かなくなってしまった。
「す、すみません。だ、ダメですよね。夢でもダメなものは……ダメですよね」
「そんなこと……ありません……。いくらでも呼んでいただいて結構です」
「ほ、本当ですか!ニーナお姉ちゃん大好きです」
「ぐっ……」
また、絨毯の上に膝をついて動かなくなってしまった。そんな夢の中のメイド長を眺めていると、扉が開き、メイド服を着たアリスお嬢様が顔を出した。
「これは……どう言う状況なのかしら……?」




